こころ
※一部追加エピソード(分割)。
「凛風」
わたしを呼ぶ切なげな声音に、ピタリと重なった熱い身体。貪るように唇を何度も奪われて、息すらまともにできない。
折れるんじゃないかってぐらいキツく抱き締められ、同じように抱き返すことを求められる。わたしは憂炎に向かって、必死に手を伸ばした。
「好きだ、凛風」
だけどその時、これは『わたしじゃない』ってことに気づいた。
『凛風』として想いを打ち明けられた経験なんて、わたしにはない。こんな風に抱かれながら、好きだと言われたことなんて、一度もなかった。
「憂炎、わたしも」
唇が勝手に動く。憂炎の瞳が揺れて、揺れて、それから唇が嬉しそうに綻ぶ。
重なった唇が塩辛くて、それなのに物凄く甘くて、あぁ、想いが重なったんだなぁって感じる。
だけどわたしは。
わたしのこころは。
声にならない悲鳴を上げ続けていた。
目を開ける。わたしは華凛の寝台の上に居た。
朝の光が眩しくて、小鳥の囀りが耳に優しくて、あぁ、さっきのは夢だったんだなぁと気づく。
(夢だけど)
夢じゃない。
きっとあれは、華凛の瞳を介して見た現実なのだろう。ただの夢にしてはあまりにもリアルだった。
身体がめちゃくちゃ熱いし、心臓は未だにバクバク鳴り響いている。頬は先程流れ落ちた涙で濡れていた。
(行きたくないなぁ、仕事)
今日は憂炎に会いたくない。だけど、ずっと避けて通るわけにもいかない。
休んだところで家に来られたら困るし、こんなことで自分を見失うわけにはいかないもの。
(行かなきゃ)
瞼をごしごし擦りながら、わたしはゆっくりと起き上がった。
「おはよう」
出勤したら、憂炎はいつも通りに笑っていた。わたしを抱き締め、一通り撫でまわし、いつもの様に小さく息を吐く。
おかしいのはわたしだけだ。
憂炎の顔がまともに見れない。いつもの様に言葉が出ない。
「どうした?」
「え?」
「目が赤い。顔色もあまり良くない」
両手で頬を包み込み、憂炎は心配そうに顔を寄せた。
「そんなこと、ございませんわ」
苦し紛れの言い訳を口にし、必死になって目を逸らす。
辛い。心臓が口から飛び出しそうだ。
「おまえは……そうやってすぐに嘘を吐く」
憂炎はため息を吐きつつ、わたしの瞳を見つめた。心臓が高鳴る。バクバクと鳴り響き、目尻に涙が浮かぶ。
「見ないで下さい」
憂炎は小さく目を見開き、それから唇を尖らせた。わたしの返答が大層不満らしい。殊更ムキになって瞳を覗き込んできた。
「なんでだ?」
「だって……不細工ですもの。憂炎に見られたくないと思うのは当然ですわ」
頼むから、わたしのことは放っておいて欲しい。そんな瞳で見るな。わたしに触れるな。
まるで『凛風』にするみたいに――――。
「おまえは可愛い」
憂炎がわたしを抱き締める。熱っぽく。苦しい位に。
それが、夕べの夢と重なって、苦しくて堪らなくなった。
「そ……そういうことは姉さまに言ってくださいまし。恥ずかしいし、何だか申し訳ないですもの」
想いを口に出来るようになったんだろう?
ようやく受け入れてもらえたんだろう?
だったら、わたしになんて構うな。構ってくれるな。頼むから。
「だからそう言っている。可愛いって。好きだって。未だに届かないが、それでも」
胸が軋む。涙がポロポロ零れ落ちる。
耳元で囁かれた言葉――――凛風が好きだ――――が、余りにも残酷に響く。
わたしはきっと憂炎のことが――――――。
心の中で湧き上がる感情に蓋をして、静かに首を横に振った。




