表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/24

再び、後宮

 『凛風』に対する憂炎の想いを知った数日後のこと。

 わたしは久しぶりに、後宮に来ていた。



「姉さま、良かった。もう二度と来て下さらないかと思っていましたわ」



 人払いをした部屋の中、華凛がそう口にした。

 苦笑が漏れる。わたしだって本当は、二度とここに来るつもりはなかったんだから。



「元気そうで良かった。あの日はバタバタして、碌に話もできなかったし」


「はい。姉さまも元気そうで何よりです」



 そう言って微笑む華凛は、以前に増して美しく見える。薔薇色の頬に、鮮やかな唇。寵妃とはかくあらんという風貌だ。



(憂炎の愛情をちゃんと受け取ってるってことかなぁ)



 だとすれば、今日、わざわざ出向いた甲斐があった。大きく深呼吸をし、わたしは華凛に向かい合う。



「それで、今日来た理由なんだけど」


「はい!」



 華凛は満面の笑みを浮かべつつ、ずいと身を乗り出した。どこか興奮した面持ち。珍しく前のめりなその姿勢に、わたしは小さく笑った。



「まずはこれ。武官たちから『華凛』宛の贈り物を受け取ったの」



 そう言ってわたしは、武官たちから受け取った贈り物を卓の上に広げていく。

 後宮で身に着けても遜色ない品々。今の華凛には必要ないかもしれないけど、武官たちの努力と気持ちだけは伝えてやりたいと、こうしてわざわざ持ってきたのだ。憂炎や白龍の目を盗んで彼等に会いに行くのは骨が折れたし、報われてほしいと切に思う。




「まぁ……! 皆さん本当に贈ってくださったのですね」


「うん。多分めちゃくちゃ奮発してくれたんだと思うよ」



 華凛は瞳を輝かせつつ、宝玉で彩られた簪を手に取り眺める。どうやら喜んでもらえたらしい。ほっと安堵のため息を吐く。



「ふふ……どのような形であっても、人の好意とは嬉しいものですわね、姉さま」


「……うん、そうだね」



 嘘だ。

 だってわたしは、憂炎の気持ちなんて知りたくなかった。


 あいつがわたしを好きだなんて――――そんなこと、知っても苦しいだけで、素直に嬉しいなんて思えない。応えられない気持ちを受け取ったところで、良いことなんて一つもない。



「それでね、華凛にお願いがあるの」


「はい、何なりと! 憂炎のことでございましょう?」



 華凛は嬉しそうに微笑みながら、わたしのことを見つめている。何がそんなに楽しいのか――――ため息を一つ、わたしは大きく息を吸う。



「うん。あのさ、華凛――――『凛風』として、あいつの想いに応えてやってもらえないかな?」


「……え?」



 わたしの言葉に、華凛は目を丸くした。

 先程までのテンションは何処へやら。困惑したように視線を彷徨わせている。



「実は憂炎の奴さ、『凛風』のことが好きだって、そう言うんだ」


「えぇ、それは存じ上げております」



 華凛は躊躇うことなく頷く。



(そっか……知ってたんだ)



 憂炎はあの後も、わたしを相手に『凛風』への想いを吐露し続けていた。

 毎日、毎日。飽きもせず。『凛風が好きだ』って、馬鹿みたいに口にし続ける。


 だけど、練習だけじゃ意味が無い。『本人』を相手に、きちんと実践していたのなら良かった――――そう思うと自然、笑みが漏れた。



「困るんだよねぇ。わたしは『華凛』だっていうのに、同じ顔ってだけで告白の練習台にされるんだもん。凛風に気持ちが伝わって欲しいって。本当の妃になって欲しいって訴えられて、なんだかこっちまで苦しくなってきてさ」


「姉さま……」


「だからさ、そろそろ『凛風』は絆されたって良いと思うんだ」



 華凛を抱き締めながら、目を瞑る。


 どうか、憂炎を幸せにしてやってほしい。

 わたしはもう『華凛』でしかない。『凛風』には戻れない。戻れっこない。


 全部、わたしの我儘で始まった入れ替わりだから。自分の自由と引き換えに、わたしは憂炎の気持ちを無視した。見ないように、気づかないようにして、逃げ続けた。


 だから罰が当たった。


 叶えてやれない望みを聞き続けることほど、辛いことは無い。



「――――姉さま、憂炎が好きなのは姉さまなんです。わたくしではダメ。憂炎の想いに応えることはできませんわ」


「ううん。今は華凛が『凛風』だ。あいつが好きなのは『凛風』という存在だもん」



 あいつが最初に好きになったのは、確かにわたしだったのかも知れない。


 でも、今はそうじゃない。


 現に憂炎は、己に靡くことのない『凛風』――――華凛への想いを口にしている。毎日毎日、あの子の元に通いながら。


 だから、別に『わたし』じゃなくても良い。『凛風』であればそれで良いんだ。



「もしも『凛風』から好きって言われたら、あいつはどんな顔をするんだろうね」



 笑うだろうか。泣くだろうか。

 喜んでくれたら良いなぁと、そんなことを思う。



「姉さま! だけど憂炎は……憂炎はずっと――――」


「そういうわけだからさ。よろしく頼むよ」



 これ以上、憂炎のことを考えたくない。もうずっと、長い間、理由もわからないのに悲しくて、苦しくて、心がめちゃくちゃ痛かった。



「…………あ」



 部屋を出ると、そこには憂炎がいた。

 空が夕焼け色に染まっている。今夜も『凛風』に会いに来たのだろう。


 憂炎はわたしを見て、一瞬だけ口を開きかけて、それから噤んだ。そんな些細なやり取りに、何だか泣きたい気持ちになる。



(頼んだよ、華凛)



 『凛風』の元へと向かう憂炎の後姿を静かに見送りつつ、心の底からそう願うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ