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白龍と武官と華凛

 翌日、憂炎の機嫌はすっかり直っていた。ニコニコと満面の笑みで出迎えられたもんで、わたしはほっと胸を撫で下ろした。



(まったく、憂炎の奴……昨日は一体どうしたんだろう?)



 別にあいつは元々聖人君子みたいな人間ができた奴じゃないし、寧ろ物凄く子どもっぽい。だけど、昨日の憂炎は、そういうのを通り越して様子がおかしかった。



「そこ、右です」



 静かで抑揚のない声に、わたしはハッと息を呑む。

 仕事中だというのに、つい考え込んでしまっていたらしい。



「申し訳ございません」



 書類の山を抱え、横並びに進む白龍に頭を下げつつ、小さくため息を吐く。


 ダメだ。

 せっかく憂炎に振り回される生活とおさらばしたと思ったのに、これでは何も変わっていない。華凛に戻っても、憂炎に惑わされたままだ。

 首を横に振りつつ、わたしは前を向いた。



「――――主のことですか?」


「えっ……?」



 尋ねたのは白龍だった。彼は憂炎のことを『主』と呼ぶ。


 正直、白龍と会話を交わした回数は少いし、華凛がわたしと入れ替わった後、彼とどんな関係性を築いたのかは知らなかったりする。



(本当は前みたいにゆっくり引継ぎができたら良かったんだけど)



 人払いをしているとはいえ、いつ誰が来るかわからない環境の中、華凛とゆっくり話す時間は取れなかった。

 かといって、今から華凛に男の名前が記された手紙を書かせるわけにも行かず、わたしが再度後宮に行くつもりもない。

 こればかりは会話をしながら探っていくしかなかった。



「そうですね……あんな憂炎を見るのは初めてでしたから」



 少し考えてから、こう答えた。

 白龍は小さく首を傾げつつ、わたしのことを見下ろしている。



(どういう感情なの、それ)



 無表情のせいで、白龍が何を考えているのかまったく読めない。移動中とはいえ、会話もなく、ただ見られてるだけじゃ居た堪れない。



「一体、憂炎に何があったのでしょう。何か御存じですか?」



 悩んだ挙句、わたしは尋ねた。



「それは当然、『凛風』さまのことでしょう」


「わたっ……姉さまの?」



 至極あっさりとそう返され、驚きに目を見開く。あまりにも思いがけない返答。うっかり墓穴を掘りそうになる。



(危ない。今の――――これから先、わたしは『華凛』として生きていくんだから。間違えないようにしないと)



「はい。主の様子がおかしいときは、十中八九、凛風さまが絡んでいます」


(そうなの?)



 今のわたしには他人事だけど、少しぐらい興味がある。

「そうかしら?」と尋ねると、白龍はコクリと頷いた。



「元々表情豊かな方だとは思いますが、凛風さまのことになると喜怒哀楽が顕著になります。例えば、お二人が初夜を迎えられた朝などは、あまりにも嬉しそうに――――――」


(待って、待って待って! そういうの聞きたくない~~~~~~~!)



 わたしは堪らず耳を塞いだ。

 初夜とか!お願いだから!涼しい顔してそんなこと言わないで!



(っていうか憂炎の奴、なんでバレてんの⁉ 監視役は仕方ないとしてもさ。普通隠すでしょ!)



 チラリと横目で見遣れば、白龍は無表情のまま、何やら語り続けていた。淡々とした口調。中身まで聞かないようにしているけど、朝からする会話の内容じゃないことだけは、何となく伝わってくる。



「その件については十分すぎるぐらい分かりましたわ!」



 これ以上こんな会話が続いたら身がもたないので、わたしは必死に白龍を止める。



「でも白龍。憂炎が怒っていたのが姉さまのせいだとしたら、何故わたくしに怒りをぶつけたのでしょう? 二人は喧嘩でもしたのでしょうか?」



 正直言って、華凛が憂炎と喧嘩をするとは思えない。面倒事を避けるタイプだもん。喧嘩に発展する前に手を打っているに違いない。



「それは俺には分かりません。ただ――――」



 白龍はそう言って目を伏せた。



「俺が仕え始めてすぐの頃にも一度、主があんな風に憤っているのを見ました。ちょうど、凛風さまが入内した頃です」


「まあ。そうでしたの?」



 相槌を打ちながら、わたしは小さくため息を吐く。



(じゃあ、やっぱり憂炎と華凛の間に何かあったのかな?)



 わたしが知らないだけ。これからも分からないまま。でも、それで良い。

 今後はきっと、華凛がうまくやってくれる。


 だからわたしが立ち入るのはここまでにしよう。もう二度と、憂炎に振り回されないって決めたんだもの――――。



「あっ、華凛ちゃん!」



 その時、数人の男性がわたしの元に駆け寄ってきた。

 鍛錬された逞しい身体に日に焼けた肌。どうやら彼等は武官らしい。



「おはようございます、皆さん」



 名前を呼んで然るべきなんだろうけど、この二か月間後宮にいたわたしは、当然彼等を知らない。適当に会話をしながら情報収集するしかないって分かっているけど、中々に面倒だ。これからこういう機会が続くんだろうなぁと思うと結構憂鬱になる。



「華凛ちゃんが欲しがってた簪、手に入れたよ!」


「俺は帯飾り」


「俺は口紅ね!」


「え……?」



 目の前に捧げられる煌びやかな品々。膝を突き、キラキラと瞳を輝かせる武官たちに、正直わたしはドン引きだ。



(華凛の奴、何やってるんだよ)



 男たちを手玉に取るとは、全く良い度胸をしている。

 きっと華凛は「頂戴」と口にしたわけじゃない。巧妙に、彼等が自ら捧げたいと思う様に仕向けたんだろう。女神のような笑顔で、男たちを思うがまま操ったに違いない。



(あーーあ、奮発したんだろうなぁ)



 見たところ、金持ちのボンボンばかりだけど、持ち寄られた品は、後宮でしかお目に掛かれないような超一級品ばかりだ。わたしには無用の長物。だけど、要らないと突き返すのはあまりにも気の毒だろう。



「ありがとうございます、皆さん」



 わたしはそう言って手を差し出す。けれどその時、白龍がわたしの前に立ちはだかった。



「受け取ってはいけません」


「まあ、どうしてですの?」


「そうだ! 何でだよ、白龍」



 武官たちは眉間に皺を寄せ、白龍へと詰め寄る。拳を握り、今にも飛び掛かりそうな雰囲気だ。



(おっ、やる気か?)



 久しぶりに感じる闘気に、背筋が震える。

 でも、たとえ荷物で両手が塞がっていても、三人がかりであっても、この武官たちは恐らく白龍には勝てない。身のこなしが、纏う空気が違い過ぎる。それが分かっていない辺り、この三人に勝ち目はない。



「主の命令です。華凛にはまだ結婚は早いと。近づく男は排除するよう命令を受けています」


「なんでだよ⁉」


「ついこの間までそんなこと言ってなかっただろう⁉」



 武官たちは不満げに声を上げるが、命令を出したのが皇太子である憂炎ならば引くほかない。



(華凛に結婚は早い、ねぇ)



 華凛の双子の姉である『凛風』を妃にしてる癖に、随分身勝手な話だ。完全なダブルスタンダード。上に立つ人間として如何なものかと思う。

 そうは言っても、わたしは当分結婚する気はないし、指摘するのも面倒だ。この場は白龍に任せるけれど。



(あとでこっそり貰いに行こうかな)



 このままでは、華凛に乗せられた武官たちがあまりにも可哀そうだ。下心はあったにせよ、華凛が喜ぶところが見たかったんだろうし、既に金を払ってしまっているのだから。



(それにしても、憂炎は馬鹿だ)



 わたしのことなんて放っておいてくれたら良いのに。――――いや、あいつが今気にしているのは『華凛』であって、わたしではないのだけれど。


 胸のあたりがモヤモヤする。

 小さくため息を吐きつつ、わたしは唇を尖らせた。

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