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暇と妃と侍女の野望

(暇だ。ビックリするぐらい暇)



 長椅子に姿勢を崩して腰掛けながら、わたしは大きなため息を吐く。


 当初の予想通り、妃としての生活は単調を極めていた。

 着飾って、お茶飲んで。また着飾って、またお茶飲んでの繰り返し。暇すぎて頭が禿げそう。


 頼みの綱である華凛は、しばらくの間後宮には戻れないらしい。誰に読まれても大丈夫なように、当たり障りのない手紙を送ったら、『ごめん』と一言だけ返事が来た。余程忙しいのだろう。



(憂炎の奴、せめて他に妃を送り込んでくれたらなぁ。そしたら少しは張り合いがあるのに)



 現状、憂炎の後宮にはわたししか妃が居ない。

 現皇帝――憂炎の父親だ――の後宮とは、行き来が出来ないわけじゃないものの、でっかい門で区切られている。このため、広大な敷地の中、殆ど一人で暮らしているようなものだった。


 正直言って、毎夜あの体力バカの相手をするのはしんどい。事務仕事で堪った鬱憤を、閨で晴らしているんじゃないかと邪推してしまうレベルだ。


 それにわたしは、自分と対等に接してくれる話し相手が欲しい。ただでさえ閉鎖的な空間の中、側に居るのは主従関係にある侍女や宦官だけ。張り合いが無いし、つまらない。


 その点、妃同士ならば身分的にはあくまで対等だ。

 仲良くするも良いし、向こうが後宮特有のドロドロ愛憎劇を望むなら、そういう演技をするのもやぶさかではない。暇よりマシだ。



 そう思って、先日、憂炎に妃を増やすよう提案してみたんだけど、物凄い形相で却下された。



(良いじゃんねぇ。自分の娘を後宮に送り込みたいって人間が、列を連ねて待ってるんだからさーー)



 武の高官であるわたしの父親――――その娘である『凛風』を東宮妃にしたことで、ヤキモキしている人間は多い。

 自分の権力を拡大させたい中央政権の人間だけじゃなく、諸国の王族、地方の有力者まで、そのラインナップは充実している。


 だけど、得をするのは何も妃側の人間だけじゃない。

 妃が増えることは、後ろ盾の少ない憂炎の地位を盤石にすることに繋がる。ただでさえ隠匿された皇太子なのだ。皇太后に対抗するためにも、味方は多い方が良い。


 つまり、婚姻とは一方通行ではないウィンウィンの関係と言えるだろう。



(だけどなぁ、もう一回提案したら今度はガチギレするだろうなぁ、あいつ)



 妃を増やすよう提案したときの憂炎は、まるで般若みたいな顔をしていた。紅い瞳が地獄の炎みたいにメラメラ燃えてて、さすがのわたしも後退ってしまったほどだ。

 全く、何がそんなに気に喰わないのか相変わらず理解できない。



「失礼いたします」



 その時、侍女の一人が現れた。彩鮮やかな数種類の菓子に、湯気の立ったティーポットを携えている。どうやらまたお茶の時間らしい。



(正直要らないんだけど)



 そうは言っても、この子の仕事はわたしにお茶を出すことだし、華凛が帰ってきたときに宮殿の状況が様変わりしているって状態は避けたい。あの子には少しでも快適に過ごしてほしいもの。



「ありがとうね、暁麗」



 暁麗は実家から連れてきた侍女ではなく、現皇帝の後宮で働いていた宮女だった。

 『凛風』が入内する時、後宮内のことを知っている娘がいた方が良いってことで、優秀だった暁麗を侍女として引き抜いたらしい。実際にお願いしている仕事は、小間使いや毒見役で申し訳ない限りだ。



「とんでもございません。それで、本日はどれから味見――――いえ、毒見いたしましょう?」



 ジュルリと音を立てつつ、暁麗が尋ねる。貧しい生まれなのだろうか。食い意地の張っている暁麗は、結構図太くて逞しいと思う。見た目だって全然悪くない。帝の目に留まれば、お手付きになれる程に――――――。



「そうよ! 悪くないんじゃない?」


「はい?」



 いきなり声を上げたわたしを、暁麗は不思議そうな目で見遣る。わたしは彼女の手を取ると、そっと顔を覗き込んだ。



「ねぇ、暁麗? もしも……もしもよ? お菓子をお腹いっぱい食べられるようになったら嬉しいわよね」


「はぁ……まぁ、そうなれば夢のようでございますが」


「夢なんかじゃないわ! ここはそれを叶えられる場所なんだもの」



 そう。ここは元の身分なんて関係なしに、寵愛一つでトップまで上り詰められる場所なのだ。後宮の主――――憂炎が望みさえすれば、侍女であろうと手付きになれる。妃への格上げだって夢ではない。


 外から妃を連れてこられないなら、内側に用意すれば良いだけのこと。



(そうと決まれば行動あるのみ)



 ニヤリと口角を上げつつ、わたしは暁麗に照準を定めた。




「――――――凛風はどこだ?」



 いつもの女官服ではなく、美しく着飾った暁麗を、憂炎が片眉を上げて見下ろしている。



「はぁ……凛風さまは湯浴み中でして」



 気まずそうに視線を彷徨わせつつ、暁麗が言う。


 湯浴み中なんていうのは真っ赤な嘘だ。だってわたし、本当は部屋の隅にあるでっかい壷の中に隠れてるんだもん。

 ちゃんと状況が見えるよう、ちっちゃな穴まで空けた。完璧。



「それで? 君のその格好は誰が?」



 どうやら暁麗は無事、憂炎の興味を引けたらしい。渋る侍女たちを説得して、ドレスや化粧でメイクアップさせた甲斐があったってもんだ。



(これは……イケるんじゃない⁉ )



 心臓をドキドキさせながら、わたしはゴクリと唾を呑む。久しぶりにワクワクしてきた。興奮で身体がソワソワする。



「凛風さまです。なんでも、わたしが着飾ったところが見て見たいとのお話で」


「なるほど、あいつの暇つぶしか」



 憂炎は小さく笑いながら、ため息を吐いた。


 うん、間違ってない。これはわたしの暇つぶしだ。


 だけど、今この時だけじゃなく、早くここから逃げ出したいわたしと、これから先長い時間を後宮で過ごす華凛のための、壮大な暇つぶし。その最初の一手だ。



「大変だな、お前らも」


「いえ……わたしは可愛い服が着られて嬉しいですし、美味しいものももっとたくさん食べたいです」


「美味しいもの?」



 暁麗の瞳は、野心でギラギラと輝いていた。



(いいぞ! その調子!)



 心の中で檄を飛ばしつつ、手に汗を握る。



「……そうだよな、普通はそう思うよな。綺麗な服を着て、美味いもの食って――――」



 憂炎は口にしながら、どこかへ向かって歩き出した。

 さっきまで小さく見えていた憂炎が、少しずつ少しずつ大きくなっていく。近すぎて最早顔が見えない。アイツの服が小さな穴を塞いで、目の前が真っ暗になって――――あれ?



「夫に一途に愛されたら、幸せって感じるものだよな。な、凛風?」



 パカッと音を立て、頭上に眩い光が射し込む。

 恐る恐る顔を上げると、凶悪な笑みを浮かべた憂炎が、わたしのことを見下ろしていた。



「え? あ……憂炎? 来てたんだ」



 その場に屈んだままのわたしを、憂炎がヒョイと抱き上げる。口の端を引き攣らせ、眉間に皺をくっきりと刻んで。何でか知らないけど、こいつの逆鱗に触れてしまったらしい。



「あーーーーその、暇で暇で堪らなくてさ。侍女の皆とかくれんぼしてたんだよねぇ。だってさぁ、あまりにもすることが無いし――――――」


「そうか」



 弁明を聞いているのかいないのか。憂炎はそのままわたしを横抱きにすると、スタスタと歩き始めた。

 満面の笑み。だけど、目がちっとも笑っていない。



(怖っ! 何でそんなに怒ってるの?)



 得体が知れないものは恐ろしい。全身から血の気が引き、心臓がバクバク鳴り響く。



「だったら俺は、おまえが暇だと感じる余裕を無くさないといけないな、凛風」


「はぁ⁉ 何それ!?」


「……お前は少し、思い知った方が良い」


「だから、何を!?」



 後宮にいる以上、わたしがこの生活に満足することは無い。だけど、今それを伝えたところで、火に油を注ぐようなものだろう。



(っていうか、こいつ)



 聞き間違いじゃなければ、憂炎はさっき『夫に一途に愛されたら、幸せだと感じる筈だ』なんて言っていた。わざわざ、わたしに向けて。


 皇太子と妃は『夫婦』――――そう呼べなくもない。


 だけど、あいつが言ったのは一般論であって、わたし達に当てはまるものではないはずだ。きっと、そう。

 だけど。



(なんか、めちゃくちゃ身体が熱い)



 火照った頬を憂炎に見せないようにしながら、わたしはそっと目を伏せたのだった。

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