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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
暁月
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第八十四話 華血の戦い(前編)

【登場人物】

●平家

影の一族と言われ、禁術を使う。

前当主 平 昌宜の代から刀治道を用い、

童狩りなどの生贄を使った術は使わず、

影赦を刀とし、国の治安を影で支えてきた。


・ジン  元の名は(まもる)。字は仁。白髪の少年。

     現在は平家の長男。千鶴達と共に夜雀と戦っている。

・サク  字は桜。仁と同じく平家の長男。原田家のシゲと行動を共にしている。

・チズ  字は千鶴。平家の現当主。

・花心  数年前に生き別れた妹。

     翡翠と名乗り、忍びの一族と行動を共にしていた。

・海道  影赦の姿にされていると花心、林之助が気づき保護。

・風優花 夜雀に捕らえられている。

・真白  藤堂家に突如現れフミを殺害した。

     その後都に現れ敵同士ながらジンと共に夜雀と戦うことに。

・林之助 チズと共に行動していた。ジンと花心と再会する。



⚫原田家 

原田家の武士は皆、黒狼こくろうと呼ばれている。

現在政治の実権を握っている武家。


・ユキ 字は極之(みちゆき)。原田家の長男。

    雅号は対狼ついろう

・シゲ 字は茂之しげゆき 。山犬使い。

    ユキと慈実の子供。残血の血を引いている。

・トシ 字は勇臣としおみ。女好き。

    ユキの弟。ユキと共に対狼と呼ばれている。


●藤堂家

国を治める二代武家の一つ。

真っ白な袖の靡く装束を身に纏っている。

律術という術を代々引き継いでいた。


・イト 字は弦皓いとあき。授名は紫苑しおん

    藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者(きとうりじゅつしゃ)

    音を使った律術を使う。フミにより殺害されたが律術の化身として一時的に生き返る。

・ムギ 字はつむぎ。授名は錦葵にしき。冷静沈着な謎の少年。

・時雨 藤堂家の長男。双子の兄。呼名の解放をしていない。

・氷雨 藤堂家の次男。双子の弟。兄と同じく呼名の解放はまだ。



●その他

・夜雀 残血。容姿は海道。雀の面をつけている。

・紅藍 巫女姿の女。夜雀の仲間?黒猫の面。

夜明けの冷たい香りがするはずの明け方、汗が身体を這う嫌な感覚で起き上がった。


ふと目を開けると目の前には刀を振り上げる1人の男の姿。


寝覚めの悪さも吹き飛ぶ程の驚きに一瞬思考が停止した雲雀だったが、別室から聞こえた悲鳴で正気を取り戻す。




「誰だ!?」



「ひいぃっっ」




大声を出されたことで男は動きを鈍らせる。


その隙を狙った雲雀は男の股間を殴りつけ、部屋を飛び出して無我夢中で走った。


屋敷の奥に進むにつれ廊下に倒れている家臣の数も増え、壁や床に飛び散っている血の匂いに動悸が強くなっていく。




「母上、雛子…!!」




2人の寝所から1番近い扉を勢いよく開けると、そこには母と雛子を取り囲む複数の男たちがいた。


小さな肩を上下し必死に息をしている雛子は血で書いたような札を手にしている。


いつもは真っ暗なはずのその部屋は男たちが手にしている松明に照らされ暑苦しく、眩しい程の炎の光に目が眩んだ。




「こいつ、まさか隠れていたのか…!?」




雲雀が入って来たことに慌てた男たちは槍や鎌など様々な刃物を手に一斉にこちらに向かってきた。


こんなに沢山の人間が侵入していたとは思ってもみなかった雲雀は突然の攻撃に何もできず無意味に両手を顔の前で組み防御の体制をとった。


するとその瞬間ボウッと音を立て炎が大きな柱のように伸び、天井まで焼き付ける。


一瞬にして炎の海となった部屋は息をするにも精一杯で、焦った男たちは我先にと部屋から出ていった。


何が何だかわからない雲雀は走り去る男たちの波に揉まれその場に尻もちをつく。




「雲雀、怪我はありますか!?」




駆け寄ってきた2人に抱きしめられた雲雀はカタカタと震える柔らかい小さな手を掴み強く握りしめた。



(もしもの時のためにと、寝所を変えておいてよかった)



いつかこんな日が来るのではないかと、雲雀は薄々感じ取っていた。


突然、神皇が自分たちを含めた庶子や側室を都から追い出して各地方の長とし、その直後定期会合は中止になった。


そんな突如訪れた平凡な日々に安逸を貪る奴らがほとんどであった。


多少の権力はそのままに、文献管理や稽古もなく、侍女付きの大きな屋敷で何不自由ない生活を送れていたのだから、そうなるのが必然なのであろう。


貧富の差や小さな乱闘こそあれど、土地や水の奪い合いもなかった。


最悪自ら現場に赴けば、得体の知れない恐怖に慄きどんな偉そうな輩や大男も跪かせる事ができていたし。


ただ、あんなに母に惚れ込んでいた神皇の姿をよく思わなかった者も多かった。


その矛先はもちろん弱者に向くであろう。


母は神の力を持ち合わせている訳でもなく、大名や有力者の血筋でもない、ただの町娘であったから余計にそうだ。


正室…いや、違う。


たった1人の思惑でここまでの事態にはならない。


雲雀たちを襲った男らは見るからに線も細く、鍛えられていない、武士でもなんでもないただの町人だった。


何かが大きく揺れ動いて今にも壊れそうになっている。


身体が芯から震えるのを感じた。


生き物の直感と言うのだろう。


これが、戦の始まりだと。




こうたちが危ない…!!」




ハッと顔を見上げた雲雀と母の手を取り雛子は燃え盛る屋敷の裏口から飛び出した。


煙を吸い込みケホケホと咳をしながら雛子は一冊の本と雀の面を雲雀に押し付ける。




「お兄様は皆の所へ行ってあげてください」




「でも…」と言いかけた雲雀の手を雛子は爪がめり込むくらい力強く掴む。




「お兄様、二度は言いません。なのでこれから言うことを聞いたらすぐに全速力で走って向かってください」




そう言う雛子の瞳はこれまで見たことがない程に血走っていた。


轟々と音を立て崩れていく屋敷。


その時だけは、降りかかる火の粉の動きが緩やかに見えた。




「私の能力は視覚共有だけではないんです。この瞳は未来を見ることができます。そして私はこの現状を数年前から知っていた。なので、これまで沢山準備をしてきたのです。なので…、なので…私と母上は大丈夫ですからお兄様はあの方たちを助けに行ってください。さっきの男たちは何故か面の存在も知っていました。これがないと駄目なことも既に割れているのかもしれません。最後に…」




そう一気に捲し立てた雛子は激しく咳き込み吐血した。



(未来を見ることができる…?)



自分の能力は基本的に他言はしない。


互いにどんな能力を持っているかわからないようにして、庶子同士での対立や上下関係を生ませないためだ。


ただ雛子の能力に限っては相手の協力がいるもののため家族のみ知っていたのだが…


その瞳に隠された能力の奥底に雲雀は呆然とする。


そして母は既に全てを知っているのかそんな様子の雛子の背中を摩るばかりで話すのを辞めさせようとはしなかった。




「…最後に。くるぶしに家紋を印された少年に会っても、どうか…怒らないであげて下さい」



「くるぶしに…家紋?一体どこの家紋なんだ?」




その最後の言葉に理解が追いつかなかった雲雀は思わず聞き返すも、ガタンっと柱が倒れる大きな音と先程の男たちの声が聞こえハッと振り返る。




「長、刀を抜いて行きなさい」




雲雀の手を無理やり腰にかけた鞘に置いた母上は雛子の肩を抱き寄せ涙を流していた。


母上はいつも穏やかだったが、親としての矜持もある。


暗い気持ちや涙はこれまで1回も見せたことがなかったのだ。


雛子は母の手を取り、雲雀に背を向けてゆっくりと歩き出す。


頭の中で色んな感情が渦巻き、空っぽのはずの胃から憎悪が込み上げ嘔吐した。


煙と胃酸で焼け付くように痛む喉から声を絞り出す。




「必ず…守ってみせます」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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