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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
暁月
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第八十三話 真似事

【登場人物】

●平家

影の一族と言われ、禁術を使う。

前当主 平 昌宜の代から刀治道を用い、

童狩りなどの生贄を使った術は使わず、

影赦を刀とし、国の治安を影で支えてきた。


・ジン  元の名は(まもる)。字は仁。白髪の少年。

     現在は平家の長男。千鶴達と共に夜雀と戦っている。

・サク  字は桜。仁と同じく平家の長男。原田家のシゲと行動を共にしている。

・チズ  字は千鶴。平家の現当主。

・花心  数年前に生き別れた妹。

     翡翠と名乗り、忍びの一族と行動を共にしていた。

・海道  影赦の姿にされていると花心、林之助が気づき保護。

・風優花 夜雀に捕らえられている。

・真白  藤堂家に突如現れフミを殺害した。

     その後都に現れ敵同士ながらジンと共に夜雀と戦うことに。

・林之助 チズと共に行動していた。ジンと花心と再会する。



⚫原田家 

原田家の武士は皆、黒狼こくろうと呼ばれている。

現在政治の実権を握っている武家。


・ユキ 字は極之(みちゆき)。原田家の長男。

    雅号は対狼ついろう

・シゲ 字は茂之しげゆき 。山犬使い。

    ユキと慈実の子供。残血の血を引いている。

・トシ 字は勇臣としおみ。女好き。

    ユキの弟。ユキと共に対狼と呼ばれている。


●藤堂家

国を治める二代武家の一つ。

真っ白な袖の靡く装束を身に纏っている。

律術という術を代々引き継いでいた。


・イト 字は弦皓いとあき。授名は紫苑しおん

    藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者(きとうりじゅつしゃ)

    音を使った律術を使う。フミにより殺害されたが律術の化身として一時的に生き返る。

・ムギ 字はつむぎ。授名は錦葵にしき。冷静沈着な謎の少年。

・時雨 藤堂家の長男。双子の兄。呼名の解放をしていない。

・氷雨 藤堂家の次男。双子の弟。兄と同じく呼名の解放はまだ。



●その他

・夜雀 特殊な能力で数百年前から生きている残血。海道の身体を乗っ取っていて雀の面をつけている。

・紅藍 巫女姿の女。夜雀の仲間?黒猫の面。

「そうさ…しかしおかしいな。藤堂弦皓は死んだと紅藍が言ってたはずだが」



「お前…ふざけてるにも程があるよ。お陰で…」




イトがそう言いかけた瞬間影赦の爪が彼と夜雀の首を掻き切ろうと伸びる。


後ろに飛び退け素早くそれを躱した夜雀だがイトは微動だにせずその爪をただ睨んでいた。


「危ない!」と咄嗟に叫んだジン。


しかしぜか影赦の爪は宙を切るように空振る。



(すり抜けた…?)



その様に目を剥いたのはジンだけではなかった。




「貴様…一体どんな姑息な手を使った」




いつの間に影赦を斬っていたのか黒霧を吸い込む白銀の刀。


それは捕縛の術だった。


以前一緒にいた時、イトはこれを使っていなかったはずだ。




「さあ。僕は知らないね」




イトは刀身を見つめながらわざとらしく肩をすくめて見せる。


いつも通りのとぼけた態度ではあるが、その目の奥はまっすぐに一点を見据えていた事をジンは見逃さなかった。


ふわりと空気が揺れジンの頭上を白い絹が舞う。


蝶のように軽やかに飛び降りたムギはイトを守るように立ち塞がった。



(もしや…)



ジンは記憶を読み返しあの日の出来事が夢ではなかった事を何度も確認するが、彼の所作、佇まい、そして何よりその剣技が目の前の人物が藤堂弦皓本人であると物語っている。



(僕は、知らない…か)  




「そんなにジロジロ見ないでくれる?そろそろ背中に穴が開きそうなんだけど」




ジンの視線を感じていたのか、イトはこちらを睨みながら吐き捨てた。


何も変わっていないその毒舌にジンは笑みをこぼし彼の元へ駆け寄る。




「お元気そうで何よりです」




そう声かけるもイトは見向きもせず、代わりに振り向いたムギから品定めするかのような視線を送られる。




「相変わらずおしゃべりだね。今君と雑談してる暇はないよ」



「…じゃあ、これを終わらせたら色々お話ししてくれますね?」




そう言いジンは己の刀に念を込め刀身をゆかりの色に染めた。


目には目を…邪には邪を。




「あなたの無念…解放します」




ジンがそう唱えるとゆかりは濃度を増しゆらゆらと炎のような念を纏う。


恐ろしい程邪悪な気が全身を侵していくのを感じながら意識を集中し、スーと息を吐く。


色のついた心が邪に染まるのは容易だろう。


これは精神力の問題ではないんだ。



(…透明…。これに耐えれるのはきっと僕だけだったんだよ)



ジンは邪気で強まった刀を振るい、こちらに駆けてくる夜雀の刀を受け止めた。




「昌宜め…要らぬモノを無数に残していったようだな…」



「夜雀、君はさっきイトさんが使った術も何かわからなかったようだけど、呪学の開祖が聞いて呆れるね。まだまだ学ぶことが沢山あるみたいだよ」

 



そう挑発すると、夜雀の刀を握る手は怒りで震え白くなり眉間には深い皺が掘られる。


確かに彼は数多くの邪術を生み出してきたのだろう。


しかし彼の術はあくまでも札や他者の身体を利用するもので使う者の魂に対する影響はあまりない。


それに比べて影刃武者集に載っている術のうち禁術とされているものは邪の力と別に、己の身体や己気、心を生贄にする代わりに途方もない力を生み出すといったものばかりだ。


普通の人間がこれを考えたとは到底思えない。


無限の力を持ち合わせた神か…情の欠如した人ならざるもの。


しかし…これを出し惜しんだせいで真白が命を絶ったんだ。


もうこれ以上選択を間違えられない。


ジンの刀を一瞥したイトは表情を変えずにフンっと鼻を鳴らす。




「よりにもよってその術を使うなんて、生き急いでるの?」



「僕には呼名がないので…こうでもしないと太刀打ちできないんです」



「…何言ってんだかっ」




イトはそういい終わると古びた家屋の屋根上に飛び乗り草笛を奏でた。


妖艶。


やはり彼が纏うもの、創り出すものは全て艶があり、他者の心を惑わす力がある。


こんなにも律術を引き継ぐに相応しい人物が過去存在したのだろうか。


その音色に導かれるように彼の影から捕縛した無数の影赦が現れ、闇の奥から流浪影赦も現れだす。




「くそっ、あいつが生きていたせいで全て狂ってしまった…」




ゾロゾロと自分の元に歩み寄ってくる影赦に、夜雀は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。



(確かに、己気や魂になんの影響もなく音を奏でるだけで自分の思い通りに動かすことのできる術だ。この条件下で鬼刀律術士に勝てる者なんているのだろうか)



そして、ジンが使っている技は捕縛した影赦の数が多ければ多いほどその力を増す。


影刃武者集を読んでいるイトはこの術がどういうものなのかわかっていて、ジンの糧となる邪も共に呼び寄せているのだろう。


影赦の魂から溢れる怨念を解かしその力を刀に宿すことで持ち主の己気と融合させ莫大な力を得る邪術。


イトが使っている術は平家の者が神皇家の命令で使っていたそれと同じ。


けれど、本格的に国が乱れ始めた闘人辺りからはチズの持っている小太刀にしか捕縛しないようになった。


今だからわかることだが、元々影赦の力というのは死に際の懺悔の強さと比例している


しかし、流浪影赦が現れ始めた辺りから、小豆のように本当に粛清されるべきだったのか怪しい者達も増えていたのだろう。


その者達の強大な無念や恨みは死して彼らの力となった。


そうでもなければあんなに強い流浪影赦がゴロゴロと現れることなんてありえない。


そして、その影赦を捕縛しすぎると…主の心は蝕まれ意思を乗っ取られてしまう。


チズはそのことを危惧してあれ以来自分の小太刀以外には影赦を捕縛させないようしていたのだろうが、イトもこのことは承知のはず。


感受性豊かな彼の心がこれだけの数の影赦を捕縛しても揺るがない理由は、きっと捕縛の術だけでなく律術と組み合わせているからなのだろう。


ジンは器用に流浪影赦だけを切り倒していき自らの己気を増幅させていく。


既に夜雀はイトが放った影赦によって取り囲まれ斬りつけられてボロボロであった。




「通してくれ」




ジンが彼を囲む影赦の主に聞こえるように声を張り上げると、イトは笛をやめた。


ピタリと動きを止めた影赦の間をすり抜けジンは座り込む夜雀の目の前で立ち止まる。


そしてその首に刃を向けた。




「君の技の名前は知らないけど、身体から魂を引きずり出して影赦のような姿に変えてしまう力があるなら…それを模倣した術もあると思わない?」



「…なに?」




今の言葉はただの挑発などではない。



(本当なら自分の身体を差し出して海道を救い出す方法を…と思ったがイトさんのお陰で思っていたより己気を高めることができたし、試す価値はある)



ジンの纏う気が徐々におどろおどろしい物に変わり瞳は真紅に染る。


その瞬間夜雀は何かを察したのかハッと顔を上げ周囲を見渡し叫んだ。




「来るな!!!」




夜雀の叫びとほぼ同時に5つの小さな影がジンに飛びかかった。


どこからか現れたその影は明らかに他の影赦に比べて小さく、まるで子供のようだ。


次から次へと飛びついてくるその影らをジンが軽々躱していると、イトはそれらを操作しようとしたのか草笛を再び吹き始める。


しかしいくら音を奏でてもその影は動きを止めず、最終的に夜雀を庇うように立ち塞がった。


その瞬間どこかできいたことのある幼い声が響く。




「チョンちゃんもうやめて!もう…もう終わりにしようよ」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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