第八十二話 落花
【登場人物】
●平家
影の一族と言われ、禁術を使う。
前当主 平 昌宜の代から刀治道を用い、
童狩りなどの生贄を使った術は使わず、
影赦を刀とし、国の治安を影で支えてきた。
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。千鶴達と共に夜雀と戦っている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。原田家のシゲと行動を共にしている。
・チズ 字は千鶴。平家の現当主。
・花心 数年前に生き別れた妹。
翡翠と名乗り、忍びの一族と行動を共にしていた。
・海道 影赦の姿にされていると花心、林之助が気づき保護。
・風優花 夜雀に捕らえられている。
・真白 藤堂家に突如現れフミを殺害した。
その後都に現れ敵同士ながらジンと共に夜雀と戦うことに。
・林之助 チズと共に行動していた。ジンと花心と再会する。
⚫原田家
原田家の武士は皆、黒狼と呼ばれている。
現在政治の実権を握っている武家。
・ユキ 字は極之。原田家の長男。
雅号は対狼。
・シゲ 字は茂之 。山犬使い。
ユキと慈実の子供。残血の血を引いている。
・トシ 字は勇臣。女好き。
ユキの弟。ユキと共に対狼と呼ばれている。
●藤堂家
国を治める二代武家の一つ。
真っ白な袖の靡く装束を身に纏っている。
律術という術を代々引き継いでいた。
・イト 字は弦皓。授名は紫苑。
藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者。
音を使った律術を使う。フミにより殺害されたが律術の化身として一時的に生き返る。
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。冷静沈着な謎の少年。
・時雨 藤堂家の長男。双子の兄。呼名の解放をしていない。
・氷雨 藤堂家の次男。双子の弟。兄と同じく呼名の解放はまだ。
●その他
・夜雀 特殊な能力で数百年前から生きている残血。海道の身体を乗っ取っていて雀の面をつけている。
・紅藍 巫女姿の女。夜雀の仲間?黒猫の面。
「馬鹿!!何してるんですか!」
突如手に感じた衝撃に真白は閉じていた目をパッと開く。
それと同時にキンっと甲高い鋼鉄音も鳴り響いた。
目の前には燃やしていたはずの札をぐしゃぐしゃに握り潰す林之助と夜雀の刀を受け止めるジンの姿があった。
「って…そうだった首!首斬られてたんですよね!?いけない!ごめん真白!!つい…」
林之助は慌てながら真白を優しく抱きしめ何やら叫んでいる。
朦朧としていた意識の端を掴みなんとか呼吸を取り戻した真白は、懐かしい家族の匂いに胸が熱くなり込み上げてきた涙を抑えられなかった。
「ごめん真白…こんな、不甲斐ない兄で…」
そういうジンの額には汗が滲んでおり刀を持つ手は震えていた。
まだ完全に身体の調子が戻ったわけではないのだろう。
いつも飄々としているジンから初めて聞いた弱々しい言葉。
(人の死に際とはこういうものなのか…)
-「ごめんね〇〇…どうか幸せに…なって…」
- 「おい、人間。悔しいだろ。強くなりたくない?」
-「マシ!だぁいすき!」
-「必ず…またここに戻ってきなさい」
真白は必死に出血部分に袖口を押し付け止血しようとする林之助の手に触れじっと彼を見つめた。
あまりにも冷え切った体温に驚いた林之助は慌てて両手で手を包み込み激しく首を左右に振る。
「……当…千鶴さんを…止め、て…フウ、ちゃんを…助けて…早く…」
これが本当に最期の言葉だ。
もう真白に声を出す気力は残っていなかった。
今も尚出血は止まらず真白の衣は真赤に染まっていた。
「真白!真白!!?真白も行くでしょ!フウに会いに行くんでしょ!ねえ、謝りますから!今までのこと全部謝るから!!真白が…羨ましかったんです…悪かったって…!だからもう、離れないで…頼むから…いかないで…真白!!!」
林之助は大粒の涙をこぼしながらまだ微かに開いている真白の目をみて叫んだ。
本当は悔しくてしかたない。
ここで終わるつもりじゃなかった。
けど、これで藤堂の当主とも千鶴さんとも視覚の共有が途絶える。
遺言も言えたし、爆死よりましだろうか。
僕のたった一人の尊ぶべきお方…どうか気づいて下さい。
そして…風優花を…どうか…どうか…
真白の手が林之助の手からするりと抜け落ちる。
大きな瞳が完全に閉じ、悔しそうな表情のまま眠った。
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ガクンと力が抜ける。
花弁の散る様のように、真白の顔周りにあった髪の毛がハラハラと揺れた。
「真白…」
林之助のその一言に違和感を感じ振り返ると、彼の手の中で眠る真白の姿が見えた。
その顔色にジンは全てを悟る。
人の死を目の当たりにしたのは三度目だが、目の前で息絶えた姿を見たのは初めてだった。
その面は悔しさに歪んでいるが、それでも尚美しい。
まるで、花のような。
彼の血でところどころ染まってしまった白い衣。
確か、こんな色鮮やかな花があったはずだ。
白や淡い赤、少し牡丹に似ているような…
ジンは奥底から込み上げてこようとする何かを押し込めるように心中で目の前の情景を描写した。
(真白…君の作戦ってのは、まさかこのことだったのか…)
ジンは言い表せない感情に胸が詰まって一瞬気を緩めるも、またすぐに刀を持つ手に力を込めた。
気を取られている場合では無い。
項垂れている林之助をこれ幸いと狙う影赦と夜雀の攻撃は勢いを増しているのだ。
「林之助、君は怪我をしてるでしょ。一先ず他の子達を連れて逃げて」
夜雀の刀を弾き飛ばし林之助に駆け寄ったジンは付近の影赦を斬りながら告げる。
林之助は勢いよく顔をあげてジンの背中を睨みつけた。
「嫌です!真白に言われた!チズ姉さんを止めてって!フウを助けてって!託された遺言を放棄してまた僕に戦線から離れろというの!?いつもそうだ!僕が足手纏いだからってすぐに逃がそうとする!!どうして!?僕だって…僕だって…」
ジンは俯く林之助の襟首を掴んで立ち上がらせ、真白を抱かせた。
そして休む間もなく攻撃してくる影赦と夜雀の刃を受け流しながら叫ぶ。
「林之助…君は下の子らからしたら強くて逞しい頼れる兄だ。そんな子たちが今助けを求めてる。君にしか託せないことだ!足手纏いだなんてこれっぽっちも思っていない!君にしか頼めないことなんだよ!!」
「でも!!」
林之助がそう放った瞬間、彼の方へと飛んで行った複数の苦無。
ジンは刀でいくつかの苦無を払い飛ばすもその内の一つが左肩を掠め「う"っ」と声を漏らし肩を押えながら片膝をつく。
「…ジン兄さん!」
影赦の数が更に増えてきている。
己気によって強化された影赦たちはこれまでの者とは格が違う。
標的をなくした夜雀が次は誰を狙うか。
それは恐らく僕か、今花心の元にいるであろう海道。
この状況は夜雀にとってあまりにも都合が良すぎる。
花心たちのいる場所を一瞥した後ジンは大袈裟に顔を歪めながら林之助の手を握り、真白を見つめた。
「わかってくれ、林之助」
林之助はジンと同様に真白の顔を見つめた後、力強く握っていた拳を振るわせ「真白…」と小さく呟く。
林之助の意思が固まったのを確認したジンは立ち上がり呼吸を整え、蠢く影赦たちの位置を把握すると刀を槍に持ち替え構える。
「任せたよ、林お兄ちゃん」
ジンはそう告げると槍を勢いよく振り切り周囲の影赦を全て払い飛ばした。
林之助は立ち上がり花心たちの元へ駆け出す。
その瞬間足元に転がっていた苦無に巻きつけられた札が赤く燃え上がった。
「平 仁、お前の思い通りになると思うな!!」
夜雀のけたたましい叫び声が響く。
彼は背中を向けて走り去ろうとしている林之助に向かって構えた小刀を投げつけようとしていた。
その小刀にも札が巻かれている。
(一体何枚の札持ってるんですか)
ジンは心の中でそう吐き捨てる。
そして林之助の背中を守るよう立ち塞がり、迫りくる刃を薙ぎ払おうと構えた。
ーキンッ
鋼鉄音が鳴り響き、ふわりと白檀の香りが舞った。
一瞬にして目の前に現れた懐かしい後ろ姿にジンは思わず目を大きく見開き刀を構えた姿のまま固まった。
幻影か、夢か。
ジンがここまで驚いたのは後にも先にもこの時だけだ。
真白と同じく花のように可憐な容姿…と言ったらきっと有無を言わさず殺されるだろう。
ジンはもしかしたらその背が透けて見えるかもしれないと思い、目元に力を入れて凝視した。
するとその背中はまたもや一瞬の間に移動して夜雀の首筋に刀を突きつけていた。
「フミを誑かしたのって…君だよね?」
いつになく凄みのある声色で、香の主は夜雀に問う。
彼の機嫌はすこぶる悪いようだ。
ただ、その声は生々しく、とても幻が発しているとは思えなかった。
ジンは息を呑み、確認するようにその名を口にする。
「イト…さん?」
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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