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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
暁月
93/97

第八十一話 封印

【登場人物】

●平家

影の一族と言われ、禁術を使う。

前当主 平 昌宜の代から刀治道を用い、

童狩りなどの生贄を使った術は使わず、

影赦を刀とし、国の治安を影で支えてきた。


・ジン  元の名は(まもる)。字は仁。白髪の少年。

     現在は平家の長男。千鶴達と共に夜雀と戦っている。

・サク  字は桜。仁と同じく平家の長男。原田家のシゲと行動を共にしている。

・チズ  字は千鶴。平家の現当主。

・花心  数年前に生き別れた妹。

     翡翠と名乗り、忍びの一族と行動を共にしていた。

・海道  影赦の姿にされていると花心、林之助が気づき保護。

・風優花 夜雀に捕らえられている。

・真白  藤堂家に突如現れフミを殺害した。

     その後都に現れ敵同士ながらジンと共に夜雀と戦うことに。

・林之助 チズと共に行動していた。ジンと花心と再会する。



⚫原田家 

原田家の武士は皆、黒狼こくろうと呼ばれている。

現在政治の実権を握っている武家。


・ユキ 字は極之(みちゆき)。原田家の長男。

    雅号は対狼ついろう

・シゲ 字は茂之しげゆき 。山犬使い。

    ユキと慈実の子供。残血の血を引いている。

・トシ 字は勇臣としおみ。女好き。

    ユキの弟。ユキと共に対狼と呼ばれている。


●藤堂家

国を治める二代武家の一つ。

真っ白な袖の靡く装束を身に纏っている。

律術という術を代々引き継いでいた。


・イト 字は弦皓いとあき。授名は紫苑しおん

    藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者(きとうりじゅつしゃ)

    音を使った律術を使う。フミにより殺害されたが律術の化身として一時的に生き返る。

・ムギ 字はつむぎ。授名は錦葵にしき。冷静沈着な謎の少年。



●その他

・夜雀 特殊な能力で数百年前から生きている残血。海道の身体を乗っ取っていて雀の面をつけている。

・紅藍 巫女姿の女。夜雀の仲間?黒猫の面。

何年もこうして刀を振るっていた気がする。


襲い来る敵をなぎ倒して君を守ろうと手を伸ばして…でもいつもその手に俺の手は届かない。


ただ1人…君だけを守りたかった、だからこうして何度も繰り返し刀を振るった。


君1人で良かったんだ。


それなのに、君は俺に皆を守れと言った。


皆を救えと言った。


最期の願いと言われ続けたんだ。


そんな約束破れるわけないじゃないか…


頭の片隅では全てわかっていた。


けどわかりたくなくて忘れていたんだ。


あいつが現れたあの日から。




「おいサク!後ろ!」



「はっ…」




サクはその言葉で我に返り即座に振り返ると、刀を振り影赦を一刀両断した。


先程まで一体何を考えていたのか、どうしても思い出せずその場に呆然と立ち尽くす。




「なにしてんだよ、死ぬぞ」




片腹を抑えながら近寄ってきたシゲはそんなサクの肩に手を置き問いかけた。


辺りは黒い霧で包まれている。


自分が斬ったのであろう影赦の呻き声が耳に響きサクはやっと状況を把握できた。



(俺…確か前にも…)




「…とりあえず、この辺の影赦は斬った…のか」



「そうだよ。急に現れたとんでもなく強い影赦たちを一瞬で切り刻んだかと思えば急に立ち止まるし、馬鹿って呼んでも反応しないから…」



「そっか…ごめん」




明らかにいつもと違うサクの様子にシゲは異変を感じるも奥から現れた新たな影赦に気づき槍を構える。




「お前、もう行けよ」



「は?でもお前傷…」



「行けっつってんの」




シゲに背中を蹴られたサクは彼の鋭い視線に思わず口籠もる。


シゲはサクに背を向け呟いた。




「お前、何しに此処に来たんだよ」




その言葉にサクは俯き歯を食い縛る。


自分がこの場を離れたせいで人が死ぬかもしれない。


カイやハナ…父様のように、これが今生の別れになるかもしれない。


皆、護るって…約束したのに…。


いつまで経ってもその場を離れないサクに、シゲは振り向く。




「お前も、親父と同じことすんのかよ」




サクはハッと息を呑んだ。


その幼さの残る大きな瞳が涙でほんの少し潤んでいたからだ。


サクのその表情を見て察したのか、シゲは向き直し影赦に向かって駆け出した。




「…またな」




サクは小さくなっていくシゲの背にそう呟くと自分も反対方向に駆け出す。



(無事でいてくれ…)




______________





突きつけられた切っ先はジンの目の鼻の先で、鋭く氷のように煌めく。




「さっきの威勢の強さはどうしたのさ」




夜雀は嬉しさを堪えられないと言ったような声色で口元にも笑みが零れている。


ジンは身体に力が入らないのか、頭を上げることすらできないようだ。


突然術が解けた人間の身体は自分を動かしていた己気が無くなったことにすぐには適応できない。


しばらくはあの状態で動けないだろう。


…連環の衡が解けたということは…すなわち、桜か当主どちらかの死を意味する。




「貴様!」




ジンの背後から現れた真白は夜雀に飛びかかり刀を振り下ろした。


ミシミシと嫌な音を立てて刀が軋む。




「真白…無理するな…!」




ジンは今の真白の力では夜雀に敵わないということをわかっているのだろう。



(それでも…)



真白はジンの言葉を無視して夜雀に斬りかかった。




「紛い物の分際で俺を貴様と呼ぶだと…戯けが。お前一人じゃ何も出来ないくせに」




夜雀は袖元からまたもや札を出しそれを真白に見せつけるように翳す。


怯んだ真白は札を斬ろうと意識を逸らし、その瞬間夜雀は彼の顔目掛けて刀を振るった。


すんでのところでその刃を弾いた真白だったが夜雀は左手に持った苦無でまたもや真白の眼を狙う。




「う"っ…!!」




先程の反動で体制を崩し倒れ込んでいた真白は自分の目の前に迫り来る刃を避ける術がなく、そのまま容赦なく右眼を抉られる。


真白は目元を押さえたまま蹲り、夜雀は更にとどめを刺そうと切っ先を彼の項に向けた。


その瞬間、夜雀の背後に黒い影が現れ鋭い刃で彼を狙った。


いつの間にか漂っていた複数の黒い影のせいで辺りは嫌な気で満ちている。


夜雀は影を刀で消し飛ばし周囲を見渡した。


真白は夜雀が影赦に気を取られているうちに、倒れていた花心の元に駆け寄り彼女を狙っていた影赦を斬り払う。




「真白!」




夜雀の奥の方でジンが影赦を斬っている様子が見える。


力が入るようになったのだろう。


連環の衡が解けたとはいっても、あいつならこの影赦もなんとか倒せるはずだ。



(それより…)




「真白…?…お前、生きて…」




真白は探していた者の声が聞こえた方向に勢いよく振り返る。


その少年は黒い影と肩を組み、負傷しているのか足を引きずりながらこちらに歩み寄っていた。


林之助が連れている影はおそらく海道。


やつのことだからまた闘人の時のように自分を犠牲にして林之助を守るかもしれない。


けど次そんなことをしたらもう海道の命は持たないだろう。



(最善の策は何だ…)



真白は自分の右手首にかかった橙色の紙紐を見つめて拳を握り、がばりと顔を上げ叫んだ。




「林之助!お前は隠れろ!」



「え、わ、わかった」




真白はちょうど近くまで来ていたジンに花心を預けて林之助に駆け寄った。


しかし、真白の言葉で引き換えそうと振り返った林之助の目の前に影赦の爪が伸びる。


林之助の肩を借りている黒い影がピクリと指先を動かした。




「どけ!!!」




ーザクッ


肉を切り裂く生々しい音に時が止まったような感覚。


滴る鮮血で白い衣がじわじわと朱に染まっていく様に林之助は目を剥き言葉を失った。




「逃げ、ろ…」




影赦に喉元を斬られた真白は傷口を手で押さえながらがむしゃらに刀を振り払い、影赦と林之助たちと距離をとるも途中で力尽きその場で崩れ落ちた。


揺れる視線の先にはこれ幸いとこちらを見据え刀を構える夜雀の姿。


背後からは影赦の気配もする。



(囲まれた…でも、これでいいんだ)



真白は懐から札を取り出すと最期の力を振り絞った己気で火を起こす。



ー 藤堂家の現当主は実に残忍なやつだ。


律術に魅了され執着し続けた結果、神が定めた者以外にもその力を宿す方法がないか探していた。


そして予てから影の一族に利用されていた集落を見つけ出す。


そこに住まう民は数百年前からずっと、人工的に能力者を作り出す為のありとあらゆる人体実験を受け続けていた。


その実験の最中産まれた一人の見目麗しい娘。


女はこの辺りでは見たことの無い澄んだ青い目をしていた。


親の遺伝でもない。


影のやつらの話しによるとこの女の親に数百年前死んだ残血の血液を飲ませ続けていたという。


特徴的な眼を持つのは女残血の最もわかりやすい特徴らしい。


当主は影の一族ごと集落を潰し、この女を引き取って自分の側室にした。


そして女を孕ませ、目論見通り子は特殊な能力を持って産まれた。


それが…僕だ。


母は僕を産んだ時に死んだ。


親も愛も、宿命も知らない。


憎き当主の手によって創られた命。


自分の人生を呪い、恨み、生き甲斐を持つ意味すら見失っていた僕を拾って下さった真の御当主。



(僕に今できる全てを利用してでも、あの御方を止めたい…)



真白は敵をギリギリまで引きつけるため意識を研ぎ澄ませた。


そして夜雀の刃と影赦の爪が目と鼻の先まで伸びた瞬間、真白は札に火をつける。


じわじわと燃えるその様子を見つめながら真白は目を固く瞑った。

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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