第八十話 兄弟喧嘩
【登場人物】
●平家
影の一族と言われ、禁術を使う。
前当主 平 昌宜の代から刀治道を用い、
童狩りなどの生贄を使った術は使わず、
影赦を刀とし、国の治安を影で支えてきた。
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。千鶴達と共に夜雀と戦っている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。原田家のシゲと行動を共にしている。
・チズ 字は千鶴。平家の現当主。
・花心 数年前に生き別れた妹。
翡翠と名乗り、忍びの一族と行動を共にしていた。
・海道 影赦の姿にされていると花心、林之助が気づき保護。
・風優花 夜雀に捕らえられている。
・真白 藤堂家に突如現れフミを殺害した。
その後都に現れ敵同士ながらジンと共に夜雀と戦うことに。
・林之助 チズと共に行動していた。ジンと花心と再会する。
⚫原田家
原田家の武士は皆、黒狼と呼ばれている。
現在政治の実権を握っている武家。
・ユキ 字は極之。原田家の長男。
雅号は対狼。
・シゲ 字は茂之 。山犬使い。
ユキと慈実の子供。残血の血を引いている。
・トシ 字は勇臣。女好き。
ユキの弟。ユキと共に対狼と呼ばれている。
●藤堂家
国を治める二代武家の一つ。
真っ白な袖の靡く装束を身に纏っている。
律術という術を代々引き継いでいた。
・イト 字は弦皓。授名は紫苑。
藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者。
音を使った律術を使う。フミにより殺害されたが律術の化身として一時的に生き返る。
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。冷静沈着な謎の少年。
・時雨 藤堂家の長男。双子の兄。呼名の解放をしていない。
・氷雨 藤堂家の次男。双子の弟。兄と同じく呼名の解放はまだ。
●その他
・夜雀 特殊な能力で数百年前から生きている残血。海道の身体を乗っ取っていて雀の面をつけている。
・紅藍 巫女姿の女。夜雀の仲間?黒猫の面。
「もう終わり?」
イトは刀を肩に担ぎながら、倒れ込んでいる傷だらけの時雨と氷雨を見下ろした。
2人は全身を使って呼吸を整えているようだがその心臓は依然として激しく鼓動を鳴らしたままだ。
「もしかしてさっきの子供との戦いで結構己気を消耗しちゃった感じ?」
「…はっ…それが兄上に向かって使う口の聞き方か?」
氷雨は刀を地面に差し何とか立ち上がるとペッと血を吐き出し口元を袖で拭った。
時雨は未だに膝をついたまま立ち上がれず、俯き言葉を発さない。
「そもそもさぁ、なんで二対一なの?おかしくない?兄様達はさ最終的にはどっちかが死ななきゃなんでしょ?別に二人掛かりで来ても僕は問題ないけどさ、時間の無駄だよー?お互い虫の息なんだから早めに色々と決着つけないと」
「はっ…何を…」
イトの言葉に反論しようとした氷雨は、視界の隅に映る時雨がフラフラと立ち上がった後、刀を自分に向けて構えたことに目を剥く。
顔を伏せているため、時雨の表情は見えない。
心臓がバクバクと今までにないほどに鼓動するのがわかった。
ここで勝てば、自分は生き残れるという高揚感、今にも息絶えそうな時雨が何の策もなく自分に刀を向けるわけがないという緊張感、いろんな感情が押し寄せ処理が追いつかない頭を無理やり動かし、氷雨は刀を構えた。
「氷雨が暴走したせいで山犬使いを逃しましたからね…足手纏いをここで始末するのも藤堂家の嫡男の義務でしょう」
その時雨の声は今までに聞いたことがないほど生気がなく、本当に彼が発した声なのかと氷雨は眉をひそめた。
「そうこなくっちゃ」
氷雨が意識を逸らしたのを見逃さなかった時雨はすかさずその首目掛けて刀を振るう。
氷雨はその刀を受け、更に脇腹を狙って突き技を繰り出してくるイトの攻撃も躱した。
そしてイトの顔目掛けて袖に隠していた苦無を投げつける。
(やっぱり…何かおかしいと思った)
氷雨が放った苦無をイトは難なく躱した。
だが氷雨は微かに掠めたはずのイトの髪の毛が全く切れてないことを見逃さなかった。
…弦皓は既に死んでるのか。
最初の俺の蹴りは確実に弦皓のこめかみを捉えたはずだった…手応えがあったんだ。
それなのにそれが当たらなかった。
俺の目で追えないほどの速さだった訳でもないはず。
そんな馬鹿なことがあるかと思った。けれど…
(弦皓の姿が仮初のものだったとしたら…)
氷雨はもう一つの札が巻きつけられた苦無をイトに見せつけるように構えると、それをムギに向かって素早く投げつけた。
「ちょっ……グハッ…」
イトが苦無を目で追った一瞬の隙に、氷雨は彼の腹部目掛けて蹴りを繰り出した。
まともに蹴りを受けたイトは弾き飛ばされ、近くにあった家屋の壁に叩きつけられる。
息を整えていた氷雨は土煙の中から振り下ろされた別の刀を受け止めて、にんまりと笑った。
「時雨…さっきはよくも任務の失敗を俺のせいにしてくれたな…」
「何を言ってるんですか?本当のことじゃないですか」
弾き合う二つの刀の威力は互角だが、時雨の刀は何かしらの邪術で強化されていて氷雨の刀はミシミシと悲鳴をあげている。
そのため氷雨は刀の負担を軽減させるべく、攻撃を素早く躱しては背後に周り、蹴り技を繰り出していた。
懐かしい感覚に氷雨は興奮し、思わず笑みが溢れる。
俺たちは、一人の人間として産まれるべきだったんだ。
「餓鬼の頃からお前だけそんな怪しい術使いやがって…狡いぞ」
「氷雨の方こそ、相変わらずコソコソと動き回って、目障りなんですよ」
「煩い煩い…!!お前なんか死ね!死ね!今日こそ殺してやる!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。いつまで経っても図体だけで中身は成長しませんね。語彙が乏しいのですよ、餓鬼が」
氷雨はどんどん荒くなっていく呼吸を落ち着かせることができず、その表情は歪みきっていた。
そんな彼の姿を見た時雨は挑発したようにふっと鼻を鳴らし、氷雨の額に札を貼り付けた。
「てめぇ!また!」
その瞬間ドカーーーンと激しい衝撃音が鳴り響き、ぐらつく足元に耐えきれず体制を崩した氷雨は首筋に鈍痛を感じた直後、闇に堕ちるように意識を失った。
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「ぷはっ…」
瓦礫の山から顔を出したイトは黙ったまま自分を見下ろす男の眉が僅かに強張っているのを見て「あはは」とわざとらしく笑った。
男はそんなイトの様子に小さくため息を吐く。
「また随分とゆっくり寝ていたようだな」
「そんな意地悪な言い方しないでよムギ。少し疲れたから休憩してただけさ。それにしても、耳障りな爆発音だったね」
そう言いながら這い出てきたイトは汚れた服を叩きながら、一人立ち尽くす時雨を見据える。
時雨の足元には倒れた氷雨の姿があった。
ムギがゆっくりと刀を引き抜いた後、イトは時雨に歩み寄り懐から小さな葉っぱを一枚取り出して口元に近づけた。
「兄様どうする?休戦する?それとも続ける?」
イトが時雨に声かけた瞬間、何十もの黒い影が三人を取り囲むように突然姿を現した。
あの日のように辺りには白い煙のような物が漂い始め、それに紛れた影が時雨の背後から突如として飛び掛かる。
時雨はぎりぎりまで影を引きつけ、その爪が首筋に触れそうになった瞬間振り返ることなく刀を突き刺した。
「破」
唱えられたその言葉により影は黒い霧と化す。
刀にまとわりつく残香を振り払った時雨は左手でその刀身を力強く掴み血を纏わせた。
「構わない。続けましょう」
時雨の指先から滴る血の雫は地面に落ちるまでに気化し、彼を包みこむ。
そして飛びかかってくる影赦を次々に切り倒していった。
(何か邪術でも使ってるな)
黒い影が白い煙の中を飛び回る様を眺め、イトは激しい嫌悪感で顔を歪めた。
「あーなんか既視感、吐きそ」
時雨の己気が徐々に膨れ上がっていくのを感じたイトは、自分の周りを彷徨く影赦たちを草笛の音色で操り、引き寄せられたそれらを刀であっという間に切り刻んでいった。
「捕縛」
そして一通り蹴散らした後呪文を唱え、辺りに舞う黒い霧を全て刀に吸収させた。
イトが小さく息を吐くと背後にいたムギが刀で宙を切り払い、周囲の煙を吹き飛ばす。
深い雲のかかった夜空を見上げたイトは目を凝らして光を探した。
「残念だ、月がないなんて」
新月の闇の中でも藤堂家の衣はよく映えた。
四つの白い光のうち三つは今にも消え入りそうで、夜風に靡く裾が揺れる銀白の炎のようだった。
不意に吹いてきた強い風にイトが顔を顰めると大きな背が彼の側に立ち、袖を広げて風を受けた。
白檀の香を深く吸い込み心を落ち着けたイトは、刀を突き出す。
「来たれ。誘いざなわれし民よ。我に赦しを請え」
そう唱えた途端先ほど吸収した影赦たちがイトの影から姿を現し氷雨と時雨を取り囲む。
時雨は邪術に呑まれかけているのか瞳が微かに朱色がかっていて、イトが放った影赦たちを舐めるように見渡した。
イトの律術は影赦をも自由自在に操ることができる。
理由はなんにせよ影赦が群れることは彼にとって好都合であった。
「なるほど…本家の書庫から影刃武者集をくすねていたのはやはり弦皓だったのですね。律術に加え、平家の術まで取り入れようとするとは。初めから何もかも手に入れている者がそれ以上の欲を張る…その上で藤堂家の力になるでもなくのらりくらりと…」
時雨は心底軽蔑したような目でイトを睨み、憎しみのこもった声でそう呟く。
(初めから何もかも手に入れてる…ねぇ……)
イトは苦笑いを浮かべ「まあ、確かに」と小さく呟いた。
すぐ隣に立っていたムギに咳払いをされたイトは平然とした顔で「だって本当のことじゃん」と言い返す。
そんなイトの態度に時雨は静かな怒りを募らせた。
彼の持つ刀はカタカタと震え肩はゆっくりと上下している。
冷静さを保とうと必死になっているようだ。
「お前は……お前という人間は……」
熱くなってきた時雨の様子に周りの影赦たちは今か今かと揺らめき出す。
イトは深いため息を吐くと、勢いよく刀を地に突き刺し「待て」と影赦の動きを制した。
「本当ならこういう力は当主に対する忠誠心に溢れた、本家に尽くす真面目な男が持つべきなんだろうね。そうやって、何百年もこの国は上手く回り続けていた。けど、それが今や、僕みたいな自由人に渡ってしまった…まあ、うちの当主も当主であんなだし。時代の流れが変わってきている兆しだよ」
僕はこの国を良くしたかっただけだ。
少しでも多くの子供達が、絶望に目を曇らせることなく平和に過ごせることを願った。
あんな当主に対する忠誠心なんて微塵も無い。
人を実験台としか考えてないあんな塵。
「遺言は他にないの?間違いなくこれが最期の会話になるよ」
イトは時雨と同じく瞳に朱色を宿し口元に葉を添える。
時雨は自分の足元に倒れた氷雨を一瞥すると、彼の羽織を剥ぎ取りその薄汚れた衣に血で文字を記した。
「最初からわかっていました」
時雨はイトに聞こえないようボソリと呟くと、今までに見たことのないような慈しみの笑みを浮かべる。
影赦に囲まれた時雨は肩の力を抜いて刀を構え直しふうと息を吐いた。
「私の負けです」
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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