第七十四話 紛い物
【登場人物】
●平家
影の一族と言われ、禁術を使う。
前当主 平 昌宜の代から刀治道を用い、
童狩りなどの生贄を使った術は使わず、
影赦を刀とし、国の治安を影で支えてきた。
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。千鶴達と共に夜雀と戦っている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。原田家のシゲと行動を共にしている。
・チズ 字は千鶴。平家の現当主。
・花心 数年前に生き別れた妹。
翡翠と名乗り、忍びの一族と行動を共にしていた。
・海道 影赦の姿にされていると花心、林之助が気づき保護。
・風優花 夜雀に捕らえられている。
・真白 藤堂家に突如現れフミを殺害した。その後都に現れ仁と共に夜雀と戦うも敵同士となる。
・林之助 千鶴と共に行動していた。ジンと花心と再会する。
⚫原田家
原田家の武士は皆、黒狼と呼ばれている。
現在政治の実権を握っている武家。
・ユキ 字は極之。原田家の長男。
雅号は対狼。
・シゲ 字は茂之 。山犬使い。
ユキと慈実の子供。残血の血を引いている。
・トシ 字は勇臣。女好き。
ユキの弟。ユキと共に対狼と呼ばれている。
●藤堂家
国を治める二代武家の一つ。
真っ白な袖の靡く装束を身に纏っている。
律術という術を代々引き継いでいた。
・イト 字は弦皓。授名は紫苑。
藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者。
音を使った律術を使う。フミにより殺害された…?
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。冷静沈着な謎の少年。
・時雨 藤堂家の長男。双子の兄。
・氷雨 藤堂家の次男。双子の弟。
●その他
・夜雀 残血。容姿は海道。雀の面をつけている。
・紅藍 巫女姿の女。夜雀の仲間?黒猫の面。
「…はっ。相変わらず、おちびちゃんは爪が甘いね」
夜雀はそう呟くと花心の頸に突きを入れ、「う"っ」と鈍い声を漏らし倒れ込んだ彼女の背中に呪符を貼る。
「花心!!」
「大丈夫だよジンちゃん。俺はすぐにトドメを刺したりしない。これはちょっとしたこの女への贈り物だ。お前ら武家の人間は極限まで追い込んでから始末したいからな」
歯を食いしばり今にも飛びかかろうとするジンに見せつけるように、夜雀は花心の襟首を掴んで片手で持ち上げる。
「何をしたのかは謎だが、どうやらお前の力は闘人の時に比べて格段に上がっているようだ。多少姑息な手を使わないと不公平だからな」
海道の面をした夜雀が花心の首根っこを掴み、にやにやと不気味に笑うその姿にジンは激しい嫌悪感を感じた。
(さっきほんの一瞬見えたあの呪符に書かれた文字…どこかで見覚えが…)
呪符の効力によっては一刻を争う事態に、ジンは最善の策を考えるべく必死に思考を巡らせた。
夜雀は顎を上げジンを見下ろし嘲笑い、花心の首元に彼女が所持していた苦無の先を食い込ませている。
「じゃあ、ひとまずその刀を捨ててもらおうか」
ジンは夜雀の言いそうな言葉をある程度予想していた。
今の言葉も想定内だ。
ジンは刀を持った手を差し出し、夜雀によく見えるように目の前で刀を手放した。
夜雀は刀を手放したジンの姿を顔を前に突き出して凝視し「ふーん」と意味深長な声を漏らす。
「解影術の類いかと思ったが…刀を手放しても己気に変動がないとはな。昌宜のやつ、どんな禁術を伝授したんだか」
「父様のことを知っているのか」
夜雀がサラリと口にした"昌宜"という言葉に一歩踏み込んだその時、どこか懐かしい香りがジンの鼻をくすぐった。
(これは…線香の香り…)
そして、闇に一筋の光が差し込んだかと錯覚してしまう程の眩さを放つ白絹が視界に映り込む。
それは夜雀に向かって迷いなく刀を振り下ろし、彼の手にしていた苦無を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた苦無はジンの足元に突き刺さる。
白装束を身に纏った少年は夜雀の首元に切っ先を突きつけ、大きな瞳で彼を睨みつける。
そして怒りに震えた声で、たった一言告げた。
「風優花を解放しろ」
夜雀は彼の登場を待ち望んでいたと言わんばかりに口端を更に引き上げ、見せつけるように花心の首筋に刀を突きつけた。
しかし白装束の彼は全く動じることなく冷えた目つきで変わらず夜雀を睨み続けている。
「愛しの女を取り戻しに来たのか…真白?いや、紛い物のお前を名で呼ぶ必要などないか」
「無駄口を叩くな」
「それはこっちの台詞だ。過去の話とはいえ、一時は家族だったやつを見殺しにするのか?」
そう言い花心の首に切っ先を押し込むような仕草を見せた夜雀は、それを見た真白の一瞬の隙をつき彼の胴にいくつかの苦無を放った。
なんとか苦無を避けた真白だったが、夜雀が続け様に繰り出した蹴りは避けきれず古びた納屋に向かって突き飛ばされてしまう。
廃屋が崩れる音が響き砂埃が舞う中、夜雀は真白が飛ばされた方向を見つめながら嘲笑し「甘いな」と吐き捨てた。
「君もね」
その瞬間、夜雀の頭上から何者かが呟いた。
はっとした夜雀が顔を上げようと顎先を僅かに動かすと視界の隅にあの白髪が映り込む。
声の主は夜雀の肩めがけて刀を振り下ろすも、彼はすんでのところで後方に跳躍しその刃を躱した。
その俊敏な動きもそうだが、夜雀は先程の刃から感じた確かな殺気に驚き眉間に皺を寄せる。
ザザっと草履を地面に滑らせ着地した夜雀に、彼は軽やかな足取りで近づいてきた。
「花心は返してもらったよ」
そう淡々と告げたジンの腕にはいつの間にか花心が抱かれていた。
夜雀は歯を震わせながら彼を睨みつけ、切り裂かれた肩部分の布を怒り任せに引き千切る。
ジンは首を横に傾げ微かに笑みを浮かべた。
「あくまでもその身体を傷つけるような事はないって思っていただろうから、僕が本気で刀を振り下ろしてきて驚いたでしょ?」
黙ったままの夜雀の反応を伺いながらもジンは続けた。
「子供達を誑かすことはできても僕には通用しないよ。どうやら今日は君が本気みたいだから、僕も本気でけりをつけようと思ってね」
「俺からしてみれば、お前も十分子供だ」
「けど君のその身体は子供だ。海道より、今の僕の方がずっと強い。呪符と能力さえ気をつければ君なんて大したことないよ」
ジンはあくまでも冷静で決して驕り高ぶっているわけではない。
それを雰囲気で感じ取れる程、ジンの気迫は凄まじいものだった。
(ここまで言えば、夜雀も本気で僕の身体を奪おうとしてくるだろう)
ジンが胸の傷に手を当て覚悟を決めたその時、ふわりと空気が揺れた。
「何を考えている」
「…背が伸びたね、真白」
いつか言われた懐かしいその言葉にジンは嬉しさを押さえられず、自分の隣に立つ少年を一瞥して全く関係のない返事をした。
闘人の時はジンの肩くらいまでしかなかった彼が今やほぼ同じくらいの身長だ。
(いや、僕が成長していないだけなのかもしれない)
相変わらず脳天気で自由なジンの返答に真白は深い溜息を吐いた。
そして、刀を抜き払い夜雀に切っ先を向ける。
「私は仲間ではない。忘れるな」
真白の言葉にジンは小さく頷くと、花心を近くの納谷に寝かせその背に張られた呪符の文字をを確認し再び彼の隣で刀を構えた。
「大丈夫。敵同士でも、僕らの目的は同じだよ」
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- キンッ‼︎‼︎
「…容赦無いのね」
「あなたは敵だもの。容赦する理由がないわ」
激しく刀を打ちつけ合う紅藍とチズ。
息を切らし肩を上下させる紅藍とは打って変わって、チズは呼吸1つ乱す事なく淡々と告げた。
紅藍の衣は所々切り裂かれ、肩はざっくりと刀疵がついている。
このまま戦えば勝敗は一目瞭然だ。
チズはできるだけ夜雀と紅藍を遠ざける為に先程の場所から離れた場所に彼女を追いやっていた。
「あの子を狙っているのは知っているの。命が惜しくば、夜雀を止めなさい」
「あら。そんな嘘つかなくてもいいのよ。私の命を救う気なんてこれっぽちもないでしょう?」
「…」
チズは傷だらけになっても尚抵抗し続ける紅藍をどうするか悩んでいた。
紅藍は夜雀と行動を共にしていた唯一の人物だ。
何も情報を聞かずに始末してしまうのは惜しい。
少なくとも、海道を元に戻す方法だけでも聞き出さなくてはならない。
チズは追い詰めながらも、紅藍が自害してしまわないように不審な動きをしないか行動を見張っていた。
それにしても、先ほどから彼女はチズの攻撃を受けはするが攻撃は一切してこない。
実力の差があるとはいえ、攻撃を全くしてこないというのはまた話が別だ。
その上、夜雀と違って紅藍は先程からずっと面を外している。
残血は面をはめている時しかその力を使えないはずなのに、一体どういうことなのか。
剣戟の最中、思考を巡らせていたチズは考え難い1つの答えを導き出し、それを紅藍にぶつけた。
「もしかして、あなたは残血ではないの?」
チズの問いに紅藍は小さく微笑む。
その笑みは実に妖しく、含みを持ったものだった。
次の瞬間、紅藍はチズの振り上げた刀の身幅を素手で掴み刀ごとチズを引き寄せる。
素手で掴んだ紅藍の手から赤い雫が伝い、千鶴の手を汚していく。
チズの耳元に顔を寄せた紅藍はそっと囁いた。
「あなたにとって、残血の定義は何?残血と華血。一体何が違うというの?」
まるで男のような低いその声にチズは思わず彼女の顔を凝視する。
そんな彼女の瞳を真っ直ぐ見つめながら紅藍はもう片方の手をチズに押し付け自分の苦無を手渡すと、その手を背後に回した。
「生まれた順番?環境?それとも能力?」
違和感を感じたチズは紅藍から距離を取ろうとするも、彼女は背後に回していた手で彼女の手首を掴み逃げられないよう更に引き寄せた。
「残血だろうが華血だろうがなんだっていいのよ。けどね、私はその血を利用する人間は許さない。それが例え不本意だったとしても、紛い物には違いないの。どうして私達の命が脅かされて、邪道の生き物がのうのうと生きているの?」
”紛い物”
それは幼い頃のチズを苦しめた言葉だった。
平家も神皇家から鞘を賜っているとは言え、側から見れば武家の紛い物にすぎない。
影の一族…正道の紛い物として見られることの悔しさは身をもって知っていた。
「その言葉…そっくりそのままお返しするわよ。どうして紛い物というだけで命を脅かされなくてはいけないの。私達は…ただ、家族を守りたい。それだけなのに!!」
チズは紅藍に掴まれた左手を力一杯引き寄せ、彼女の鳩尾に膝をめり込ませた。
そして後頭部に回された黒猫の面を奪い取り、地面に叩きつける。
顔を真っ赤にして肩で息をするチズは腹部を押さえ蹲る紅藍を蹴り飛ばし震える声で呟いた。
「もう疲れた…私には無理。やっぱりわかりません…父様」
チズの自我によって抑制されていた力が解放され、沸々と際限なく膨らんでいく。
己気は炎のように揺らめく青白い光となりチズの全身を包む。
彼女の瞳からは自然と涙が溢れていた。
「邪魔する人間は…皆始末する」
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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