第八話 覚悟
【人物】
・仁 元の名は鎮。白髪の少年。平家の長男として迎えられる。
・千鶴 呼名は千寿。平家の長女。男勝りで強気な性格。
・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。人懐っこい。
・真白 無口な美少女。
・林之助 呼名は凛。面倒見のいい真面目な次男 。
・風優花 呼名は福。平家の末っ子。人見知り。
「桜、すまない。この状況が全然理解できていなくて。一体僕らはなぜ追われているの?」
仁は戻ってきた林之助に他の子達の面倒を任せ、桜を外に連れ出した。
前方を歩く桜は振り返ることなく告げる。
「…俺もわからない。ましてや戮者にだなんて」
「その戮者って何者?敵なの?」
こんなにも桜を動揺させる上に、真白と父様を追い詰めることのできる存在。
黒衣戮者。
全身真っ黒なその姿を思い出す。
(ただ者ではないはずだ。以前話された、神皇家に反発運動を起こした輩の長なのか?)
「黒衣戮者は、神皇家の役人…処刑人だ」
淡々と感情のない声で桜は呟いた。
「なっ…なぜ、父様がそんな奴らに」
思わぬ一言に目を剥き、言葉がうまく紡げない。
(神皇家の使い?神皇家と平家は今まで友好的な関係を築いていたはず。狙われるなんて…ましてや処刑人に)
「戮者は仕事が早い。早く父様を連れ出さないと明日にでも刑が執行されるはずだ。絶対おかしい…こんなことって…」
震える桜の肩を掴んでこちらに体を向けさせる。
パニックになってるのか、焦点が定まっていない。
「桜、ねえ…少し落ち着いて。こっちを向いて?」
肩を揺らしそう告げるもその声は届いておらず、桜はなにやら小声で独り言をぶつぶつと吐いていた。
「もう…桜!」
「お姉ちゃん!まだ休んでなきゃ!」
声がした方へ振り返ると壁をつたいながら歩いてくる千鶴と、それを追いかける風優花の姿があった。
「千鶴?!」
桜が声をあげ、真っ先に千鶴に駆け寄った。
さっきまであんなに狼狽ていたのに千鶴が現れるとそっち優先になるなんて、どれだけお人好しなんだろうと心の中で呟き溜息を吐く。
「そんなんだから、余裕が無くなるんですよ」
そう小声で吐き捨て、3人に駆け寄った。
「ごめん、私が油断した…」
「いや、お前のせいじゃない。俺が兄としてあいつらに任せたんだ」
2人はお互いに肩を貸しながら言い合う。
「でもっ…」
「千鶴。今は悔やんでもしょうがない。とりあえず明日の動きを決めないと」
仁が落ち着いた声色でそう促すと、千鶴はハッとしたように目を瞬かせ頷いた。
部屋に戻った4人は林之助も交えて翌日の計画を練った。
千鶴は汗をかき苦しそうに呻く真白の頭を撫でながら言う。
「真白はまだ自力じゃ動けないだろうから桜が真白と風優花を連れて海道たちを探しに行って欲しい。私は先に仁と林之助を連れて都まで行く」
「…夜開け前には出発しよう」
桜の低く鋭い声が静まった部屋に響いた。
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「俺たちも後から追いかける。くれぐれも気をつけるんだぞ!」
「わかってるよ」
桜と真白、風優花をそれぞれ乗せた馬が走り去っていく中、仁はとある問題に頭を抱えていた。
するとしばらく姿を消していた千鶴が林の奥から一頭の馬を連れて戻ってくる。
そして仁にその馬の手綱を手渡した。
「仁行くよ!大丈夫。その子はいつもの子だから」
促されるまま馬に跨ると前の馬に乗り手綱を持った千鶴が、「ね?」と振り返る。
「まさか、本当に…君なのか」
仁は毛並みを撫でながら馬に問いかけた。
すると馬は言葉の代わりに鳴き声をあげ応える。
(…どういうこと)
乗馬があまり得意ではない仁は山に住み着く馬の中でも一際大人しいこの一頭のみにしか乗ることが出来なかった。
しかしここはいつも練習をしている山からずいぶん離れた場所。
(それにどうして毎度見分けがつくんだろうか)
仁は前を走る千鶴を見遣り、眉を顰めた。
彼女には謎が多すぎる。
「兄さん、どうしたんですか?」
突然声をかけられハッと振り向くと、後ろを走っていた林之助が馬を隣につけこちらを見つめていた。
「なんでもないよ。僕は林之助と違って乗馬が苦手だから、振り落とされないよう気合いを入れてるんだ」
そうヘラヘラと笑い、前を向き直す。
(そうだ。そんなこと今はどうでもいい。千鶴は如何にして父様を取り戻すつもりなのだろうか)
都で騒ぎを起こそうものなら、平家の名が汚名として世に轟いてしまうかもしれない。
ましてや奪還に影赦を使うことはないだろう。
千鶴のことだから、そうするくらいならなんらかの方法で自分を犠牲にする選択をしそうだ。
「それは、僕が阻止しなくては…」
約束を忘れてしまわないように、手綱を握る手に力を込め千鶴の背中を見据えた。
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「なんだか騒がしくない?」
都に着いた仁たちは薄暗い街並みに佇む一軒家の陰に身を潜めていた。
仁の問いかけに2人も訝しげな表情を浮かべる。
「うん。何かおかしい。まだ卯の刻くらいのはず」
「若干朝陽が射してきてはいますが、完全に夜が開けたわけではないのに」
都の中央部分にあたる橋に人混みができていた。
千鶴は一度馬を山に放ち、辺りを不安げに見渡す。
「流浪影赦が現れたら大変なことになるっていうのに」
悔しそうに呟く千鶴を林之助はジロりと睨みつける。
仁はその様子をみて苦笑いしつつ、傘を深く被り人混みに近づいていった。
「…騒がしい…」
「しっ。耳を済ませな」
人混みの後列辺りまできた時、突然足を止められた。
千鶴の表情が徐々に険しくなる。
「なあこいつ、最近都を襲ってた化け物を操ってたやつらしいぞ」
「そうみたいね。なんでも、武家の追放人だったそうじゃないの」
「神皇家の逆賊として反発運動を起こしてた輩どもの長がやっと処刑されたそうじゃないか」
「晒し首なんて物騒だけど、これでもう私たちの生活が脅かされないじゃない。死んでくれてせいせいしたわ」
そんな噂話が前後左右から聞こえる。
晒し首なんてもう何百年もされていないと聞いていた。
よほどの大罪人でない限りそんな事されないはず。
反発運動を起こしていた輩の長はそれほどの大罪を犯していたのか?
たかが反発運動くらいでは、ここまでの罪に問われないはず。
そっと前方に立つ千鶴の手首を掴むとその指先が震えていることに気づいた。
林之助も何があったのかとこちらを見つめてくる。
「…千鶴?」
「確かめなくちゃ。2人ともなに呆けているの。早く…行くよ」
千鶴の一言にやっと状況を理解した仁は目を見開く。
呼吸が浅くなるのを感じた。
頭の中で否定の言葉が巡る。
(まさか…そんなわけがない。そんな…)
「待って!」
少し先まで進んだ千鶴に向かって叫びその手をとった。
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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