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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
晦冥の秘事
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《番外編》思い出の冬麗(後編)

【登場人物】

⚫原田家

・ユキ 字は極之(みちゆき)。原田家の長男。

・トシ 字は勇臣としおみ。女好き。

慈実めぐみ ユキからはあだ名でシゲと呼ばれている。ユキの許嫁。

・シゲ 字は茂之しげゆき。ユキと慈実の子供。山犬使い。

「ちょっと!やめてください!!」




ぼうっと空を見上げながら歩いているといつの間にか隣を歩いていたシゲの姿が居なくなっていることに気づいた。


ユキは慌てて彼女の悲鳴が響いた方向を見遣る。


そこには町娘を庇うように立ち塞がるシゲと、彼女を囲む4、5人の輩の姿があった。




「シゲ!おまっ、何してるんだ!」



「あ、極之様!この人達が彼女を連れ去ろうとしていて!」




シゲに歩み寄るユキの姿をみた男達は驚いたように目を見張ると、互いに顔を見合わせ不敵な笑みを浮かべた。




「お前が原田家の極之ってやつか?」



「ということはこいつはお前の部下ってことだよな」



「こんな可愛らしい見た目したやつ珍しいよなぁ?まさか…原田の嫡男様は男色なのか?」




男達はユキに向かって嘲笑いながらそう口にする。


するとユキは徐々に顔を引き攣らせながら「あー」と頭を掻き項垂れた。


それを見た彼らは満足そうに口端を持ち上げ大笑いする。




「…かにしな…で」



「んあ?」




その時、笑い声に掻き消されそうなほどの小さな声がユキの耳にも届いた。


男達は振り返り、大きな目を鋭く細め自分らを睨みつけるシゲを見下ろす。


シゲは拳を強く握り締め口元をわなわなと震わせていた。




「あちゃ…」 




その様子を苦笑いしながら傍観していたユキの肩に手が置かれる。


振り返らずともその無骨な手の形と気配でユキはそれが誰なのか判断できた。




「おい、ユキ。あいつ助けろよ」



「俺達が行くと余計荒れるだけだ。今は行かない方がいいだろうよ」




ユキは目線をシゲに残したまま背後に立つトシの言葉に答える。


トシは一時的にユキ達と別行動をとっていた。


たった今合流したようだ。


トシは「まぁ…」と渋々ユキの言葉を受け取る。


2人が見守る中、シゲは依然として町娘を庇い男達に睨みを効かせていた。


彼女は小太刀を持たされているが、基本的にユキ達対狼でなければ師弟やその他の人間が町中で抜刀することは禁じられている。




「極之様を馬鹿にしないでください!」



「なんだよ?そんな顔したって全く怖くねぇぞ?むしろ……唆るなぁ…」




シゲの怒声も虚しく、男の1人が彼女に触れようと顎先に手を伸ばした。


ユキはすぐに駆けつけられるよう一歩踏み込み構えるも、彼の心配は杞憂に終わることになる。




「やめてって言ってるじゃないですか!」




シゲの叫び声が辺りに響いたのと同時に男達の唸り声が聞こえ、彼らはほぼ同時にその場に倒れ込む。


彼らの背で隠れていたシゲは物凄い剣幕でその姿を現した。


彼女に庇われた町娘や、通行人達は何が起こったのかと目を剥き瞬いている。


ユキは薄笑いを浮かべ、シゲに声をかけようと歩み寄った。




「姉ちゃん!!」




するとユキよりも早く2人に駆け寄る姿があった。


ぱっと見10もいってないであろう子供達はシゲを通り越し、彼女の背後にいた町娘に飛びつく。


わんわんと大声を上げながら泣きつく子供らを慰めるように町娘はしゃがみ込み優しく声かけた。




「シゲ、大丈夫か?」



「ええ大丈夫です。私よりもこの人達が…」




シゲは駆けつけたユキに微笑みかけると、すっかり伸びてしまった男達に目を向け「困った」と眉尻を下げた。


女といえど、シゲは原田の地獄のような稽古に自ら進んで取り組んだ強者だ。


肉体面はもちろん精神力だってこんな勢いだけの輩とは比べ物にならない。


指先で額を弾いただけで凡人は気絶するだろうに。


ユキは男達を道の隅に寝かせ町娘に目を向ける。


するとそこには先程まで側で傍観していたトシの姿があった。




「おいお前ら、こんなところで何してやがる!男がべそかくなんてみっともねぇぞ。まずはあいつに礼を言え馬鹿!」




トシはそういうと町娘に駆け寄った子供達を両手に抱え、シゲの前に突き出した。


その乱暴な扱いをみて眉をピクリと動かしたシゲはトシに睨みを効かせ口を開く。




「トシ君!子供に乱暴しちゃっ…」



「「姉ちゃん助けてくれてありがとう!!」」




シゲの濁った声に被せるように子供達の甲高い声が響く。




「…あれ」




それが心からの感謝の言葉だと理解できたシゲは思わず動揺しそう一言漏らした。


ユキもシゲの目の前で深々と頭を下げて礼を言う子供達と、その背後で腕を組み踏ん反るトシを交互に見て眉間に皺を寄せた。


そこへ歩み寄ってきた町娘はユキが背に抱えていた槍と黒い装束をまじまじと見つめ、ハッとしてトシに言い寄る。




「不躾にすみません。もしかして…トシ兄様ですか?」



「そうだ。いつもこいつらが世話になってるようだな」




トシは子供達に囲まれながら町娘にそう答える。


背に乗ったり、足にしがみつかれている様子から見るに随分と親しい仲なのだろう。


トシの言葉の後町娘は改めて深々と礼をし、しばらく和気あいあいと会話を交わしていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




あの騒動の後、街を出たユキたちは険しい山道を進みながらたわいも無い話で盛り上がっていた。


シゲは隣を歩くユキを一瞥する。




「あの子ら、さっきお前があの店から土産として持って帰った握り飯持ってたな」



「あー…」




話が一区切りついたところでユキが零したその言葉にトシは目線を泳がし、言葉を詰まらせた。




「見られてたか」



「当たり前だ」




わざとらしくヘラヘラと笑うトシの言葉に間髪入れずに答え、睨みを効かせた。


" 全て話せ "


そんな意味合いを込めて。


シゲはいつも通りの2人のやりとりを見て声を抑えながらクスクスと笑う。


トシは腕を組み「うーーん」と唸ると、観念したように大きくため息を吐いた。




「あれは俺が昔いた寺で一緒に生活していたガキ達だ。あの頃は言葉もまともに喋れてなかったのにな。デカくなったもんだ。あの姉ちゃんは寺の新しい乳母だとよ」



「…」




ユキは記憶の足跡を辿るように遠くを見つめるトシの横顔を一瞥した。




「今日行った店の店主は、最近の不景気で飯が食えなくて道端でくたばっていたあいつらに飯を食わせてやったらしい。だからほんの礼に、な」




(こいつ、屋敷から逃げ出した後は寺で生活していたのか)



我が弟の知らなかった過去に触れ、ユキは出会った時の野蛮な猿のようなトシがどんな風に子供達と触れ合っていたのだろうかと想像した。


空白の時間を経て原田に帰ってきたトシは、なぜその生活を捨ててまで槍を持ちその手を血で染めているのだろうか。


当時の幼かったユキに彼の純粋さは痛く胸に刺さった。


だからこそ、国の為とはいえその手を汚してしまうことを恐れたのだ。


原田極之は賢かった。


自分の父が国の為と掲げながら、その権力を私利私欲のために利用していたことを幼い頃からずっと理解していた。


自分はいつか当主の座に就く。


その時までの辛抱だと今もずっと言い聞かせながら、罪の意味すらも理解できずに命乞いをする人間を手に掛けてきた。


心が壊れる音は、とうの昔に消え去った。


けれどこいつはどうだ?


トシは、どんな思いでこの場所に戻ってきたんだ。




「あ!」




シゲの甲高い声が響いたその時、秋の匂いを纏った凩が吹き荒れ色とりどりの枯れ葉が3人を包み込むように舞踊った。


目の覚めるような光景を見て気分が高揚したのか、シゲは子供のように目を輝かせながら走り出す。




「わあ!!」




ハラハラと揺めきながら舞い落ちる枯れ葉を追いかけはしゃぐその姿は、どの瞬間を切り取っても絵画のように美しく瞬きするのも惜しく思えた。


ふと、込み上げてくる何かを感じユキは胸を押さえる。


息が詰まるような苦しさに呼吸が荒くなるのを感じた。


いつまで経っても治らない動悸を抑えるべく足元を睨みつけていたその時、景色がぼんやりと霞み始めユキはガバリと顔をあげた。


そこに先ほどまで元気に走り回っていたシゲの姿は無く、微かに聞こえる笑い声は彼女に似ているがどこか幼い。


別の誰かのものだ。




「シゲ…?慈実…!?どこだ!」




どうしようもない絶望感に飲まれたのと同時に、全身がヒヤリとした何かに包まれているような感覚に陥る。



(これは…一体どうなっているんだ…)



ユキはこの状況を打破するべく、唯一の手がかりである頭に響く笑い声に意識を集中させようとゆっくりと瞼を閉じた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「おーい!何してんだよユキさん!!ユキさんっ?」



「はっ…」




再び目を開けると、そこは紅葉の舞う鮮やかな山道ではなかった。


ユキの頬に落ちていた白い綿の塊は彼の体温をじわじわ奪いながら吸い込まれるように溶けていく。


雫となったそれを指先で拭ったユキは、手を掲げ指の間から見える透き通った白群の空を見つめた。


喉を通る凍てついた空気はユキの思考にかかった靄を徐々に晴らしていく。




「ああ…夢か」




冬麗に包まれながらそう呟いた。


むくりと体を起こすと、濡れた前髪から清らかな雫が頬を撫でるように伝った。


雪で濡れた装束は全身を氷のように冷やし現実を痛く突きつけてくる。


木々は痩せほそり、枝に大量の雪を積もらせていた。


銀世界の美しさと侘しさに心を奪われていると不意に冷たい塊を投げつけられる。


ユキの首元に命中したそれは、ボトっと鈍い音を立てて同じく真っ白な地面に落ちた。




「おいユキさん!ボケッとすんなよな!らしくない!」




投げつけた張本人は山犬の上に跨り、小さな両手に新しい雪玉を1つずつ持っていた。


白い息を吐きながらも楽しげに笑うその姿を見てユキはハッと我に返る。



(そうだ。俺は1人じゃない。この命に変えても、守るべきものがあるんだ)



そう心中で呟いた。




「おい!このクソガキめ!大人を舐めんなよ!」



「へっ。じじいの間違いだろ!」




ユキはシゲの持った小さな雪玉よりも大きな塊を何個も両腕に抱え、駆け出した。


手にしたものも、失くしたものも、全てが今この瞬間の幸せの為にある。


たとえ1秒後にこの命が尽きたとしても、お前の写し絵であるこの命を守れるのなら。


それは…本望だ。

第4章番外編までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。


第4章挿入歌「写し絵」は

各種音楽サイトにて配信中です。

#詩葉#写し絵 で検索してください。


続きは次回、第5章「暁月編」までお楽しみに!


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