《番外編》林兄ちゃんの初任務(後編)
・林之助 8歳。呼名は凛。面倒見のいい真面目な次男。
・海道 6歳。呼名は壊。元気盛りの暴れん坊。双子の兄。
・花心 6歳。呼名は英。人懐っこいおませさん。双子の妹。
・風優花 4歳。呼名は福。平家の末っ子。
・千鶴 呼名は千寿。平家の長女。男勝りで強気な性格。
・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。人懐っこい。
・昌宜 兄弟達の父親。おおらかで豪快な性格。
・真白 千鶴がある日突然連れてきた無口な美少女。
「り…すけ…りん……り…のすけ!!」
「はっ…!」
突如頭に鳴り響いた声の正体が分かった瞬間真っ黒だった視界がぼやけ細い線のような白光が差し、その人物は林之助の目の前に姿を表した。
林之助は何度も瞬き、自分の現状を把握しようとする。
とりあえず分かったことは、鼻先がくっつくほどの距離感で見つめてくる人物の茶髪が頬を掠めて痒いということくらい。
「よかったな!今日はほんっとに記念すべき日だ!」
その人物は馬鹿みたいな声量で叫び、屈託のない笑顔で林之助の髪の毛をわしゃわしゃと撫でると、今度は自分の胸に林之助の頭を押し付け抱きしめた。
林之助は信じられないくらいの力で抱きしめられ、呼吸ができずにバタバタと暴れる。
「ちょっ、こら!サク!!何してんの!!」
「あー!父様!サク兄さんがリンを締めてる」
居間のほうからいつものようなチズの怒鳴り声と、きっとにやけながら話しているであろうカイの声が響き渡る。
とりあえず呼名で呼び合っているということは、ここは家の中ということなのだろう。
(無事に帰ってこれたのか…)
「っぷはぁ!!」
駆けつけたチズが抱きつくサクを引き剥がし、リンは解放された瞬間に大口を開けて空気を取り込む。
肩を上下させ呼吸を整えるリンの頭に大きな手が包み込むように置かれ、柔らかくも落ち着く声が聞こえた。
外はいつのまにか暗くなり、オケラの鳴き声が静かな夜に響き渡っている。
「リン、よかったな。己気の生成に成功していたぞ」
「え…?」
何を言われているのか理解が追いつかず情報が忙しく巡る脳内を整理しようとしていると、声をかけてきたその人物はしゃがみ込みリンに視線を合わせて微笑んだ。
「父様!俺は本当に嬉しいです!己気ができたってことだよ!これから俺たちと一緒に修練できるな!」
その後ろからチズを振り払って犬のように駆けてきたサクは昌宜の背中に飛びつき、リンに向かって眩しいほどの笑顔を見せた。
リンはまだ上手く働いていない頭を使い、必死に記憶の中を探る。
(己気…。確か以前、父様に聞いた武士の力の源…)
「己気があれば、刀を生成できる」
”刀”
林之助は待ち望んでいた一言に目を剥き、昌宜に飛びついた。
「本当ですか!?僕も刀で修練できるんですか!?」
サクとリンに挟まれた昌宜は2人の顔を交互に見遣り満足そうに微笑む。
すると居間の方から現れたチズが呆れた色を湛えながらも口元を緩め微笑み、リンを見つめた。
「そして、誕生日おめでとうリン」
「…え?」
「今日街に行っていたのは、これを取りに行くためだったの」
「えっと…あ、ん?」
そういうと、チズはリンの手を取り手にしていた鞘を彼の小さな手に持たせた。
自分の誕生日なんてすっかり忘れていたリンはしどろもどろな返事しかできず、受け取った鞘の重みでやっと全てを理解することができた。
そして次の瞬間、パチンと指を鳴らす音が聞こえたのと同時に薄暗かった部屋に灯りが灯る。
「え!?」
パチパチと音を立て囲炉裏に揺らめく火を囲むように家族全員が座り、驚くリンを嬉しそうに見つめていた。
「いやぁ、俺が頑張って森の奥まで誘い出した甲斐あったなぁ!…って痛!!?」
「何言ってんの!それにしたって奥まで行き過ぎよ!」
鼻の下を伸ばしながら大声で話すカイの頭を叩き、ハナが眉間に皺を寄せながら叱りつける。
しかし当の本人にその言葉は全く響いていないようで、フウやチズは苦笑いを浮かべていた。
「それにしても!!落ちたと思ったリンがふわって浮いて綺麗に着地したのを見た時は魂消たよなぁ!俺も早く刀握りてぇ!!」
ハナを差し置いて興奮気味にリンに近づいたカイは、目を輝かせながら彼の手を掴んで話した。
「お前は自由すぎるからなぁ、リンみたいにちゃんと真面目に修練してるのか?」
そんなカイの頭を掴み口端を引き上げながら問いかけるサクは、チズに同じように頭を掴まれる。
そのあまりにも強い力にサクは「いててて!」と叫び声を上げた。
「そんなカイはあんたとそっくりでしょうが!大丈夫よ。家族全員、皆刀を持てるようになるから。ねぇ、リン?」
あまりに予想外の出来事が続き、一部始終を呆けながら眺めていたリンにチズはサクの頭を掴んだまま問いかける。
「…はい!!」
リンは湧き上がる喜びを抑えられず、満面の笑みで答えた。
真面目で固いリンが大声で返事をしたその姿に、皆顔を見合わせ、穏やかな空気が周りを包み込む。
リンは鞘を腰に挿し、昌宜に深々と礼をした。
「僕、もっと強くなります!」
リンの清々しい表情に昌宜は満足げに頷く。
するとリンを取り囲むように皆が集まり彼をお膳の前に座らせた。
「そんじゃ!今日はお前の誕生日なんだから、腹一杯食えよ!!」
「そうだぞリン!じゃないと俺が先に食べ尽くすからな!」
「チズ姉!カイがまた荒らそうとしてる!!」
「ハナ、大丈夫よ。沢山あるから気にしないで」
「お前…食べないのか?」
「ううん。ちゃんと食べるよ。皆のこと見てたいの。マシも遠慮しないで沢山食べて」
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皆が食事を済ませ和気あいあいと会話をしている中、ハナは率先して片付けをし始めたカイを追いかけるように土間に向かった。
「珍しいじゃないあんたが片付けをするなんて」
揶揄うような口調で声かけるも、カイの表情は変わらず至って真剣なものだった。
その様子に何かを悟ったハナは口をすぼませながら黙って片付けを始めた。
カイはたまに心がすっぽり抜けたのか集中しているのかわからない時がある。
こういう時は黙って隣にいるのが一番だ。
唯一赤ん坊の頃から一緒だった記憶があるカイのことは私が一番わかっているつもりだ。
しばらくせっせと手を動かしていたカイの手が突然ピタリと止まり、ハナもそれに合わせて手を止めた。
するとカイはハナの手に自分の手を重ねる。
2つの天眼石がカチャリと音を立て擦れ合った。
「俺も…強くなって…何が起きても家族を守れるくらい、すげぇ男になるから」
「…うん…そうだね」
ハナはカイの手を握り返し、鈍色に艶めく天眼石を見つめた。
【《番外編》りん兄ちゃんの初任務 完 】
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作者の紬向葵です。
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