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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
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第七話 刀治道

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。平家の長男として迎えられる。

・千鶴 呼名は千寿。平家の長女。男勝りで強気な性格。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。人懐っこい。

・真白 無口な美少女。

・林之助 呼名は凛。面倒見のいい真面目な次男 。

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。人見知り。


麓の辺りまで着いたところで立ち止まり振り返ると、沈みはじめた夕日が狂い咲く満開の桜を暖かなだいだい色で照らしていた。

刀剣商に着くと、主人が3人の顔を見るなり黙って奥の部屋に案内してくれた。


「林之助、風優花!無事だったんだね」


部屋には横になった真白と、隣で手を握りじっと座っている風優花、その2人を部屋の隅で見守る林之助の姿があった。

仁が声をかけると林之助はゆっくりこちらに視線を移し、浮かない表情のまま答えた。


「兄さんたち…無事でよかったです」


林之助は3人の背後に目を向け、続けて入ってくる者がいないことを確認すると、グッと眉間に皺寄せ桜がおぶっている千鶴を睨んだ。


(ある意味、千鶴が気絶していてよかった)


あの出来事の後に林之助から責められでもしたら流石の千鶴でも心が折れてしまうかもしれない。

仁はそっと林之助の頭を軽く撫でた後、そのまま真白たちの方へ歩み寄る。

桜も仁の後に続き、真白の隣に千鶴を寝かせた。


「仁兄、お姉ちゃんとマシは大丈夫なの?」


風優花はそう不安げに問いかける。

仁は眠ったまま時折苦しそうに唸る真白の額に手を当て、腕や足、毒が入ったであろう傷口を調べた。

一通り診た後部屋にいる全員に聞こえるように話す。


「千鶴は気絶してるだけだから大丈夫だよ。真白は…肋が折れてる。その影響か熱も出ているね。しばらくは安静にしていた方がいい。風優花、店主に頼んで軟膏か酒をもらってきてくれない?後お水と手拭いも」


真白の手を握り心配そうに見つめる風優花に告げると、彼女は静かに頷き駆け足で部屋を出て行った。

すると林之助は桜に歩み寄り、千鶴の髪を整えながら振り返ろうとしない彼の背中をじっと見下ろした。

その瞳に一瞬闇が見えた気がした。


「兄さん、海道と花心は?」


「…俺はあいつらを信じてる」


林之助に背を向けたまま桜は呟いた。


「…そんなこと聞いてるんじゃないんですよ」


いつもより落ち着いたその声色が林之助の怒りをひしひしと感じさせた。


「すまない」


「そんな事聞いてません!」


林之助は依然として振り返らないまま背中を丸め、項垂れる桜の胸ぐらを掴む。

仁も咄嗟に制しようと立ち上がるも、桜に止められ座り直した。


「影赦を出してかかれば花心を助け出せたはずです!どうして姉さんに小豆を呼ばせなかったんですか!」


やっぱり林之助はあの場で影赦を呼ばなかった千鶴と、それを促さなかった桜に不満を感じていたようだった。

影赦は昌宜か千鶴が呼び出さない限り、他の者が先に呼び出すことは許されない。

それに、そもそも林之助や他の子達はまだ影赦を取り込んでいなかったから千鶴、桜、そして仁しか呼び出すことはできなかった。

自ら行動することもできない上に、あの場でそれを伝えられる距離にいなかった林之助は、ただその様子を傍観することしかできなかった。

だからこそ人一倍悔しいのだろう。

何もできなかった自分自身の無力さを痛いほど実感したはずだ。


「林之助、影赦は武家の刀だ。主人の命令に逆らうことはできない。それ故に俺たちは剣術だけではなく、刀治道とうちどうを教授されてきただろう。それはお前が一番よくわかってるはずだ。余程のことがない限り、稽古以外で影赦を呼び出すことは許されない」


刀治道とは、神皇家がこの地を生み出した2人の神の末裔であるという伝承と共に、その神皇を守護する武士が影赦を操るに相応しい人徳のある人間に育つための心得として平家に代々受け継がれてきた教えだ。

林之助はぎこちない手つきで桜の胸ぐらを掴み、歯を食いしばる。


「わかってます!僕はその道を一番心得ていたつもりです!でもそれはあの子達がいたからです!兄としてお手本にならなければいけないと…」


桜は胸ぐらを掴む林之助の手にそっと自分の手を重ね、諄々と諭す。


「影赦は元々は罪人だ。そして小豆は強い。懺悔の思いが強いからこその力だ。前世に罪を犯したことを悔やみ、影赦として我々の力になろうとしている者にまた罪を重ねさせることがその道に反するとは思わないのか」


重ねられた手を振り払い胸ぐらから手を離した林之助は、桜を突き放し拳を力強く握りしめた。

そして興奮して充血した目で桜を睨みつける。


「刀治道の心得の中で最も重要だとされる徳目はなんですか!?人を愛し、思い合うこと。国の民を思いやる気持ちを育てるために、なによりも家族の輪を乱すべからず!影赦はあくまでも元罪人だ!家族を守るためなら犠牲になってもいいじゃないですか!」


林之助の叫びの後、千鶴の瞼が微かに動いた。

突き放された桜は林之助に再び詰め寄る。


「影赦は元は民だ!罪を犯してしまえばもう二度と転生することはできない。その存在はこの世界から抹消される。民を守るための武士がそんなことをするとは!流浪影赦を放つ大罪人と同等のことを言っている自覚はあるのか!?」


いつもヘラヘラしている桜が怒っている姿を見るのは初めてだ。

林之助もいつもは礼儀正しく大人しい性格なのにその面影は欠けらも感じられない。


「でも結局!海道と花心を連れて帰れなかった!父様も捕らえられた!家族も守りきれない武士が民を守る!?笑わせないで下さいよ!!この世には優先順位というものがあります。全てを守るなんて無理なんですよ!武士として優秀な海道と花心は、これからの将来沢山の善良な民を守る力となれたはず…それがまさか…戮者に捕まるなんて」


仁は2人の言い争いをただ黙って見守っていた。

窓からさしていた西日は徐々に薄くなり、次第に部屋は暗くなっていく。

林之助の最後の言葉の後、桜は黙り込みその場に立ち尽くした。

林之助はしばらくして「頭を冷やしてきます」と言い、勢いよく戸を開いた。

そしてハッとした表情でしばらく立ち止まった後、戸の向こうで申し訳なさそうに俯く風優花と入れ違いに部屋を出て行った。


「風優花、こっちにおいで。体が冷えてしまうよ」


林之助が立ち去った後もその場で動けずに俯く風優花に仁は呼びかけた。

目の前では同じく立ち尽くしたままの桜が悔しそうに顔を歪めている。


「桜、君も座りなよ。兄さんが立ったままだと風優花も座りにくいでしょ」


そう促すも変わらず立ち続ける桜たちを交互に見る。

「はぁ」と一息ついて立ち上がった仁は桜を無理やり座らせ、風優花の手を取り部屋に入らせた。

受け取った軟膏を傷口にそっと塗ると真白は苦しそうに息を荒らげ顔を顰める。

冷えた手拭いで真白の汗を拭った。


「きっとまだ完全に毒が抜けてないんだろうね。傷口も鎖骨辺りだけど、右側だったのが不幸中の幸いかな。吐かせなくても大丈夫な程度だと思うから後は真白の自然治癒力に頼ろう。風優花、看病任せていいかな?」


伸びたその猫っ毛を優しく指でとかすと風優花は上目遣いでこちらを見つめ、ぎこなく笑いかけてきた。

この子は控えめで自己主張が少ない分、周りをよく見て状況を繊細に感じ取っている。

こんな幼い子に気を使わせてしまうなんて。


「そんな笑顔…まだ知らなくていいんだよ」


そう言いそのふっくらした頬を両手で挟み弄んだ。


「仁兄ちゃん、私のほっぺはおもちゃじゃないよ」


ふわっといつもの様に微笑んだ風優花を抱き寄せ、その温もりを確かめる。


(温かい…)


この子も林之助も桜も、そして千鶴に真白も…皆心が温かいからこんなに苦しいんだろう。

父様は、今どこにいるのだろうか。

約束を忘れてしまっていた。

僕は、この子達を守ると誓ったんだ。

記憶がすっぽり抜けてしまっていたようだった。

海道と花心がここにいない。

林之助と桜の言い争いの最中も僕は実感してなかったんだ。   

状況処理が間に合ってない。

僕は常に自分のことを斜め上くらいから傍観してるような視点で日常を生きている。

自分を常に客観的に見ている。

だから今もずっと他人事のような気分だった。

風優花を抱きしめて、その温度を自分の肌で直接感じることでやっと少し実感した。

2人は、父様は、ここにいない。

あの声が、あの微笑みが脳裏に焼き付いて離れない。

邪魔だと頭を振ると風優花が仁の頭を撫でた。


「仁兄ちゃんは自分のことになると、そうやって途中で考えるのやめちゃうんだから」


ハッとして思わず風優花の小さな肩に顔を埋めた。

3回ほど大きく呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。

簡単だ。感情のコントロールなんて。

僕の心は浅はかで、皆の様な感性もない。

簡単でしょ。ほらだって。


「そんなことないよ。僕はいつでも僕のままだから」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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