表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
再び
6/97

第六話 双子

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。平家の長男として迎えられる

・千鶴 呼名は千寿。平家の長女。男勝りで強気な性格。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。人懐っこい。

・昌宜 兄弟達の父親。おおらかで豪快な性格。

・真白 無口な美少女。千鶴のことを尊敬している。

・林之助 呼名は凛。面倒見のいい真面目な次男。

・海道 呼名は壊。元気盛りの暴れん坊。双子の兄

・花心 呼名は英。人懐っこいおませさん。双子の妹

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。人見知り。

     真白のことを気に入っている。


「桜!そっちだよ!」


「くそっ」


それは、木から木へ枝伝いに逃げ回りこの場から立ち去ろうとする。

森の地形をよく把握しているようだ。


「仁!上だ!」


その声でハッと見上げると、上から飛び降りてくる姿を確認できた。

間合いに入れさえすれば後はこっちのもん。

飛び降りてくる姿が亀のように鈍重な動きに見えた。

そのまま流れるように腰刀に手をかける。

素早く抜き、繰り出した刀は吸い込まれるように引き寄せられそれを一刀両断にした。

黒い霧が弾け、宙に舞う。

そのまま刀を地面と平行に持ち、唱える。


- 「捕縛(ほばく)


霧は瞬く間に気化し、耳が痛くなるような呻き声と共に刀に吸い寄せられる。


「今日は少し手応えのあるやつだったな」


木の影から現れた桜が声をかける。


「そうだね。もう少しやり合ってもよかったかな」


まだ刀に少しこべりつく跡を振り払い鞘にしまう。


「じゃあ次はどっちが先に斬るか賭けるか?」


「それは楽しそうだね」


互いの肩を組み、盛り上がっていると背後から声が聞こえた。


「こら、あんたたち。なに楽しんでるのよ」


振り返った先には相変わらずの呆れ顔で近づいてくる姿があった。


「仲間に入りたい?」


「少しは楽しまないとやってらんないだろー」


歩み寄るその人物に手招きをすると、手を掴まれ凝視される。


「もう、ここ怪我してる。利き手なんだから大事にしな」


「怪我?」と思い自分の手を見つめているとその人物は次に隣の桜の方に歩み寄り、顔をじっとみつめその右頬をグッと摘んだ。


「いって!ちょ、千鶴、摘むことないだろ…」


摘まれた瞬間後ろにのけぞった桜は右頬を両手で押さえ呟いた。


「やっぱり口の中切れてる。そんなに強くつまんでないわよ。2人共賭けをする暇があったら、もっと怪我しないように気をつけながら戦いな」


千鶴は腕を組みながらこちらをじっと見つめ右手で髪をかきあげる。

仁と桜は顔を見合せふっと笑った。


「何がおもしろいの!」


眉間にシワを寄せこちらに詰め寄ってくる千鶴を2人で「まあまあ」と制する。


「本当に千鶴は俺たちが好きだよなー」


桜の余計な一言に千鶴の怒りがさらにヒートアップしそうになるのを感じ、慌てて質問を投げる。


「あーところで。そっちの影赦はどうなったの?」


「もちろん、捕らえた」


千鶴は「う"うん」と喉を鳴らし一息ついた後そう答える。


「仁、千鶴だぞ?(さきがけ)士人(しじん)の何かけて真っ先に飛んで行ったんだ。捕縛なんて朝飯前だろ」


仁は大きな欠伸をしながら呑気に話す桜に「こら」と一言告げたあと口元に手を当てた。


「お前がとろいだけだ」


声がした方にハッと目をやると、いつの間にか千鶴の隣に真白が立っていた。


「その、声は…くっ、真白!!!」


片手が塞がってた事で耳が塞げず、真隣で久々に桜の大声を聞いてしまった仁は、鼓膜が潰れてしまってないか慌てて確認した。


(ちゃんと、聞こえる…よかった…)


相変わらず真白は叫び声の前に両耳をしっかり手で押さえていたようで、その状態のまま食いかかってくる桜をいつもの澄まし顔で対応していた。


「だから毎回そんな近くで声をあげるな。今日はもう戻ろう。あの子たちを置いてきてるからね」


千鶴は真白から桜を引き離し、その額を中指で弾いた。

赤くなった額を手で押さえむくれ顔で桜が答える。


「…林之助が面倒を見てるとは思うが、早めに戻るか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「姉さん!真白に兄さんたち、おかえりなさい」


家の近くまで歩いたところで、出迎えに来ていた林之助がこちらに駆け寄ってきた。

日は沈み辺りはもう暗くなっていたのに、1人で外に出るなんてよっぽどの事があったのかと胸騒ぎがする。


「林之助?わざわざどうしたんだ」


桜はいつも通り話しかけるが、その表情は普段の戯けたものとは違った。


「実は、こんなものが」


そういい息を整えた林之助は懐から文を取り出す。


「これは?」


4人でそれを覗き込み問うと林之助は神妙な面持ちになった。


「今日、稽古をしていたら神使(じんし)がそれを…」


「神使!?」


「はい」


千鶴が驚いて声をあげ、桜は目を見開いた。

その文を手に取り黙って凝視する。

神使(じんし)。それは神皇家の使いの動物のことだ。

烏やウサギ、蛇など色んな動物に化けて現れる。

影赦を武家に送るときや、こちらから捕縛の術を解かれた者の報告をするとき、そして神皇からの命令、綸旨(りんじ)を届けるときなどに遣われる。


「これは、綸旨だね」


文の外側に押された御璽(ぎょじ)とそこに書かれた内容を読み上げそう呟く。

家に戻った5人は林之助を別室で待機させ、内容を確認していた。

仁の言葉に皆黙り込み「うん」と低い声で反応する。

張り詰めた空気が漂い、心音が耳元で鳴っているような感覚に陥る。


「…なぜここが分かった。それに闘人(とうじん)ってなんなんだよ!」


沈黙を破ったのは桜の悲鳴混じりの声だった。


「武家の者たちを流浪影赦が蔓延る都に集わせ闘わせるのと同時に、治安の回復を図ろうって魂胆でしょうね」


そう言いつつ、千鶴は腑に落ちない表情でこちらに目線を送ってくる。

彼女の言いたいことはこの場の皆感じている。

真白も目を閉じたまま眉を顰め静かに話を聞いているが膝に置かれた手は微かに震えていた。

言葉にすると怒りでおかしくなりそうになるのをわかっているから、皆自ら口にはできないのだろう。

そういう発言するのはいつしか仁の役割になっていた。


(いつだって、僕は揺らがないから)


「恐らく…表向きは、ね」


静かに告げる仁とは対照的に千鶴は爪が食い込みそうになるほど拳を強く握っていた。


(そう、表向きは、だ)


影赦を放った者の命令なのか、神皇の力が弱まっているせいなのかは定かではないが、今や都は流浪影赦の溜まり場となっている。

都の民は皆住む家を失い、神皇家に反発する過激派は増える一方だ。

過激派に属するというのは罪人になるも同然。

そこでもし、人を殺めればその時点でその者は粛清対象となる。

粛清された者は影赦となり、都に放たれ、死して尚平和を脅かす存在となる。

影赦の存在がそもそも何なのかわかっておらず、首を落とされる直前に選んだ道の末処刑されるのであればそれは本望だなどと叫んで死んでいった民はまさかあれが自分の死後の姿になるなど思ってもみなかっただろう。

そんな負の連鎖が続き、数年前とは比べものにならないほど世の中はすさんでいた。


「全員任務に参加するべし、か。林之助と風優花もということだろうね」


突然拳を床に叩きつける音が響き、部屋に再び沈黙が訪れる。

真白は薄く目を開き、隣で赤くなった拳にさらに力を込め項垂れる千鶴を心配そうにみつめていた。


「…ふざけるな!!あんな…あんな…平家を侮辱するようなことをしておいて」


桜の絞り出すような声が静まり返った部屋に響く。

この部屋の誰もが同じ事を思っている。

毎日毎日思い出す。脳裏に焼き付いている。

泣き喚いて全てを諦めてしまえば救われたのかもしれない。


「…しかし、これは綸旨よ。絶対命令。あの子たちも連れていかなきゃならない」


そう絞り出すような声で吐き出した千鶴の瞳は何かを含みつつも、何故かまっすぐだった。

来た道を辿る様に、記憶を遡り幸せだったあの日から大事なものが欠けてしまったあの日までを振り返る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この世界の春という季節には素晴らしく感銘を受けた。

僕がここに来て何度目かの春だ。

桜を初めてみた日のことは今でも鮮明に覚えている。

それと一緒にその光景をなぜか自慢げに語るサクの様子も思い出し笑いしてしまった。

春の心地よい風が気持ちを穏やかにさせてくれているのだろう。

ジンはチズの鬼稽古を受けた後、一息つこうと自分の部屋に戻りうつらうつらしつつ横になっていた。

このまま眠ってしまいたいけど自分の寝起きの悪さに自覚はある。


「起きますか…」


真白か誰かに悪戯でもしようと家の中を彷徨き、皆の声が聞こえる方へ足を進めた。


「あれ、父様に真白は?」


居間に集まっていた他の皆に問いかける。

何故か部屋の真ん中で組手をやってるカイとチズが答えた。


「真白と町へ行ってるはずよ」


「寺院の子たちに稽古をつけるとか言ってたな!」


答えた直後、カイは足元をすくわれ綺麗に崩される。

お手本のようなその動きに見入っているとドンという鈍い音と共にカイの呻き声が響いた。


「最近は田舎以外でも影赦が現れるようになったからな。いくら陽光経ようこうふ(神皇家が影赦から身を守るために民に配給した文字に己気を含ませた特別な書物のこと)を配給してるといっても、護身術の少しは身に付けないと不安で精神が持たないよな」


サクの言葉の後、倒された体制のままチズを下から見上げながらカイがぼやいた。


「ててっ…チズ姉ちゃんには陽光経なんて必要ないと思うけどな」


サクに似てカイはいつも余計な一言が多い。

チズから見下ろされたままギロリと睨まれ、カイは慌てて両手で顔を覆った。

僕がここに来たときは影赦の存在は世に伏せられており、動物や人々が襲われる事件も泥棒や猛獣のせいだと誤魔化されていたようだが…最早、神皇家と武家の内で留まらせられる問題ではなくなっていた。

影赦は本来、武家の者にのみに渡されている珠袋(じゅたい)を身につけていないと目視できない。

しかし最近では珠袋を持たない者にも姿が見えるようになり、その姿をみた民が霊や妖怪、悪鬼の存在を謳いだした事で都にまでその噂が行き届いてしまった。


「だからこそ!もっともっと強くなって、影赦から民を守らないと!カイ!私たちまだまだチズ姉には敵わないけど、一緒に協力して戦えばサク兄から1本取ることもできた!可能性は無限大だよ!」


サクの隣で話を聞いていたハナが得意げに腰に手を当て、不貞腐れながら床に転がるカイに声かける。


「あぁ!おまっ、ハナ!それはたまたまだ!あんまでかい声で言うな!」


(その場に全員居合わせてたんだから、隠そうとしなくたっていいのに)


また始まったと皆苦笑し、3人から少し距離取る。

「そうか!」とサクの様に大きな声をあげ、器用に手を使わず飛び起きたカイは、ハナと肩を組み顔を並べ不敵に笑う。


「あれー?お兄なに慌ててんの?」


「よーし!お前ら表でろ!」


- ドドンッ

サクが勢いよく戸を開いた瞬間、別の衝撃音が外で響いた。


「なんか音しなかったか?」


カイの一言に下の子達は辺りをキョロキョロと見渡すも然して気にしてなさそうな様子だが、チズとサクは警戒体制に入り耳を済ませながらジンに目で合図送った。

ジンも2人と目を合わせ静かにうなずく。


「皆、そこから動くな」


チズの低い声が部屋の空気を一瞬でピリつかせた。

ドクンと頭に響く音。


「リン、皆をお願いするよ」


部屋から出て行った2人を見送った後弟達を一か所に集めたジンは、リンの頭に手を置きそう告げ後を追った。

音の聞こえた方向に素早く静かに歩み寄る。


(なんだか悪いことしてるみたいだ)


悪巧みを考えた子供の様に緊張感を感じながら摺り足で廊下を歩いていると、やっと2人の背中が見えその肩にそっと手を置く。


「遅いよジン」


気配を抑えて忍び寄るのには自信があったが、チズは驚くともなくそう言った。

「残念だ」と心の中で呟く。

すると納屋の方で何かが動いたのを感じ、また意識を集中させた。


「っ!?」


息を呑んだチズが突然納屋の方へ駆け出した。

まだ誰もその姿も確認できていないのに。

サクと目を合わせ、急いで後を追う。

あんなに切羽詰まったチズを見たのは初めてかもしれない。

もしかするとただ事では無いのでは。

その予感は的中し、追いついた先でみた光景に2人は言葉を失った。

穏やかな春の景色を打ち消す様に全てがモノクロに見えた。

倒れるその姿にだけ映る紅。

それが陶器のように美しい白に滲み、同じく白い袴に染みついていた。

息を荒げ苦しそうに声を漏らすその姿がいつもの澄ました表情と重ならなくて戸惑う。


「何があった!?」


チズの叫び声で現実に引き戻され、隣で茫然と立ち尽くすサクの手を取り駆け寄る。


「…っチズさん…父様が…」


絞り出した声で告げた後、喉を掴み苦しそうにする様子を見たチズは抱き上げた体を一度寝かせて水瓶から汲んできた水を飲ませた。

全ての水を飲ませてしばらくすると真白は再び苦しそうに喉をかき、吐血した。


「やはり毒か。真白、無理はしないで」


真白だとわかってはいたが、心のどこかで違う誰かであることを望んでいた。

ただ、チズの一言でその期待は砕かれる。


(こんな姿、あの子が見たらきっと揺らいでしまう)


サクに支えられながら立ち上がり意識が戻ってきた真白は眉を顰め泣きだしそうな声で告げた。


「…父様が、黒衣戮者こくいのりょうしゃに捕らえられました」


「戮者?!」

    

「え…」


チズの叫びとほぼ同時に背後で微かに聞こえた声。

振り返るとそこにはフウを連れたリン、そしてその後ろにハナとカイの姿があった。

リン以外の子達は状況が掴めないと目を瞬かせている。

無論、ジンもそれがなんなのか全くわかっていない。


「…父さんは、まさか」


「相手の数が多く、接戦の末父様は自分だけでもと…私の力不足です。チズさんすみません」


「なんで、神皇家が平家の者を…!!」


戮者と言うものが何者なのか定かでは無いが、神皇家という名がでたことや、真白やサクの取り乱す様子を見れば、今がどれだけ危機的状況なのかは容易に判断できた。

父様と真白が狙われ、ここまでボロボロになる程追い詰められたということはジンたちも例外ではないだろう。


「チズ、どうする?」


俯く背に問いかけてもチズは振り返ること無く黙り込み一点を見つめたままだ。


「真白は先に山を降りて刀剣商まで行きな。リンも弟達を連れてそれに続くこと。あたしは後から追う」


一瞬何か言いたげな表情を見せた真白も、チズの力強い視線に口を噤み「御意」と一言告げ足早に立ち去った。

しばらく固まって一部始終を見ていた他の子達も真白がいなくなった事でハッと我に返りこちらに駆け寄る。


「ねぇサク兄、戮者ってなに?」


「なあどうゆうことなんだよ!父様は大丈夫なのか!?」


「お前たちも真白に続け!リン!皆を連れて行くんだ!」


サクは問い詰めてくる弟達をあしらい、リンに皆を連れていかせた。

促されるまま終始不服そうな様子で立ち去る姿を見送った後、震えるチズの背を見つめる。

 

(どう足掻いても状況を把握できない)


知識が無いことの不便さは、この世界に来た数年前に痛いほど実感した。

だからサクや父様から出来るだけ沢山の知識を吸収したつもりだった。


(どうするべきなのか。何者かもわからない者から逃げるべきだということしかわからない)


慌ただしく変わる現状を見守るだけで、助言もできずにただその場に立ち尽くしていた。


「私が殿(しんがり)になる。少しは足止めしないと」


チズのその一言で現実に引き戻される。

頼りない僕でもわかる。


「それは、駄目…」


「絶対駄目だ!俺はお前を1人にできない!俺が残る!!」


サクの叫びが、ジンの声をかき消した。

その今までに見たことの無い鬼気迫る表情に驚いた。

切羽詰まっているのはどうやらジンだけではないらしいとそこで気づく。

叫びとともにチズの肩をガシッと掴むサクも、掴まれたチズも一歩も譲らないと睨み合っている。


- 「花心!!」


真白たちが向かった方向から叫び声が聞こえ千鶴が弾かれたように駆け出す。

桜と仁も遅れて駆け出し、少し離れた所で何者かと剣を交える花心の姿を見つける。


「戮者…」


立ち止まり、桜が呟く。

真っ黒な衣類を身に纏った者たちが花心を取り囲み、短刀や苦無(くない)を持つ者は今にも花心目掛けて飛びかかりそうだった。

顔は布で覆われてる為その表情を把握できない。

それ故に悍ましさが倍増している。


(あれが、黒衣戮者)


真白と父様2人でも敵わない相手だ。

それに人数が違いすぎる。

あちらは花心を取り囲んでいるのだけでも二十人は見受けられる。

木の陰にも息を潜めている奴がいるかもしれない。

今ここにいる全員で戦ったとしても敵うかどうか…


「花心!!」


林之助の声が響き、花心が振り返ると背後の戮者達が苦無を振りかぶり足元を目掛けて一斉に投げつけた。

千鶴と海道、桜が瞬時に同じく苦無を投げつけ花心に投げつけられた苦無を弾く。


「いっ…」


花心も飛んでくる苦無を器用に避けていたが、足元に散らばった内の1つが足をかすめていたのかその場に蹲り、苦痛の声を漏らす。

右足のかすり傷から毒が徐々に広がって破れた裾の奥から覗く肌は薄紫に変色していた。

戮者は苦無が散らばった中で動けずにいる花心に変わらず狙いを定めたまま、視線だけでこちらの様子を窺っている。

全員で飛びかかればぎりぎりなんとかなるかもしれない。

ただ、囲まれている上に負傷している花心に危険が及びかねない。

今だっていつ斬られてもおかしくない状況だが、千鶴や海道から放たれる鋭い殺気に戮者たちも動けずにいるようだ。

誰かが少しでも動こうものならここは一瞬で修羅場になる。

風優花の手を取り木の陰に隠れている林之助目を泳がせ辺りを警戒している。


「林之助!皆を連れて行って!早く!」


凍った空気を壊したのは一番危険な状況にある人物だった。

花心は突然髪紐を解き傷口の近くを力強く縛った後、立ち上がりそう叫けんだ。


「はぁ!?何言ってんだ無理に決まってんだろ!」


海道は林之助の代わりに花心の叫びに間髪入れずに言い返す。

髪紐で毒の巡りを塞いでるとはいえ、真白と同様早く解毒しないとあっという間に全身に広がってしまうだろう。

その場しのぎの応急措置に過ぎない。

海道の叫びはもっともだ。


「あんたこそ馬鹿じゃないの!?早く行きなよ!馬鹿海道!!」


「この…っ花心おまえ!!」


「海道のわからずや!私にかまってたら皆危ない!わかるでしょ!」


2人言い合いの最中、向かい側で何故か千鶴を睨みつける林之助の視線が気になった。

戸惑う様子の桜と眉を顰める千鶴、そしてその千鶴を睨みつける林之助。

桜の影がほんの一瞬揺らぐ。

 

「もういいよ!兄さんたち!馬鹿海道をはやく連れてって!私ひとりで何とかするから!」


花心に叫ばれ、桜はグッと唇を噛む。


「何言ってんだ!俺たちが残る!林之助、ひとまず風優花を連れて行くんだ!」


相も変わらず林之助は険しい表情で周囲を睨みつけ、桜の声が聞こえてない様子だったが、風優花に手をひかれようやくその声に気づいたようだった。


「林之助!!」


「…すいません、お願いします」


2人の姿が森の奥に見えなくなってから、囲まれた花心に近づこうと戮者たちに苦無を向ける海道に千鶴が告げる。


「海道、あなたも行きなさい」


海道は千鶴を一瞥し、握りしめていた苦無を地面に落とした。

周りがほっと息をついたのも束の間、海道は視線は変わらず戮者を睨みつけたまま刀を抜き払いその刃を千鶴に突きつける。


「海道!!!」


桜は声を荒げ、千鶴は喉元に突き出された刃をじっと見据えた。

彼女の表情に焦りは感じられず、むしろ穏やかなものだった。

息を荒らげ、眉間に皺を寄せた海道は刀を握る手に力を込める。


「俺は残る。行かねえ。どうせ姉さんは殿になるつもりだろ。それに…幻者(げんしゃ)ができるのは当主だけだ!」


海道の言葉に千鶴は目を見開き、隣で桜が息を呑む音が聞こえた。

-幻者(げんしゃ)

それは死者を一時的に呼び起こし、意思を通わせることができる力。

代々平家の当主にのみ受け継がれ続けてきたもの。

鍛錬の必要はなく、当主が亡くなると同時に時期当主に受け継がれる。

もしその力が今千鶴にあるとしたら、それはつまり…

- 現当主 平 昌宜の死を意味する。


「海道!!お前…!」


桜が刀を抜き地を踏みしめた瞬間、ドクンと心臓を掴まれるような感覚がし、仁は胸を押さえる。


(なに…この感覚は)


他の者たちに目をやると桜や海道、千鶴はどうともないようだったが、戮者に囲まれた花心は同じように胸を強く押さえていた。


(僕と花心にだけ…?どういうことだ)


怪我をしてるわけでもないし、何か攻撃をかけられたわけでもない。


「兄ちゃんこそ俺たちのことわかってくれよ!」


「なっ、」


辺りに響き渡った海道の声は今にも泣き出しそうだった。

胸の痛みも無くなり、顔をあげると先程まで隣にいた桜が海道に刃を向けている。

その海道も千鶴に刃を突きつけたままだ。

仲間同士で揉めている暇はない。

そんなこと桜もわかっているはず。

花心を見遣ると同じく胸の痛みは治ったらしく心配そうに桜たちを見ていた。

戮者たちはピクリとも動かず未だ花心に狙いを定めている。

何人かは頭だけこちらに向けたまま動かないが、顔が見えないために仁と花心は下手に動けず、海道と桜も互いを睨み合い、刀を下ろそうとしない。

突き立たれた刃が食い込み千鶴の喉に赤い線ができる。


「海…道」


絞り出すような声で名を呼ぶ千鶴の顔は何故かずっと穏やかなままだ。

海道は我を失っていたのか、千鶴の血が刀を伝い手に届いた瞬間、鬼の形相から一変泣きそうな表情になる。


「…俺たちはお互いがいないと生きてけないんだ。形だけじゃない!たった1人の双子の妹なんだ!俺に守らせろよ!俺たちが信用できないのかよ!」


海道は涙を誤魔化すように頭を左右に揺らしながらそう叫び、刀をひく。

桜は動揺し慌てて刀を下すが、その隙に海道は千鶴の頸に突きを入れ花心の所へ駆けつけた。

気絶し倒れ込む千鶴を桜はすかさず抱きとめる。

仁は慌てて桜たちの側に駆け寄ったが、海道はすでに囲まれた花心と共に戮者たちに刀を向けていた。


(くそ…)


間に合わなかった事に舌打ちし、崩れ落ち俯く桜に声をかけようとしゃがみ込む。


「…っ、偽物だって言いたいのかよ…」


「桜…」


桜の静かな呟きが仁の頭の中で反響した。

 

-「馬鹿なんじゃないあんた」


黙って背後につき、戮者に刀を向ける海道に花心は言い放つ。

その瞬間弾かれたように戮者たちはピクリと身震いし矛先に立つ海道の姿に狼狽しているように見えた。


「こうゆう時も強がるなハナ。俺が来たから…絶対、勝てる」


海道は花心にしか聞こえない声量で答え、彼女の手をぎゅっと握った。

2人の腕にかかった天眼石がカチャンと音を立てる。


「行けよ!兄ちゃんたち!」


振り向くと、いつもの調子でニヤリと笑い下瞼を引き下げ舌を出す海道の姿があった。

仁は「はぁ」と呆れ笑い、突っ伏したままの桜を無理やり立ち上がらせた。


「信じよう」


そう一言告げると、桜は急に眉間に皺を寄せガバリと顔を上げる。


「おい!海道!後で説教してやるからな!!絶対来いよこの生意気弟め!!」


そう吐き捨てた桜は小袋を2人に向かって投げつけ、海道と同じく下瞼を引き下げると思い切り舌を出した。

桜は海道が袋を受け取ったのを確認すると、気絶した千鶴をおぶさり、仁に目配せする。

そして勢いよく駆け出した。

何人かがこちらを追いかける足音が聞こえたが、ドサっと何かが崩れ落ちる音と共に花心の挑発するような叫びが届く。


「こら!あんた達!私たちに背中向けるなんていい度胸じゃない!」


「はぁ!!!」と2人の雄叫びが聞こえたのを最後にもうその声が耳に届くことはなかった。

鞘に手をかけつつ森の中を全速力で駆け抜ける。

2人の声がいつまでも耳にこびりついて、頭の中で響き続けた。

それは風の音と地を踏みしめる足音と重なり、それ以外の情報を遮断する。

まるで2人の声を忘れないように心がその音を記憶に刻み込もうと必死になっているようだった。

いや、前を走る桜から漏れる嗚咽が聞こえないようにするためかもしれない。

頬に冷たい感覚が走る。

風に揺られて散った山桜の花弁が肌に張り付いてくすぐったい。

走りながらそっと頬を撫でるとそれはひらひらと風にのり宙に舞った。

後ろ髪を引かれる思いで、しばらく舞い落ちる様を見続けていたが、花弁が蝶のように地に落ちたのを見届け、再び視線を前方に移す。

ひやりとした感覚を次は瞼に感じた。

風に煽られた花弁の冷たさだと思っていたものはどうやら違ったようだ。

そっと左手で瞼の雫を拭う。

前を走る桜も仁と同じように目元を袖で擦っていた。

悲しくはない。

きっとまた会える。

悲しくはない。

だってそんな気持ち、僕はまだ、知らない。

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

続きが気になると思った方は

ブックマーク、評価お願いします!!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ