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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
晦冥の秘事
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第五十四話 華血と残血

【登場人物】

●平家

・ジン  元の名は(まもる)。字は仁。白髪の少年。

     現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。

・サク  字は桜。仁と同じく平家の長男。

     原田家の者と共に襲撃された藤堂の別宅に向かう。

・チズ  字は千鶴。襲撃後の藤堂家に現れた。

・花心  数年前に生き別れた妹。

     翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。

・真白  突如現れフミを殺害し、再び姿を眩ませた。

・林之助 千鶴と共に行動していた。ジンと花心と再会する。



⚫原田家

・ユキ 字は極之(みちゆき)。原田家の長男。

・シゲ 字は茂之しげゆき 。山犬使い。

    まだ幼く喧嘩早い。

・トシ 字は勇臣としおみ。女好き。


●その他

・夜雀 容姿は海道。原田家と何らかの関わりが?

・シゲ 極之の恋人?

「時期当主様はいいご身分だこと。楽しそうで何より」




屋敷の廊下を歩いていると、不意に右手の障子の奥から声をかけられユキは足を止めた。


今宵の月は雲に隠れ、全く姿を表さない。




「なんだよその言い方は。嫌味か?」




ユキは障子の方を見ることなく、誰もいない真っ暗な廊下のその先を見ながら低い声で吐き捨てた。


殺風景な庭を通り抜け、彼の髪を揺らした金風はどこか物寂しさを感じさせる。


年中このようなひんやりとした寒さの原田の領地でも、ユキは構わずずっと袖丈の短い服を身に纏っていた。


それ故この寒さはもう慣れっこだが、つい先程風に攫われてしまったシゲの甘い香りと夕間暮れの出来事が脳裏を掠め、今夜はどうしてか肌が冷えて仕方がなかった。




「嫌味かどうかは受け取るお前が判断するもんだろ?」




悪意のこもったその言い草にユキは「あ?」とただ一言言い返すと声の聞こえた部屋の障子を勢いよく開け放った。




「おー怖い怖い」




そこには畳の上に座り込み仄かに頬を火照らせ、徳利を弄ぶ勇臣としおみの姿があった。


部屋は酒の匂いが充満していてユキはそのあまりにもきつい匂いに思わず鼻を摘む。




「お前…酔ってるな」



「いいとこの坊ちゃんは、酒も嗜まねぇのかよ。そうか…お前には女がいたっけか?あの得体の知れない生き残りの端くれ…」




勇臣が全て言い切る前にユキはその胸ぐらに掴みかかり勢いに任せてそのまま勇臣の頬に拳をねじ込ませた。


もろに拳を受けた勇臣はそのまま部屋の隅まで弾き飛ばされ背中を壁に強く打ちつける。




「本家に戻ってこられたからって調子に乗るなよ…。お前にあいつのことを語る資格はねぇんだよ!!!」




勇臣は打ち付けられた背中をさすりながらわざとらしく「いってー」と声を上げ、目を血走らせながら自分を見下げるユキを嘲笑った。




「極之さんよぉ。あんまり暴れない方がいいんじゃないんですか?今日の昼間も散々喧嘩して体痛めてるんだろ?」




挑発したようなその声色にユキは拳を強く握しりめお喋りな口を塞いでやろうと、また腕を振り上げた。


しかしその拳は勇臣の眉間に触れるその直前でぴたりと止まる。




「…極之様?」




その声と共に先程風にかき消されたあの香りが再び鼻をくすぐり、ユキは勇臣のしてやったりと言わんばかりの顔を睨みつけたまま動けなくなった。




「って…これは一体どうなっているんですか!?」



「何言ってんだよ慈実めぐみさん?見ての通りだ。俺、あんたの極之さんにボコられてんの」




ユキは怒りに震えながらも腕をゆっくりと下ろし、ほくそ笑む勇臣を強く睨みつけた。


込み上げてくる腹立たしさを歯軋りで誤魔化していると、昼間の傷が開いて口内に金臭い血の味が口に広がり、ユキはそれをペっと吐き出した。




「極之様、体を痛めているんだから今夜はしっかり休んでくださいと言ったじゃありませんか。えっと、あなたは…」




駆け寄ってきた慈実は震えるユキの手を取り、耳元で優しく言って聞かせる。


そして目の前で赤く腫れ上がった頬をわざとらしく押さえた勇臣を見て問いかけた。


勇臣はあからさまに顔を引き攣らせると「はっ」と鼻であしらった。




「あんたに教える名はないよ。どうしても知りたいならそこの原田の長男様に聞いてくれ」




すると慈実はおもむろに懐から手ぬぐいを取り出し勇臣の口元に滲んだ血をそっと拭き取った。


まさかの行動に勇臣は思わずその手を払い除ける。


加減なく弾かれた慈実の手は赤く腫れ、その様子を見たユキはすぐさま勇臣の胸ぐらを掴みそのまま無理矢理立ち上がらせた。




「男が女に手出してんじゃねぇよ」



「あんたも、女なんかにうつつ抜かしてると俺みたいな落ちぶれに時期当主の座を奪われるぞ」




慈実は再び取っ組み合いを始めた2人を見上げるとため息を吐き、目を硬く閉じた。


そして小柄な体を2人の間に潜り込ませると、そのまま勢いよく立ち上がる。


顎先に慈実の後頭部を打ち付けられた2人は「あがっ」と間抜けな声を漏らしその場に崩れ落ちた。




「2人ともいい加減にしてください!!もうとうの昔に亥の刻を回っているんです!」



「てんめぇ…」




慈実は顎を押さえながら怨めしそうな目つきで睨む勇臣を見下げた。


慈実はそんな勇臣に臆することなく「なに!?」と声を張る。  


ユキはもはや痛む顎のことよりもこれ以上慈実を怒らせないことに意識を向け慌てて勇臣に耳打ちした。




「おい勇臣…その辺にしとけ。こいつ一度キレたら止めらんないから」



「ちょっ…いや、泣く子も黙る原田の長兄がそんなこと言うって…まじかよ」




ユキの切羽詰まった物言いに勇臣は大きく眉をうねらせ何度も目を瞬いた。


すると慈実は再びしゃがみ込み、ユキと身を寄せ合う勇臣の口元に再び手拭いを押し当てる。




「お部屋へお戻りください。勇臣様」




勇臣は黙ったまま手拭いを素直に受け取ると足早に部屋を後にした。


慈実は残されたユキに視線を向けその額に軽く指先をパチンと弾く。




「ユキちゃん、あなたはどうしてすぐに手が出るの?」



「…わりぃ」




大人しく謝ったユキの頭を優しく撫で、慈実は「ふっ」と微笑んだ。


ユキは若干濡れている慈実の黒髪に指を差し入れ、綺麗に揃えられている毛先まで手を滑らせる。


湯上がりのせいか、その雰囲気はいつもより少し艶っぽく見えた。



(きっと、慌てて駆けつけてくれたんだろうな)



そう思い申し訳なさと愛おしさで胸が苦しくなった。




「いいのよ。私の為に、怒ってくれたんでしょ」




不意に慈実が放った一言にユキは目を剥き、すかさず「いや…」と誤魔化す。


しかし、彼女はもう確信を得ているようで首を小さく横に振った。


その様子にユキは息を吐き、観念する。




「シゲ…お前には全てお見通しなのか?」



「シゲじゃないってば。私は慈実よ?忘れたの?」



「お前が俺を変な呼び方で呼ぶからだろ」



「あらやだ、子供ね。やられたからやり返すなんて」



「喧嘩と同じだ」



「喧嘩もだめ」




その場で少し言い合ったあと2人は同時に「ぷっ」と吹き出した。


部屋を後にしたユキは彼女を寝室まで送り届ける。


ピシャリと音を立てて閉まる障子の前からしばらく動く事ができずにいた。




「お前はどうしてそんなに強いんだ」




夜の静寂に包まれただだっ広い屋敷の中、1人呟いた。



彼女の名前は" 慈実めぐみ "


苗字はなく、呼名も授名も存在しない。


なぜなら彼女は残血の子孫だからだ。


500年以上前、まだ神皇家が一夫多妻制だった頃。


正室以外の側室の子供、いわゆる庶子と呼ばれる子供達が数名存在した。


その子達は神皇の血を引く為もちろんそれぞれ特殊な能力を持ち合わせており、その中にはその力を使って影で国に貢献していた者もいたらしい。


しかしその貴重な血を悪逆非道な呪術に利用しようとした奴らに庶子達は誘拐され殺され続け、そのほとんどが若くして命を落とした。


そしてその数年後にあの華血(かけつ)の戦いが行われ、俺達原田家と藤堂家の先祖が勝利を収めた。


ユキは横になりながら天井を見上げ、布団のすぐ横に置いてある刀をそっと掴む。




「…慈実」




彼女の前ではなんだか照れ臭くて言えないその名をそっと丁寧に呟いた。


どうして誘拐されず生き残った庶子達が今は残血と罵られ虐げられているのか。


その理由は複数あるが、一番は華血の戦いの時、庶子達が隠密に複数の武家を殺し当時の神皇家の嫡男の命を狙っていたからだ。


原田と藤堂の当主がそれを阻止し追手を放ったそうだが、逃げた庶子達はそれを巻き数年に亘り逃亡を続けた。


その際に生まれた子の子孫が慈実だ。


残血の子孫の中でも能力を持ち合わせて生まれる子は少なくその九割が男であるため、慈実は本当に貴重な女の残血だった。


その彼女をどこから連れ出してきたかは定かではないが原田の現当主が長男である俺の許嫁として迎え入れ長年この屋敷で匿ってきていた。


しかし、慈実の琥珀色の瞳は風変わりでこの家の家臣から子弟までほとんどの者には彼女が残血だと露見している。


それ故に、彼女は俺がいない間に陰湿な嫌がらせを受けることも多くあるそうだ。




「その強さに惹かれるのは…漢として、至極当然のことだろ」




ユキは勇臣を殴った拳と慈実に頭突きされた顎が痛み、一睡もできないままただひたすら夜が開け始め薄明るくなっていく外の様子を障子越しに見つめていた。




「にしても…痛てぇ」

最後までお読みいただきありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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