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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
晦冥の秘事
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第五十三話 揺蕩う暖光


【登場人物】

●平家

・ジン  元の名は(まもる)。字は仁。白髪の少年。

     現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。

・サク  字は桜。仁と同じく平家の長男。

     原田家の者と共に襲撃された藤堂の別宅に向かう。

・チズ  字は千鶴。襲撃後の藤堂家に現れた。

・花心  数年前に生き別れた妹。

     翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。

・真白  突如現れフミを殺害し、再び姿を眩ませた。

・林之助 千鶴と共に行動していた。ジンと花心と再会する。



⚫原田家

・ユキ 字は極之(みちゆき)。原田家の長男。

・シゲ 字は茂之しげゆき 。山犬使い。

    まだ幼く喧嘩早い。

・トシ 字は勇臣としおみ。女好き。


●その他

・夜雀 容姿は海道。原田家と何らかの関わりが?

不意に甘酸っぱい爽やかな香りが鼻をくすぐり、ユキは「ふう」と小さく息を吐く。




「ユキちゃーん!!」



「ってめぇ…また…!!誰がユキちゃんだ!!!その呼び方やめろっつってんだろ!??」




外部から入門してきた原田の師弟たちと喧嘩をし傷だらけになった体を休めるため、誰もいない静かな丘の上で一人薄の靡く音を聞いていたユキは、背後から陽気な声でこちらにかけてくる気配に向かって振り返ることなく叫んだ。


しかしその声の主はお構い無しにユキの背中に飛びつくと、わざとらしく口をすぼめ眉を寄せた。




「怖いよそんな言い方しないの!」



「今は虫の居所が悪いんだよ。つか、痛いから離せ。肩やってんだから」



「喧嘩するユキちゃんが悪いんじゃん」



「だ、か、ら…」




痛む肩に容赦なく力を込めて抱きついたまま、ユキの体ごと自分の体をゆらゆらと揺らすその人物の言動に堪忍袋の尾が切れたユキは頭突きをしてやろうと勢いよく振り返る。


– ちゅ




「ユキちゃんは詰めが甘いよね」




その人はユキから唇を離すと、顔を覗きこみながらニヤリと微笑んだ。


ユキは思いも掛けないその感覚に凍りついたかのように固まる。


そして初めて感じた柔らかく温かい感触を確かめるかのように、唇の上下をすり合わせた。




「あれ…?もしかして初めてだった?」




ユキはピリピリと痺れていた唇に細く華奢な指先を押し付けられハッと我に返る。


そしてその手を掴み自分の方へ引き寄せると、頭を打ち付けないように瞬時に手を添えニヤつくその人物を押し倒した。


しばらくの静寂が訪れ、2人の間に流れるのはハラハラと舞い散る木の葉の音と薄の揺蕩う音と微かな呼吸音だけだった。


ユキはじっとこちらを見つめる琥珀色の澄んだ瞳を負けじと見つめ返す。


しかしそこに映る自分の顔が仄かに赤く染っていることに気づき途端に恥ずかしさが込み上げ、凩に打ち消されそうな小さな声で呟いた。




「…だったらなんだよ」




その人はただでさえ大きく黒目がちな目を更に丸く見開き、そしてクスクスと笑う。




「嫌だった?」




あどけない笑顔でそう問われユキはおもわずそっぽを向いた。


すると今度はひんやりとした冷たい指で耳を摘まれてユキはビクッと肩を震わせる。


瞬時に視線を戻すも、その人は変わらずユキの耳を摘んだままだ。




「耳真っ赤だけど?」




囁くような甘い声で呟かれ、ユキは耐えられずガバリと起き上がる。




「アハハハっ…はーいユキちゃんの負けー!」




その人は目尻に涙を浮かべながら大笑いし、両耳を押さえ呼吸を荒げるユキを指差した。




「タチ悪いぞ…」




ユキは冷や汗をかきながら口をへの字に曲げる。


その人はひとしきり笑うと今度は正面からユキに抱きついた。




「だってさ、巷じゃ喧嘩も強い色男で有名で、巡回に行く度に貴族のお嬢さんから町一番の美人さんまで揃ってあなたを一目見ようと集まってくるんでしょ?で、あなたはその子達を目線だけで落としてるって。地位もあって強くて美しくて、男も惚れるほど漢らしいあなたが私みたいな女に唇奪われてこんなに照れて真っ赤になるなんてさ…」



「だーーー!!もう勘弁しろよ!!」




ユキはクスクス笑いながらいつまでも話し続けるその人の口を手で塞いだ。




「俺、まだ十代な!?口付けなんてしたことないに決まってんだろ!つか!お前はしたことあんのかよ!!」




ユキは口を塞いだままその人に顔を寄せると必死になって反論した。


するとその人は自分の口を塞ぐユキの手にわざと音を立てながら再び口付けた。


–ちゅっ


ユキは手のひらを吸われような感覚に驚き反射的に手を離した。


あまりに勢いよく手を引き、のけぞったせいでそのまま綺麗に倒れ頭を強く打ち付ける。


ユキは自分のあまりにも情けない姿に耐えられなくなり腕で顔を覆うように隠すとそのまま目を閉じ大きくため息を吐いた。


一部始終を見ていたその人は仰向けに倒れるユキに跨り、先ほど自分がされたようにユキの顔のすぐ横に手をついた。


そして未だに顔を隠したままのユキを見下ろしながらその包帯に巻かれた逞しい腕をなぞるように見つめた。




「あるよ」




はっきりと告げられたその声にユキはまさかと仰天し、腕をどかす。


すると目の前にはニヤニヤと悪戯小僧のように白い歯をチラつかせ笑うその人がいた。


何か含みを持ったようなその表情にユキはため息を吐き、眉尻を下げた。


するとその瞬間冷たく強い風が吹き荒れ、その人の懐にしまわれていた小袋が風に飛ばされそうになる。




「あっ」




ふわりと風に踊るその小袋を見てその人は小さく声を漏らす。


ユキは寝転んだまま腕を伸ばし素早い動きでそれを捕まえた。


すると手にした小袋からいつもその人が纏っている甘酸っぱく芳しい香りがし、ユキはそれに直接鼻を近づけ匂いを嗅いだ。


その瞬間その人が僅かに「あ…」と漏らした気がしたがその声はユキの耳に届くことなく凩にかき消された。


ユキはその人に目線を戻し、次はその首筋に鼻を近づけた。


首筋からは袋から香ったのと同じ甘い香りと、微かにその人自身の匂いがしなんだか落ち着くような不思議な感覚に酔った。


深呼吸を数回繰り返した後ユキは再び視線を戻し、手にした小袋をその人に返す。




「お前の香りの正体はこれだったのか」




何事もなかったかのように呟くユキとは対照的にその人は頬を紅潮させ目を瞬かせていた。


その様子にユキは「え?」と首を傾げる。


その人はキョトンとした顔で自分を見上げるユキの頬を両手でパチンと挟み、唇を微かに震わせ叫んだ。




「そういうところよ!!」



「え?…は?」




頬を勢いよく挟まれ微かに痛みを感じながらも、依然としてユキはその言葉の意図がわからず眉を顰めながらその人を見上げていた。


するとその人は盛大にため息を吐き、頬を挟んでいた手をユキの首に回すと自分の体を重ねるようにそのまま身を預け彼の逞しい体を強く抱きしめた。


羽のように軽い体の微かな重みを感じる。




「これだから…心配になるんだよ」




拗ねた童のようなその言葉にユキはその人の背に腕を回し強く抱き締め返して自分の意志を示す。


長時間外で凩に吹かれていたユキの体はいつの間にか冷たくなっていた。


抱きしめられ、その温かさに身を委ねる。


しばらく抱き合った後ユキはゆっくりと体を起こしてその人の額に自分の額を合わせた。


そしてその琥珀色の瞳をじっとみつめニヤリと笑う。




「今回は引き分けだ。残念だったな、シゲ」




引き分けと言いつつもなぜか勝ち誇ったようなユキの顔をみてその人は途端に顔を真っ赤にし、頬を大きく膨らませた。



(フグかよ…)



ユキは声に出さないように心の中でそう呟くとその人の体を抱えて立ち上がらせ服についた紅葉を払う。




「その呼び方やめてよね!!」




シゲは腕を組んで肩を怒らせユキを睨みつけた。


苦笑いしつつユキは彼女を改めてまじまじと見つめる。


おかっぱで艶のある黒髪と両耳上辺りを軽く結った茜色の髪紐は風に弄ばれ、サラサラと揺れる。


その背後には同じく美しい鮮やかな茜色の夕日が顔を覗かせていた。


若干丸みを帯びた、まだ赤みの残るその頬は彼女の幼さをより一層引き立てている。  


柔らかな暖色の光に包まれたシゲはユキの瞳には朧げに映って見えた。


しかしその見た目とは裏腹に身にまとっている装束は女性らしさに欠ける動きやすさを重視したような身軽なもので、その腰帯には小太刀が差されている。


ユキは普通に立つとどうしても小柄な彼女を見下ろすような状態になり、仕方なくそのままの目線でこちらを見上げるシゲの鼻を指先でつついた。




「それはこっちの台詞だ馬鹿」




喧嘩でイライラしていた気持ちなどとうに冷めていたユキは「ふんっ」と鼻を鳴らしながらも、歩き出した自分の後をついてくる彼女をおかしく思いその肩に手にしていた自分の羽織をかけ「帰るぞ」と手を差し出した。


ひんやりと肌に纏わりつくような寒さもその手と触れ合えば愛おしく柔らかな心地良さに変わる。


そんな気持ちに浸り、俺はこの上なく幸せだったんだ。

最後までお読みいただきありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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