第五十話 刻まれた固め
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家の者と共に襲撃された藤堂の別宅に向かう。
・チズ 字は千鶴。襲撃後の藤堂家に現れた。
・花心 数年前に生き別れた妹。
翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。
・真白 突如現れフミを殺害し、再び姿を眩ませた。
・林之助 千鶴と共に行動していた。ジンと花心と再会する。
⚫原田家
・ユキ 字は極之
・シゲ 字は茂之 。山犬使い。
・トシ 字は勇臣。女好き。
「いってぇ…」
「だよなぁ…俺ら兄弟なんだから多少は手加減してくれたって良いじゃねぇかよ」
原田の別宅から歩き出して3日目。
いつものように道の途中で出会った女性を口説いていたトシと、襲ってきた山賊共を執拗にボコボコにしようと暴れていたシゲはユキからゲンコツを喰らい、2人してブツブツと文句を言いながら後をついてきていた。
シゲとトシの額は赤く腫れ上がり、トシの頬には女性にはたかれたであろう赤い手の跡が痛々しく残っている。
「うるせえなぁしゃあないだろ。お前達の調子に合わせてたらこっちの体力が持たねぇんだよ」
ユキは導針円板を見ながら振り返ることなく背後で嘆く2人に吐き捨てる。
4人はひとまず数里先にある小さな町を目指して険しい山道を歩き進んでいた。
できるだけ早く到着したいというサクの意向を汲んでユキが選んでくれた道だったが、気を抜くと足を踏み外すして崖から落ち、一巻の終わりになってしまいそうな程の絶壁だった。
(こんな所から落ちたらひとたまりも無いじゃないか…)
サクはこの時ばかりはお喋りな口を噤み、足元に意識を集中させ山壁に手を添えながら歩いた。
しかし他の3人は軽々とした足取りで、シゲに至ってはもう機嫌は治ったらしく、サクの真後ろで小さく飛び跳ねながら鼻歌を歌う余裕もあるように見えた。
なんか…同じ山育ちとしては、ちょっと癪に障るな。
これも潜在能力の差ってやつか?
だとしたらどちみちこのお坊ちゃまに負けてるなんて思いたくねぇ。
「おい、お前なんだよその尻は。腰引けてんのか?ほれっ」
「っお!!?おい!シゲ!何すんだよ!」
シゲは足元を見ながら歩くサクのお尻を引っ叩くと、飛び上がりサクの頭に手をついた。
そしてそのまま宙で一回転しサクの前に飛び降りる。
着地するや否や「ふん」と腕を組み横目で見てきたシゲをサクは睨みつけるも、不安定な足場のせいで思うように反撃できずにいた。
(こっちが下手に出てりゃぁ…いい気になりやがって…)
「シゲ?お前、俺の頭のてっぺん触ったな…」
サクは不気味な笑みを浮かべた口端をピクピクと動かしながら徐々に抑え込んでいた己気を解放していく。
明らかに軽くなった彼の足取りにシゲは僅かに眉を顰めた。
サクは強く握り過ぎて血管の浮かんだ拳を顔の横に構え睨みつける目に力を込めた。
「これ以上!俺の身長が縮んだらどうするんだ!!それと!俺は腹が弱いんだよ!つむじを押すな!」
朱に染まったサクの顔を見てもなお、シゲは「ふん」と鼻を鳴らし余裕の笑みを浮かべている。
「それはまた押して欲しいって遠回しに言ってんの?」
「シゲよ…俺をそんなに怒らせて楽しいか?」
「いつも怒ってんじゃん」
サクはシゲの額に自分の額を勢いよくぶつけ、彼のつむじを親指でグリグリと押した。
「俺、これでも兄弟の中では優しい兄ちゃんやってたんだぞ?」
「どうせお前みたいな自由人は、都合の良い時だけ兄ちゃんやって基本は家臣か誰かに任せてたんだろ?ってかいつまで俺のつむじ押してんだよ!やめろ!」
「はぁ!?そんなことはっ…」
そんなことは、無いはずだ。
俺達はこいつらみたいに金持ちじゃなかったから家臣はいなかった。
居たのは家族と、猫、それだけだった。
けど…確かに記憶にあるのは、喧嘩しながらもなんだかんだずっと一緒にいる双子と、末っ子の風優花を小さな背中におぶっている林之助の姿。
今思えばあいつらは大抵4人で固まっていて、俺は気分であいつらの元へ顔を出しに行っていたくらいなのかもしれない。
シゲはサクの手を退かそうとその手を掴むも力を込めたまま固まってしまったサクの手はビクともしない。
痺れを切らしたシゲは仕方なくその場にしゃがみこんだ。
「おい!いい加減にしろっ…てぁ??!」
サクは手の置き場が無くなりそのまま体制を崩す。
2人は道の上で重なり合うように倒れ込んだ。
シゲは道から半分はみ出た自分の頭部を戻すべく覆い被さるサクの体を足で押し上げる。
「おい…どけよ、落ちる…」
「家臣はいなかった」
シゲの言葉に被せるように、サクはそう一言告げる。
彼にしてはらしくない調子の声色にシゲは訝しげに眉を顰めた。
「お前の言う通りかも知れない。林之助に…任せてばっかりだったな」
サクは目の前にいるシゲと林之助の姿を重ねた。
シゲは林之助よりか幼いものの、反抗具合や太々しさはそっくりだ。
俺がこいつをほっとけないはそういうことなのか。
無意識に、自分の罪悪感を晴らそうとしているだけなのか…。
離れてから当たり前だった兄弟達の存在の大きさに気づかされたサクは、込み上がってくる何かをグッと飲み込みシゲの頭をぎこちなく撫でた。
「寂しい思いさせて…ごめんな」
「…お、おい」
シゲは急に呟いたサクの言葉に困惑し口籠った。
その時、微かに幼く甲高い笑い声が聞こえる。
”フフフ”
”ハハハハハ”
(この笑い声は…どこかで…)
サクがそう思った瞬間、覆い被さるサクをユキが抱え下敷きになったシゲをクロコが引き上げる。
そのすぐ後目の前に黒い影が横切り.2人が倒れていた道は崩れ落ちた。
一瞬の出来事にシゲは目を剥き、他の3人は過ぎ去った黒い影を目で追う。
「まさかそっちからきてくれるとはな。手間が省けたぜっ」
威勢のいい声でそう叫んだトシの目の前に一瞬にして現れたその人物は、雀の面を頭につけたサクの因縁の相手だった。
「やあ!お兄さんたち久しぶりだねぇ」
前回と変わらず同じ姿でニタニタと不気味な笑みを浮かべたその人は、サクの姿を見つけると少し驚いたような顔をする。
「残血」
「夜雀」
サクとユキがほぼ同時に口にする。
行く手に立ちはだかった夜雀は依然として海道の姿をしていたが、その忌々しい口調は夜雀そのものだった。
「っしゃあ!!」
トシは真っ先に背負っていた包帯巻きの薙刀を夜雀に振りかざし、狭い足場を物ともせず斬りかかる。
「お兄さん暑苦しいねぇ」
その刃を難なく躱した夜雀はそのまま飛び上がりサクの元へ刀を振りあげる。
- キンッ
「まさかサク兄ちゃんに会えるなんて。嬉しいなぁ」
「お前…、本当に何者なんだ。海道なのか?それとも海道の皮を被った別人か?」
片手ですぐさま刀を受け止め、そう問いかけたサクの言葉に夜雀は刀を押し込めながらもわざとらしく首を傾げる。
「さぁ…どっちだと思う?大事な弟なら当ててみなよ」
惑わすような夜雀の物言いにサクが舌打ちをした時、2人の頭上に黒い影が舞った。
「おりゃあ!!!」
風を切る音と共に雄叫びが聞こえ、夜雀の背後から槍を振り上げるユキの姿が現れた。
夜雀は軽快な動きでまたもや攻撃を躱す。
「酷いなぁ。1対5なんて」
夜雀は背後に立つユキとトシ、目の前に立ち塞がるサクとシゲ、クロコをそれぞれ見遣りため息を吐いた。
「はっ。これが俺たちのやり方だ。文句を言うなら1人でのこのこと現れた自分自身に言いなっ」
「威勢がいいなぁ本当に」
夜雀はそう叫んだユキの姿を一瞥した。
気怠そうに刀を肩に担ぎ、髪をわしゃわしゃをかき乱す。
「俺たちゃ武家の男だからなぁ!罪人であるお前を放っては置けねんだ。大人しく捕まってくれよ」
ユキが発したその言葉に、夜雀はピクリと反応した。
そしてもう一度ユキの姿を凝視すると目を丸くして固まる。
「おい、残血のやつどうして急に固ったんだ」
「いや…わかんねぇよ」
ユキを見つめたまま動かなくなった夜雀を見て、シゲとサクは目を見合わせた。
もしかしてユキ兄と何か関係があるのか。
それに夜雀が犯した大罪ってのは一体なんなんだ。
聞いても教えてくれないし。
残血って呼び方にも、何か意味があるのか。
サクが思考を巡らせていたその時、突風が巻き起こる。
その凄まじさに吹き飛ばされそうになったシゲをサクは抱き止め、クロコに向かって投げつけた。
吹き荒れる風の中前を見遣ると、そこには刀を交えるユキと夜雀の姿があった。
今の突風は2人が刀を打ちつけた衝撃からだろう。
「痛えよ!投げ飛ばす奴があるか!?」
クロコの上に跨ったシゲはサクを見下ろし、そう叫ぶ。
「うるさいな!お坊ちゃんは大人しく山犬にしがみついとけ!」
「はぁ!??さっきこの道にビビってまともに歩けなかったくせに…」
シゲが言い終わる前にサクは2人の元へ駆けていた。
サクの先程までの引け腰からは想像できないほどの素早い足捌きに、シゲは目を見張りその後ろ姿に舌打ちをした。
「お前…原田家の長男だな。確か、名前は極之」
「ほう。どうして俺の名前知ってんだ?」
刀を交えながらユキの顔をまじまじと眺めた夜雀は、煽動するような口調でそう問いかける。
ユキは槍を持つ手に力を込め問い返した。
すると夜雀は、包帯が巻かれたユキの腹部に拳をめり込ませる。
その一撃にユキは苦痛に顔を歪ませた。
「この傷、誰に作られたか忘れたのか?」
「なん、だと…?」
その言葉に驚いたユキが手の力を緩める瞬間を狙っていたかのように、夜雀は袖から苦無を取り出してユキの腹を掻き切ろうとする。
ーキンッ
「ユキ兄!大丈夫!?」
「おいユキ!なにぼうっとしてやがる!」
ユキと入れ替わるように夜雀に刀を振り下ろしたサクとトシは、腹部を押さえ狼狽えるユキに叫ぶ。
肩を激しく上下させ呼吸を荒げていたユキは、早まる心臓の鼓動を抑えようと深く息を吐き、夜雀を見据えた。
そして槍を持つ手に力を込め再び夜雀の元へ駆け寄る。
交戦する2人の服を掴み、夜雀から引き離した。
「ちょっ、ユキ!てめぇなにしやがる!!」
引き離されたトシはもう一度夜雀の元へ駆けようとするも「待て!!」とユキに制され、仕方なく足を止めた。
「悪いな2人共。ちょっとこいつに確認したいことがあるんだ。…俺1人で相手させてくれねぇか」
2人に背を向けたままそう呟くユキから凄まじい殺気を感じサクは額に伝った冷や汗を拭った。
ユキ兄は夜雀を捕らえるんじゃなくて殺す気なのか。
あいつは闘人の時、林之助に自分の体は海道のものだとはっきり言った。
今あいつが殺されてしまうのは、まずい。
しかし、今ここで夜雀の援護なんてしたら俺の命が危ういかもしれない。
己気の制御が上手くできない今はこれ以上自制を解放をするのは良く無いだろう。
サクは焦りで溢れ出しそうになる己気を押し殺し、刀を交える2人を黙って見つめた。
「おや?原田極之。何か思い出したのか?」
夜雀は口端を引き上げわざとらしく問う。
そしてなにも言わず、自分の顔を凝視するユキの様子に再び口を開いた。
「お兄さん。俺と話がしたいんじゃないの?確認したいことってなぁに?あ、もしかして。呼び方が違うから反応しないのかな?」
最後の夜雀の言葉に何か確信を得たのかユキは「はっ」と小さく息を吐き、彼を睨む目に力を込めた。
夜雀はユキの目に力が篭ったのを見て嘲笑うような声で一言一句ゆっくりと言い放つ。
「ユ、キ、ちゃ、ん」
夜雀がその言葉を口にした後、ユキは彼の腹部に膝を食い込ませ槍を押し込める手に力を込めた。
「やっぱりお前だったのか…。姿形が違うから今まで全然気がつかなかったぜ」
夜雀は今までの何倍にも膨れ上がったユキの力に一度退こうと引くも、ユキはすかさず夜雀を追いかけ槍を振りかざした。
サクはその様子に慌てて2人の元へ走り、叫ぶ。
「ユキ兄待って!そいつは俺の弟なんだ!!頼む!殺さないでくれっ…」
そう叫ぶと突然首元に刃を突きつけられ、サクは目線だけで刃を向けた人物を見遣る。
「残血がお前の弟ってんのは…一体どういうことだ」
「それは…」
向けられた眼差しの鋭さと強圧的なその声にサクは息を呑み、言葉を濁す。
「トシさん!なにやってんだ!今は残血の方が重要だろ!何その馬鹿に刃向けてんだよ!!」
トシの刃が食い込んだところから伝った血雫にシゲは慌てて叫ぶも、依然として2人は全く動こうとしない。
シゲはサク達に近づこうとするも、ユキと夜雀の激しい剣戟に邪魔されその場を動けずにいた。
すると弾けるように飛び退け夜雀と距離をとったユキがトシの槍を押し下げる。
そしてサクの首筋に伝う血を袖で拭うと、その頭にポンっと手を置いた。
「トシ、待たせたな。確認は取れた。ひとまず残血をなんとかして捕らえよう」
「おい、今のこいつの言葉聞いてたよな?どうして俺の手を押さえるんだ」
トシは押さえつける手を振り払い、額に血管を浮かばせながらユキを睨みつけた。
トシと俯くサクを交互に見たユキは血の滲んだ腹部の包帯を解く。
包帯はそのまま崖の下に落ち、はらりと風に舞った。
露になったその素肌にサクは目を見張る。
「その、傷は…」
ユキの腹部には掻き切ったような刀疵があり、それは逞しい腹筋を深く抉っていた。
(…この傷は一体なんだ。しかもよく見ると、傷の線は2つもある)
ユキは慣れた手つきで懐から新しい包帯を取り出し、巻きつける。
そして、槍を構えると同じくこちらに構える夜雀を見据えた。
「サク、安心しろ」
サクはこちらに背を向けたままそう告げたユキの言葉に戸惑い、目を瞬かせた。
ユキは一呼吸置いて続ける。
「…あいつは、お前の弟じゃない」
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
このお話が面白いと思った方、
続きが気になると思った方は
ブックマーク、評価お願いします!!




