第四十九話 連理の枝
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮まもる。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
・花心 数年前に生き別れた妹。
翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。
・真白 突如現れフミを殺害し、ムギの命を狙っていた。
藤堂家のものだと名乗る。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。
授名は紫苑。雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
フミによって殺害される。
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。
冷静沈着な謎多き少年。
・フミ 字は志詩。忍びの一族の生き残り。
イトとムギの小姓として藤堂家に潜入していた。
真白によって殺害される。
「リン!!!」
「えぇ!!花心…なんですか…?っだぁ!!??」
林之助は駆け寄った花心に勢いよく抱きつかれ2人は一緒に倒れ込んだ。
その様子を眺めながらチズは苦笑いを浮かべ、ジンは「あちゃ…」と顔に手を添えた。
チズと合流し移動した3人は藤堂家の屋敷から数里歩いた先の山の中にひっそりと佇む小屋に着いた。
ジンの姿を目にした林之助は大きく目を見開き、チズに向かって叫ぶ。
「仁兄さんまで!?ちょっ、姉さん!どうして花心と仁兄が一緒なの!?本物!?どういうことが説明してください!」
「あはは…。リン、無事で良かったよ」
ジンはチズと共に、倒れても尚抱きつく花心を引き剥がそうともがく林之助を遠目から見守る。
「林之助!もうちょっと感動の再会を喜びなさいよ!」
自分を無視してジンとチズに問いかける林之助の頬を花心は軽く叩き無理やり自分に注目させた。
林之助は急に頬を叩かれ痛みと驚きで目を瞬かせる。
しばらくふてくされた花心に跨られたまま下敷きになっていた林之助だったが、チズとジンが2人に追いついたあたりでやっと思考が整理できたようだった。
花心の手首にかかった石を目にし、彼女の肩を掴んで起き上がる。
「って、天眼石!?花心!本当に花心なんですね!怪我は!?足の怪我!」
林之助は花心の袴の裾を捲り上げその素肌をまじまじと眺めた。
花心は自分の足首からふくらはぎを摩り傷を探す林之助を見つめ、恥ずかしい気持ちになり無理やり裾を下ろした。
「なっ、何年前の事だと思ってるのよ!そんな傷とっくに治ってるってば」
「…昔、花心が海道に追っかけ回されて、僕が走り回る2人を追いかけた。君は一体何をして彼に追いかけられたか覚えている?」
林之助の目は花心を真っ直ぐに捉え、虚言は許さないと訴えかけているかのように見える。
「えっ…と…」
花心は林之助から目を逸らし、頬を赤らめ視線を泳がせた。
すると林之助は花心の頬を掴み顔を動かせないようにした上で「目を逸らさないで」と強く言い放った。
「け、蹴り上げた」
「どこを?」
林之助は言葉を濁す花心に再び問いかけた。
花心の額に冷や汗が伝う。
側で見守っていたチズとジンに助けを求めようとした花心だったが、林之助の鋭い視線に耐えられなくなり観念したように深いため息を吐いた。
「…ここっ!!!」
花心はそう言うと林之助の下半身を蹴りつける。
「いっ!!??」
ギリギリのところで蹴りを躱した林之助は慌てて花心と距離を取り、背を丸めた。
その顔は真っ青になっている。
そして蹴られそうになった部分を両手で押さえて花心をキッと睨みつけた。
「花心!こんなことするなんて…やっぱり絶対花心だ!!安心したけど…けど、本当に蹴ろうとしなくてもいいじゃないですか!!」
「あんたがどこか聞くからでしょうが!」
冷や汗をかきながら花心を指さし叫ぶ林之助に花心は大股で歩み寄る。
林之助は後退り、大木に背をぶつけ足を止めた。
両手で先程蹴られそうになった場所を隠したまま自分を見つめる林之助に花心は詰め寄り、背後の木に両手を打ちつけ彼の顔を動かせないように固定した。
「私は花心。ちゃんと花心だよ。見た目も中身も」
花心の曇りのない真っ直ぐな眼に捉えられる。
林之助は強ばらせた表情を緩め花心の肩に項垂れるように頭を置いた。
「良かった…」
吐息混じりのその一言はどこか寂しさと愛おしさを感じるものだった。
幼かった2人が少し大人になって再会し、肩を並べているその光景は見ていてとても微笑ましく思う。
ジンとチズは互いに顔を見合せ「ふっ」と笑いあった。
その瞬間林之助達がいた方から叫び会う声が聞こえ、2人は同時にその方向を見遣った。
「にしても!!私はもう女の子じゃなくて立派な女性なの!あんな破廉恥な台詞言わせようとしないでよ!他に確かめる方法あったでしょ!!?」
「そっ、それは!しょうがないじゃないですか!咄嗟だったし…他に確かめる方法なんてっ」
「私がお嫁に行けなくなったら林之助のせいだからね!」
頬を赤らめ涙ぐんだ目で見つめる花心の言葉を聞いて林之助は若干膨らんだ彼女の胸にさりげなく目をやった。
花心はその視線に気づくと更に顔を紅潮させ林之助の頬を思い切り引っぱたいた。
「いっっったぁああああ!!!」
林之助の叫び声が辺りに響き渡る。
花心は固く目を瞑り赤くなった手を震わせ再び頬を叩こうと腕を振り上げた。
- パァンッッ
「はーいその辺で終了ーーっ」
ジンは花心の手を取り暴れる彼女を取り押さえた。
チズは気はずかしそうに視線を逸らす林之助の頬に自分の手を添え「ふふっ」と笑みを零す。
そして2人の手を取り長屋の中に入った。
林之助の頬に残った赤い手形を一瞥した花心は気まずそうに視線を手元に落とした。
「ごめんね…花心」
「私もごめんね。ちょっと手加減しなさすぎた」
「まぁしょうがないよ。お互い久々で色々戸惑ったんだよね」
チズは凹んで肩を落とした2人を慰め、林之助の赤くなった頬に水で濡らした手拭いをあてた。
「それにしても仁兄その己気の増え方は…?しかも、どうして花心も一緒にいたんですか?チズ姉さんももう少し説明してくれればよかったのに」
林之助はチズから手拭いを受け取ると、ジン、花心と順に目をやり、最終的に再びチズに視線を向けた。
その顔があまりにも不服そうに歪んでいた為ジンは思わず「ふっ」と吹き出し、苦笑うチズに問いかけた。
「その様子だと、チズは林之助に何も言わずに僕らを迎えに来てくれた感じ?」
「…えっと…ちょっと、出てくるって言ってね…あはは」
「「ちょっと出てくる…?」」
花心とジンは目を丸くし同時にその言葉を復唱した。
(それだけ言って出てきて帰ってきたと思ったら僕と花心2人連れて帰ってくるなんてそりゃあ魂消るよね)
林之助の心中を察しジンは小さく息を吐く。
それからジンと林之助、花心は離れていた間の出来事を改めて事細かく話し合った。
林之助はあの日、ジンの有無を言わせない言い方に不思議と抵抗できず体が勝手に動き、気がつけば都の端まで走っていたそうだ。
その後林之助は風優花達を探しにあちこち回ったが結局誰1人見つけられなかった。
そしてその直後巻き起こった爆風に巻き込まれて気を失い、数日経ってボロボロの体で都をさまよっていたところをチズに助けられた。
「じゃあチズはあの爆撃を避け切れたということ?」
ジンの問いにチズはゆっくりと顔を上げ目線を合わせた。
「そうだね。ギリギリだったけど、なんとか」
「…ふうん」
(そっか…行方がわかっていないのはサク、海道、風優花、そして…)
顎に手を添えしばらく「うーー」んと唸っていた林之助は急にハッと勢いよく顔を上げ叫んだ。
「ってか!ジン兄さん達はその藤堂家のもう1人をどうしてそのまま逃がしたんですか?」
ジンは「あぁ」と声を漏らし、斜め上を見遣る。
「捕らえておくべきでしたよ!」
「それは ー」
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「う"っ…」
3人は声のした方に一斉に振り返る。
「イト…」
ジンは横になったまま瞼をふるわせ唸るムギの元に駆け寄り、座り込むと手首に指先を当て脈を測った。
「この人は、藤堂の?」
「あ、えっと…そうなんだ」
チズはジンの隣に座り込むとムギの顔をまじまじと眺めた。
「ジン、この人助けたい?」
ムギの脈を測ったままジンは深く頷く。
(ムギさんの脈は弱い。己気も微かにしか感じられない。このままじゃきっと死んでしまう…)
ジンは密かに脈を通して自分の己気をムギに送り込んでいた。
「私も一緒に己気を送る。そうすればきっとこの子の意識も戻るから」
チズはムギの首筋に指先を押し当て目を閉じた。
「はっ…!?」
するとほんの数秒でムギの身体中に溢れるほどの己気が巡り、ジンは慌てて手首から手を離した。
(…危うく己気が溢れてしまうところだった。負傷した身体に無理させたら元も子もない)
しばらくすると青白かった頬に赤みがさし、ムギは激しく咳き込んだ後ゆっくり目を開けた。
「大丈夫ですか?」
「君は…」
ムギはジンとチズの姿を捉えるや否や大きく目を剥きそう呟いた。
ジンは慌てて起き上がろうとするムギの背を支え、その場に座らせる。
「どうして助けた。私は藤堂の人間。この後本家から援護を呼び君達の命を奪おうとするかもしれないというのに」
大量に汗をかきながらムギは痛み堪えつつそう告げた。
ジンは微笑み、手拭いを手渡す。
「ムギさんは今負傷している。本家に帰るとしてもいくらか日にちがかかるでしょう。それに、僕は君よりも強い」
ジンの言葉にムギの瞳は揺れる。
淡くくすんだ瞳の奥に見える冷泉は以前よりも透き通った美しいものに見えた。
不意に、どこからか飛んできた2羽の小鳥がムギの肩に舞い降りる。
小鳥達の羽は真っ白に艶めき、その瞳はいつか見た光のような儚い鶸色だ。
ムギはその鳥を見つめ、口を固く噤んだ。
潤んでいく瞳からは今にも悲痛な想いが溢れだしそうだった。
「今までありがとう。紬さん。そして…弦皓さん」
冷たい風が頬を撫でた。
その言葉にムギは顔を伏せ自分の刀を力いっぱい抱きしめた。
ジンは2人に目配せし、見るも無惨な光景と化した藤堂の庭園を後にした。
去り際に聞こえた小さな嗚咽は、きっと風の鳴く音だ。
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「花心…約束して欲しいことがある」
急に神妙な調子で話だしたジンの目の色は暗く深い先程の真白と同じような色をしていた。
「え?なに?」
(ジン兄はたまに、なんとも言えない不思議な表情を浮かべる。風の流れを読めない深い夜のような…)
ジンは「はぁ」と小さく息を吐き、花心の目を見つめた。
「…ここに真白が現れたことは僕らだけの秘密にして」
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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