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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
晦冥の秘事
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第四十七話 叶わぬ願い


【登場人物】

●平家

・ジン 元の名は鎮まもる。字は仁。白髪の少年。

    現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。

・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。

    原田家に捕らえられる。

・チズ 字は千鶴。行方不明。

・花心 数年前に生き別れた妹。

    翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。

・真白 突如現れフミを殺害し、ムギの命を狙っている…?



●藤堂家

・イト 字は弦皓いとあき。藤堂家の三男。

授名は紫苑しおん。雅号は鬼刀律術者きとうりじゅつしゃ。音を使った気術を使う。

    フミによって殺害される。

・ムギ 字はつむぎ。授名は錦葵にしき

    冷静沈着な謎多き少年。

・フミ 字は志詩しふみ。忍びの一族の生き残り。

    イトとムギの小姓として藤堂家に潜入していた。

    真白によって殺害される。



⚫原田家

・ユキ 字は極之 (みちゆき)

・シゲ 字は茂之しげゆき 山犬使い。

「2回目はないぞ。どけ」


そう諭す真白の声は前のようなどこか上擦った声ではなく、今までに聞いたことない程低く太いものだった。

向けられた眼差しは深い漆黒と殺気に染まっている。

ジンは相変わらずの秀麗な顔立ちと、それに似合わないふてぶてしい表情を見つめ小さく息を吐いた。


「無事で良かったよ」


そう言いながら微笑むジンを真白は依然として無表情のまま見据えている。


「そいつと一緒に斬られたいのか」


「ムギさんを斬る?どうして?」


ジンはムギを庇うように覆い被さったまま真白に問いかける。


(どうして。どうして真白はムギさんを殺すことに執着する。僕らを助けに来たという訳では…)


真白の切先が僅かに動き、ジンは目を細めた。


「お前の話し相手をしている暇はない」


斬られたジンの髪がハラハラと舞い散る。


(…なさそうだ)


ジンはムギの首を守るようにうつ伏せた体制のままため息を吐いた。

首筋にチクリとした痛みと液体がツーっと流れる感覚がした。


「真白!?どうしてジン兄を斬るの!?」


背後で固まっていた花心は真白が刀を振るったことにより我に返り、鯉口をきりながら叫ぶ。

真白は切先をジンの首筋に突き立てたまま視線だけを花心に向ける。


「って、真白!!聞いてんの!?」


無言のままの真白に痺れを切らした花心は刀を抜き払い青眼に構えた。


「僕に…名はない」


"僕"と言ったその声に花心は目を見張る。


「僕の苗字は、藤堂だ」


「…そう、か」


真白の言葉にジンは、困ったと眉尻を下げる。

そして切先を素手で掴みその刀身を自分の喉から無理やり動かした。


(僕ってのは…何となく気づいていたけど。藤堂…ねぇ)


このタイミングでなんてもうひとつしかないでしょ。

違うお家の藤堂さんってわけでもなさそうだ。

真白はジンを見下ろし刀を動かされないよう抵抗するも、その力は凄まじくビクともしない。

掴んだ手から流れる鮮血は真白の刀身を紅に染めた。

真白は眉を顰め震える自分の腕に対し、余裕の表情で微笑むジンを睨んだ。


「お前、呼名の解放をしたのか」


「おっ。僕とお喋りする気になってくれたの?」


低く問う真白に対して、ジンは陽気な声で答える。

チっと、舌打ちした真白は再び「どけ」と呟くと、ジンの手から刀身を引き抜き背後に倒れるムギ目掛けて突きを繰り出した。


「…どうしてそいつを庇う」


「どうして、真白は彼を殺そうとするの?」


真白はムギを抱え、庭石の上に立つジンを見上げながら口端をピクリと動かした。

今のジンにとって真白の刀捌きは遅緩であり、ゆっくりその動きを確認しながらムギを抱え、避けることくらい造作もなかった。


荒れ果てた庭園に朝がやってくる。

植えられた木々は焼け焦げ、屋敷の中からは血の匂いが漂ってきていた。

真白は不意に朝日の顔が覗く方角へ振り返ると小さく独り言を呟き、刀についた血を払ってそれを鞘に収めた。

ジンはその様子を上から眺め「ん?」と声を漏らす。

真白はそのままフミの顔部分を珠袋(じゅたい)に吸収させ、こちらへ振り返ることなく屋敷の壁へと飛び移った。


(へぇ。珠袋ってそんなこともできたんだ)


「待ちなさいよ!真白!!あんたどこへ行く気!?」


花見の叫びに真白は足を止める。

そして振り返ることなく淡々と告げた。


「もう二度と、会わないことを願う」


真白はそのまま朝日に溶け込むように姿を晦ませた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そっか…父様…はもう、いないんだ」


「ごめんね」


あれからジンは花心と共にムギの怪我を応急処置をして荒れ果てた庭園の木陰に座り込み、離れていた時間を埋め合うように沢山の言葉を交わしていた。


まず、ジンに貼られた呪符に込められていたのは稲荷の呪符だった。

稲荷の呪符はフミ達のような忍びが自分の姿を化かすために使うもの。

下級の門弟でも使うことの出来る呪符だ。

しかし今回フミが用意していた符には妖術の類いも共に込められていた。

故にその力は強大で特殊。

呪符を貼った人間を、特定の人間にのみ、その人物が最も拒絶する物体に見えるようにしていたのだ。

だから、ムギの目にはイトが影赦に見え花心の目にはジンが黒衣の戮者にみえていたと。

そりゃ自分たちの家族を追いつめた悍ましい奴に抱き抱えられていたら動揺するよね。


ジンは自分の行動を思い返し、溜息を吐いた。

花心はあの日僕らが立ち去った後から何があったのか一切覚えていないのだそうだ。

フミたち忍びの一族に助けられ目が覚めてから一時的に全ての記憶を失っており、数年後に突如記憶を取り戻したと。


花心はまだ呼名の解放をしていないが、その時に忍びの技術や知識、動きを習得したために今の力を手に入れたようだった。

父様が亡くなったと告げた時の花心の反応はジンが思っていたよりも静かなものだった。


ジンが最後に記憶していたような花心はやはりもうここにはいない。


あの頃の花心だったら肩を怒らせながら「犯人を許さない!」と息巻いていただろう。

一時は姉と慕っていたフミも更生させることは叶わず身内に殺されてしまったんだ。

真白への不信感や、悲しみにやるせなさ、様々な感情が混じって混乱しているのかもしれない。

けれど俯くその横顔にはもう数年前の幼さは残ってなく、あれから3年もの月日が経っているんだと思い知らされた。

こうやって人は成長していくんだ。

ジンは自分の手を見つめた後、立ち上がると庭池に映る自分の姿を見つめた。


「ジン兄…私に聞きたいこと、本当はまだあるでしょ?」


「ん?なに?」


再会してから花心は申し訳なさそうな顔をよくする。

今も呟いた後、横目でジンを一瞥し口を一文字に硬直させ僅かに開いては閉じを繰り返している。


「どうしたの?」


ジンは体ごと花心の方へ向き直し、その顔を覗き込む。

しばらくの沈黙の後花心は立ち上がり、黙ったままジンの首元や手首、足首や顔など、肌が直接見える場所をくまなく眺め再びジンと目を合わせた。


「闘人、あの場所に私もいた」


「うん」


ジンは動じることなく頷いた。

その反応を見て花心は更に深いため息を吐く。


「どうして追求しないの?さっき私がジン兄に放った火玉。あれをお兄に放ったのはさっきが初めてじゃない」


何も言わずただ聞き続けるジンに花心は一旦口を噤み、そして再び口を開いた。


「姉さんが率いる忍びの一族が使用している火玉の殺傷力は凄まじい。死ななくてもそれなりの負傷を負わせる。肌は焼け、細かい鉛玉が体を突き抜ける」


「ふふ」


ジンは少し背の伸びた花心の頭を優しく撫で微笑んだ。

やはり、あの闘人の時僕らに火玉を投げつけたのはこの子だったのか。

確かに痛かったけど命中はしていなかったし、呼名の解放を済ませていたお陰で治癒能力も格段に上がっていて、数日眠っている間に完治していた。

だからきっとサクとチズももう既に治っているだろう。


「確かに、痛かったよ」


「…ごめん…なさい」


花心はジンの言葉に途端に目を涙ぐませ深々と頭を下げる。

「ちょっ」と声を漏らしジンはすぐさま頭を上げさせた。


「謝らないで花心。僕は君を褒めているんだよ」


目を潤ませた花心は、そう言いながら両肩に手を置かれ戸惑ったように首を傾げた。


「あれだけの威力を持った火玉はきっとすごく大きいし、重いでしょ?それをあんなに凄まじい速さでこちらに投げつけるなんて。お兄ちゃん、関心したんだよ」


ジンは花心の口端を指先で持ち上げ、自分も満面の笑みで微笑んでみせた。


「強くなったね」


花心はしばらく呆けた後「ぷっ」と吹き出し、それからわざとらしく声に出してため息を吐いた。

ジンは訳が分からず「ん?」と首を傾げる。


「ジン兄は本当に変わってないなぁって。慰めてくれてるのか貶しているのか…」


花心のその言葉にジンはまた余計なことを言ってしまったのかと慌てて言葉をつけ足そうとするも、それもまた余計な一言になるのではと思い、仕方なく頬を指で掻いて誤魔化し笑った。


「私は褒めているのよ!変わってないジン兄を見て本当に安心したんだ」


先程のジンと同じような物言いで話す花心が悪戯顔を浮かべ笑ったことで、ジンは「やられた」と呟きその額を優しく指で突いた。

それからまた一頻り話し込んでいるといつの間にか陽はてっぺんまで昇っていた。

藤堂の治める地域はやはり常に薄く霧がかかっていて時間の感覚が分かりにくい。

空を見上げなければ日の位置が全く分からない。

2人は未だ目を覚まさないムギの顔を覗き込みその隣に座り込んだ。


「カイは…皆は…無事かな」


花心は膝を抱え、腕にかかった天眼石を撫でると寂しそうな顔で呟いた。


「根拠の無い事は胸を張って言えないけど、こんな僕が生き延びてるんだから僕より強くて賢い皆はきっと生きているよって言えば、安心できる?」


ジンは先程花心に指摘されたばかりだったため言葉を選びつつ、慎重に考えた慰めの一言をかけた。

この言葉は花心に響いたようで、今度は指摘されることなく彼女は素直に「うん」と頷いた。


「…ジン」


懐かしい香りと共に不意に聞こえた声。

ジンはハッと顔を上げ立ち上がった。


「どうしたの?」


声は花心には聞こえていなかったようで彼女は突然立ち上がったジンを見上げ問いかける。


「声が!」


「声?そんなの…」


ジンは慌てて辺りを見渡し、声の主を探す。

その様子に花心は状況が掴めず再び問い返そうとするもその言葉は途中で止まり、その代わりに「はっ」と息を呑んだ音が聞こえた。


「どうした花心?何かみつ、け…」


花心が向いていた方向へジンも振り返る。

そこにはどうしようもなく待ち焦がれていた人の姿があった。


「2人共、無事でよかった」


そう微笑んだその人は最後に見たあの日よりもどこか大人びていて、短かかった髪は鎖骨の下辺りまで伸びていた。

柔らかく、そして今にも泣きだしそうなその笑みにジンと花心は慌てて駆け寄り抱きしめた。


「千鶴…」


「無事で…無事で良かった…チズ姉…」


「うん…ただいま」


_______________________


「おいサク、俺たちはちょっと不在することになった」


「えっ、不在?どこに行くんだ?」


旅装を身にまとい突然部屋に現れたユキは、寝転んでいたサクの隣に座り込んだ。

サクも体を起こし、慌てて詰め寄る。


「上から直々に命令が出てな。襲撃された藤堂の屋敷へ偵察に行くことになったんだ」


その内容にサクはハッとジンの顔を思い浮かべた。

ユキはサクの頭に手にしていたもう1つの笠を被せ立ち上がる。


「俺らはお前の監視の仕事も任されてるっていうのによ」


サクは笠を頭から外し、こちらに背を向け淡々と話し出したユキの背中を見つめた。


「俺らが不在の間、家臣達にお前の監視を任せる訳にもいかん。お前は強いからきっと簡単に脱走されてしまうだろう。ということで考えた俺の苦渋の策だ」


ユキはそこまで言い終わるとこちらへ振り返りサクに手を差し伸べた。


「お前を強制的に連れていく。いいな?」


サクはすぐさまその手を取り、ユキに引き上げられるようにして立ち上がった。

そして力強く頷き、赤茶色の真っ直ぐな瞳に映る自分の姿を睨みつけた後、「もちろんだ」と呟いた。

作者の紬向葵です。

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