第四十五話 終彩と再会
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
・花心 数年前に生き別れた妹。翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。授名は紫苑。
雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
フミによって殺害される。
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。冷静沈着な謎多き少年。
・フミ 字は志詩。忍びの一族の生き残り。
イトとムギの小姓として藤堂家に潜入していた。
「姉ちゃん見てよ見てよ!今日は僕がご飯作ったんだ!」
こちらへ駆けてくる幼い少年はそのまま足元に縋り付き上目遣いでこちらを見つめた。
「凄いじゃない。いい子いい子」
「やめろよ、ちょっと恥ずかしい!」
自分から近寄ってきたのに、頭を撫でると途端に耳を赤くして距離をとる。
その矛盾した行動が可愛らしく、微笑んだ。
「それじゃあ今日は母さんにも沢山褒めてもらおうね」
「うん!」
パァっと花が咲いたように笑った少年は再びこちらへ駆け寄ると、私の手を取り走り出した。
ある夕暮れ時、いつも通り任務を済ませ数日ぶりに帰路へ着く道の途中、村から火が燃え上がっているのに気がつく。
叫び声と共に微かに聞こえる奇妙な音色にただならぬ異変を感じ、私は仲間たちにその場で待機するように伝えると一目散に走った。
- 「死ね!!」
- 「お前こそ早く死んでしまえ!!」
- 「ぁああああ"あ"あ"」
- 「母さん!やめて!お願い!!」
- 「私の娘に手を出さないで!!」
村の入口近くまで着いた時、その異様な光景に思わず後ずさった。
漂う血の匂い、何かが焼け焦げるような音。
何故か発狂しながら殺し合う村民達。
「母さん達は…」
辺りを見渡すと至る所に亡骸が転がっていた。
母と弟の姿を探しても全く見つからない。
ひとまず木の影に身を潜め、そこから家族を探す。
人が人を殺し血の飛び散る様子が目に入り、その光景と匂いに耐えられず私はその場に崩れ落ちた。
頭が痛い…痛い…この音はなんなの?
私がいない間に一体何が…。
母さん…皆…どこにいるの。
どうして皆正気を失っているの?
「あぁあ"あ"あ"」
あまりにも激しい頭痛に頭を抱え髪をわしゃわしゃと掻く。
長期間の任務で疲労が溜まっていたのもあり、徐々に意識が朦朧としだしていた。
頭を左右に振り、現実から逃避するように叫んだ。
すると前から何か黒い物体が這いつくばりながら近づいてくるのが見える。
苛立っていたこともあり、その不気味な物体をカッと睨みつけた。
(誰…何者…もしかして、この気持ち悪いやつのせいでみんながおかしくなっているの…?)
私はフラフラと立ち上がりながら懐に隠していた小刀を取り出し、足元まで迫っていたその黒い物体に刃を突き立てた。
「はっ…。はははっ。はははははっ!!」
「……お姉ちゃん…」
どうしてか高笑いをしていた私はその声に我を取り戻し、心臓を鷲掴みされたような感覚に襲われる。
呼吸が浅くなる。
曇りがかった思考が徐々に晴れ、脳が足元を見るのを拒んだ。
それは、小さな手が自分の足首を掴んでいるのが分かったから。
(違う…違う違う…そんなはずは…)
「姉…ちゃん…」
掠れた幼い声と共に小さな手が力なく地面に滑り落ちる。
その瞬間私はハッと自分の足元に視線を向けた。
そこには見るも無惨な姿で倒れている弟の姿があった。
「そん、な…」
小さな背に突き立てられていたのは、紛れもなく先程まで手にしていた小刀だった。
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「姉さん!姉さん!!もうやめてください…」
花心は項垂れながら呪文のように、殺す、死ねと言い続けるフミの肩を何度も強く揺すった。
「姉さん!!」
花心は一際大きな声で叫び、フミの頬に平手打ちする。
するとフミは目を覚ましたのか、目を大きく見開き何度も瞬きをくり返した。
そしてゆっくりと顔を上げると、花心の肩を使って立ち上がりよろめきながら歩き出す。
その太ももにはイトの刀が刺さったままだ。
「フミさん、もう終わりにしましょう」
「今、夢にあの子が出てきた…あの子が出てきたの。私はちゃんと一族の恨みを晴らすまでは…死ねない」
ジンはムギ達の元へ行こうとするフミを止めるも、彼女はこちらをじっと睨みつけたまま引く気はなさそうだ。
「藤堂弦皓をこの手で殺す!!そのためだけに私は必死に生きてきたの!」
フミがそう叫んだ瞬間、彼女の太ももに刺さったイトの刀は鶸色の光となり弾けた。
3人は宙に漂いながら淡い光を放つそれを目で追う。
するとフミは慌てた様子で岩の裏まで走った。
ジンと花心も後に続く。
そこには、鶸色の光に包まれたイトを抱きしめ項垂れるムギ姿があった。
(己気で生成された刀が消えたということは…もしや)
ジンは小刻みに震えるムギの背中と、どんどん朧げになり透けていくイトの体をみて全てを察した。
血だらけのムギはこちらの存在に気付いているはずだが全く顔を上げようとしない。
固く目を閉じ安らかに眠っているような表情のイトをじっと見つめ続けている。
小さく息を呑む音が聞こえた。
その直後、イトの体は完全に光に包まれ発光し、刀と同じように小さな鶸色の光となって弾けた。
光は月光に照らされ、ムギを包み込む。
イトの血で朱殷に染まったムギの姿は光を通してみるとまるで赤い陽炎のように揺らめいて見えた。
「くっ…」
ムギは嗚咽を堪えながら光の欠片を抱きしめ続ける。
その背をジンと花心は黙って見守るしか出来なかった。
「はっ…ははははっ!!良かった。良かった良かった!はっはははは…」
沈んだ空気をかき消すような高笑いが響き渡る。
「沢山の命を奪った罰よ!雅号をつけてもらって調子に乗っていただけの餓鬼が!私のようなただの忍びに殺されるなんて、鬼刀律術者が聞いて呆れるわね」
「…イトがその雅号を振りかざしたことがあるか」
ムギは刀を地に突き立てそれを支えに立ち上がると昏く曇った目でフミを見据えた。
フミは反論しようと口を開くも一旦飲み込みムギをきつく睨みつけた。
「イトが…一度だって自分の権力や立場を利用し横暴をしたことがあったか」
ムギの周りに漂う鶸色は1つまた1つと消滅していく。
「イトはずっと前からあなたの正体に気づいていた」
その言葉にジンと花心は驚きで目を見開いた。
しかしそれとは対照的にフミは先程よりも更に力強くムギを睨みつけギリギリと歯を鳴らす。
「あなたも、それに気づいていたはずだ」
花心はフミの背中をじっと見つめその様子を伺う。
フミの拳は小さく震えていた。
ジンは彼女を凝視しながらもうひとつの変化にも気がつく。
「だったら何?だったら何なのよ!!私にはあいつが何を思っていようと関係ない!」
フミの叫びに、ムギは僅かに目を見開く。
ジンはゆっくりと彼女に歩み寄りその肩に手を置いた。
呼吸を荒らげ息苦しそうに肩を上下させるフミの表情を覗き込み、ジンは浅くため息を吐く。
「それなら、どうして泣いているんですか」
フミはジンの言葉に目を見張り、すぐさま肩に置かれた手を振り払う。
ジンから離れるため何歩か後ずさったフミの頬には涙の線が出来ていた。
その線を再び溢れた涙が辿る。
「嬉しくて…に決まってるでしょ」
「僕にはそう見えません」
明らかに同様しだしたフミは首を何度も強く振りこちらに目線を合わせようとしない。
ジンは再びフミに詰め寄り涙を拭おうと手を伸ばした。
しかしその手は目元に触れる前にフミの手によって弾かれる。
「違う」と何度も繰り返し呟くその姿は自分に言い聞かせているようにも見えた。
「そんなはずはない!あいつを殺すためだけに全てを利用してきた!こんな非道になりさがった!全ては、あいつのせいなんだから!」
4人の間に流れる重々しい空気や何かを感じ取った自分自身の思考をかき消すようにフミは叫んだ。
ムギはただ立ち尽くし、光のない目で漂う鶸色を見つめている。
ザッと砂利を踏みしめる音が鳴る。
また別の人物がフミの目の前に立ち尽くした。
「姉さん、復讐なんてなんの意味もないんだよ。藤堂弦皓を殺して…姉さんには何が残った?」
花心はフミの目の前に立ち、そう呟く。
しかしフミは何故か花心の目を見ず、腹部辺りを見つめ、何度も瞬いた。
「何が…残った?」
花心は視線を合わせないフミに再び問いかける。
するとフミは花心にすがりつくようにその場で崩れ落ちた。
花心は驚き、自分の足元で咽び泣くフミを見下ろす。
「ごめん…ごめんね…。あなたに…謝りたかった。もう一度、会いたい…苦しかった…苦しかった…」
ジンはフミに歩み寄り膝をついて屈んだ。
そしてその背を優しく擦りながら、彼女が花心では無い誰かに訴えかけているのを察する。
(弟…ってもしかして…。いや、やめよう。無闇に踏み込んでいいことでは無い)
ジンは脳裏に浮かんだ思考を打ち消し、花心に目配せした。
次に振り返りムギの方を見遣るも、彼は依然としてただこちらの様子を傍観しているだけだ。
鶸色の光はもうほぼ消えて無くなっていた。
蛍のような淡い色。
藤堂弦皓の人生のように儚く切ない。
けれど暖かい色。
その最後の一つ。
ムギは手に残った光を愛おしむように見つめる。
各々が複雑な心境のまましばらくの沈黙が訪れた。
復讐心は彼女の心を蝕んだ。
藤堂弦皓は彼女のその心の闇に気づいていたのだろう。
だからこそ自らの傍に置き続け、その罪を彼なりに償おうとしていたのかもしれない。
あの記憶に入り込んだ時、律術を使っていた藤堂弦皓は我を失っていた。
苦しみから逃れたいと願っていた。
ただそれだけだった。
逃れられない宿命のしがらみに悶え苦しむ藤堂弦皓の葛藤を、僕は自分のことのように深く感じることができた。
美しく澄み渡った心が闇に染まるのはそう難しいことでは無い。
皆、苦しんでいただけだ。
どうすればよかったのだろう。
…今僕が考えたところで現状は変えられないか。
「姉さん…」
花心はフミの手を握り、しゃがみ込む。
そして焦点の定まらないフミの瞳をじっと見つめた。
「翡翠」
やっと正気を取り戻したフミが花心の名を呼ぶ。
泣き出しそうな顔のままのフミをみて花心は優しく微笑んだ。
そして何かを話そうと口を開く。
するとその瞬間、花心は弾き飛ばされ背後にいたムギに抱き止められる。
同時にジンは全身に電流が走るような痛みに襲われ、激しい目眩でその場に崩れ落ちた。
痛みに悶えながらも自分の腕を見ると刻まれていた文字が徐々に消えていっていた。
-ドサッ
何かが倒れるような鈍い音と刀を振り払う音が聞こえ、ジンはなんとか様子を確認しようと薄目を開ける。
「はっ…」
そこにあったのは倒れた胴体と転がるフミの生首だった。
一瞬の出来事に花心は事態が掴めず固まる。
風を斬るような音がした方向へ即座に振り返るとそれとほぼ同時に刀と刀がぶつかり合う音が響いた。
「ムギさん!?」
視界に映ったのは何者かと刀と交えるムギの姿だった。
その人物は長い黒髪を結いあげ、全身真っ白な装飾で身を包んでいる。
その白には先ほどフミを斬った時についたであろう血が滲んでいた。
背を向けられているため、その顔は確認できない。
しかし、その雰囲気にはどこか見覚えがあった。
「花心!」
ジンはひとまずムギの背後で固まる花心に声を掛けるが、彼女は刀を交える2人を呆然と見つめ
こちらの声に全く気づいていないようだった。
ジンは仕方なく刀を槍に持ち変え、それを使い交戦する2人を飛び越え、花心の元へ降り立った。
「くっ…」
すると着地した瞬間ジンは弾き飛ばされたムギに衝突し、2人はその場に倒れ込む。
ジンは気を失い自分の上に覆い被さるムギの体を押しのけながら、こちらにゆっくりとした足取りで歩み寄る人物の顔を見据える。
その素顔に、ジンは今まで感じていたモヤモヤとした何かがすっきりと晴れた感覚がした。
(そうだ。僕は今までどうして思い出せなかったんだろう)
揺れる黒髪、陶器のように白く滑らかな肌はどちらも眩しく見えた。
大きな瞳にはジンの姿がはっきりと映し出されている。
その瞳は次に花心の姿を映した。
彼女の姿を認めたその人は眉毛を僅かにピクリと動かし、再びこちらに視線を戻す。
雰囲気はムギと瓜2つだが、彼女の目に淡い光は一切無く、そこにあるのは吸い込まれそうなほど深い漆黒であった。
その人物は流れるように滑らかな動きで切先をジンの目の前に向ける。
「どけ」
ジンは目の前に突きつけられた切先を動じることなく見つめる。
その身幅が陽光に反射し銀色の光を放った。
いつの間にか登り始めていた朝日が4人を包み込む。
しかしジン達の間に流れる空気は暖かな陽射しとは対照的に、実に冷ややかなものだった。
「…真白」
静かに口にしたその名は、懐かしくも苦しい響きだった。
第三章 白夜の祈り
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