第四十四話 花言葉
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
・花心 数年前に生き別れた妹。翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。
雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。冷静沈着な少年。
・フミ 字は志詩。忍びの一族の生き残り。
イトとムギの小姓として藤堂家に潜入していた。
全ての動きがスローモーションに見えた。
足を踏み外し、こちらに倒れてく女の体を咄嗟に飛び込み抱きとめる。
そのままムギに向かって女を突き飛ばした。
ムギが彼女を受け止めたのを確認した次の瞬間激しい痛みが背中に走る。
「イト!!」
ムギの叫び声で状況をなんとか把握したイトは、そのまま振り返りフミに向かって自分の刀を投げつけた。
イトの刀は太ももを貫通しフミはその場に蹲る。
ジンは倒れ込むイトを受け止めた。
「ムギさん!!」
ジンの叫びを聞いてムギは急いで2人の元へ走った。
吐血し呼吸も浅くなっているイトは誰がどう見ても虫の息だ。
駆けつけたムギにイトは支えられながらその場で横になる。
ジンは呆然と立ち尽くす花心の元へ歩み寄った。
「花心、君の呼名は英だ。それと、大事な双子の兄がいるだろう」
距離を詰められ戸惑った様子の花心だったが、ジンがそう呟くと安心したように肩の力を抜き、その瞳から大粒の涙をこぼした。
「僕らはフミさんの様子を見にいこう」
ジンは花心の手を取り、その場を後にする。
イトは2人がいなくなったのを確認すると両手を広げ小さく笑った。
しかしムギは眉尻を下げ、一向に動かない。
その困ったような表情にイトは首をかしげると、自分の腹部に目をやった。
抱き抱えてるムギの手はイトの腹部から溢れ出す血で真っ赤に染まっている。
「あー…」
イトはそう呟くと自分の腹部に突き刺さった刀を両手で掴み、引き抜こうと力を込める。
しかし、その手は汗と血で濡れて滑りなかなか抜けずにいた。
「抜くな」
ムギはイトの手に自分の手を重ね首を横に振る。
「こんなのが突き刺さってたら、君に抱きしめてもらえないじゃない。ムギ、頼むよ。代わりにこれを抜いて」
イトは顔色こそ悪いものの、その口調や表情はいつも通りだ。
上目遣いでせがまれ、ムギはどうすればいいかとしばらく思考を巡らせる。
そして数秒固まった後大きくため息をつき、突き刺された刀の柄を両手で掴んだ。
「くっ…」
「我慢してくれ」
苦痛で眉を顰めるイトの耳元でムギは囁き、慎重に刀を引き抜いた。
「いったぁ…」
ムギは引き抜いた刀を投げ捨て、再び自分の服を引き裂こうとするもその手はイトによって制される。
「もう意味ないから。そんなことしなくても大丈夫」
イトはできるだけムギが悲しまないよう言葉を選んだつもりでいたが、徐々に朧げになる思考回路でそこまでの配慮をするのは不可能だった。
ムギは途端に悲しげな目をし、ゆっくりとイトの体を引き寄せると腫れ物に触るように抱きしめた。
ムギの体からは先ほどの花火の匂いと別に甘く柔らかい白檀の香りがした。
辺りに広がる自分の血の匂いをかき消すように、イトはムギの胸に顔を埋め深く息を吸い込む。
「僕ムギの匂いが好きだったんだ」
「うん」
「あと怒った時にムッとする顔も好きだった」
「うん」
「錦葵の全部が好きだった」
「…うん」
イトは意識が残っているうちに全てを吐き出そうと一方的に淡々と告げていく。
抱きしめるムギの手が小刻みに震えていることに気づき、イトは顔をあげて自分の手を重ねた。
最後の力を振り絞って微笑んで見せると、ムギは子供のように口元を震わせ嗚咽を漏らした。
「私は君を守ると誓った…君が必要だ…それなのに、それなのに…」
イトはムギの手を引き寄せ、手首、手のひら、指先の順にそっと口付けする。
そして頬に両手を添えると今度は顔を引き寄せ頬に口付けした。
「涙の味がする」
虚ろな目で見つめ柔らかく微笑むイトにムギは溢れる涙を堪えきれず再び泣いた。
「錦葵、僕の名を呼んで」
ムギの瞳から零れた涙はイトの頬に落ち一筋の線を残した。
その線を辿るようにイトの目尻から溢れた涙もゆっくりと頬を伝う。
イトは朧げな意識の中で涙ぐむ淡い瞳をじっと見つめ、声にならなかった言葉を心の中で呟いた。
沢山の人を殺めた僕の最期はきっと孤独だと思っていた。
錦葵が本当に約束を守ってくれるとは思ってなかった。
僕らはもしかすると前世でも出会っていたのかもしれないね。
君のその名は、僕の気持ちそのものだ。
もしもまた来世で出会えるとしたらなんの宿命にも縛られない自由な世界で、君に言えなかった言葉を ー
「紫苑…」
ムギはくぐもった声にならないよう、はっきりと口を開けてその名を呼んだ。
イトは満足げに微笑みゆっくりと目を閉じる。
ムギは繋いだイトの手が滑り落ちそうになり咄嗟に力を込めた。
「君を慕っている…」
ムギはそうポツリと呟き固く閉ざされたイトの瞼にそっと口付けた。
作者の紬向葵です。
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