第四十三話 希う人
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
・花心 数年前に生き別れた妹。翡翠と名乗り、フミと行動を共にしていた。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。
雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。冷静沈着な少年。
・フミ 字は志詩。忍びの一族の生き残り。
イトとムギの小姓として藤堂家に潜入していた。
「離せ!!!」
敷地内に響き渡る程の大きな声で、イトは意識を取り戻した。
何があったのかとゆっくり目を開ける。
その瞬間腹部と首筋に激しい痛みを感じ再び意識を手放しそうになった。
「イトを離すんだ!!」
もう一度聞こえたその声がムギのものだと気づき、イトは今度こそはっきりと意識を取り戻した。
再び激しい痛みがイト襲う。
体に力が全く入らなかった。
薄く目を開けるとそこには目を血走らせこちらをキッと睨みつけるムギの姿がある。
イトはいつも冷静沈着なムギがここまで怒り狂ったのを初めて見た。
肩を怒らせ、今にも飛びかかってきそうなその様子にイトは軽く「はっ」と笑った。
「僕があれだけ奮闘しても、ここまでムギを怒らせることは出来なかったのに…一体何をしたんだか。ねぇ、フミ?」
イトはそうボソボソと話しながらフミを見上げる。
フミはイトの首元に小刀を押し付け両手を掴んでいる。
その背後には気を失っている翡翠の姿もあった。
なるほど…僕はさっき土下座していたタイミングで気絶させられていたのか。
あの子も利用されていたようだな。
(本当…大人って嘘つき)
「あんまり喋らない方がいいですよ」
フミはイトを見下げ淡々と告げた。
その目には一切光がなく、憎悪に呑まれた心が伺えた。
「っ…それはどういう意味?君は僕を殺したいんでしょ?だったらこのまま喋らせればいい」
「イト!やめなさい!」
ムギの叫びの後イトは吐血し、腹部からはじわじわと血が滲んだ。
イトは自分の腹部に貫かれた刀を見つめる。
その瞬間フミがその刀を動かしさらに奥深くまで突き刺した。
イトは「う"っ」と苦痛の声を漏らし項垂れる。
ムギは瞠目し、慌てて踏み込んだ。
フミはその様子を見てイトの首に押し付けた刀をムギに見せつけるように食い込ませる。
しかし、ムギは動きを止めず一瞬にしてフミに詰め寄るとその額に手を伸ばした。
ムギの指先がフミの額に触れそうになった瞬間その動きは制される。
「手を…出しちゃ駄目って言ったよね…」
ムギはイトに腕を掴まれ制されるも、その手を振り払い、もう片方の手でフミの額に触れた。
フミは縛の術をかけられ全身が硬直する。
その隙にムギはイトを抱き抱え、その場から立ち去ろうと踵を返した。
しかしすでに弱っていたムギの術はすぐに解かれ、フミはムギの背に向かって小刀を投げつける。
小刀はムギの頸目掛けて真っ直ぐに放たれた。
その切先がムギの肌に触れそうになったその瞬間何者かによって刀は弾き飛ばされる。
ムギは背後で鋼鉄音を起こした正体を確認すると足を止めその人物に視線を送った。
「平 仁…まさか…」
フミはまさかの人物に言葉を詰まらせる。
ホッと胸を撫で下ろしたジンはムギに目配せし、手にした槍を一度鞘に収め再び引き抜いた。
ジンは引き抜いた刀を懐かしむように眺め青眼に構えると、驚き動じているフミを横目に倒れ込む翡翠の元へ走る。
瞬きの間に翡翠の元へ移動したジンは彼女の素顔を見つめ、頬を優しく撫でた。
その素早い動きをフミは目視できず、いつの間にか自分の背後に移動していたジンに切先を向けた。
そしてムギに向かって叫ぶ。
「まさか、己気の封印を解いたの?!」
「そのようです。急に力が戻ってきた時は気絶するかと思いましたけど、なんとか持ち堪えているようですね」
ジンはムギの代わりに答えると翡翠を抱き抱え、ムギ達の元へ移動した。
「どこかに隠れていて下さい。早くイトさんの手当を」
ジンにそう告げられ、ムギは軽く頷くと素直にその場から走り去る。
「ムギ、僕は手を出さないでねって言ったじゃん。…どうして言うこと聞けないの。もしかして反抗期?…っ…あー、痛い…もう少し優しくして、よ…んん!?」
「静かにして」
ムギは庭池の近くにある岩場に身を隠し、イトの腹部を布の切れ端で縛り止血する。
イトはその間も終始喋り続け、その度に血が滲み出す為ムギは彼の口を手で塞いだ。
ムギは何度も強く布を巻き直すも、イトの血は止まることなく溢れ続けた。
その顔色は徐々に青白くなり、呼吸も乱れだす。
ムギは口から手を離しその頬を両手で撫でた。
「どうして君は、いつも私を心配させる?どうしていつも私から離れようとするんだ」
イトの虚ろな瞳にムギの姿が朧気に写る。
ムギは必死に腹部を手で押え流血を止めようと試みた。
「どうして私に、君を守らせてくれないんだ」
いつも感情を乱すことの無いムギが狼狽えるその姿に、イトは目を細め口端を無理やり持ち上げた。
「もう十分だよ。十分、僕を守ってくれたさ。僕の命を救うために、ムギは何人の命を犠牲にした?僕を守るために…何度心を痛めた?だから…」
「君は!」
イトの言葉を遮るようにムギは叫んだ。
「君はどうして!自分を大事にしないんだ!私は君を守ることができればそれでいいんだ!君だけなんだ…どうして…どうして…、そんなに自分のことに無頓着なんだ!」
ムギは目を丸くして固まったイトの表情をみてハッと我を取り戻し、深呼吸をして自分自身を落ち着かせた。
そして再び口を開く。
「大事な人が…自分を大事にしてくれない事がどれだけ辛いか…君にはわかるか」
イトはその心憂い感情が溢れる声に胸を締め付けられるような思いがした。
そして同時に深く愛おしい感情が込み上げる。
「ムギ…君は笑っていた方がいい…そんな不貞腐れた顔で告白されても嬉しくない。ほら、口端を上げて」
そう言うとイトは両手をムギの口元に添え、グイッと無理やり持ち上げた。
「ほら錦葵…笑って?」
ムギは今にも泣き出しそうな表情で鼻をすすりながら微笑む。
その様子をみてイトも力なく笑った。
僕は、確かに自分の事には無頓着だ。
でもそんなの仕方ないじゃないか。
僕には守りたいものが多すぎたんだ。
皆、皆、大切だった。
自分のことなんて構ってられなかったよ。
でもこうして大事な人と一緒に居られて悪戯して、追っかけられて笑いあって十分幸せだったと思うんだ。
それに僕は嫌な大人になることなく子供のままでいられるんだから。
きっとずっと、これからも幸せだ。
あの時…フミに気絶させられた時僕は直ぐに意識を取り戻した。
夢を見るように、フミと初めてちゃんと話した時のことを思い出した後、襟を掴まれながら体を持ち上げられた感覚で目を覚ました。
ムギが慌てて駆けつけて来たのが見えた瞬間、僕は自分が危ない状況だと気づいた。
けど、逃げるべきではないと思ったんだ。
フミの恨みが少しでも晴れるなら…こんな呪われた体がどうなろうと構わないと。
フミは…僕にとって、もう既に大事な家族であったから…。
「危ない!!!」
不意にジンの声が響き、イトはハッと振り返る。
鈍く、耳を塞ぎたくなるような惨たらしい音が辺りに響き渡り、庭園に一時の静寂が訪れた。
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「あなたが翡翠を…花心を助けてくれたのですか」
「そうよ…だからその子は私に恩を返す必要がある」
「この子が平家の子で、僕の妹だと知っていたのですか」
「もちろん。だからあなたに呪符を貼ったんじゃない」
ジンは花心を抱えたまま、こちらに刀を構えるフミと睨み合う。
(呪符…なるほど)
ジンが花心の首筋のツボを押すと彼女は眉をピクリと動かしゆっくりと目を開けた。
こちらの顔を認めると彼女は途端に肩を強ばらせる。
そっと体を支えながら花心を立たせると、彼女はジンを訝しげに見つめ何歩か後ずさった。
「そう逃げないでくれ。僕は君に攻撃しないから」
「あなた…もしかして…」
ジンが苦笑いながらそう告げると花心はこちらを凝視して呟く。
すると2人目掛けて苦無が放たれた。
花心は素早い動きで2つの苦無を刀で叩き落とすと、そのまま飛んできた方向に青眼に構えた。
ジンも同様に構え、花心に向かって叫ぶ。
「花心!話は後だ!とりあえずこの場を何とかしよう」
「ええ!」
2人は駆け出し、フミを取り囲んだ。
そして左右から同時に斬り掛かる。
フミは何とか2人を躱し、逃げながらも苦無をいくつも投げつけた。
花心は数年前と比べ物にならないほど俊敏な足さばきで的確に急所を狙ってくる苦無を全て避けきる。
ジンにとってはフミが投げつけてくる苦無の動きなど最早亀のように鈍重に見えていた。
2人は苦無を全て避けつつ、フミを挟み込むように追い詰め、再び動きを封じる。
逃げ場のなくなったフミは花心を睨みつける。
フミの背後には大きく広い庭池が広がっていて一歩も後退る事は出来ない状況だった。
「翡翠、あなた一族への恩を忘れたというの!?」
その言葉に花心は歯を食いしばる。
首筋には冷や汗が伝っていた。
「姉さんこそ!私が家族を探していることを知っていて、どうしてジン兄にこんな術をかけたんですか!!もし気づかずに自分の手でジン兄を殺してしまっていたらと思うと…」
ジンは自分の身体中が再び疼きだし、腕に刻まれた文字をじっと見つめた。
「花心、僕は一体何の術をかけられてるの?」
「安心して、死ぬような呪符ではないはず。…まあ、死ぬほど痛いと思うけど」
何故か申し訳なさそうにこちらを一瞥し花心は答えた。
たしかに今は呼名の解放時と同じ感度だから結構痛いけど。
慣れてしまえば大したことない。
それにこれより痛い目に散々あってきたから。
とりあえず死にはしないなら良かったけど、それなら一体この術の効力はなんなんだ。
ジンは先程からずっと花心に視線を送っているが、彼女は全くこちらを見ようとしない。
ジンが不思議に思ってるとフミは冷笑を浮かべながら花心に問いかける。
「何言ってるの翡翠。すっかり藤堂弦皓の言葉を信じ込んでいるようだけど、隣にいるその人物が本当に平 仁なのかなんてあなたには判断できないはずよ」
「それは…そ、の…」
フミの言葉に花心は途端に口籠もる。
(判断がつかない…それは…一体どういうことだ)
「花心…」
ジンが近づこうと歩み寄ると、花心は後退りその刀を持つ手が震え出した。
「どうしたの?」
花心の呼吸は徐々に荒くなり、その目は涙ぐむ。
そして切先をジンとフミに交互に向けるとどんどん距離を離していった。
「わからない!わからないの!!」
完全に怯えきってしまった花心を嘲笑い、フミは刀を構えながら彼女に詰めよっていく。
「フミさん!花心に近づいたら僕が許さない!」
「あら。でもそのあなたが今近づいたら、この子はきっと震えて我を失うわよ」
「僕になんの術をかけたんですか!!」
ジンが花心に少しでも近づこうとすると、花心は途端に切先をこちらに向け震えを堪えながら困惑した目でこちらを睨みつけた。
故にジンは彼女に近寄れず、その間にフミはどんどん花心に詰めよっていた。
「これは、まずい…あっちは…」
花心の背後は巨大な庭石、そして右手には庭池、左手にはフミが迫っていた。
「っ!?」
花心の背中が庭石に当たった瞬間フミは踏み込み、刀を振り上げた。
ジンも慌てて踏み込みそれと同時に振り上げられたフミの刀に苦無を思い切り投げつける。
しかし刀は弾き飛ばされることはなく切先が折れただけだった。
岩の上を飛び越え逃げようしていた花心にフミは構わずその刀を投げつけた。
刀は花心の心臓目掛けて真っ直ぐ空気を貫く。
「危ない!!!」
投げつけられた刀に未だ気が付いていない花心に向かって叫んだジンの声は、波紋のように庭園に響き渡った。
作者の紬向葵です。
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