第四十一話 邂逅
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。
雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。授名は錦葵。冷静沈着な少年。
・フミ 字は志詩。忍びの一族の生き残り。
イトとムギの小姓として藤堂家に潜入していた。
固く目を閉じ、頭のてっぺんから足先まで全身に神経を集中させる。
さっきの攻撃が避けられたのはまぐれだ。
さっきの人はフミさんの何倍も強い。
目視で戦おうと思うな。
自分の体が危機感によって勝手に反応するその動きで攻撃を避ける。
身体中に巡る血液の流れを感じる。
風が肌を掠める感覚もいつもより鮮明になる。
呼名の解放の時まではいけなくても、今の僕の集中力を最大限に活かす。
そのために、あれだけ毎日瞑想してきたんだ。
その瞬間、ジンの前髪がふわりと揺れた。
- キンッ
「はっ」
ジンは咄嗟に向かってきた相手の刀を小刀で受け止めるも、その凄まじいまでの威力に小刀はいとも簡単に折られる。
その破片は宙を舞い地面に突き刺さった。
ジンは残った刃で相手の刀を何とか受け止め続けるも、ギシギシと音を立てる小刀も耐久力に限界がきているのは誰がどう見ても一目瞭然だった。
「くっ…」
ジンは目の前で刀を押し付けてくる人物の顔を凝視する。
その人は夜雀のように顔に面をかぶっていた。
長い髪をひとつに括りあげたその人はどうやら女性のようだった。
いくら小刀とはいえ二台武家である藤堂家の子弟が持たされていたものだ。
持って触った感じも一級品だった。
(これをただの一撃で折ってしまうなんて…まさか、この人は…)
「抵抗して何になるの」
「え?」
「大人しく今の一撃で殺されてしまえば楽に死ねたのに」
急に語り出したその人は続いてジンの鳩尾に拳を捻じ入れる。
ジンは急所を躱しながらもその拳をそのまま腹で受け止めた。
「…っう"…」
想像以上の痛みにジンは何歩か後ずさるも、その人はそのまま攻撃を繰り出し続ける。
刀ではなく拳で何度も容赦なく殴り続ける攻撃にジンはひたすら耐え続けた。
最終的に蹴り飛ばされたジンは庭池の中に沈む。
ぶくぶくと水の中に沈みながらもジンは痛む身体を観察していた。
(痛い。攻撃されるたび電流のように痛みが走っていた)
さっきの刀のことといい、これはもう間違いない。
我慢して攻撃を受け続けた甲斐があった。
しかしそうとなると…本当にどうすればいいのやら。
ムギさん達に土下座でもして頼み込もうかな。
というかあの2人は今どこにいるんだろう。
よもやフミさんに殺されたなんてことはないだろうし。
ジンは水の中で深く溜息を吐くと勢いよく池から飛び出て、再び庭園に降り立つ。
そして自分の首筋めがけて飛んできた苦無を素手で受け止めると、誰もいない暗闇の中へその苦無を投げ返した。
するとその場に瞬間的に先程の人物が現れる。
彼女は驚いたのか、体制を崩しながらもなんとか苦無を躱した。
そして再びジンの目の前に瞬間的に現れその心臓目掛けて突きを繰り出す。
ジンは苦無を使ってそれをなんとか受け止めた。
「あなたに質問したいことがあります」
「奇遇ね。私も質問したいことがある」
2人は一切手元の力を緩めないまま至近距離で睨み合う。
ジンは口元を緩め、顎をクイっと突き出した。
「どうしてこの短時間で私の動きを読めるようになったの」
「…それは単純な事ですよ。あなたの攻撃からは己気が感じられます。そしておそらくこの刀は、ただの鋼ではなく己気により生成されたもの。フミさんのように己気を使わない人は目で動きを追うしかありませんが、あなたの場合は動きではなくて己気の流れをよめばいい」
「ご丁寧に…」
「あなたは、元は武家の人間のはずです。どうして忍びの一族と行動を共にしているのですか」
「私は命を助けられた身。だからこうして恩を返しているまで。その元凶のあんたらにとやかく言われる筋合いはないわ」
その彼女の言葉の後、ジンはハっと息を呑んだ。
彼女が右腕につけていたものに見覚えがあったからだ。
それはジャラっと軽い音を立て彼女の腕を滑り落ちる。
(まさか…)
ジンは大きく目を見開き彼女の面を片手で掴んだ。
そして面を無理やり取ろうとするも、彼女がジンの動きを阻止しようと刀を更に強く押し込みもう片方の手で苦無を振りかざした為、やむ終えず後ろに飛び退け距離をとった。
彼女はジンが離れた隙に面を手で整える。
「君は…その、天眼石をどこで…」
ジンの問いに彼女は右手につけられた天眼石を見つめる。
「生まれた頃からつけられていたから、どこでなんて聞かれても知らないわよ」
「君は!!君はっ…」
「翡翠。お喋りが長いわよ」
ジンの叫びを阻止するように屋敷の中から現れたフミは彼女に向かって強い口調でそう言い放つ。
「すいません…姉さん」
「あなた、一族の恨みを忘れたとでもいうの」
「…いいえ」
翡翠は跪き、フミといくらか話した後再び立ち上がる。
そして再びジンに斬りかかってきた。
先程の何倍も威力を増しているその攻撃にジンは反撃はおろか避けることすら危うくなっていた。
反撃…できないのはもしかしたら僕にも米粒程の情はあったと言うことだろうか。
確信が持てさえすれば本気でやり合えるのに。
「ねぇっ…翡翠さん?本当に僕を殺す気?僕に、見覚えとか…ない?」
攻撃を避けながら何とか語りかけるも翡翠はもう一言も発さず、ひたすらジンに攻撃を続けた。
翡翠の動きは実に俊敏で、的確にジンの首筋や心臓を狙っていた。
まるで、できるだけ早く苦しまないよう殺そうとしているかのように。
ジンは一旦思考を巡らせるために翡翠が次に繰り出した回し蹴りをもろに受け、わざと屋敷内の壁に突き飛ばされた。
激しい衝撃音と共にジンは瓦礫に埋もれる。
(いったぁ…。覚悟はしていたけどやっぱり痛いなぁ)
呼名の解放の時の状態じゃなくて本当によかった。
あの状態でこんな衝撃受けたら間違いなく気絶してる。
もうあの子は僕と口を聞いてくれないみたいだし、どうすればいいものか。
それにしても…もし僕の予想が当たっていたとしたらどうしてあの子は僕のことがわからないんだろう。
僕はこの数年で全くと言っていいほど見た目も変わっていないのに。
もしかして記憶を失っているとか…。
ジンは瓦礫に埋もれながらも過去の記憶を探り、当時の様子を思い出しながら解決の糸口を探っていた。
すると闘人の時にも感じたような風の揺らぎを感じ、ジンは慌てて瓦礫から飛び出した。
「しまったっ…」
向かい側の屋根上に飛び乗った瞬間肌を焼くように熱い突風が巻き起こり、ジンは体勢を崩し吹き飛ばされてしまう。
「なに?今の間抜けな声は」
吹き飛ばされた瞬間何者かに手を掴まれ、引き寄せられたジンはその人の胸に抱き止められる。
そしてそれと同時にいつもの悪態が聞こえ、ジンは何故か荒れていた鼓動が少し落ち着いたのを感じる。
「お2人共、無事だったのですか!」
ジンはムギに抱きしめられたままそう問いかける。
するとイトはジンを睨みつけ、そのつま先を容赦無く踏みつけた。
ジンは「い"っ!!」と声をあげ、涙目になってしゃがみ込む。
「離れろ」とジンを見下ろしながらイトはそう告げると、焼け野原になった庭園に視線を送り眉を顰めた。
先程の衝撃は砲丸による爆風だった。
(もしかして、あの闘人のときのも、あの子が…)
「他にも仲間が来ていましたが、その人たちの侵入は我々が阻止しました。残りはあそこにいる2人だけですね」
そう言うムギの服と刀は、よく見ると血に汚れていた。
イトはジンを見下ろした後フミと翡翠をじっと睨みつけ、刀を抜き払った。
「…目障りだから早く片付けよう」
作者の紬向葵です。
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