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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
白夜の祈り
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第四十話 連鎖

【登場人物】

●平家

・ジン 元の名はまもる。字は仁。白髪の少年。

    現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。

・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。

    原田家に捕らえられる。

・チズ 字は千鶴。行方不明。


●藤堂家

・イト 字は弦皓いとあき。藤堂家の三男。

雅号は鬼刀律術者(きとうりじゅつしゃ)。音を使った気術を使う。

・ムギ 字はつむぎ。授名は錦葵にしき。冷静沈着な少年。


「あぐっ……っく」


「ジン様、意外と生命力がお強いのですね。藤堂紬に己気は抑え付けられてあるはずなのに」


"藤堂紬"そう呼び捨てた彼女の声は酷く淀んでいた。

フミはジンの喉を片手で鷲掴みし、喉仏を抑える親指に容赦なく力を込める。

ミシミシとした鈍い音とジンの呻き声が静かな庭園に響き渡った。


「フミさん…あ、なた…間者、だったのですか…ぐっ…」


「お喋りな口は封じてしまいましょう」


そう言いフミは既に首を締めていた右手に重ねるようにして左手を添え、力いっぱい締め上げた。

ジンはフミの両手が塞がったのを確認し「ふっ」と小さく息を吐き出す。


「はぁ!!」


「なっ」


ジンはフミの溝内を容赦なく蹴りあげ突き飛ばした。


「ジン様が女性にそんな乱暴なことをする方だとは思いませんでしたわ」


フミは庭石に激しく背中を打ち付けるも、すぐさま立ち上がり懐から取り出した砲丸を空高く放り投げた。

放り投げた砲丸は上空で爆発し流星のように四方八方に火花を飛ばした。

飛び散った火花は着地した地点で炎を上げ轟々と燃え盛る。

あっという間に敷地は火の壁に囲まれてしまった。


「豪に入れば郷に従えって言うじゃありませんか?この屋敷では男女の区別をあまり重視されてないとフミさんが仰っていたので遠慮なくいかせてもらいました」


「やはり武家の人間は何事も都合よく解釈されるのが得意なようで」


(動じるな。大丈夫だ)


ジンは心の中でそう言い聞かせ落ち着いた声色で言い返す。

フミは冷ややかな笑みを浮かべたまま帯刀を抜き払い陽の構えで制止する。


「困りましたね。こちらは刀を携えていないというのに」


ジンは自分の腰周りをわざとらしく手で探り頬を掻いた。


「武家の者は気術が使えます。しかし私達にそんな力はない。十分対等です」


「その力を、僕は今封じられているんですけどねっ」


ジンの言葉を待たずしてフミは一歩踏み込む。

瞬きの間に姿を消したフミがジンの目の前に突然現れた。

迫ったフミの眼差しの強さに覚悟を決めたジンは咄嗟に鞘でその刀を受ける。

硬質音が鳴り、2人は至近距離で睨み合った。

フミは続けざまに空いた左手でジンの鳩尾に拳を繰り出した。


- パンッ


乾いた音が響く。

ジンは受け止めたフミの拳から、痺れと違和感を感じた。


(確かめてみる価値はありそう…)


ジンは掴んだ拳を握りしめ引き寄せたと同時に、今度は自分がフミの鳩尾に拳を繰り出した。


「私の拳を受け止めて同じ攻撃を繰り出すなんて大した方ですね」


フミはその拳を難なく受け止め軽口を叩いた。


「僕の知り合いにすぐ鳩尾を殴る子がいたもので」


「それはそれは」


フミは笑みを湛えたまま、荒々しく、しかし的確にジンの頸動脈に向かって刀を振るう。

その動きの速さは今のジンの目では追えない。

ジンは風の揺らぎで刃の動きを把握しその身幅を指で掴んだ。

ガタガタと刀身を震わせながらフミは全体重を刀を持つ腕にかける。

ジンは片手で刀を掴み、片手でフミの肩を押し返しながら抵抗する。

やはり…この人の攻撃や刀からは己気が全く感じられない。

つまり、この人は武家の人間ではない。

僕がいつもフミが接近していることに気づかなかったのはそういうことだったのか。

目を瞑っている時、人間の気配を感じる方法は2つ。

単純に歩み寄る時の物音を耳で聞き取ることと己気を感じ取ること。

僕は武家の人間ならば己気を持っているだろうと油断していた。

まさか、己気を持たずしてここまでの身体能力を持つ人間がいたなんて。 


(それにこの刀は…)


ジンは刀と肩を掴んだまま両足でフミの体を飛び蹴り、その反動で自分は反対方向に飛び退けた。

そして体制を崩したフミに向かって鞘を振りかぶりその肩に勢いよく振り下ろした。

「う"」と鈍い声を出したフミはその手から刀を落とす。

ジンはその刀をすかさず拾い、庭園の池に放り投げた。


「両刃の刀なんて物騒なものを使わないでください。下手したらあなたも死にますよ」


フミは右肩を左手で押さえながらキッとジンを睨みつける。


「私は死ぬ覚悟でここに潜入していたの。一族を滅した…藤堂弦皓に復讐するために」


「復讐?それは一体…」


未だ心の波は至って平穏でとても凪いでいる。


(どこかの一族をイトさんが滅ぼしたということか)


ジンは呼吸を荒げ目を血走らせるフミに冷静に問いかけた。


「あんたも見たんでしょ?あいつの記憶」


「…」


「私は何年もこの家に忍び込んで、ずっと確固たる証拠を探していたの。平仁、あんたのおかげで私は長年の恨みを果たすことができる…感謝致しますわ…ははははっ」


狂ったように笑うフミの頬は赤らみ、瞳には涙が浮かんでいた。

それは悲しみでも憂いでもなく、興奮と歓喜の表情だと感じられる。

ジンは炎の海に包まれた屋敷を見渡し憂いの籠った瞳でフミを見つめた。


「フミさん、もしかして…藤堂の子弟たちは…」


お腹を抱えてひとしきり笑ったフミは目尻の涙を拭いながらにやりと笑いジンを横目で見遣った。


「殺した」


フミは簡潔にそう答えると興奮を抑えられないのか再びケタケタと笑い出す。

そしてジンが拳を握りしめるとフミはその様子を見て「ふん」と鼻で笑った。


「ジン様?何を感情移入しているのですか?あなたは捕えられていた身。私が子弟を殺したお陰で逃げやすい状況になったんですから、感謝して頂きたいくらいです」

  

ジンは見当違いの発言をしているフミを無の眼差しで見据えた。


「感情移入?真逆ですよ。どうして人間は復讐という無意味な行動を起こすのか、理解に苦しんでいるんです。そして、燃えてしまったこの綺麗な庭園と風情のある晩夏の夜がとても惜しくて」


ジンの言葉にフミはあからさまに表情を歪めた。

そしてそのまま再びジンに向かって駆け出す。

ジンは目を閉じ、聴覚だけに意識を集中させた。


(足音と、風の音、そして燃え盛る炎の音、それと…この音は…)


「くっ…」


「復讐の意味がわからない?そうね。私たちの深い恨みを、事細かく話したってあんたらみたいな無情な武家の人間には一生わからないでしょうね!!!」


ジンは瞬発的にフミからの攻撃を鞘で受け止める。

フミは手にした別の武器をジンに押し付けながらそう叫んだ。

ジンはフミが持つ謎の武器がなんなのか攻撃を受けながらも記憶を探り、思い出していた。


「なるほど…全て納得がいきました。あなたのその身体能力も敵に音を立てずに近づく技術も、己気を使わないのも…」


ジンはその鋸のような刃をした武器の長い持ち手を掴み無理やり切先の向きを変えようと力を込める。


「これは…(しころ)ですね。目にしたのは初めてですが、たしか以前…本で読んだことがあります。あなたは忍びの一族だったのですね」


フミは舌打ちをすると袖から呪符のようなものを取り出し、ジンの額に貼り付けた。

貼り付けられた札はすぐさま塵のように消え、ジンの身体中に血で書かれた様な赤黒い文字が刻まれる。

自分の全身が一瞬痺れたのを感じたジンは体を大きく捻り、フミの顔目掛けて回し蹴りを繰り出す。

痺れで動きが鈍っていたその攻撃は難なく避けられジンは仕方なくフミから距離をとった。

袖を捲り自分の腕に刻まれた模様のような文字を見つめフミに視線を戻した。


「痛い?」


フミは不気味な笑みを浮かべながらそう問いかける。

確かに身体中痛んではいたが、呼名の解放の後にイトから傷口を掴まれた時に比べればどうとでもなかった。


「これは?」


「教えません」


ジンは再び刻まれた文字に目を向け手にグッと力を込める。

…知識のない僕がどれだけ頭を捻ったってこれが何の呪符だったかなんてわからないか。

ジンは考えることを止め辺りを見渡す。

そしてフミをじっと見据えた後、庭に敷きつめられた砂利を足で蹴散らした。

飛び散った砂利はフミの視界を奪い、ジンはその間に屋敷の部屋に侵入する。

微かに感じた己気を頼りにジンは部屋の奥へ突き進んだ。

奥に行くに連れ、血の臭いが濃くなっていく。


「…」


ジンは見るも無惨な姿で倒れる子弟達の亡骸の前にしゃがみ込み手を合わせた。

そして懐から小刀を探り取ると即座に振り返る。


「はぁ!!!」


- キンッ


小刀を抜きフミの攻撃を防御したジンは自分の足元に倒れる子弟達を踏まないよう前に前に刀を押し込んだ。

フミはジンのその様子に気づき、わざと背後に回り込むと子弟達の亡骸を蹴り飛ばす。


「邪魔だったんでしょ?」


「貴方って人は…」


ジンはフミの錣を刀で押さえ込みその鳩尾に膝蹴りをくらわせた。

「う"っ」と鈍い声を出し何歩か後ずさったフミの首元にジンは刃先を押し当てる。


「刀があれば己気は使えなくてもあなた1人くらいなんなく倒せると思います」


刃先を押し当てられたフミは俯いたままにやりと笑う。

ジンはその様子をみて眉を顰めた。


「ジン様、私がいつ1人だとおっしゃいましたか?」


「なにっ…」


- ドーーーーーン!!!!


フミがそうぼそりと呟いた瞬間何者かが頭上から突然現れ、ジンの首元目掛けて刀を振り下ろしてきた。

ジンはその刀を咄嗟に躱し、その人物の顔を確認しようと目を凝らした。

しかし、埃が舞う室内でその姿は確認できない。

ジンはやむ終えず外へ飛び出し、庭石の上に飛び乗った。

月光に照らされた庭園は夜なのにも関わらず遠くの方まではっきりと見えた。

夜風がジンの髪を靡かせる。

ジンの白い髪の毛と透き通るような肌、そして藤堂家から借りている真っ白な装束は闇に相反する。

孤高の白神のような雰囲気を漂わせ、ジンは屋敷をじっと見据えた。


「さぁ…出てきてください」

作者の紬向葵です。

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