第三十八話 蛍の呪縛
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。冷静沈着な少年。
●その他
・錦葵 突如現れた謎の美少年。
・童狩りの輩
物心ついた頃から山へよく出かけていた。
僕は寂しがりやだった。
鳥や動物が、唯一の話し相手だった。
けれど、動物達に僕の言葉は通じなかった。
だからこそ歌った。
音を奏でた。
心込めて語りかけるように音を紡ぐと、不思議と動物達は僕の頼みを聞いてくれた。
- 寂しいから側に来て。
- もう少しだけここにいて。
- 空高く飛んでみて。
- どんな声なのか聞かせて。
動物達は言葉を返してくれないけどお願いすると応えてくれた。
ここにいていいと思えた。
その時から僕は音を奏でながら心の中で言葉を紡いだ。
1つの旋律に沢山の言葉を詰め込んだ。
ただ、それだけだった。
その時は、何もわかってなかった。
- 今だって、そんなつもりはなかった。
「イト、すまない。私が抑えられなかった」
嘘だ。
「私のせいだ、君は悪くない」
嘘だ。
「すまない」
嘘だ。
- 「あぁあ"あ"あ"あ"」
- 「殺す。殺す殺す殺す」
- 「死ね!!」
- 「ぐっ…あぁあ"あ"!!」
イトは荒れ狂い殺し合う仲間達の様子をただ呆然と眺めていた。
ムギはそんな彼らの間に入り、己気を込めて仲間達の項に手を添える。
「う"!!!」
しかし今の彼らに縛の術は全く効かずムギは仲間のひとりに蹴り飛ばされてしまう。
「…!ムギ!?」
ムギの唸り声でやっと我に返ったイトは叫び、仲間の元へ駆け寄った。
「おいお前ら!正気に戻れ!もう終わったんだ!仲間同士でやり合うな!おい!」
白目を剥き身体中の血管を浮き上がらせ、もはや見る影もない姿の仲間達を押さえつけながらイトは叫んだ。
彼らは容赦なくイトの体を引っ掻き、腕や足の肉を抉った。
イトは正気ではあったが、感覚は完全に麻痺していた。
もう痛みは感じなかった。
ただ目の前で荒れ狂う仲間達をどうすれば止めることが出来るか。
それで頭の中はいっぱいだった。
「あ"ぁ!!」
仲間の1人がイトの右肩に噛みつき、もう1人が左手の指に食らいついた。
痺れと共に震え出した指を右手で押さえ刀を落とさないように両手で握りしめる。
仕方なく左右に仲間達を思い切り蹴り飛ばしその場に蹲った。
「いっ…てぇなお前ら…噛まなくてもいいだろ。お腹空いてんなら僕のお菓子いくらでもあげたのに…」
「イト!!!」
出血が止まらない手と肩を押さえながらそう呟いた瞬間、ムギの声が響いた。
息を切らしながら走ってきたムギはすぐさまボロボロになった服の一部を手で引き裂きイトの肩や手に巻きつけた。
「あーあ、君の綺麗な服が台無しだね…」
「今はそんなことどうでもいい」
気遣いながらイトの手を取り立ち上がらせたムギは、再びこちらに歩み寄る仲間に向けて刀を構えた。
イトは震える指先に無理やり力を込めて刀を握る。
強く握れば握るほど、ムギが巻いた白い絹はじわじわと朱殷に染っていった。
貧血で視界が陽炎のように揺らめく。
(もう…帰ってこないの?また、僕を1人にするの?どうして…どうして…)
そう嘆いていると、不意に奥にいた仲間の1人がバタリと音を立て倒れ込んだ。
そして1人、また1人と倒れ込む。
(これは…!!)
現状を把握したその瞬間細い矢がイトの髪を掠めた。
そして背後に立っていた仲間の1人が「う"」っと声をあげ倒れ込む。
矢が飛んできた先を見遣るとそこには小さな細い竹筒を口に咥えた兄貴の姿があった。
兄貴はイトと目が合うとふっと力なく笑う。
イトはあまりの嬉しさに息を飲み、慌てて駆け寄った
「おい!何してんだよ!声かけろよ馬鹿!」
「おいおい…最年長の俺に、馬鹿は…ないだろ」
途切れ途切れだったが確実にはっきりと言葉を発した兄貴の様子を見て、イトは混み上がる感情を抑えられず、倒れ込んだままの彼を力いっぱい抱きしめた。
吹き矢はこの兄貴の得意な攻撃だった。
きっと何か念を込めて矢を放ち、暴れる仲間達を眠らせたのだろうと思ったイトは「良かった」と何度も呟く。
しかしその声に兄貴は応えなかった。
「さぁ…次は、俺の番だ…」
「…何が?」
「仲間達には先に眠ってもらったから、今度は俺が昼寝でもしようかと思ってな」
「あぁ…そう言うことね」
イトがそう呟くと、兄貴は抱きつくイトを引き剥がしじっと顔を見つめ優しく頭を撫でた。
「デカくなったなぁ…」
「僕はまだ10だ。まだまだガキだよ」
「いや、ここまで成長できれば上出来だ。お前は、いい武士になれよ」
「武士…か。鬼の間違いじゃなくて?鬼刀なんて雅号つけられるくらいだよ」
「それはお前の強さを嫉妬したやつが勝手にそう呼んでるだけだろ」
ははっと力なく笑う兄貴の言葉を聞いた後イトは辺りの惨劇に目を向け、視線を落とした。
悲しげに俯くイトの顎に手を置き、ぐいっと持ち上げた兄貴はイトの目を真っ直ぐ見つめる。
「お前は鬼じゃない。俺達にとってお前はただのガキだ。馬鹿正直で小生意気な人たらし野郎だ。違うか?」
「それ、褒めてるか貶してるかどっちなの?」
兄貴の言葉に苦笑いし、イトは問う。
「褒めてる。俺達大人のようにお前は汚くないからな」
「兄貴が汚い?なんだよそれ。兄貴が僕を騙しているとでも言うの?」
冗談をやめない兄貴にイトはニヤりと笑い、いつものような悪戯声で詰め寄った。
しかし兄貴は表情を緩めることなく再びイトの頭を撫でる。
その反応に違和感を感じたイトは思わず兄貴と距離をとった。
突然立ち上がった為、ふらついたイトを近くにいたムギが抱き止める。
「おいお前、さっき変な術使ってたよな」
兄貴はイトを追いかけることなく地面に這いつくばったままムギに問いかける。
ムギはその瞳に警戒の色を宿し、静かに頷いた。
「そうか。じゃあその術をそこのガキにかけてくれ」
その言葉にイトは信じられないと目を見開く。
ムギはイトの肩を抱く手に力を籠めその命令に従うことなく兄貴を睨みつけた。
兄貴は大きくため息をつくと今までに見たことないような悍ましい表情を浮かべる。
「少年。お前、賢いだろ?俺がどれだけのことをしたのかちょっと考えたらわかるんじゃないか?」
イトは困惑で瞳を揺らし、ムギは訝しげに眉を顰める。
「俺が吹いた矢には毒が塗ってあった。俺はたった今お前らの目の前で仲間を皆殺しにしたんだよ。化け物のように暴れまわっていても毒には勝てないなんて。所詮あいつらもまだまだクソガキだったってことだな」
「そんな!!嘘だ!!」
「嘘じゃねぇよ。そんなに信じられないっていうなら後ろ見てみろよ」
兄貴の言葉にイトとムギは同時に振り返った。
2人はその光景に言葉を失い、イトは全身から力が抜けていくのを感じた。
カチャンと乾いた音をたてイトの刀は地面に叩きつけられる。
そこに倒れていた仲間達は吹き矢を刺されたであろう場所からどんどん腐敗していっていた。
薄紫に変色した皮膚は爛れ、目や口、鼻からは血がどくどくと流れ出している。
誰がどう見ても手遅れな状態の仲間達の姿にイトは兄貴を睨みつけた。
「どうして!!どうしてこんなこと!!!」
「なぁ?大人って怖いだろ?汚いだろ?まぁお前が単純な馬鹿すぎたから騙すのは簡単だったけどな」
「この…!!」
イトは倒れた体制のままの兄貴に向かって大きく拳を振り上げる。
その瞬間、頸から電流が走ったような衝撃が走った。
感覚が敏感になっている今のイトにはこの痛みは凄まじいものだった。
「ったぁ…」
「すまない」
ムギは腕を振り上げた体制のまま体を全く動かせなくなってしまったイトの目元に、引き裂いた服の切れ端を巻き付けズレ落ちないように固く結びつけた。
「ムギ!!これはなんの真似だ!布をとれ!」
イトは目元に巻かれた布をなんとかしようとわざと顔の筋肉を大きく動かし、叫ぶ。
しかし、ムギはその叫びに応えることなく兄貴の元へ歩み寄った。
「物分かりいいじゃん。ありがとうな。助かったよ」
兄貴は依然として余裕な笑みを浮かべたままだ。
ムギはそんな兄貴の目の前まで歩み寄り片膝を立ててしゃがみ込んだ。
「あなたはイトを傷つけた。私はあなたを許せない。だからあなたを殺します」
「はっ…お前…育ちが良さそうだな。そんな言い方じゃ、誰もビビらないぞ。今度イトに…悪口の言い方、教えてもらいな」
「…わかりました」
真っ暗な視界の中で2人の会話を聞きながら兄貴の様子がおかしいことに気づく。
「ムギ!やめろよ!お前は何もするな!この術を解け!じゃないと僕はお前を一生呪うぞ!」
その言葉にムギは手にしていた刀をピクリと震わせた。
「…っ、なんだよ弦皓!」
「う"っ…」
「お前はこの俺に死んで欲しくないのか?おかしいなぁ?お前の友達は仲間を殺した犯人を代わりに殺してやろうとしている真っ最中なんだぞ」
兄貴はわざと大声でイトの字を呼ぶ。
イトはその瞬間頭を硬い鈍器で殴られたような痛みに呻き、立ち尽くして動けないまま意識を失いかける。
「ム、ギ…やめ…ろ…」
ムギは大きく息をつき、うつ伏せになっていた兄貴の体を抱き起こした。
兄貴は困惑の表情を浮かべ、されるがままその場に座り込む。
「…介錯は、私が」
囁くような声でそう呟いた後、懐から取り出した小刀を押付けたムギを見て、兄貴は言葉を失う。
「お前…」
兄貴の瞳から硝子玉のように透明な涙が流れその頬に一筋の跡を残した。
「俺は、俺は仲間を殺した…皆…。それなのに、俺だけ誇りを捨てずに死ぬなんて…」
「イトの体を抑え続けるのにも限界があります」
ムギは冷めた声でそう言い返した。
「おい!おいムギ!!兄貴も何言ってるんだ!死ぬ!?ふざけるなよ!!僕にちゃんと説明しろ!」
「…」
振り返り、喚くイトの様子を黙って見つめたムギは兄貴に視線を戻すと射抜くような眼差しを送った。
「あなたには感謝しています。でも最期のお願いです」
ムギの唇が震えていることに気づいた兄貴はハッと息を飲み、力なく笑った。
「……イトにあなたを殺させたくありません」
兄貴はムギの言葉を最後まで聞いたあと、「すまんな」と掠れた声で呟く。
その瞬間、渡された小刀で勢いよく自分の腹を切り裂いた。
「ぐはっ……」
刀を刺した断面から大量の血が溢れ出し兄貴は吐血した。
その瞬間ムギは思わず力を緩め、イトにかけた術は解けてしまう。
「はっ…兄貴!!!」
体が自由になったイトはすぐさま目元に縛られた布を引きちぎり、座ったまま突っ伏している兄貴の元へ駆けつけようと走る。
ムギはその様子を見て、慌てて心の準備を済ませた。
そして思い切り刀を振り上げ、兄貴の首めがけて勢いよく振り下ろす。
兄貴の首は虚しくもイトの目の前で落ち、その足元まで転がった。
落椿のように綺麗に落ちたその生首はどうしてか満足気に微笑んでいた。
イトはその場にへたり込み生首を持ち抱える。
「…」
東の方角から差した柔らかな陽光がイトの横顔を照らした。
その首を大事な宝物のように抱きしめている表情はまさに無そのものだった。
ムギは鮮血に濡れた刀をじっと眺め覚束無い足取りでイトに歩み寄る。
「イト…私を呪う?」
自分の隣で立ち尽くすムギを見上げイトは首を横に振った。
「どうせ、君も僕の前からいなくなるんでしょ」
抑揚のない声でイトは呟く。
幼い姿からは想像付かない全てを悟った声色にムギは血の気が引く感覚がした。
「そんなことない!」
ムギは何度も激しく首を横に振りイトの体を包み込むように抱きしめた。
聡明で察しのいいイトには何が本当で何が嘘なのかはっきり分かっていたのだ。
子供を馬鹿にしないで欲しい。
そんな…お粗末な…。
「君、嘘が下手くそだよね…全部中途半端なんだよ。僕、傷ついてるから…」
「すまない」
「兄貴も、君も、嘘が下手くそだ…」
「すまない」
「…ありがとう」
急にかけられた感謝の言葉の意図が分からずムギは項垂れていた顔を上げ、困惑の表情を浮かべた。
微笑んだまま固く目を閉じた兄貴の口元についている血を袖で拭いムギに視線を向ける。
「兄貴…あまり苦しくなかったみたいだから…ありがとう、な」
ムギはその言葉を素直に受け止められず眉尻を下げた。
そして、聞くか迷っていたとある疑問を口にする。
「イト、君は今冷静?」
イトはムギをじっと見つめているものの、その瞳はどこか違う景色を映しているように見えた。
それはまさしくその通りで、イトの視界はひどく霞み所々が黒い斑点に塗りつぶされていた為ムギの姿は良く見えていなかったのだ。
普段であれば体の異変に驚き焦るだろう。
しかし今のイトにとってそんな些細なことはどうでもよかった。
「…いや、全てを頭が拒否している。全然冷静じゃないよ。1秒後に発狂するかもしれない。2秒後にムギを殺すかもしれない。3秒後に心中するかもしれない」
そう言い放ったイトの声には深い闇を感じた。
そしてその瞳にも昏い影が宿っている。
それは、無邪気で前向きなあの弦皓はもうここにいないという現実をムギの心に知らしめた。
「地獄のような1日だった。いや、これからもまだ地獄が続くのかもしれないね。どうせ…どうせ皆僕より先に死ぬんだ。僕を置いていくんだ、こんなにも…こんなにも…僕を悲しませて皆どうしたいんだ…」
呪文のようにぶつぶつと独り言を言い続けるイトをムギはただ黙って抱きしめ続ける。
すると不意にイトはムギを自分から引き剥がした。
「ねぇムギ、早くここから立ち去ってよ」
「嫌だ」
ムギは食い気味で即答した。
イトはムギの思考が読めず一瞬たじろいだが、幼子を宥めるように再び語りかける。
「君はまだ僕と出会って1日しかたってないでしょ。僕のこと、よく知らないでしょ?こう見えても、一度付き纏うと結構執念深いんだよ」
「知っている」
また即答したムギにイトは目を見開く。
この数時間で分かったことは、彼はものすごく嘘が下手くそで冗談すら言えない人間なのだと。
だからこそ、この「知っている」という言葉の重みをイトは感じた。
けれど彼に以前にあった記憶など全くなかった。
「…それは残念。僕は君のことを覚えていないんだ。だから僕は君のことを、全く…知らない」
イトはそう言いながらも、突然自分の脳裏に浮かんだ記憶に言葉を詰まらせた。
真っ暗な闇にぽつぽつと光る鶸色。
顔は見えないけど自分の手を取り少し前を走る童。
肩まで伸びた黒髪が月光と無数の淡い光に照らされイトの心を魅了した。
幼いイトはその童の名を口にした。
振り返った童も「弦皓」と自分の名を呼んだ。
そこで記憶は途切れ、イトは気持ちの整理がつかず混乱し、自分の呼吸が荒くなっている事にすら気づかなかった。
「…私を呪って」
「…え」
そう言うムギの真剣な眼差しに、イトは頭が真っ白になる。
「何を言ってる…」
「君が私を呪うと言った」
言葉を被せられイトは言い返す言葉を奪われる。
(…確かに)
先程自分がムギに放った言葉をまさか鵜呑みにされると思っていなかったイトはその真っ直ぐな視線から逃げるように顔を背けた。
「君が私を呪えば、私は君が死ぬまで死ねない」
「…」
「君は、私の主だ」
「その、言葉…」
どこか聞き覚えのあるその言葉にイトは再び記憶の奥を探ろうと目を閉じた。
先程の場面を思い返し、自分が見た景色や放ったであろう言葉を声に出す。
「紬は可愛いから、僕が守ってあげる」
ムギはその言葉にハッとし、しみじみと懐かしむような表情で口を開く。
「君はすぐにどこかに行ってしまうから…私は君の付き人になるよ」
イトは目を閉じたまま、記憶の中にいる童と目の前にいるムギが同じ言葉を発していることに驚き、それと同時に言いようのないもどかしさを感じた。
そして記憶の中の自分が発した言葉を同じく口にしようとした時、全ての記憶が蘇りイトは目を開けた。
「…それじゃあ…君が、10になったらその…授名を、僕に教えてね」
ムギは満足気に微笑み、イトは込み上がってくる涙を堪えることができず感情のままに泣いた。
「君さ…馬鹿なの?こんな…一夜の幼い戯言じゃないか…」
「私はずっと本気だった」
泣きじゃくるイトの頭を優しく撫でたムギは、彼の前に片膝をついて涙を拭っていたイトの手を取りじっとその顔を見上げた。
「私の授名は錦葵。藤堂弦皓の付き人として君の呪いを受ける。私は、絶対に君を1人にしない」
そういい、ムギはイトの手の甲に口付けた。
長い長い1日は終わりを告げ、無数の亡骸が転がる中、イトは声が枯れるまで泣き続けた。
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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