表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
白夜の祈り
39/97

第三十七話 言霊

【登場人物】

●平家

・ジン 元の名はまもる。字は仁。白髪の少年。

    現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。

・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。

    原田家に捕らえられる。

・チズ 字は千鶴。行方不明。


●藤堂家

・イト 字は弦皓いとあき。藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者(きとうりじゅつしゃ)。音を使った気術を使う。

・ムギ 字はつむぎ。冷静沈着な少年。


●その他

錦葵にしき 突如現れた謎の美少年。

・童狩りの輩

(痛い痛い痛い痛い…)


聴覚、視覚、触覚その全てが研ぎ澄まされ、全身に電撃のような耐えがたい痛みが走っていた。

目を凝らすと数里先までもがはっきりと見える。

色も目が痛くなる程鮮やかに映った。


影赦の不気味な声と、師弟達の呻くような声が交わり、不協和音となって弦皓の鼓膜に纏わりつく。

先ほどの童狩りの奴らと争った時に軽く擦った肘や打ち付けた肋の痛みが先ほどまでとは比べものにならないほど痛み、弦皓の呼吸を荒くした。

不意に仲間に目を向けると皆苦しそうに踠き、錯乱しているようだった。


「っ!?おい待て!!」


弦皓は小刀を喉仏に突き付けようとしていた仲間の元へ走り、覆い被さって押さえつけた。


「何してるんだよ!!」


小刀を奪いそう耳元で叫ぶも、弦皓の声は届いてないのかその仲間は目を血走らせ手で何度も喉を引っ掻いた。


(くそ…!!)


どうするべきかと暴れる仲間を押さえつけながら考えていると、違う手がその暴れる仲間の手を押さえつけた。


「…こいつは俺が抑えとくから…」


その手は兄貴のものだった。

苦痛に顔を歪めながらも、その体の大きさでなんとか暴れる仲間を押さえつけている。

弦皓は一瞬躊躇したが、背後で呻き叫ぶ別の声を聞き「頼んだ」と告げすぐさまその場所へ向かった。


「あ"ぁあ"あ"あ"あ"あ"」


暴れる仲間達の腕を後ろに組ませ、傷つけないように帯で固く縛りあげる。

我を失い、地面に這いずり回る仲間に心を痛めグッと歯を食いしばると背後から何者かがゆっくりこちらに歩み寄ってきた。


「弦皓、大丈夫?」


「あ"ぁ!!!」


弦皓は突然呻き声をあげその場に崩れ落ちた。

錦葵は弦皓を抱きとめ、何事かと目を瞬く。

そして錦葵が再び名を呼ぼうとした時、弦皓は彼の口を手で塞いだ。


「きっと…何かの術が、かけられている。今、字で名を呼ばれた瞬間、心臓を鷲掴みされたような痛みが走った…」


錦葵は話を理解したというように何度もうなずいた。

自分のせいで苦しんでいる弦皓を見て酷く困惑している。

その様子を見た弦皓は大丈夫だと微笑み深く息を吸い込んだ。


「君、呼名はなんていうの?僕の呼名は一音イトだよ」


「私は…」


錦葵は一瞬言い留まるも、弦皓が「う"っ」と顔をしかめた様子を見て再び口を開いた。


「私の呼名は向葵ムギだ」


「ム…ギ?」


イトはその呼名に違和感を感じたが、体力的にも状況的にも今はそれを問いただす時ではないと思った為その疑問を一旦飲み込み再び周囲に目を向けた。


「ムギ、ひとまず影赦を殲滅しよう」


そう言い立ち上がるイトの肩を抱きながら、ムギは彼の表情に生気が戻ったのを確認して静かにうなずいた。


「おいお前ら!絶対に耐えろよ!!」


イトは痛みに悶え錯乱した様子の仲間達にそう叫び、近くにいた影赦の左胸を一突きした。

影赦と闘うのはこれが初めてだった。

本家にいる兄様達は昔から呼名の解放を済ませ、幼い頃から影赦と刀を交えていたと聞いていたけど、どうして今になって僕達の呼名を解放するなんてことになったんだ。

弦皓は突き刺した刀を引き抜きそのまま今度は袈裟斬りにした。

しかし影赦は消滅せずにバラバラになった胴体を再び繋げてイトに殴りかかろうとした。


「くそっ」


気を抜いていたイトはその拳を受けようと両腕を体の前で交差し構えた。

その瞬間、拳を振り上げる影赦の背後にムギが現れ頸に指先をそっと添える。

影赦は拳を振り上げた体制のままピタリと動きを止め、なす術なく倒れた。

ムギはすかさず地面に転がる影赦の背中に刀を突き刺し、そのまま四方八方に引き裂いた。

そして左右から飛びかかる影赦達を続け様に一刀両断した後に叫ぶ。


「破!」


ムギが叫んだ瞬間、切り刻まれた影赦達は再生することなく黒い霧となって弾けた。

その様子をイトはただ茫然と見つめる。

そして再び背後に気配を感じ、振り返ると同時に刀を振った。

イトに攻撃しようとしていた影赦は胴に刃を突き刺さされたまま悶えていた。

イトはあえてそのまま続けて攻撃はせずじっと影赦の様子を観察する。

その間背後から爪で襲ってきた影赦の攻撃は、刀を突き刺したままの影赦を盾にして防御し続けた。

しばらくすると影赦は傷だらけになった体を溶かすようにして変形させイトの刀から逃れた。


(なるほど…やっぱりそうなんだ)


こいつらに何度刀を振るっても無駄ってことか。

さっきのムギの術はなんだろう、初めて見た。

兄さん達はどうやって影赦と戦っているんだ。

イトは再びこちらに飛びかかってきた影赦を刀で切り裂く。

身体能力や技術は僕の方が圧倒的に上だ。

けど僕の体力は無尽蔵じゃない。

ムギ1人だけじゃこの途方もない数の影赦達を始末するのに時間がかかって、僕と同様力尽きてしまうだろう。

見たところ、あれだけいた子弟達はほとんど影赦に殺されてしまったようだ。

数里先で何人かがやり合っているのは見えるけどあそこまでいく暇があったらこっちはこっちで対処したほうがいいだろう。

それに、仲間達を放っていけない。

イトは背後に蹲る仲間達に視線を送った。

その瞬間別の場所から現れた影赦がイトの脇腹に飛び蹴りを食らわす。

受け止めきれなかったイトはそのまま遠くに突き飛ばされた。


「あ"ぁ…!!くっ…そ…いったぁああ!!」


イトは修道の近くに立つ大木に背中を打ち付け、そのまま崩れ落ちる。

あまりの痛みに耐えられずイトはその場で発狂した。

呼名の解放…いいことばっかじゃないじゃん。

確かに五感は鋭くなるけど。

ていうか、そもそもこんな状況で解放すんなよ。

その分、辺りに漂う血の匂いで嘔気が止まらないしちょっと掠っただけで刀で肉を削がれたのかと思うくらい痛い。

視界は鮮明すぎて目がチカチカするし、影赦や仲間の声が脳に響いて頭が割れそうに痛い。

なんだよこれ…なんの拷問だよ。

耐えても地獄、耐えられなくても地獄。


「ははっ…」


イトは空笑いし、大木にもたれかかったまま空を見上げた。

木々はいつも通り青青とした葉を揺らし数時間前のひと時を思い起こさせた。


「音…ね」


あることを思い立ったイトは力なく立ち上がり、太い枝に飛び乗った。

そして近くにあった緑葉をむしりとると口元に当てた。


(…命令だ。…止まれ!!!!)


そう唱えながら草笛を吹くと影赦は一斉にピタリと動きを止めた。

ムギはその音色にハッとし、イトの元へ駆け寄る。

まさかただの草笛で本当に動きが止まると思っていなかったイトはそのまま続けて命令を唱えた。


(殺し合え)


音色は自然と命令に沿った不気味なものに変わりイトの心をどんどん壊していった。

そして影赦は命令の通り、互いを刻み合っては再生を繰り返し何度も何度も殺し合った。

血に濡れた修道で子弟達は発狂し、黒い化け物達が殺し合うその様はまさに地獄だった。

ムギはイトの元へ行くことを諦め再び修道の中央まで駆け戻ると固く目を閉じた。

そして精一杯の力を込めて叫ぶ。


「破!!!!」


その言葉で辺りの影赦はほとんど消滅した。

ムギは黒い霧が舞う中、いつまでも草笛をやめないイトの方を見遣り再びそちらに向かって走る。


「イト!!」


ムギが木の下で叫ぶも、その声はイトに届いていないようだった。


死ね…死ね…殺し合え。  

お前たちなんか…死んでしまえ…僕達を…巻き込むな。

もっとだ、もっと…もっとやれ…!!!!

全滅するまで…殺しあえ!!!!!


イトの頭の中には怨みの言葉が渦巻き、その欲望のままに草笛を吹き続けていた。

その音色はイトの底知れぬ己気に乗せられ、はるか彼方、数十里先の村にまで響き渡った。


「イト!!!!」


「うわっ…」


枝に飛び乗ってきたムギがいつまでも草笛を止めないイトを押し倒し、2人は共に枝から滑り落ちた。


「あ!」


ムギは咄嗟に体制を変え、イトを庇うように自らを下敷きにし、地面に強く背中を打ちつけた。

ムギは落雷を落とされたような痛みに一瞬気を失いかけるも、再び与えられた別の衝撃でなんとか意識の端を掴んだ。


「ったぁあ"…痛い!!痛い痛い痛い痛い!!!」


ムギの上に重なるように覆いかぶさったまま、イトは小さな子供のように叫び彼の胸に何度も拳を叩きつけた。


「痛い…痛い…よ…」


「イト…」


ムギは自分の胸で何度も同じ言葉を連呼するイトの頭を優しく撫で、その名を呼んだ。


「…っ…うっ…」


ムギは嗚咽を漏らし肩を上下させるイトを抱きしめながら起き上がり、辺りの悲惨な光景を隅から隅まで眺めた。


「君は…悪くない」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

続きが気になると思った方は

ブックマーク、評価お願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ