第三十六話 巡る悪夢
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。冷静沈着な少年。
●その他
・錦葵 突如現れた謎の美少年。
・童狩りの輩
「うう"っ…」
その呻き声にハッとした弦皓は、自分の足元に視線を向ける。
そこには死にかけの状態で這いつくばり、弦皓の足首を掴む男の姿があった。
弦皓は触れられたことに対する怒りで口端をピクリと動かしその男を睨みつけた。
そして切先を真下に向けると、男の頸を目掛け刃を押し込んだ。
「もうやめろ」
カチャっという鋼鉄音と共に弦皓の手にした刀は動きを止める。
かけられた声で我に返った弦皓の目は酷く充血していた。
その様子を見た仲間の1人が弦皓の体を引き寄せ、両手で彼の耳を塞ぐ。
そして兄貴が這いつくばる男の手を弦皓の足から引き離し、頸から喉仏まで刀で一気に突き刺した。
喉を貫かれた男は一瞬「あ"」と声を上げたがそれ以上は何も発しなくなった。
弦皓は身体中に返り血を浴びたものの、自分自身は無傷だった。
両耳から手を離した仲間はそのまま弦皓の頭を優しく撫で、「すまない」と苦しそうに告げた。
「お前が強いばっかりに、こんなことをさせてしまって」
そういい周囲を見渡した仲間の視線を追いかけるように弦皓も周囲に視線を向けた。
「はっ…」
至る所に生首が転がり、切り刻まれ飛び散った四肢が切断部分から大量に血を流していた。
血生臭い独特の匂いは鼻の奥にこべりついて離れない。
生首の顔はこの世に怨念を残したような見るも恐ろしい形相のまま静止している。
弦皓はその惨たらしい光景に嘔気を抑えられずその場で崩れ落ちた。
胃の中のものを全て吐き出しその苦しさに何度も咳き込み、呼吸を荒げる。
最年長の仲間は弦皓の背中を優しく撫で配慮の声をかけた。
弦皓は何度も頷き「心配ないよ」と咽せながらもなんとか微笑む。
「あれはなんだ!?」
その瞬間、仲間の1人が空を見上げて叫ぶ。
弦皓と他の仲間もその声に反応して上を向いた。
その異様な光景に弦皓は息を呑む。
茜から紫檀色に変わった空に広がる灰白のうろこ雲が、月や星を呑み込みながらゆっくりと地上に降りてくる様子が見えた。
その不気味さと神々しさに弦皓は全身に鳥肌が立った。
抵抗もできず天から降りてくる雲に呑み込まれた弦皓達は、深い霧の様な雲の中でなんとか離れないように自分達の袖や襟を掴み合った。
「おい皆!離れてない!?ちゃんと居る!?」
「おう…大丈夫だ」
「ちゃんと全員いるぜ」
それぞれ応答した仲間の声を聞いて安心した弦皓は、霧を晴らそうと勢いよく刀を抜き払う。
しかし、払った際の突風をもろともせず霧は依然として弦皓を呑み込んだままだった。
「くそっ…」
どうしようもない状況に歯軋りをしたその時、複数名の新たな気配がし弦皓は霧の奥を睨みつける。
「誰か居るな」
弦皓が気付いたのとほぼ同時に仲間の1人がそう呟く。
しかし先程の童狩りの奴らとは違ってその気配から敵意や殺気が感じられなかった。
それどころか、どこかで感じたことのある気配に弦皓は過去の記憶を探った。
(兄さん…達?いや、そんなまさか…)
「偉大なる神皇家に使えし武家の子弟諸君」
初めて聞いたその声に弦皓達はハッとし、お互いの顔を見合った。
しかし皆同様に脳に響く謎の声が誰の声がわかっておらず困惑の表情を浮かべる。
「これより、呼名の解放を行う」
その声の主は困惑する弦皓達に構うことなくそう続けた。
(呼名の……解放!?)
「うわっ!!?」
その言葉に驚きを隠せずにいると、突然凄まじい突風が吹き荒れ灰白の雲は散り散りになり空気に溶けていった。
自分の腕で目元を庇いながら風を凌いだ弦皓はその体制のままゆっくりと目を開く。
「っ!?」
そこには弦皓達だけではなく数百の人々が集まっていた。
奥の方には大きな山犬の姿も見える。
同様に帯刀を携えている姿を見る限り皆、武家の子弟達なのだろう。
周囲を観察していると、ふと周りの視線が自分達に集まっていることに気がついた。
「あ…」
弦皓は全身血に濡れボロボロに引き裂かれた自分の服と、辺りに転がる亡骸に目を向け苦笑いした。
(そりゃ…見るよね)
いっそ脱いでしまおうと袖から手を抜こうとしたその時、背後から急に羽織をかけられ弦皓は咄嗟に振り返った。
「っ!?…君は!」
「…無事でよかった」
いつのまにか背後にいた錦葵はそういいながら、弦皓が脱いだ服を受け取り肩にかけた羽織に腕を通させた。
「にしっ…」
彼の名を口にしようとした瞬間、錦葵は弦皓の口を手のひらで優しく覆い、鼻先同士が当たるほどの距離までグッと詰め寄る。
そして静かに首を左右に振った。
その有無を言わせない真剣な眼差しに弦皓は息を飲み、それ以上言及することなく素直に頷いた。
- 「皆さんこんにちは」
その瞬間先程の声とは別の若干幼さの残る声が脳に響いた。
しかしそれは先程の声より遥かに気高い響きに聞こえる。
周りの人達も皆ピタリと話を止め、その声に聞き入っていた。
- 「これより君達個人個人の戦力強化の為呼名の解放を行いますね。呼名の呪縛から解き放たれた君達の己気はきっと凄まじいものになると思います。その力の制御が上手にできた子だけが今後は武家としての名を名乗る権利が与えられる。まあそういうわけなので今から頑張ってください」
その瞬間全身に重力がかかったような感覚に陥り、弦皓は押し潰されそうな痛みと共に地面に叩きつけられる。
周りにいた全員が同様に地面に這いつくばるような体制になった。
- 「それでは、皆さんの武運長久をお祈り申し上げます」
そして再び脳に声が響いた後、体の中心から湧き上がる力を感じた。
そのあまりにも途方もない力に頭の中が真っ白になりそうだったが、何とか理性を保ち震える体を自分の腕で押さえつけながら立ち上がる。
「み…み、んな…」
そして声を振り絞り、そう何とか呼ぶと代わりに声にならない声が返ってきた。
つんざくようなその声に弦皓の朧げだった視界と意識が一気に晴れる。
弦皓はその目にいきなり映し出された光景が信じられず、思わず2、3歩退いた。
トンっと背中が何かに当たりそのまま肩を抱かれる。
首だけを動かし振り返ると、そこには錦葵の姿があった。
弦皓はそのまま何も言わず、目線を元に戻す。
「…」
目の前に広がるのは荒れ狂う仲間達と吹き荒れる血飛沫。
どうしてか、ズタズタに切り裂かれピクリとも動かない複数の子弟の亡骸。
発狂する子弟は感覚が麻痺しているのか自らの体を力一杯引っ掻き、中には刀で心中しようとしている者もいた。
そして、奥の方で飛び回るように動き回る黒い影。
その影は他の武家の師弟たちを殴り倒し、黒い爪で引き裂き、塵のように踏みつけていた。
「影赦…」
この世の地獄のような光景に弦皓はただ茫然と立ち尽くした。
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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