第三十三話 連理の再会
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。藤堂家の三男。雅号は鬼刀律術者。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。冷静沈着な少年。
「ごめんね。僕、君のこと別にそうゆう目で見てなかったからさ」
少年は目の前で涙目になっている少女に勢いよく頭を下げ「そんじゃっ」と告げると、自分に向かって手を振る数名の集団に向かって走った。
「弦皓さんはすごいなぁ。この修道でも人気者ですね!」
「お前は本当にふしだらな男だよなぁ。ここにきて一体何人の女が泣かされたのやら」
「煩さいよ!お前達、知られてないと思ってんのか?僕が泣かせた女の子達を後から慰めに行って媚び売ってんの!」
弦皓は駆け寄った勢いのまま飛び込み、声をかけてきた2人に腕を回した後そう叫んだ。
「というかさぁ、弦皓はなんで誰とも恋仲にならないんだ?今日告白してきた子だって普通に綺麗な子だったじゃないか」
別の男が2人と取っ組み合う弦皓に問いかけた。
弦皓は1人の男の背に跨り、そいつの頬をつまんだまま静止する。
そして不服そうにむくれた。
「しょうがないじゃない。別にそうゆう目で見てなかったんだから」
「俺はお前があの子に気があるのかと思ってたけどな」
「なんで?」
「え、俺はこの前告白されていた子のことが好きだと思ってたぞ」
「はぁ?」
4人は歩きながら弦皓を責めるように次々とそれぞれ別の女の名前を出した。
弦皓は思い当たる節がなく「んー」と眉尻を下げ唸った。
「お前はすぐ勘違いさせるもんなぁ」
「まぁでもさ、ぶっちゃけ弦皓の人たらしって女に対してだけじゃないもんな」
「あー確かに」
また勝手に弦皓の話をし始めた仲間達は彼を抜きにして盛り上がり始める。
仲間外れにされた弦皓は「おい!」と大きな声をあげた。
「なに話の張本人省いてんだよ!」
そう、僕は俗に言う"人たらし"らしい。
でも僕にそんな自覚は1ミリもない。
そもそも暇が嫌いで、誰かと話したり交流したりことが大好きだし、女に対しても男に対してもその接し方を変えてないだけに過ぎないんだ。
僕は自分自身、自分が女なのか男なのかよく分かってないところがある。
まあ、ちゃんとついてるもんはついてるから一応男なんだろうけど。
これを言うと大抵意味が分からないという反応をされるから、ちゃんと説明することはとうの昔に諦めた。
僕は今話しているこいつらもただの人間としか思っていない。
ただの仲が良くて話が合う、好きな人間だ。
そしてさっき告白してきた子も、俺からしたら可愛い女の子というより1人の人間という認識でしかない。
まあ確かに女の子ほうが汗くさくないし体は柔らかいし、言葉遣いは丁寧だ。
けど僕からしたらそんなこと本当に些細な違いだ。
恋なんて分からないし、面倒くさそうだし誰かに思い初める暇があったら、僕は剣術の稽古をしたりこうやって仲間と戯れたり修道の裏にある山に出かけて草笛を吹いていた方がよっぽどいい。
男の背から飛び降りた弦皓は全員の注意を引くため駆け足で仲間たちを追い越し、行手を阻んだ。
そして鞘から刀を抜き払い青眼に構える。
「ねぇ!そんなことより、一緒に稽古しようよ!」
弦皓の満面の笑みにつられ、仲間達も「しょうがない」と言いながら顔を見合わせ微笑む。
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その次の日の早朝。
蒸し暑さと朝日で目を覚まし、隣で寝ていた男の体を押しのけた弦皓は、物音を立てないよう気をつけて部屋を抜け出した。
「外はやっぱり涼しいなぁ」
薄着のまま修道の裏山に繰り出した弦皓は、山を駆け上りながら心地よい涼風に袖を揺らした。
「よっと」
軽い身のこなしで山頂にある大木の太い枝の上に登った。
そして幹に腰掛けいつものように目線だけで右上をみる。
チチッと声が聞こえたのを確認してそっと耳を澄ました。
声を出したのはこの木に住まうリスの親子だ。
弦皓は声に出さないように心の中で声を聞き分けその数を数える。
(1.2.3.4.5.6…一匹増えてる)
クスッと小さく笑った弦皓は、道中もぎとった1枚の葉っぱを口元に運びゆっくりと息を吐き出した。
弦皓が吹く草笛に引き寄せられるように何羽かの小鳥が飛んで現れ、口に咥えていた虫をリス達の巣の前に運び弦皓の頭の上に止まった。
リスは巣から顔を覗かせ虫を掴むと再び巣の中に戻っていく。
草笛を吹きながらそれを確認した弦皓は音色を変えた。
すると弦皓の頭の上にいた小鳥は飛び立ち、元いた場所まで帰っていく。
それを確認した弦皓は笛にしていた葉を投げ捨て両手を首の後ろに回し幹に体を預けた。
初夏の風を全身で感じながら目を閉じチチチッと鳴く親リスと子リス達の声を聞く。
不意に昨日の出来事を思い出した。
「君達はどうして夫婦になったの?たまたまお互いがそこにいたから?」
その問いにリス達が答えるわけもなく「ふん」と鼻を鳴らした弦皓は再び誰にともなく問いかけた。
「僕はね、ただの人間なんだ。藤堂の息子でも鬼刀律術者でもない。家の跡を継ぐつもりもない。ただの人間だ。だから添い遂げる相手を選ぶ権利はあると思う。僕らはいつ死んだっておかしくないんだ。皆笑ってたけど、昨日童狩りの奴らを始末しようとした時、ヘマした仲間が2人殺された。奴らに連れてかれて川辺に八つ裂きにされた状態で見つかった」
弦皓の心の揺れのようにざわざわと草木の揺れる音があたりに響く。
「僕は自分が心から想える相手としか添い遂げたくない。後、僕より先に死なないでくれればそれでいい。おおっ…と」
突然吹いた突風に弦皓は体制を崩し、膝を枝に引っ掛けた状態で宙吊りになった。
長い黒髪が垂れ下がり、はだけた薄い羽織の隙間から微かに涼風が入り込んだ。
宙吊りのまま大きく伸び、呑気に笑う。
「うーん!くすぐったいけどこれもこれで心地いいなぁ」
-「私は?」
不意に登っていた木の根本から声がし気配を感じ取れてなかった弦皓は慌ててその方向を見遣った。
「…君、誰?」
真っ白な装束をきちんと身にまとったその人は弦皓と同じくらいの長さの黒髪を涼風に弄ばれ、絹の裾も同様にされるがまま靡かせていた。
色素の薄い目をで真っ直ぐにこちらを見つめ、宙吊りになった弦皓の姿をその瞳の奥にうつしている。
装束と同様に真っ白なその肌は初夏の日差しをもろともせず美しく艶めいていた。
唇は少し薄く、綺麗な桃色。
中性的なその顔立ちは一見性別の判断がつかず、弦皓は思わずその顔を凝視した。
すると弦皓の視線に気づいたその人はゆっくりと真下まで歩み寄り顔を上げた。
間近で見るとその美しさはなお際立つ。
弦皓は神仏でも見るような気持ちで惚け、いつもは達者なはずの語彙力を失い2人はただただ見つめ合った。
「…私は?」
風も木々の音も止み、ただその人の声だけが辺りに響いた。
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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