第三十話 宿命
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。冷静沈着な少年。
・フミ 字は志詩。イトとムギの小姓。
2人の間に沈黙が漂う。
イトは血に濡れ倒れた子供達を仰向けに寝かせ、その顔についた砂利や汚れを懐から取り出した白練の手拭いで優しく拭き取る。
イトの昏い瞳をじっと見ていたジンは、自分もしゃがみ込み彼に視線を合わせた。
そして手拭いを持ったイトの手に自分の手を重ねる。
イトは驚いたのか微かに指先を震わせた。
しかしすぐにいつものような顔つきになり、こちらを睨みつける。
「何の真似」
ジンは睨みに負けじと満面の笑みで返す。
「僕がしますよ」
「は?調子に乗ってんの?」
「いいえ、そんなことは」
「なら、なめてんの?」
「いいえ違いますよ」
「っ…何のつもり!」
痺れを切らしたのかイトはジンの手を振り払い眉間の皺を更に深めた。
払った手に少し己気が込められていたようだ。
痺れる指先を少しだけ観察する様に眺めた後ジンは再び視線をイトに戻す。
「弦皓さんは子供が好きだったのですね」
ジンに優しく微笑まれ、イトは訝しげに眉を歪めた。
「…子供は嘘をつかない。大人のように汚くない」
視線を子供達に戻した後、イトは僅かな風にもかき消されそうな声でそう呟く。
否定されると思っていたジンはまさかの返答に驚いた。
花弁に触れるように優しく子供達の頬を撫でるイトの瞳はやはり昏い。
しかしその手に撫でられた子供達の表情はとても穏やかなものだった。
死とはなんなのか。
それを知らずに黄泉の世界へ旅立ってしまった。
それは幸せなことなのだろうか。
でもこんなにも幸せそうな顔をしているのはどうしてなんだろう。
この世界に来て"生きることについて"考えるようになった。
他人に生きることを強制するのは間違ってないのだろうか。
共に生きようと笑いかけるのは、時には罪になるのではないか。
そう、考える日もあった。
なぜかはわからない。
けれど、共に生きて欲しいと願ったわがままの末に生きながらえた命が報われるとも限らない。
それはなぜか日に日に深く心に刻まれていた。
「君も子供です」
「…」
ジンが突然放った一言にイトは手を止め視線だけこちらに向けた。
何が言いたいのか、と言いたげな目つきで睨まれるもジンは動じず微笑む。
「だから、君は汚くない。藤堂弦皓は鬼なんかじゃない」
一言一句力強く大事に目を見て伝えた。
イトは瞬きも忘れるほどに目を見開く。
何者かとジンを重ねているようにも見えた。
しばらくの沈黙の後、ハッといつもの表情に戻ったイトは「ふん」と鼻で笑う。
「君は僕の何を知ってるっていうの?」
グッと顔をこちらに近づけたイトはジンの瞳を真っ直ぐ見つめ揶揄うように呟く。
「まだ何も知りません。でも僕は弦皓さんを鬼だとは思えない。それじゃ駄目でしょうか?」
「…やっぱり僕、君のこと嫌いだわ」
立ち上がったイトは夕日が沈んだ静かな夜空を眺めながらそう吐き捨てた。
「それは、残念です」
また嫌われるようなことを言ってしまったと頬をかきながら反省していると、夜風が吹き、どこからか線香の匂いが漂ってくる。
この匂いになぜか懐かしさを感じた。
この場所にはもう自分とイトしかいない為、彼からこの香りがしているのではと思いその背中を見遣った。
イトの黒髪と絹の裾が夜風に揺れ、装束に散った血は舞い踊る花弁のように見える。
夜空に瞬く星を背後に振り向いたその姿は、切り抜いて1枚の絵にできそうなほど美しいものだった。
イトがもうすでにこちらを向いていることを忘れていたジンは、その優美な光景をただぼうっと眺めていた。
いつまでも自分を見つめてくるジンに痺れを切らしたイトはわざと裾を手で払い靡かせる。
「その名を呼ばないでくれる」
「え?」
再びジンに背を向けたイトはそう呟く。
その瞬間林の影から2体の流浪影赦が現れジン達を取り囲んだ。
影赦はケタケタと不気味な笑い声を発しながらどんどん距離を詰めてくる。
大したことない。
特に能力も持ってない影赦たちだ。
けど、僕は抵抗できても捕縛ができない。
「破」
どうするべきかと頭を捻りながら2体を睨みつけていると、何かを切り裂く音とイトの低い声が響いた後黒い霧が弾けて消えた。
まるで漆黒の花火のように。
イトは刀に纏わりつく黒い霧を振り払い、チャンッと音を立ててそれを鞘に収めた。
(捕縛をしていない…?)
さっきの言葉は何かの呪文だったのだろうか。
捕縛で刀に吸収されていないのにも関わらず影赦は跡形もなく消え去ってしまった。
何が起こったのかわからずその光景を呆然と眺めていると、イトは拳を強く握りしめ空を見上げる。
「字で呼ばないでくれるかな?僕は一音だ。弦皓に存在意味はない。そいつはもうとっくの昔に死んだんだ」
イトの掠れた声が、この残酷な光景のせいかひどく憂いを持った音に聞こえた。
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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