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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
白夜の祈り
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第二十九話 鬼の旋律

【登場人物】

●平家

・ジン 元の名はまもる。字は仁。白髪の少年。

    現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。

・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。

    原田家に捕らえられる。

・チズ 字は千鶴。行方不明。


●藤堂家

・イト 字は弦皓いとあき。音を使った気術を使う。

・ムギ 字はつむぎ。冷静沈着な少年。

・フミ 字は志詩しふみ。イトとムギの小姓。


藤堂家から借りて着ている白装束が血に染るのを躊躇することなく、倒れた男の子の亡骸を抱き抱え境内の隅まで運び寝かせた。

男の子の乱れた襟元を整え立ち上がったジンは顔だけ振り返り、ムギ達のいる方向を見遣る。

刀を抜いたムギとイトは背を向け合い見えない敵を警戒していた。

中心にはまだ怯えた様子の子供達が抱き合いへたりこんでいる。


(くそ…)


腰の鞘に手を触れ、歯を食いしばった。

僕はムギに己気を封じられてるからこの鞘に今は何も収められてないだろう。

拳を強く握り、役に立たない自分の体をなんとかする方法はないかと考えるも答えは全く出てこない。

ムギに頼んだ所で意味は無いだろう。


(もういい考えるな。考えたってどうしようもない)


その瞬間スーっと自分の心が落ち着くのがわかった。

どうしてこうも僕は薄情なんだろう。

いや違うか。

薄情なんかじゃない。

僕はの心は虚無だ。

どこまでも果てなく続く草原のように風に葉を踊らされても、穏やかに靡くだけ。

海のように心が乱れ続けることは無い。

波に同じ形がないのはその瞬間を、刹那をきちんと受け止め、心を痛めるから。

僕の草原は風が止めば、何事もなかったかのようにまた元に戻る。

なんて便利な思考回路なんだろう。

ひとまずまだ息のある子供達をここから逃さないと。


「紬さん!」


その名を叫び駆け寄る。

目線だけをこちらによこしたムギは、よく見ると脇腹をざっくり斬られ普通に立っているのもやっとなくらいの負傷を負っていた。

イトは敵の場所が把握できないのか眉間に皺を寄せ辺りを見渡している。

倒れている子供達の首元に指を添え脈を確認するもやはりもう手遅れだった。

腰が抜けたのか足をじたばたさせながらなんとか立ち上がろうとする子供達の頭を撫で「大丈夫」と一言告げる。

ジンは上から視線を感じ、顔を上げた。

視線を送っていた人物と目を合わせ立ち上がる。


「鞘を渡します」


そういい平家の家紋が記された自分の鞘をムギに押し付ける。

押し付けられるままムギは鞘を受け取り、何がしたいのかと言わんばかりに再びじっと見つめてきた。


「逃げないと約束します。僕がこの子達を守る。この場所から動かないので、あなた方で敵をなんとかしてくれませんか」


「生意気」


ムギに言ったジンの言葉に、代わりに答えたイトはこちらを睨みつけた。


「僕は君がすぐ近くにいようと関係なく殺り合う。それでも子供達を守れるというのなら、守ってみなよ」


「ありがとうございます」


ジンは礼を述べ再びしゃがみ込み怯える3人の子供達に覆いかぶさった。

その瞬間ブオンと風の音がし砂利がジンの体に飛んでくる。

先程まであった2人の姿はもう見当たらず、ただ剣戟音と子供達の怯える声だけが頭に響く。


「大丈夫だよ」


そう子供達に何度も何度も言い聞かせていると聞き覚えのある声が耳に届き目線を動かした。

体を動かさないで見える範囲には誰の姿もなく、沈みかけた夕日だけが紅い顔を覗かせていた。


「…誰の声?」


ー 「す…ない」


はっきりと聞こえたその声に思わず上半身を起こすと頭上を何かが掠め、切れた髪の毛が宙を舞った。

背後に気配を感じ即座に振り返る。

そこには刀を構え額に汗を滲ませたイトの姿があった。


「いつもの(わらべ)狩りのやつらとは違うみたいだね。本当、半端者はちゃんと全滅させといてくれないと僕らの仕事が増えて困るんだけど」


イトはそういうと何故かジンを鋭い視線で一瞥する。


「君も、気を抜かないで」


イトが呟いた後、瞬いた一瞬の内に現れたムギがジンの目の前に立ち塞がる。

ムギの声かけにジンはただただ深く頷いた。

本当に僕の己気は完全に抑えられているようだ。

あの時はそんなことなかったのに今ではこの2人の動きが全く目視できない。

風の揺らぎや気配を感じるので精一杯だ。

もちろん、敵の姿も全く見えない。

先程聞こえた声は誰のものなのだろう。

それに、童狩りって一体…。

思考を止め再び子供たちに視線を送る。

その瞬間、凄まじい勢いで力が全身を駆け巡った。


「はぁっ…」


激しい動悸がし胸を押さえ無理やり正気を保とうと足掻く。

冷や汗がどっと身体から吹き出し、今にも意識を手放しそうになるのをなんとか堪えた。


(紬さんの抑制する術が弱まっている…のかな…)


- !!?

背後に殺気を感じ懐にしまっていた小刀を咄嗟に抜き払う。

自分の手が勝手にその場所に吸い込まれていくような気がした。

-グサッ

鈍い音を立てて刃が何かに突き刺さった感覚で朧気だった視界も思考も全てが晴れる。

しかし目の前の状況を把握するのに時間がかかり、ただ呆然と自分の持つ小刀とその突き刺さった部分から滲み出る鮮血を見つめていた。


「きゃーーー!!!」


「はっ…」


少女の甲高い叫び声でやっと現実を理解できたジンは小刀から手を離し、相手を蹴り飛ばした。

ジンの小刀は小紫色の装束を着た男の胸を突いていた。

男は鎌で少女を切りつけようとしていた時にジンに胸を一突きされ、それに逆上しこちらに向かって鎌を振り上げているところだった。


「貴様…よくも…」


蹴り飛ばされた男は向かいにあった木に体を激しく打ちつけるも、また立ち上がり覚束無い足取りで歩み寄ってくる。

ジンは立ち上がり逃げ出そうとする子供達をなんとか引き止めた。


(どうすれば…もう武器はない。こちらは丸腰だ)


相手は錯乱しているのか、目を血走らせニヤニヤと笑いながら歩み寄ってくる。

胸にはジンが刺した小刀が刺さったままだ。

男は威嚇するように手に持っていた鎌を肩に担ぐ。


(あれは…)


男の鎌には血痕が残っていた。

それも新しいものだった。

さっきは咄嗟のことだったから気づかなかったけど。

先程狙われていた少女に傷がないか確認した後一応自分の身体も確認する。

しかしどこにも斬られた痕はなかった。

1つの可能性が頭を過り、徐々に自分の脳内が冷えきっていくのが分かった。


「もしかして、さっきの…」


ジンの呟きの意味を察した男は「そうだ」と不敵に微笑えみ鎌に滴る血を舐めとった。

思った通り、あの鎌についている血痕は先程助けられなかった少年のものだった。


「…あなたは…」


目の前の男の思考が全く理解できなかった。

どうしてそんなことをするのか。

ジンは歩みを止めない男を睨みつけ、体術で抵抗するべく構えをとった。


「はっ抵抗しても無駄だそ。お前が丸腰なのは一目瞭然だ。いいから大人しくそのガキどもをよ…」


男が言いかけた言葉はザンッという鈍い音に遮られた。

何が起きたのか理解出来てないのか、男は時間が止まったかのように静止し目を瞬かせている。

その額に薄く赤い線が滲み、汗のように伝った鮮やかな雫が男の瞳を染めた。

ー チャンッ

軽い音をたて鞘に刀をしまう音が響く。

ムギが男の真後ろから姿を現した。


「い…つのま、に…」


わなわなと口元を震わせそう漏らした男は自分の視界が歪んでいくのがわかったのか、慌てて両手で頭を押え発狂しだした。

その断末魔は、影赦を捕縛した時の声よりも鮮明に脳に響く不快な旋律だった。

しかしそれも鈍い音と共にすぐに止む。

- グチャッ


「大人しく…死ね」


叫ぶ男の頭を横蹴りしたイトは今までに聞いたことがないほどの低く、暗い声で呟く。

イトに蹴り飛ばされた男の頭部は先にあった岩に打ち付けられ見るに耐えないほどぐちゃぐちゃになった。


「ふん」


そして残された男の胴体を再び蹴り飛ばしたイトは汚い物を見るようにそれを見下ろした。


「助太刀、感謝致します」


白い装束を朱殷に染めたムギが歩み寄りジンに一礼する。


「いえ、僕は…。とりあえずこの子達が助かって良かったです」


そう返答し子供達の方へ振り返る。

「もう大丈夫だよ」と声掛けそっと手を差し伸べるも、ジンの手は自らが助けた小さな手によって弾かれた。


「…どうしたの?」


ジンの問いに子供達は答えることなく、まるで鬼を見るかのような目つきでこちらを見据えていた。

そして腰を抜かしながらも震える脚を無理やり動かしなんとか距離を取ろうと退いているように見える。


「大丈夫だよ?…もう、安心していい…」


「お願いします!殺さないで!」


「鬼だ!…この人達、鬼だったんだ!」


「返して!友達を返してよ!」


再び声をかけたジンの言葉を遮ったのはそんな甲高い叫びだった。

つい先程まで一緒に遊んでいたイトや取り囲んでいたムギの事を睨みつけ、ジンの事も敵視しているようだった。


「違うよ、僕は君らに危害を加えたりしないからっ…いたっ…」


子供達に投げつけられた石はジンの額に命中しジャッと乾いた音をたて、地面に落ちた。


「来るな!こっちに来るな!!」


「助けて…母さん!」


泣き叫ぶその甲高い声はジンの喉を詰まらせ、呼吸を浅くした。


「どうして…」


どうすればいいか分からずそうポツリと呟くとムギがジンの肩に手を置き、静かに首を振る。

その意図が読めず困惑しているとムギの背後から現れたイトがジンを軽く突き飛ばした。


「ムギ、持ってきてる?」


感情の籠ってない声でそう問いかけたイトにムギは「うん」と軽く頷き、腰に下げていた袋から何かを取り出す。

長さの違う細い竹を集めて一つにまとめたような形をした物を受け取ったイトは慣れた手つきでそれを口元に運びゆっくりと目を閉じた。

小さく深呼吸した音が微かに聞こえた。

そしてイトがそれに息を吹き込んだ途端不思議な旋律が辺りに響き渡る。

ジンは聞いたことの無い旋律に思わず耳を傾けた。

以前イトが奏でた草笛の音よりももっと深い、重みのある音だった。

身体中に染み入るような魅惑の旋律に聞き入ってしまっていたジンは、その音が鳴り止んだ瞬間にハッと我に返った。

イトはゆっくりとその楽器を口元から離し目を閉じたまま眉間に皺を寄せまつ毛を震わせた。

その様子を黙って見ていたムギの瞳はほんの少し悲しげな色を帯びていた。


「あの…」


「さぁ、帰ろう」


ジンが声をかけようと話し出すと、それを遮るようにムギが子供たちに声をかけた。


「うん」


先程まで泣き喚いていた子供達はそう静かに頷き、ムギの手や袖を自ら握ると一緒に歩き出した。

その様子をジンは呆然と眺め何が起きたのかと思考を巡らせる。

イトは棒立ちしたまま動かないジンの真横に立ち、じっと目を見つめてきた。

その視線に気づいたジンもイトを見つめ返す。

その瞳には昏い影が宿っていた。

しばらく見つめ合った後、何か声をかけるべきかと思いジンは視線を逸らす。


「あの子達は間違ってないよ」


「え?」


気まずい空気を何とかしようと頭を捻っていたジンに、イトは感情の籠っていない空っぽの声で唐突に呟く。


「僕は…鬼だから」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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