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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
白夜の祈り
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第二十八話 晩夏の影

【登場人物】

●平家

・ジン 元の名はまもる。字は仁。白髪の少年。

    現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。

・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。

    原田家に捕らえられる。

・チズ 字は千鶴。行方不明。


●藤堂家

・イト 字は弦皓いとあき。音を使った気術を使う。

・ムギ 字はつむぎ。冷静沈着な少年。

・フミ 字は志詩しふみ。イトとムギの小姓。


「この声は?」


ここ数日ずっとジンはこの部屋に閉じ込められていた。

いつものように部屋で瞑想していると、不意に聞きなれない声がしそうフミに問いかける。


「ああ、弦皓様ですね」


今みたいに少し大きく声をかけるとフミはいつでもすぐに返答してくれた。

昼でも夜でも必ず。

この人はいつ寝ているのだろうかと思う。 


「あの人の声にしては若干幼い気が…そして複数じゃありませんか??」


「その他の声は、町の子供達ですね」


「…え?子供達ですか??」


返って来た答えが意外なものだったので再び問い返すと、今度は返答の代わりにゆっくりと障子が開いた。

その場に現れたフミは深く礼をし、こちらを見て微笑む。


「見にいけば、すぐにわかりますよ」


そっと差し伸べられた手をとり、ジンはフミと共に廊下へ出た。


「あそこです」


「あれは…」


縁側から庭に下りしばらく歩いたところでフミはそうジンに耳打ちし、一方を見遣る。

同じくジンもその方向に目をやる。

そこには広い庭の一角にある小さな池を覗き込むムギの後ろ姿があった。

しかし、そこには先程フミが言ったイトや子供達の姿は見当たらない。

不思議に思い隣に立つフミに視線を送ると、彼女はこちらを一瞥し、察したように口元を緩めた。


「あの池にはムギ様が見たいと望んだものが映し出されるのです」


「池に?」


「ええ。弦皓様はいつも勝手に屋敷を抜け出しては町の子供達と戯れるんですよ。だからその様子をああやって監視しているのだと、紬様はおっしゃっていました」


「監視…」


そう呟いた瞬間、風の揺らぎを感じ瞬間的に近づいてきた気配に気づく。


視線をフミから前方に戻すと、そこにはジンのすぐ目の前に立ち尽くすムギの姿があった。


「紬様、私が弦皓様をお迎えにあがりましょうか?」


ムギはジンとフミを交互に見た後静かに口を開いた。


「いや、私が迎えに行く。君もついてきなさい」


「え?僕?」


ジンは思わぬ指名に自分を指差しキョトンとした顔でその目を見つめる。

ムギはそんなジンを無視して白装束を翻し歩き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何が何だかよくわからないまま、ムギについて歩くこと4半刻。

歩きながら終始無言だなんていつもだったら辛いけど、道中はどこもかしこも初めて見る光景が多く、藤堂家が治める区域は全体的に風情があって見ていて心地よいものだ。

軽く霞がかかった空気が漂い、春夏秋冬という言葉では括りきれない季節感だった。 


(そうだな…)


木々の揺れる葉は緑だけではなく若干くすんだ色の物も混じっている。

その色は秋の紅葉のように赤や黄色のような鮮やかなものではないが、落ち着いた色の中にも微かに華やかさを感じる。

冷泉にその葉がゆらゆらと揺れ落ちる様はまるで生き物の一生のように儚く、美しく見えた。

気温は少し生暖かいが風は冷たく、それが絹の袖からスーッと入り込むと背筋に力が入った。

川は耳に心地いい優美な旋律を静かに運んでくる。

この辺りに来てかれこれもうひと月は経つが、景色はずっと変わらずこんな調子だ。


僕らがいた山や、麓の町には春夏秋冬があった。

しかしここはずっと晩夏の候。

夏でもなく、秋でもなく。その中間と言えよう。


不意に少し前を歩くムギを見遣る。

まぁこの景色だけでも僕の好奇心をくすぐるには十分だけど、何よりもこの人の存在はすごく意味があった。


この儚い世界に凛と立つその姿。

風に揺れる黒髪。

腰近くまで伸びたその長い髪は風が吹く度にはらりと舞い、艶めく。

まるで風が悪戯をしているかのようにムギの髪の毛や装束を靡かせた。

きちんと着こなされた服から僅かに見える肌は絹のように白く、陶器のように滑らかにみえる。

この世界とともに淡く消えてしまいそうな切なさを醸し出しながらも、道の途中に現れた石のきざはしを一歩一歩確実に踏み込むその足取りは力強く、しゃんと伸びた背筋、バランスのとれた重心からは自らの志に対する強い信念が感じられた。

まだ海道達より幼いはずの彼に【妖艶】というような言葉を使うのはいけないだろうか。

しかしそれがぴったり…いや近しい表現になるだろう。


(ん?)


不意に自分がムギに感じた心境に懐かしさを覚え、なぜかと思いながらぼうっと歩いていると急に前を歩くムギが足を止めこちらに振り向いた。

気づくのが遅くなったジンはムギの肩に額を打ち付ける。

「いてて…」と額を押さえるジンをムギは動じることなくじっと見つめ、目が合ったところで再び前方を見遣った。


(ああ。着いたということでしょうか)


長い階段を登った先には大きな朱色の鳥居が立っていた。

その鳥居を下からじっくり見上げると茜色に染った夕空と朱色の鳥居が重なり幻想的な景色を作り出している。

再び歩き出したムギに着いていくと境内の奥の方から子供達のはしゃぐ声と、砂利を踏みしめ駆け回る音が聞こえた。


「イト」


ムギがいつもより少し大きな声でそう呼ぶと砂利の音が一瞬ピタリと止み、また聞こえ出す。

そしてその音が次はどんどんこちらに近づいてきているのがわかった。

すると拝殿の裏から5、6人の子供達とイトの姿が現れる。

子供たちに負けず劣らずの無邪気な笑みでこちらに駆け寄ってくるイトはいつもジンに対して脅すような態度をとっている時とまるで別人だ。

やはりこの人はまだ子供なのだと改めて感じた。


「よ!ムギ!お前も一緒に駆けっこするかっ?」


「あー!コムギだぁ!」


「アキちゃん迎えにきたの?」


「コムギも一緒に遊ぼうよ!」


「アキちゃんがまた鬼ね!」


先頭を走ってきたイトを皮切りに後をついてきた子供達は次々とムギに飛びつき一斉に話し始める。


(コムギ…?アキちゃん…?偽名かな )


「あれ、後ろの人だぁれ?」


そのうちの1人の子がジンを上目遣いで見つめ不思議そうにこちらを指差した。

勝手に話してはいけない気がして何も返答することなく空笑いで応じる。


「もう日が暮れる」


ムギは自分を取り囲む子供たちを一人一人見つめた後そう一言だけ呟いた。

その瞬間子供達はしょんぼりと眉を下げる。

イトはむくれ顔になるも、しばらくムギを睨みつけた後観念したようにため息を吐いた。


「…まぁそうだね。わかったよ。それじゃあ皆、帰りは送ってあげるから」


肩を落とす子供達の頭を撫で、イトは鳥居の方に歩き出す。

そのうちの1人が急にイト達の行く道を塞ぐように大股を広げて仁王立ちした。


「先に階段を降りられたやつが勝ちな!」


立ち塞がった男の子はフフンッと自信ありげに口端を引き上げ鼻孔を広げた。

その姿はいつかの少年の姿を思い起こさせる。


「危ないから待ちなさい」


「行くぞー!」


「あ、待ってよ!」


「ずるいぞ!」


「コムギ離してよ!」


駆け出した男の子についていこうとする子供達を捕まえ、ムギは声をあげた。

その隣でイトは目線だけで辺りを見渡す。


「誰かいる。複数」


そう子供達に聞こえない程度に呟いたイトの声は酷く低く、先ほどとは一転緊張感のある空気が漂う。

2人が感じているであろう気配を全く感じ取れないジンは、ひとまず駆け出した男の子を止めようとその背を追いかけた。


「君!」


背後でムギが自分を呼び止める声が聞こえるもそれを無視して走る。

危機的状況なら自分の立場がどうなんてかまっている余裕はない。

駆け出した子はどことなくあの子に似ている。

捕まえないと、どこかへ行ってしまう。

そんな気がして足を早めた。

階段を降り出した男の子の手を引こうとした瞬間背後から子供達の悲鳴が聞こえ即座に振り返った。


「はっ…」


そこに広がっていたのは砂利に散った朱殷とその近くに倒れ込む2人の子供。

白い装束をどころどころ血に染めたムギの姿だった。

地面に倒れ込む子供達からじわじわと朱殷が広がり、それを見た他の子供達は言葉を失い怯え固まってしまっていた。

イトは無傷だが驚いたように目を剥き、子供達の亡骸を見つめている。


「おーい!どうしたの?」


その様子を茫然と眺めていると階段の方から先ほど駆け出した男の子の声が聞こえた。


(そうだ。この子を守らないと)


男の子の手を取ろうと慌てて駆け寄ったその時、目の前が突然真っ暗になり瞬間的に思考が止まる。

しかしそれがすぐに黒ではなく朱殷であると気づいたジンは、恐る恐る袖で目を擦り顔に拭きかかった液体を拭った。

鮮明になった視界に男の子の姿はなく、もしやと視線を足元にずらした。


「そんな…」


そこには首から先が無くなった先ほどの男の子の亡骸が転がっていた。

嘘だと何度も瞬くもその姿に変わりはなく、夕陽に照らされ伸びた影にもやはり首から先は映らなかった。

・きざはし→ 階段


最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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