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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
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第三話 真白

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。平家の長男として迎えられる

・千鶴 呼名は千寿。平家の長女。男勝りで強気な性格。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。人懐っこい。

・昌宜 兄弟達の父親。おおらかで豪快な性格。

・真白 無口な美少女。仁の事を怪しんでいる。

・林之助 呼名は凛。面倒見のいい真面目な次男

・海道 呼名は壊。元気盛りの暴れん坊。双子の兄

・花心 呼名は英。人懐っこいおませさん。双子の妹

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。人見知りでまだ仁に慣れてない


夜明けと共に目が覚めしんとした部屋から出ると心地よい秋声が耳をくすぐった。

目を閉じその音を楽しむ。

真っ白な部屋でずっと生きていた鎮にとって、この世界の全てが五感を喜ばせるものであった。


「あの子たちが見たらどれだけ大騒ぎするでしょうね」


咄嗟に漏れた一言に自分でも驚き言葉を詰まらせた。


(いけない…また)


「忘れなくては」


そう呟くと家の奥の方から大きな声がした。

しばらくするとその声の主はジン目の前に息を切らしながら現れる。

   

「おっはよー!ジン!起きてるかー?!」


明らかに起き上がってる人物に対してそう問いかけるサクをおかしく思い、ジンはふっと笑った。


「ええ、起きています。おはようございます」


「早起きだな」


サクはジンの顔を見るなりにっこりと嬉しそうに微笑む。

昨晩だけでなんとなくこの人の性格が理解出できた気がした。


「サクさん、あなたこそ早起きですね。ところでその額の大きなたんこぶはどうされたんですか?」


「ん?ああこれか!今日は俺が負けたんだ!」


「…負けた?」


昨晩はなかったはずの立派なたんこぶを凝視しながら問いかけるも、当の本人は気にしていないのか額を撫でながらヘラヘラと笑っている。


「ああ!とりあえず昨日のことまだ知らせてないから、父様が皆を居間に集めるそうだ!だから俺たちも早く行こうぜ!」


そういいサクはジンの手をグッと引っ張り走り出す。

そして途中にこにこと笑い、振り返りながらこちらの手を力強く握ってきた。


(この人は本当に…小犬のようですね…)


今にも元気に振られた尻尾が見えてきそうだ。

サクと共に全力で廊下を走っていると、がやがやと騒がしい声が聞こえる部屋の前で彼は立ち止まった。

すると彼はスパーンッッと大きな音を立て勢いよく襖を開ける。

居間には既に全員揃っていたが、こちらの存在に気づいていないようだ。

4人の子供たちは部屋の中で走り回っており、千鶴は「こら」と声を上げてはいるが止める気はないように見える。

目を瞬かせながらその状況を見守っていると、突然その輪の中にサクが入り込み一番元気に暴れていた少年を追いかけ始めた。


「よっしゃ!お前たち!兄ちゃんも混ぜろー!」


「あんたは止める側でしょう!」


末っ子達と一緒になり暴れだしたサクの様子に、座ったままだった千鶴も立ち上がり呆れ声で叫ぶ。

どうすればいいのやらと眺めていると部屋の戸が開き、現れた人物を見てジンはほっと息を吐いた。


(きっと止めてくださるだろう)


そう思ったのもつかの間。


「皆今日も朝から元気でいい事だ!」


そう言いにっこりと笑みを浮かべながら部屋に入ってきた昌宜は、うんうんと満足げに頷く。

ああもう駄目だ、と額に手を添え周囲を見渡すと、部屋の隅で昨日の少女が正座をし静かにその様子を見守っているのが見えた。

あまり気にしていない様な素振りを見せてはいるが、目線はずっと子供たちを追いかけている。


(ふうん)


面白いものを見れたことに満足し、口端をあげると突然肩に手を置かれハッと振り返った。


「では皆、改めて今日から家族になった仁だ。仲良くしてやってくれ」


さっきまで見守っていた昌宜が突然大きな声をあげ話し出す。

全員の動きが一瞬でピタリと止まった。


「改めまして仁です。これからよろしくお願いします」


慌てて背筋を伸ばし、呆けた顔でこちらを見つめる皆に向かって告げると末っ子達が目を輝かせながらジンの元へ駆け寄ってきた。


「えー!旅のお兄ちゃん家族になったの!」


「良かったねハナ。沢山遊んでもらいな」 


「なぁ!ジンちゃんって呼んでもいいか?」


「こら、お前たち騒がしいよ」


先ほどまで一緒に暴れていたサクも一番小さな少女の手を引き、落ち着いた声色でそう告げる。


「千鶴からも挨拶してやれ」


昌宜に言われ、千鶴もこちらへ歩み寄って来る。


「よろしくジン。あたしの呼名は千寿(チズ)。千に寿とかいてチズ。あー後、家族になるならその固さ少しは何とかしなよ」


(えっ?)


昌宜に似た屈託のない笑みの後、なぜか拳を鳩尾に入れられそうになり咄嗟に手で受け止めた。

全く手加減を感じないその重さにジンは困惑し瞬く。


(え…いやなぜ。いやなんの拳…?)


ジンは冷や汗をかきながら相変わらず微笑んだままのチズを見つめ、受け止めた拳をそっと押し返した。

するとその様子を見ていたサクがチズの肩に腕を回し「あーあ」と声を上げる。


「チズももう少し優しく言えないのかー。ジンが怖がったらどうするんだよ」


「うるさい。サクこそ初っ端からそんな犬みたいに尻尾ふると警戒されるよ」


チズはサクの腕から逃れようとその場でしゃがみ込み、彼の腕を払い除けた。

「痛ってぇ!」と声を上げたサクをチズは鼻で笑い、2人は睨み合う。


(犬…)


やはり皆同じことを思っているのだと思い、ジンは心の中でふっと笑った。


「はぁ!それはお互い様だろ!」


「なによ!またゲンコツ食らいたいの?!」


「いいぞ俺は!今朝の勝負の続きしてやっても!」


いつのまにやら過熱している2人のやりとりを先程まで一緒に暴れていた末っ子達や昌宜も呆れながら眺めていた。


(今朝のたんこぶはそういうことだったのか)


朝の謎がここで1つ解けた。


「まあ…あっちはあっちで仲良くしてもらおう。真白、おいで。挨拶しなさい」


呼ばれた少女はこちらを一瞥し、歩み寄る。


「……真白ましろだ」


大きな目でジンの目を覗き込むように見つめ深く礼をし、そう名乗った。

顔をあげても尚、十にも満たない幼い容姿からは想像もつかない程の眼力でこちらを見据えてくる。


(修羅を潜った眼差し…)


ふとそんなことを思った。

背を向けそっけなくたち去る真白の背中をじっと目で追いかけているうちに、昌宜が部屋の端でそわそわとしていた他の子達を手招きした。

子供たちは再び我先にと勢いよく飛びつきジンを取り囲む。


「俺!海道(かいどう)!呼名は(カイ)だ!」


「私!私はね!花心(はなみ)だよ!お兄ちゃん、(ハナ)って呼んでね?」


「僕は林之助(りんのすけ)です。(リン)と呼んで下さい」


「…風優花(ふうか)…」


1番最初に声をかけてきた少年は輪の中でも一際元気に騒いでいた子だ。

2番目の少女は昨日髪の毛を触りたがっていた子。

3番目の少年は他の子達とそんなに歳は離れてないように見えるが、礼儀正しく落ち着いた印象に思えた。

最後に名乗った小さな女の子は、リンの後ろに隠れてこちらをひっそりと見つめていた。

リンがその子に呼びかけようと振り向くと、背後にいたサクがその子を抱き上げ諭した。


「フウちゃん、ちゃんとご挨拶するんだ」


(いつの間に喧嘩は終わったのだろうか)


サクは先程までとは別人のような優しい笑みを湛え、抱き上げたその子と共にこちらに歩み寄る。

そしてぎりぎりまで自分の懐に顔を埋めていた少女を引き離し、そのままジンに手渡した。

ジンに抱えられた少女は腕の中で静かに顔を上げる。


「福(フウ)って呼んで、ね」


少女は林檎のように顔を真っ赤に染め、次はジンの懐に顔を埋めた。

ジンはフウの短い猫毛を優しく撫で、他の子達に視線を移す。


「ええ、もちろん。皆さんよろしくお願いします」


一部始終を見守っていた昌宜が再びジンの肩に手を置いた。


「さぁ挨拶も済んだところだし、そろそろ道場に行こう。ジン、君もついてきなさい」


「はい」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「やーー!!!!!」


パーンッと木刀の弾かれる音が鳴り響いた。

 

「一本!」


「あの、サクさん。稽古をつけるのはチズさんなんですか?」


中央の方で試合稽古をするチズ達を眺めながら問いかける。


「今日はそうみたいだな。普段は父様が指導している。チズのやつ、いつもはフラっと稽古場に来て皆をボコボコにしてすぐどっかにいくんだよ。併技流(へいぎりゅう)免許皆伝(めんきょかいでん)のくせに」


「っ、併技流?免許皆伝?」


見様見真似でなんとなくサクと手合わせをしていたジンは、彼の木刀を受けながら答える。


併技流(へいぎりゅう)ってのは、神皇家に仕える武家、槍や薙刀の様な長物を得意とする原田家と刀での接近戦を得意とする藤堂家の流派どちらも兼ね揃えた平家独自の流派だ。

免許皆伝ってのは、師匠から奥義や技術その全てを教わり習得しているということ。

ジン、少し打ち込んできな!受けてやるから」


「はい!」


互いに間合いを取り、正眼(せいがん)に構える。

加籃菜(からんな)で剣術は教わっていた。

少し構え方や剣の形が違うだけで相手に目掛けて振り下ろすという行為そのものはなんら変わらない。

型は身体に染み付いている。

要は、斬りかかればいい。

木刀といわれる剣の形をした木の棒は、意外と重く剣と重さは然して変わらない。

恐らくサクはジンのことを初心者だと思って気を抜いている。

サクの木刀がピクリと動いたのをきっかけに勢いよく木刀を振り上げた。

-パーーンッッ

難なく受け止められた木刀にグッと力を込め押し込む。


「意外と力あるじゃないか」


サクは余裕を含んだ笑みでニヤリと笑う。

押し込んだ木刀は少し押し返されたが、力はほぼ互角のようだ。


(思っていたより…)


無駄だと諦めたジンは引きさがり、すかさずがら空きの胴に向けて木刀を振った。


「くっ」


目掛けた木刀は難なく交わされたが、ジンは流れた勢いのまま腰を低くしサクの足元に木刀を滑らせる。


(今はひとまず軸をぶらすことに意識を集中させよう)


「おっと」


ジンの予想外の流れに驚いたようだったが、すんでのところでかわされる。

しかし余裕だった構えにほんの少しの乱れをつくる事ができた。


(後はこの乱れを大きくすれば…)


「サクさんは免許皆伝では無いのですか」


ジンに突然話しかけられサクは少しばかり体制を崩す。


「俺は、…って」


ジンはその一瞬の隙を見逃さず、腰を低くしたまま背後に周りこみサクの肩に手を置いた。


「…俺は、違う。というかジン!いつの間に背後にいたんだ!?」


置かれた手をしばらくじっと見つめ静止した後、状況を把握したサクはジンの両肩を掴み叫んだ。


「少しばかりずるを…」


ジンはサクに激しく揺さぶられながらも「ははは…」と目線を逸らし、頬を指で掻きながら誤魔化した。


「それで…話を戻しますが、サクさんは免許皆伝ではないのですか?」


「ああ。俺はまだ父様から一本も取れてない。最終的に習得したかどうかは、それで決まる」


サクは額に滲む汗を袖で拭いながら前髪をかき上げる。

悔しそうに歪む目元が一瞬見えたと思ったが、こちらを向いた時にはいつもの戯けた顔に戻っていた。


「チズは半端ない身体能力と己気をもってる。俺でさえ父様と練習試合で面と向かって向き合った時、気迫に押されてちょっとチビッたっていうのに」


サクはそういうと、わざとらしく肩を抱き震えて見せた。


「己気?」


「己気ってのはな、人間の身体の奥底にある力の根源的なやつさ!それを引き出すのには血筋や才能の良し悪しもあるが、しっかり鍛錬していけば仁も己気を操れるようになる」


桜はそういうと指先を見つめる。

「んっ」とくぐもった声を出したその一瞬、指先に火花が現れしゅんと消えた。


「練習すればこんなこともできるようになるぜ!」


-パンッ!!!

桜が腰に手を当て得意げにそう言った瞬間、木刀が弾かれる音とドンと尻もちをついた音が聞こえ、ジンとサクは振り向く。


「太刀取り。勝負あり!」


審判をしていたリンの声が響いた。


「くっそ…チズ姉!少しは手を抜いてくれよな!」


小言をいいながらお尻をさすり立ち上がるカイの向かい側には、木刀を2本持ち仁王立ちするチズの姿があった。


「煩い。うだうだ言うな!」


「…やれやれ。流石に太刀取りなんて見せつけられたら他の奴らの勝機が失せちゃうだろってな。本当にチズは加減ってのが苦手だなー」


そういいサクはチズ達のほうに歩み寄る。


「皆、お疲れ様!今日の試合稽古はここまでにしよう。後は各々で鍛錬してくれ。チズも、今日はもう終わりにしようぜ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「神皇家に仕える藤堂家と原田家そして平家。併技流に、十代にして免許皆伝の腕を持つ少女、戦、呪い、呼名に、授名…」


1日が終わり、ジンは真っ暗な部屋で横になり呟く。

頭の中をいくつもの情報が動き回ってしまい全く眠りにつけずにいた。


「…動きますか」


若干冷え込んできてはいたが熱くなった頭と身体を冷やすにはこの寒さはちょうどよかった。

部屋を出て縁側に出ると数日前とは違って線の細い月が白い光を放っていた。

微かな光も闇夜の中だと良く映え、美しく見える。


「大体のことは本に書いてた通りですね。物語の中だけの事かと思っていましたが、動物が話すこと以外はどうやら本当みたいだ」


初めて目にした太陽、月、そして朝と夜、動物達に、森や川。

毎度感動と動揺で騒ぎたい気持ちを抑えるのに苦労する。

しばらくぼうっと夜空を眺めていた。

この世界で、これから何が起こるのか。

何もない平和でのんびりとした世界になんて墜されないはず。


「何を考えてる」


振り向くと、声の主が行燈を片手にこちらをじっと見ていた。

人の気配はずっと感じていた。

しかしかけられた声があまりにも低かったことに驚き、その人物を凝視する。


「君は…」


「何をしているんだ。こんな時間に」


ジンの言葉に被せるようにその人物は再び問いかけた。

その表情はあからさまにこちらを警戒している。

ジンは仏頂面の少女に手招きをし微笑んだ。


(警戒心を解くには、こちらが下手に出るのが一番)


「こっちに来てください。そうしたらお話しますよ」


少女は一瞬体を強ばらせるも、静かにこちらに歩み寄り少し間隔をあけて座った。


「来てくれると思わなかったです」


「お前が来いと言ったんだ」


相変わらずの態度で話す様子をおかしく思いクスりと笑う。


「真白さん?」


「呼び捨てで呼べ。年上の者にそう呼ばれると気持ちが悪い。敬語もやめろ」


間髪入れずにそう言われる。


「…わかったよ。真白」


依然として真っ直ぐ庭先を見つめたまま真白は満足したように頷く。

ジンも同じように視線を庭先に向けた。


「僕は旅の途中で怪我をして頭を打ってしまったんだ。その時にところどころ記憶が抜けてしまって。

この家の事やこの国の知識や情報が一気に入ってきて、なんだか疲れたから頭を冷やしに来たんだよ」


「そうか。…難儀だったな」


その声色が先程よりほんの少し柔らかくなっているのを感じた。


「真白、君はなんでそんなに僕を警戒してる?」


そう伺うように顔を覗き込みながら聞くと真白は目線だけこちらに動かし、すぐに元に戻した。

意地悪な質問だったと自分でも思った。


「警戒してる訳ではない。そもそも誰も信じれないだけだ。それに、お前にだけじゃない。私はこうゆう人間だ」


少し息を吐いた後に真白は言う。


(ふうん)


無意識口角が釣り上がるのを感じた。


「そう…。僕は真白が好きになった」


ある意味予想通りの返答だと安心し、ジンは告げる。

真白は眉をピクリと動かした。


「解せぬな」


「君はなんだか猫のようだ。信用は出来ていないけど…好きなんでしょ?家族が。だからこうして新入りの偵察に来た」


真白に初めて会った日。

ジンをじっと観察してあからさまに警戒していた様子や、子供達が暴れてる時に怪我をしないか心配そうに見守っていた様子を思い出す。


「お前の推測に過ぎない」


その言い草が拗ねた子供のようで微笑ましく思った。

この子は見た目より単純なようだ。


(ああ、あの子たちは今何してるのかな )


少しだけ掌の傷が疼く。

僕は自分でこの道を選んだ。

あの子たちよりも自分の好奇心と探究心を優先した。

身勝手だ。何を考えてるんだ。

忘れようと思えば思うほど、記憶は胸の片隅に釘を打たれたように残り続ける。

もう何度忘れろと自分に言い聞かせたことか。


「そうだね。でもきっと人と人との関わりなんてそんなものさ。本当の自分でさえ分からない人間もいるのだから。他人にどう思われてるかなんて相手の自由に想像させておけばいい。僕は君を猫みたいで好きだと思った。それだけだ」


自分の胸の内を少し織り交ぜながらそう吐きだした。


「チズさんのことは」


そう問われハッと意識を戻すと、真白がこちらをじっと見つめていることに気づいた。

吸い込まれそうな程の大きな瞳に長い睫毛。

結い上げている時とは違い、解かれた靡く黒髪は肌の白さと相反し美しく月夜に照らされていた。


(いつもそうやって普通にしていたらいいのに)


初めて近距離でその美しい顔立ちをみて思わず息を呑み、素直にそう思った。

そして夜空に浮かぶ孤高の白月を見上げながら彼女のことを思い浮かべる。


「…チズさんは真っ直ぐだね。剣術にも性格が出てる気がしたよ」


「…そうか」


今までに無い満足気な言い方に驚き真白の方に視線を戻すと、彼女はいつの間にか立ち上がってこちらをじっと見下ろしていた。


「私は寒さが苦手だ」


突然の宣言の意図が掴めず眉を顰めると、真白は着ていた羽織をジンの頭に投げかけ背を向けた。


「寝る」


そう一言告げ行灯を置いたまま真白は闇に消えていく。

頭に被せられた羽織にはまだうっすらと温もりが残っていた。

行灯からも微かに火の温かさを感じる。


「…あ」


そこでようやく自分の肌が冷えきっていたことに気づいたジンはハッとし振り返るも、そこに真白の姿はなかった。

氷のように冷たくなった手で羽織を掴み肩にかけ直す。

温もりに包まれながら1人呟いた。


「…おやすみ、真白」


その声は、静かな夜に溶けて消えた。

_________________________________________


「なぁージン!さっきのはなんだ!」


突然サクが問いかけて来たのは、朝餉を食べ終わり庭で茶吉を愛でている時だった。


「え、どうしました?」


「なんで真白にタメ口だったんだよ!俺は聞いたぞ!

真白におはようございます、じゃなくて!おはようって言ってたの!俺にはその前におはようございますって言ってたのに、どうしてなんだ!!」


分かりやすく項垂れたサクをみて身振り手振りで慌てて弁解する。


「あ、それは、真白から敬語は気持ち悪いと…」


「は!?今真白って言ったな!?」


そういいジンの両手首を掴んだサクは、今度は大きく目を見開いていた。

表情で相手の心理を伺うクセのあるジンは、コロコロと態度が変わるサクに振り回され困惑し、ひたすらに謝罪することしかできずにいた。


「申し訳なかったです。少し馴れ馴れしかったですね」


眉間に皺を寄せ、グッと顔を目の前に近づけたサクから思わず目をそらすも、彼の吐息が耳にかかりくすぐったさで再び視線を合わせ見つめ合う体制になる。


(顔が…近い)


以前も思ったが、サクはどうやら人との距離感というのが頗る近いようだ。

それも無意識に。


「ちーがーう!そうじゃない!ジンが馴れ馴れしいだなんて言われてたら俺は一体どうなるんだ!俺たちにも敬語はやめてくれって事だよ!なんで真白には親しげにするんだ!俺の方が沢山話してるじゃないか!はっ、まさか…ジン…真白のこと」


「違います!!」


わなわなと口元に手を当て慌てだしたサクをすかさず制する。


(危ない…あらぬ疑惑をかけられるところでした)


「暇の日くらい静かにしたらどうなの」


他に弁解の言葉は無いか必死に考え頭を抱えていると、縁側の方からいつもの呆れ声が聞こえた。


「あぁ!!噂をすれば真白!それにチズまで!」


振り返るとそこには声をかけてきたチズの背後に隠れるように真白が立っていた。

2人は揃って耳元に手を置き大声をあげているサクに冷ややかな視線を送っている。


「煩い」


ちらりと顔を覗かせた真白はチズと同様、呆れた口調でそう言い放った。

一言だけだったにも関わらず、彼女の言葉はサクの神経を酷く逆撫でしたようだ。

「はぁあああ!?」と語尾を荒げながらサクは2人に駆け寄る。


「チズ!俺は、ジンに呼び捨てで呼んで欲しいし敬語もやめて欲しいって話をしてたんだよ!」


「ふ」


「おい真白、今笑ったな?!」


真白が鼻でせせら笑ったのを聞き逃さなかったサクは、チズの背後に隠れる彼女に詰め寄った。

真白は怒るサクを無視すると両耳を耳栓で塞ぎ、近くを通ったうさぎを抱き抱えそのうさぎの長い耳に自分の両手を添えた。

抱き抱えられたうさぎは大人しく真白の手の中で鼻をひくつかせ、赤く透き通った瞳でサクを見上げた。

白いうさぎに真白。

どちらも、大きな瞳に無表情。

面白い組み合わせだ。


「サクがそこまでムキになってる理由はわからないけど、確かにもう敬語はやめたらどう?あたしも少しむず痒いんだけど」


睨み合う2人を背に、チズはさっぱりとした口調で言う。


「わ、わかった、チズ」


敬語が普段の口調だったジンは少し吃りながらも渋々返答した。


「後、もうあたしたちは家族。他人じゃないんだから遠慮も無用。少しでも遠慮したら一発入れるよ」


そう言い彼女は拳を掌に打ち付けた。

その様子に拳を鳩尾に入れられそうになったいつかの出来事を思い出す。

背筋がギュッと強張るのを感じた。


「…ああ。きっともう、いや、二度としないよ…」


額に汗を滲ませ、口元を引き攣らせながら答えると、真白に構っていたサクがこちらの会話を聞きつけ飛んできた。


「あぁ!おいジン、今チズって言ったな?俺はっ?俺の名も読んでくれよ!」


「ええ…サク」


苦笑いを浮かべながら飛びつくサクの目を見てそう小さく答えると、彼は目を潤ませ少し後ずさり、感動に悶えるかのように俯き体を震わせる。


「ジンー!ありがとうなジン!俺は嬉しいよーー!」


そして今度は子犬のように飛びつき、ジンの髪の毛をわしゃわしゃと崩しながら力一杯抱きしめた。


「おっ、ちょ、サク?!」


サクの抱きしめる力が強く2人揃って倒れそうになる。


「男色野郎と勘違いされそうな人懐っこさだな。真白、行こう。うさぎは置いていきなよ」


「はい」


真白は名残惜しそうにうさぎを離し駆け足で千鶴の後を追う。


「ああ、ジン。あんたも来なよ」


チズは思いついたようにこちらを振り返りそう言った。


「どこに行くので…行く、行くの?」


咄嗟に声掛けられ普段通り敬語で返答しそうになり、口元を手で押さえて慌てて訂正する。


「麓の街よ」


「いいな!俺も行く!ジン!一緒に行こうぜ!」


チズの返答に隣で騒いでいたサクが反応し、結局皆共に山を降りることになった。


「街には何しに?」


下山途中、前を歩くチズに問いかける。


「修練用の刀が折れてしまったから新しいのを頼んでいたの。それを取りに行く」


「そうなんだ」


山道での時間は癒しをくれた。

道中、相変わらず騒がしいサク。

呆れながらもなんだかんだ耳を貸すチズ。

時折見かける動物達にさりげなく視線を向ける真白。

賑やかな声に、優しい木々と風の音が重なり錆び付いた心が浄化されていく。

そんな気がした。

-いつかサクが教えてくれた。

この世界の生命の起源を辿ると2人の神の存在に行き着く。

ほとんどの民はこれをただの伝説としているが平家では伝承として受け継がれてきたもので、歴とした事実なのだと。

神は土地を生み、月や太陽、海や森を守る神を生み、そして地に降り立った神が我々の讃える神皇家の先祖であると。

だからこそ神皇家は祀られ、代々その神皇家に使える武家は国と神皇家を守るという自らの宿命を誇り、修行に邁進するのだと。


「神、ね」


ため息と共に吐き捨てると、目の前を歩く千鶴が突然ピタリと足を止め危うくぶつかりそうになる。


「ここだよ」


チズは街の入り口で一度振り返り少し歩いた先の店に入っていった。


「主人、刀を取りに来ました」


「おぉ、はいはい。お待ちしておりましたよ」


店の主は腰の曲がった白髪のお年寄りでチズの声を聞くなり愛想良く返事をした。

そして店内に並べられた商品を取るでもなく、店の奥へと姿を消す。

狭いこぢんまりとした店内は壁中に様々な刃物が掛けられていた。

この刀剣商に入れるのは武家の門弟の者たちと都衛士(各地域の護衛や取締り等を武家から指示され動く門番)だけだとサクから教えてもらった。

なんでも呪札を使った特別な陣が入り口に施されているようで、そうで無い者が中に入ろうとすると弾き飛ばされるらしい。


(それはそれでやってみたい気もするけど…)


「千鶴ちゃん、ほら。修練用のものとはいえ、あまり乱暴に使うんじゃあないよ」


「うん、わかってる」


しばらくして戻ってきた店主が手にしていたのは装飾の一切ないこざっぱりとした刀だった。

それを柔らかい手つきで慎重に受け取ったチズは、皆と少し距離を置きゆっくりと抜刀する。

鞘から徐々に顔を出すその鋼の輝きは実に見事なもので修練用にしては惜しいような気がした。

そしてその刀を端から端まで丁寧に眺めたチズも目を輝かせながら「見事だね」と静かに呟いた。


(ふうん)


こんな興奮を抑えた子供のような顔もするのかと意外な一面に関心していると、店の隅の方で都衛士の男たちがわざとらしく大きな声で雑言を吐き始めた。


「おい、あいつ。ガキのくせに刀なんか見てるぞ」


「あの細っこい腕見ろよ。刀に振り回されるのがオチじゃないのか?」


「女のくせに生意気な。どうせ見せかけだけのど田舎の都衛士だろ」


チズは対して気にしていないのか視線は刀に釘付けのままだったが、真白はその隣で男たちを刺すような目つきでじっと睨みつけていた。


(うわあ…)


ジンもその男たちの言動があまりにも煩く横目で彼らを一瞥してはいたが、真白の鬼の形相を見ると面白さの方が勝ってしまい不謹慎にも少し笑ってしまった。

しかし真白の鋭い視線を浴びながらも罵詈雑言をやめない男たちの声は、チズの注意を引きつけるためにか徐々に大きくなっていった。


(やっぱり少し煩いな…)


そう思った瞬間、真白の肘が自分の腰にかけた刀にあたりカチャンと音を立てる。

そして彼女の指先はそのまま流れるように刀の柄へと運ばれた。

ジンはその様子を横目で見ながら彼女を止めようと慌てて手を伸ばす。

しかし、ジンよりも先に伸びた別の手が真白の手首を素早く掴んだ。


「やめな真白。あんな見るからにひ弱そうな男たちの言葉をいちいち気にするな」


ハッとし顔を上げた真白だったが、彼女の手を掴んだチズの視線は未だ刀に釘付けだった。


「はぁ?!聞き捨てならねえな女!」


「誰がひ弱だって!?」


「この店には、素晴らしい刀鍛冶の店主と刀、そしてそれに釣り合う人間しかいないはずだと思っていたんだけれど、どうやら(ねずみ)が紛れ込んでいたみたいだね」


男たちを一瞥し、にいっと口角を上げるチズの瞳には怒りの色が隠し切れてなかった。


(あ、怒ってたんだ)


「表出ろ女!調子に乗りやがって!勝負してやる!」


「サクっ、これは流石に…」


ジンの背後で一部始終を見ていたサクに止めに入ろうと視線を送ると、彼は口角を釣り上げニヤニヤと笑っていた。


「しー。大丈夫だから、面白いもん見れるぞ」


ジンの肩に手をおき、耳を寄せ話したサクの声色は心配するどころか少し楽しげだった。

再びチズ達の方向に目をやると既に男たちの姿はなく、店の外から彼らの怒鳴り声が響いている。


「主人、大事にはしない。手短に済ませるよ」


「千鶴ちゃん、刀は使わないようにな」


店主も動じることなくいつものことかのようにチズに笑いかける。


「わかってます」


店主にそう告げ店を出たチズ達に続いて外へ出ると、先程の男達の仲間なのか5、6人の威勢のいい輩と騒がしい声を聞きつけた町人達も集まっていた。


「昔からチズはああゆうタチの悪い男たちをねじ伏せるのが趣味みたいなもんだったからな。

まあ、少し前までは煽るんじゃなくて問答無用で殴りかかってたからそれに比べれば今は落ち着いてる方だぜ」


「へ、へえー」


さらっとした口調で語るにしては凄まじすぎる武勇伝に少し慄く。


「さあ来なよ。こちとら新しい刀の手入れをしたいの。さっさと済ませよう」


取り囲まれ中央に立つチズは、男たちとは対照的に嬉しそうに言い放つ。

緊張感を感じるどころか呑気に欠伸までする始末だ。


「くっそ小娘。舐めやがって」


その様子に腹を立てた男の1人が怒り任せにチズに切りかかろうとする。

対するチズは構えもせず丸腰だ。

あれは木刀ではなく刀。

万が一にも擦りでもしたら大事だと言うのにサクも真白も焦ったような素振りを全く見せない。

ジンは自分だけが取り残されたかのような状況に違和感を覚えながらも、再びチズたちに視線を戻した。

するとその瞬間威勢のいい男の叫びが辺りに響き渡る。

 

「もらった!!!!」

 

男の刀はチズの頭上から振り下ろされようとしていた。

誰がどう見ても絶体絶命な展開だが、とうの本人はどこか退屈そうな表情をしている。

彼女は自分の頭に刀が当たる寸前に右に素早く避け、つま先を出して男の足をひっかけると、倒れ込む男の首に手刀を入れ彼の刀を奪った。

-ドッ

乾いた音と共に男は白目を剥いて倒れる。


「はぁ。威勢の割に型はお粗末だ。おまけに刀の手入れもなっちゃいない。武道を舐めてるのか」


町の人々や騒いでいた男達は何が起こったのかと呆気に取られ静まりかえっている。

一瞬の出来事だった。

ジンでさえ、集中していなかったら見逃していたほどの俊敏さ。


(なるほど。心配するだけ無駄なわけだ)


これが…併技流免許皆伝、平千鶴の強さ。


「お前、どこの都衛士だ?武家からの命令が出てないのに街中で無闇に抜刀することは禁じられているはずだ。民達の生活を守る役割のお前たちがこんなことでは世も末じゃないか」


チズは依然として腕を組み、倒れ込む男の傍で長々と説教をしていた。

サクはそんなチズに歩み寄り肩に手を回すと怒りが治らない様子の彼女を「まあまあ」と宥める。


「チズ、そいつ伸びてんぞ。これ以上説教こいても無駄だ。武家には後で報告を入れるとして、人目が多くなってきたからここはもう早めに引こうぜ」


サクにそう言われて初めて男が気を失ってる事に気付いたチズは「そうね」と一言吐いて踵を返した。


「このクソガキ共…」


奥の方で輩の1人がおずおずと刀を抜き払い、立ち去るチズ達の後ろ姿を睨みつけながらそう零す。

後方を歩いていたジンとサクは同時に振り返った。

サクは立ち止まり「ふん」と今までに聞いた事がないくらい低い声で嘲笑うと、指の関節をわざとらしく鳴らしてみせた。


「なんだ?おっさんたち。俺にも喧嘩売ってくれるのか?こいつ同様道の真ん中でお昼寝でもしたいのかよ」


その眼力の鋭さはいつものおどけたサクからは想像もできないものだった。


「…覚えてろよ!!」


サクのどすの利いた声に恐れを成した男は倒れた男を置いて他の輩と共に走り去っていった。


「よくもまああんな捨て台詞吐けるよな」


サクは「呆れた」と息を吐きながら少し後方で待っていたジンの肩に手を回す。

普段はただの子犬のようなサクにも威厳というものは備わっていたようだ。

ジンは面白いものを見れたことに満足し、前方を歩くチズと真白の背を見つめた。


「チズ、大丈夫?」


声をかけるとチズは足を止めこちらに振り返った。

不服そうな顔でため息を吐いた彼女は自分の短い髪の毛に指を差し入れ軽く解きほぐす。


「あーあせっかく楽しもうと思ってたのになぁ。あんな腑抜けを相手にしてたと思うと阿呆臭くなった。何か甘味でも食べに行こう」


そういうとチズは隣でまだ少し浮かない顔をしている真白の頭をガシガシと撫で「ね?」と優しく促す。

そんな彼女の柔らかな問いかけに真白は眉尻を下げ「はい」と頷いた。


「いいな!父様と弟達の土産も買って帰ろうぜ!」


夕暮れで真朱色に染まる街の中、並んで歩く4人の影が愉しそうに揺れる。

いつかみたこの空はあの日と違って穏やかな温もりをくれた。

_________________________________________


「いーや!今日は俺の勝ちだったな!」


「うるさい!額にコブできたでしょうが!サク!あんたモテないよ!」


(今日も朝から賑やかだな….)


「ジンちゃん、おはよう!」


「ジン兄迎えに来たよ!」


「おはようございます」


「お兄…」


チズとサクの喧嘩の声で起き、布団をしまおうと立ち上がると末っ子達が勢揃いで部屋に迎えに来た。

ジンのことをジンちゃん呼びするのは三男のカイ。

それから、カイの双子の妹ハナ。

いつも礼儀正しい次男のリン。

そして末っ子で人見知りなフウ。


「お迎えありがとう。サクたちはまだ喧嘩してるの?」


ジンを取り囲むように集まった末っ子達に問いかけると、リンが真っ先に返事をした。


「喧嘩の流れでそのまま試合稽古をすると言って道場へ行きました」


こんな朝起きてすぐから稽古だなんて。

どれだけ元気が有り余ってるのだろうか。


「そうなんだね。父様は?」


「父様が2人は放っておいて朝餉にしようってさ。だからジンちゃんを呼びに来たんだ!」


「なるほど、ありがとう皆。じゃあ、行こうか」


ジンがそう言った途端、カイは廊下に飛び出し一目散に駆け出した。


「よっしゃあ!ハナ!先に着いた方が今日の飯おかわりできることにしようぜ!」


「ああ!カイ!それはずるい!!」


そんなカイの挑発にまんまと乗ったハナは負けじと先を行く彼を追いかける。


「あ、こら2人とも!走っちゃ駄目です!」


聞く耳を持たず走り去る2人にリンは軽くため息をついた。


「リン、怪我をしたら手当してあげたらいい。幼い頃は少しやんちゃな方が経験になる」


「ジン兄さん…あの2人はいつまでもああなんだ。もう十になるって言うのに」


リンも十二でまだ甘えたい年頃のはずなのに、下の子たちを叱る時も普段の振る舞いも誰よりも気をつけているようだ。

今だって寝癖のままの他の子達とは違って、きちんと身なりを整え、会話をする際も背筋を伸ばしその名の通り凛としている。


「リンは優しいんだな。あ、ほらフウちゃん。抱っこしてあげるからおいで」


まだ眠たそうに目を擦るフウを抱き抱えると、リンもほんの一瞬ちらりとこちらを見た。


「リンも」


「うわあ!兄さん!?びっくりさせないで下さい!」


リンの軽い体をふわっと持ち上げ肩に乗せた。


「たまには肩車もいいでしょ?さぁ、あの2人に追いつこう!」


ジンがそう言いリンに微笑んだ後「うん」と、嬉々とした返事が微かに聞こえた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おや、リンにフウちゃん。楽しそうな遊びだな。ジンお兄さんにお願いしたのか?」


茶の間に着くと昌宜が嬉しそうな目線でこちらを見ていた。


「ああ!2人ともずるいぞ!」


「後でハナもしてね!ジン兄!」


先についていた2人が目を輝かせながら言う。


「うん。わかったよ」


返事の後、ジンは部屋の片隅に座る人物に気づいた。


「真白、おはよう。隣いいか?」


「好きにしろ」


彼女は相変わらずの口調で吐き捨てる。

間合いに入れば視線で刺されそうで近づきにくいとカイとハナが話してたのを思い出した。

真白はただでさえ見た目が良すぎて近寄りがたいのに、それに加えて鋭い目つきに回りくどい口調。


(年上の子達から恐れられるなんて、大したものだ)


「ありがとうね」


なんとか誤解を解かせるためのいい案がないか考え、辺りを見回す。

隣に座るフウはすでに食事を始めていて目があったジンにニコニコと微笑んだ。

その愛らしい笑みにジンも微笑み返す。

その瞬間とある悪戯を思いつき、ジンはそれをすぐに実行しようと決めた。


「真白は漬物が好きなのか?」


右隣で黙々と食事をする真白のお膳を一瞥し、いつもの如く真っ先に無くなっている漬物皿を確認したジンは彼女にそう問いかけた。


「…」


ここまでは想定内。


「僕も漬物は好きだ。特に沢庵はね。フウも沢庵好きだもんね」


ジンは負けじと会話を続け、隣に座っていたフウにも話しを振った。

いつのまにか騒いでいたカイとハナがこちらの様子を静かに見守っている。 

未だに無視を続ける真白をみてニヤリと笑った後、ジンはひそひそとフウに耳打ちした。


「ねぇ、真白。こっち見てみなよ」


ジンは真白の肩をトントンと叩きこちらに視線を向けさせる。


「なっ…」


すると怪訝そうに振り向いた真白の眉がピクリと動きその場所で静止した。

この間のうさぎが鼻をピクピクさせていたのを思い出す。


(仕草まで似てるとは…やっぱり、この子は猫よりうさぎの方が合ってるかもしれない)


真白の視線の先には、自分の漬物皿を両手で持って差し出すフウの姿があった。

間抜けな声を出した真白は、思わぬ出来事にびっくりしたのか固まってしまった様だ。


「あー。フウ、それじゃあ駄目みたいだよ。直接食べさせてあげな」


じっとお皿を差し出したままだったフウに次はそう言い聞かせ、小さな彼女を持ち上げると真白の目の前に座らせた。


「お、おいジンちゃん…」


「兄さん…?!」


「フウちゃん、それは流石に…」


ジンのその一言に他の子達が慌て始める。


「フウこっちにおいで。真白にあーんしてあげな」


フウの手を取り、未だ硬直して動けずにいる真白の目の前に漬物を持っていかせた。


「…ん、マシ」

 

真白はフウから名前を呼ばれハッと目を瞬かせる。

そして差し出した漬物をしばらくじっと見つめると、黙って顔を近づけ視線を逸らしつつ口にした。


「…ありがとう」


蚊の鳴くような声で照れ臭そうにそう呟いた真白はすぐに姿勢を戻し、先程とは違ってぎこちない手つきで再び食事をし始めた。

フウは真白からの感謝の言葉に喜び「うん!」と満面の笑みで答える。


「はっはっは。フウ、真白、良かったじゃないか」


昌宜の呵々とした笑い声が響き真白の耳がじわびわと真っ赤に染まっていく。


「マシが、あーんされたよ」


「…今から大雪になるのでしょうか…」


「ジンちゃんやるな…」



3人は未だ硬直したまま、信じられないと目を丸くしている。

そしてフウは真白が食べてくれたことが嬉しいのか、満面の笑みで「全部あげるよ!」と言いながら漬物皿を彼女に押しつけている。


(少し賭けではあったけどやっぱりこの子は見た目より単純でわかりやすい)


慌ててご飯をかきこむ真白を見つめ、ジンはふっと笑った。

【名称】 

・原田家 

神皇家を守護する二代武家。長物の武器を得意とする。

・藤堂家   

神皇家を守護する二代武家。刀での接近戦を得意とする。

・併技流 

原田家と藤堂家の得意な技術を両方併せ持つ、平家の先祖が生み出した独自の剣術。

・都衛士

各地域の護衛や取締り等を武家から指示され動く門番。



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