第二十七話 心
【登場人物】
●平家
・ジン 元の名は鎮。字は仁。白髪の少年。
現在は平家の長男。藤堂家に捕らえられている。
・サク 字は桜。仁と同じく平家の長男。
原田家に捕らえられる。
・チズ 字は千鶴。行方不明。
●藤堂家
・イト 字は弦皓。音を使った気術を使う。
・ムギ 字は紬。冷静沈着な少年。
・フミ 字は志詩。イトとムギの小姓。
●原田家
・シゲ 字は茂之。山犬使い。
クロコという山犬を連れている。
・ユキ 字は極之。
・トシ 字は勇臣。
「お前…卑怯だぞ…」
どくどくと脈打つ心臓の動きをはっきりと感じる。
なんとか呼吸を整えようと肩で息をするこちらの様子を見てそいつは不敵に笑った。
特殊な縄で縛られた手足は少しでも動せば皮膚を抉るため、体を大の字で固定されたまま全く動けない。
鈍痛が響いて頭が痛いし、抵抗するにも動けない。
(このままじゃ…)
「なんだよ?また俺に甚振られたいのか?ほら早く…、お前が一言言うだけでひとまず拷問を止めてやるって言ってるんだ。早く言えよ」
「絶対…言わねぇ…」
痺れを切らしたのか、そいつはこちらの髪の毛を掴み項垂れる顔を無理やり持ち上げた。
「てんめぇ…後で覚えとけよ」
「後で?拘束されてる立場で後でなんてよく言えるな?俺が求めてる言葉を言わないなら、お前に喋らせる意味は無いよ。黙って甚振られろ、影の一族」
勝ち誇った表情でそいつはこちらを睨みつける。
そして次はもう片方の手で口を塞いできた。
「んーー」と離すように叫ぶも、それを逆に面白がっているのか一向に口から手を離す気配がない。
(こいつ…意外と力強いな。このままじゃ酸欠になるぞ。こうなったら…)
「なっ!??」
突然口から手を離し、のけぞったそいつはそのままその場に尻餅をついた。
「はぁっ…ざまぁ…」
大きく深呼吸をし、呼吸を整え嫌味をたっぷり込めた口調でそう吐き捨てる。
顔を真っ赤にしたままわなわなと震えるそいつの様子を見て得意げに笑った。
「お前…!!この俺の指を噛んだな!!てかちょっと舐めただろ!!汚ぇな!!!」
「ふん!クソガキのくせになに顔真っ赤にしてんだ!原田の山犬使いだからってさっきから偉そうに意見しやがって!それに俺の名前は桜だっつってんだろ!名前で呼びやがれこのたこ!!」
弾けるように飛び起きたシゲはサクの胸ぐらを捕んで顔の目の前で叫び散らした。
「お前が俺のクロコの事をバカにするからだろ!それになんで俺がお前の名前なんかいちいち覚えなきゃいけないんだよ!この変態野郎!」
「山犬を馬鹿にしたんじゃなくってその変な名前はなんだって言っただけだろ!!ダセェんだよ!って、誰が変態だこの甘ったれ!」
「またクロコの名前をバカにしたな!!?早く謝れ!!でないと…」
肩を持ち上げぜいぜいと息を切らたシゲはそういい、シゲはサクの額に指を置く。
「あ!!??もう止めろって!お前さっきから何回俺にデコピンしたと思ってんだ!!おかげで頭が死ぬほど痛てぇんだよ!」
「ふん!じゃあ謝れ!」
「謝らない!」
「謝れ!!!」
「嫌だね!!」
薄暗い牢の中で2人の言い争う声が響いた。
シゲの隣で山犬は大人しく座り、若干眉を下げながら様子をじっと見つめている。
拘束されている身であくまでも抵抗するサクに痺れを切らしたシゲは、顔の前で握った拳を振り上げ「舐めんじゃねえ!!」とサクの顔目掛けて振り下ろす。
「そこまでにしとけ」
「うわ!?」
サクが目を閉じ、シゲの拳が額に触れるすんでのとことで別の声が牢に響いた。
いつまで経っても衝撃がこないことを不思議に思ったサクが恐る恐る目を開けると、そこにはユキに首根っこを掴まれ暴れるシゲの姿があった。
背が高いユキに掴まれたシゲは宙でバタバタと足を動して抵抗しユキを睨みつけている。
「ユキさん離せよ!俺はこいつに謝らせたいんだ!」
「まあ落ち着けって。クロコの名前は…え…っと。その感性はちょいと俺にも理解できんが、お前がいいって言うならそれが一番だと思うぜ?男ならちょっと言われたくらいでいちいち気にすんなよな?ん?」
ユキにそう諭され、シゲは不貞腐れたような顔のまま「わかった」と答えた。
すると牢の入口付近で「あっはは!」と陽気な笑い声が響く。
「まあ俺はクロコよりも黒い王と書いてコクオウ!とかの方がかっこいいと思うんだけどな!こんなに艶めいた黒毛の山犬の名前が、クロコって…。それにこいつメスって訳じゃないんだろ?」
そう言いながら近づいて来たトシはクロコの毛並みを撫でながらわざとらしく惜しい表情を浮かべた。
シゲは「はあ!?」と言いながら大きく足音を立ててトシに歩み寄る。
「トシさん、それはさすがに違うね!コクオウの方がよっぽどダサいよ!それにクロコに性別なんてない!!」
「いーや!それは違うな!そこまで言うなら今から家臣共に聞いて回ってもいいぞ?」
「あいつらの意見なんてどうでもいいんだよ!俺の山犬なんだから俺が良いと思った名前をつけて何が悪いって話してんだ!」
(あー、耳がいてぇ…)
こいつらさっきから馬鹿みたいに声がでけぇんだよ。
あいつにデコピンされまくってたせいで頭がかち割れそうなんだが…。
縄で縛られた状態のままのサクは耳を塞ぐこともできずただ黙って会話を聞くしか無かった。
「ちょっとお前ら、その辺にしとけ!」
2人の仲裁にユキも加わり、叫び声はより一層大きくなる。
サクは「はぁ」と深く溜息をつきその様子をぼうっと見ていた。
「いつになったらここから出られるんだ…」
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「我々を庇った理由をお聞きしたい」
じっとこちらを見つめるムギの瞳の奥にはやはり冷泉が見えた。
「…と、言われましても。どうしてそんなことが知りたいんですか?」
ジンの質問にムギはあからさまに眉を顰めた。
「そちらの本心がどうなのかわかりませんが、少なくとも私達は残血を引き渡さないと言われた時点であなた方を殺すつもりでした。我々の殺気を感じていたからあなたは呼名の解放をしてまで抵抗した、違いますか?」
残血…そういえば、あの時も言っていた。
まあ、単純に考えれば残血と呼ばれているのは夜雀のことだろう。
「まぁ…確かに、殺気らしきものは感じ取っていました。そして抵抗した。違いありません」
ムギは眉に皺を寄せたままじっと視線を逸らすことなく、瞬きもせずにジンの目を見続けた。
(いや…そんな真剣に見られても…)
ジンは心の中でそう思いつつも目を逸らしてはいけない気がし、同じく瞬きを堪えながらムギの目を見続けた。
不意に、ムギはゆっくりと一回だけ瞬いた。
「ではもう一度聞きます。なぜ我々を庇ったのです」
「…大した理由はありません」
二度同じ質問をされ、困ったジンは少し考えた末にそう答えるも、ムギは納得いかないと言わんばかりに顰めた眉を緩ませない。
(…そんな顔されても…)
心の中で嘆いたジンは得意の空笑いで乗り切ろうとするも、ムギの表情はピクリとも動かない。
それどころか、その目の奥の疑心の色が更に濃くなった。
ジンは微動だにしないムギを目の前にそわそわしながら、気まずい空気を誤魔化そうとわざとらしく「んー」と唸り、顎に手を添えた。
そして必死に思考を巡らせた末に再び姿勢を正す。
「本当に無意識に、反射的に体が動いてしまったんです。我々平家の人間は、これまで民を守るために武術を磨いてきました。その賜物かと。武家の方々とはいえ、あの場ではあなた方も私の身体が守る対象として認識した。…それ以外にお答えできません。恐らくこれ以上話しても納得のいく答えは出ないかと…」
ジンの言葉を聞いたあとも依然として全く表情を緩めないムギだったが、ついに諦めたのか「はぁ」と軽くため息を吐き目を伏せた。
「わかりました。ひとまずは飲み込みましょう」
「えっと…僕はいつ解放して頂けるのでしょうか」
ジンは真顔に戻ったムギにそう問いかける。
「我々は神皇家に代々仕える武家です。何度も言いますが、その私達に刃向かったあなた方は本来であれば拷問の末、切腹でしょう。ただ本家のあなた方は過去に我々と対立した記録がない上、形だけでも私達を身を挺して庇いました。我々の一存であなたをここに置いているのです」
見た目で判断してはいけないとわかってはいるけどそれでもこの子はきっとまだ15,6歳のはずだ。
それなのに、こんなことをサラリと表情一つ動かすことなく言うなんて。
しかし参ったな。
咄嗟の判断で助けたばっかりにこんなことになるなんて。
まあでも、ここにいれば武家と神皇家の謎が少しは解けるかもしれない。
少なくとも、この人達は夜雀が何者なのか知っていたようだし。
夜雀の謎が解ければ、カイのことも、まだみつかってないハナや離れ離れになったチズ達とも会えるかもしれない。
それにしても、どうしてこんな脱走してくださいと言っているかのような場所に僕を置いているんだろう。
まあこの人達の強さはさて置き、藤堂家の己気を使った能力がはっきりと確証できてない段階で脱走なんて考えてはいないけど。
さっきのフミさんなんて、身のこなしや姿勢からしてもただの小姓じゃないのは明白だ。
殺気こそ感じなかったものの、手合わせしてみないとその力量は測れない。
それに、僕は今己気をこの人から封じられている上に連環の衡も使えないし。
「あの、1つお聞きしても?」
ジンの問いにムギはうんともすんとも言わず、ただじっとこちらの目を真っ直ぐ見つめたままだ。
答えられないことには答えないと言う姿勢なのかな。
まぁ、いいか。
「こんないかにも脱走してくださいみたいな場所に放置してるのはどうしてですか?」
ジンがそう質問した瞬間廊下の奥から「プっ」と吹き出すような笑い声が聞こえた。
そして慌てたような足音とそれを無視してスタスタと歩いてくる2つの足音がこちらに近づいてくる。
「あの…お客さんでは?」
ジンの問いを無視してムギは廊下の方をじっと見つめる。
「あの…」
「おりゃ!」
ジンが再び問いかけようとした瞬間、何者かの手が障子を突き破った。
(…え)
パスッと軽快な音を立てて破れた障子の穴を見ながら呆気に取られていると、引っ込まれた手の代わりにそこからイトが顔を覗かせた。
無邪気な子供のように笑う彼の表情からは悪びれる様子は伝わらない。
むしろ、してやったりと言わんばかりにニヤニヤしながらこちらを見ている。
「普通そんな馬鹿正直な質問する?」
しばらく穴からこちらを覗いたあと部屋に入ってきたイトは茶化すような言い方でジンに問う。
続けて後から入ってきたフミは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません、紬様…障子は後から貼り変えます」
「いいんだよ!そんな仕事、家臣にさせておけば?」
「なりません!皆さん忙しいんですよ!」
「もう、フミは真面目だなぁ」
2人のやり取りを呆気に取られながら見ていると向かい側から「はぁ」と小さな溜息が聞こえジンはそちらに視線を移す。
「何をしに来たんですか?」
ムギは無表情のまま2人に問いかけた。
(うわ、無表情にこの声のトーンは怖いな…)
そう思いながら様子を伺っているとイトはそれを全く気にしてないのか幼児のように「へへっ」と笑いながらムギに抱きついた。
「外でずっと聞き耳立ててたんだけどさ、さっきのこいつの質問があまりにも滑稽すぎて思わず出てきたんだよ!」
何も反応しないムギに抱きついたまま、イトはこちらに視線を移し今度は先程と打って変わって不敵に微笑んだ。
「君をこんな所に放置している理由は簡単だよ。脱走できない、いや、しないと思ってるから。まぁもししたとしてもすぐに僕が殺してあげるから安心してね」
「…はぁ…なるほど」
ジンはイトの切り替えの速さに困惑し、そう息を吐くように呟いた。
まあ、確かに今は脱走する気はないな。
何とか馴染んでこの家の情報を集めなければ。
「用は済んだのでこれで失礼します」
「え?」
スっと立ち上がったムギはそう言いながら部屋を出ようと歩き出す。
「お!じゃあムギ!今から手合わせしよう!」
「君には仕事がある。忘れていたのか?」
ムギの返答を聞くとイトは途端に口をへの字に曲げる。
「…っち、覚えてたんだ。じゃあ…僕ちょっと厠に行ってこようかな」
「フミ、イトが逃げ出さないように一緒に厠までついて行ってくれ」
抜き足でその場から立ち去ろうとするイトを横目に、ムギはフミにそう告げる。
「わかりました」
「ふーん。いいよ? フミがこの僕に着いてこれるのなら一緒にきたら?」
イトは全速力で走り去りその後ろ姿をフミは苦笑いしながら一時見つめ、ムギとジンに軽く会釈した後彼を追った。
「それでは、私も失礼」
「ああ…はい」
トンと音を立て障子は閉められた。
3人がいなくなり途端に部屋が静寂包まれる。
その余韻に不思議と懐かしさを切なさを感じた。
「…少し苦しいですね」
そう呟く声に、もう誰も返事をしてくれない。
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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