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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
白夜の祈り
28/97

第二十六話 導

- 「紬様この方は?」


- 「客人だ」 


- 「客…人?えっと、弦皓いとあき様はどちらに?」


さっきから会話を聞いてる感じだと、僕はどうやら藤堂家に迎えられたのかな。

いや、捕らえられたという方が正しいか。

しかし不思議だ。

意識はずっとはっきりしているのに声も出せないし、体も全く動かせない。

目を開くこともできないから聞き覚えのないもう1人の声が誰なのか見ることができない。


「あれ、ムギこんなところにいたの?フミまでいるじゃん」


「ちょうど君の話をしていた」


「へぇ。なに?僕の噂話?悪口かな?」


「そんなことありませんよ。って…弦皓様、その傷は?」


何やら和やかな空気がこの空間には溢れている。

この際だからもう一眠りくらいしたいのに全身が痛んで全く眠気が来ない。


「横になったら3秒で寝れる才能持ってたはずなのになぁ…」


「え?」


「ん…」


「「「…」」」


(あれ…?)


相変わらず目は開かないが、真っ暗な視界の中でも数名の視線を集めているのが気配でわかった。

先程まで全く声が出せなかったから気を抜いていた。

心の中で呟いたはずの小言が声になって漏れてしまったジンをじっと見つめる3人。

しばらく沈黙が続いた後、イトが「ふん」と鼻で笑った。


「へぇそうなんだ。じゃあ良く眠れるように僕が手伝ってあげようか?」


イトは揶揄うように含みを持った言い方で横たわるジンにそう問いかけた。

耳元に微かに吐息を感じ、囁かれているのだと気づいたジンは落ち着いた声で言い返す。


「…あなたの言い方なんだかいつも怖いんですよね。ちなみに、僕は今一体どういう状況なのですか?」


「君、本当に怖いもの知らずだよね。ちょっとは殺されるかもとか思わないの?」


ジンの問いにイトが答えた瞬間、視界が真っ白になりその眩しさ瞼にギュっと力を込める。

そして再び力を抜いた時軽くなった瞼の隙間から暖かい光がさした。

何度も瞬き、光に慣れさせた後辺りを見渡す。

ジンを照らしていた光は松明のものだった。

ここはどうやら牢のようだ。

陽光の一切届かない真っ暗な部屋。

今が昼なのか夜なのか全く分からない。

ヒヤリとした空気が肌を這う。

ぼんやりと揺れる真珠色をじっと見つめたあと松明を持つ手を辿ってなぞるようにその顔を確認した。

眉を顰めるジンの顔を覗き込む、黒髪と透き通った肌が印象的な女性。

言葉遣いと雰囲気的にそこまで若いわけではなさそうだがほんのり桃色に染まった頬と垂れ目のせいか若干幼く見える。

その隣に立つムギ。

そしてその奥、入り口付近で腕を組み不服そうな顔でこちらをじっとり睨むイト。


「そんな怖い顔で睨まないでくださいよ」


目線だけをそちらに向け、「はは」と苦笑う。

イトはその仏頂面を更に歪めこちらにゆっくり歩み寄った。


「僕にあまり突っかからない方が身のためだよ」


そういいイトは帯刀に手をかけ、鯉口を切る。

体中が硬直したように全く動かないジンは対抗することもできず、ただ微笑み返した。


「この短時間でここまで嫌われるなんて、残念です」


牢にいるのは僕含め4人。

この女性の方は初めて見た。

艶やかな髪だ。そして肌は陶器のように白い。

そういえば、ムギとイトも無表情と顰めっ面でわかりにくいけどとても綺麗な顔をしている。

藤堂の血筋は、皆こんな感じなのか。


(僕の最後の記憶は…確か、この2人と戦っていて…)


その瞬間胸の傷がドクンと痛んだ。


(皆…、チズとサクは一体)


目線だけで辺りを見渡すも、探していた面影は見当たらなかった。

逸れてしまったのか。


「ジン殿」


「え?」


不意にムギに名を呼ばれ、額に指先を添えられる。

そのすらりと伸びた指先と、漆黒に艶めくまつ毛を交互に見つめながら、彼が何をしようとしているのか探っているとムギの伏せていた瞼がゆっくりと開きしばらくじっと見つめられた。

黒目がちな瞳に切長で鋭い目。

それは凛々しさと冷徹さを感じさせるもその奥に僅かながら暖かみが垣間見えた。


「あの2人の呼名の解放により溢れた己気は、あなたの身体に残されたままです。今は私の術で押さえ込んでいますが、解けば暴走を始めるでしょう」


まるで、長閑な森に広がる冷泉のようだ。

そう思いながらぼうっとムギと見つめ合っていると突然横腹を蹴られた。


「いたっ…」


「ムギ、早く」


蹴った張本人を上目遣いで恨めしそうに睨むと、その人はムギに催促するように顎をクイッと前に突き出した。


「…あなたは今自らの術で己気の制御ができない状況にあります。ですので、今からいましめの術は解きますが無駄な抵抗はしないで頂きたい」


なるほど。

やっぱり僕の体が動かないのはこの人の術か。

そういえば、僕にとどめをさそうしていたイトもムギに触れられて動けなくなっていたっけ。

僕の連環の衡のようにムギにしか使えないものなのだろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それにしても、穏やかな交渉ですよね。二代武家の方々はもっとこう、力強いやり方をされるのかと思ったのですが…。原田家の方々と比べても藤堂家の方々は気品が違いますね。礼節を重んじるお家柄なのでしょうか」


あれから術を解かれ、牢を出たジンは3人に連れられ見知らぬ町を歩いていた。

都ほどではないが、この場所も少し霞がかかっていて視界が悪い。

けれど、歩行に支障が出るほどではなかった。

町は賑やかで、道の隅で駆け回る子供や果実や茶菓子を売る女性の掛け声が耳をくすぐる。

手足を自由に動かせることがこんなにも喜ばしいことなのかとしみじみと感じ、何時になく子供のようにはしゃいでいたジンはきょろきょろと町の様子を見渡しながら少し前を歩くムギ達に問いかけた。


「術を解かれてずいぶんと嬉しそうだね」


「ジン殿、私達はあくまでも武家です。此度の件、本来なら拷問のひとつやふたつしていたっておかしくない」


2人は振り向くことなくそう答えた。

その様子にジンの隣を歩く先程の女性は気まずそうにこちらに向かって微笑んだ。


「あはは…まあまあお手やわらかに。あ、私はお2人の小姓を務めております、藤堂 志詩(しふみ)と申します。呼名は風翠(フミ)です。お見知り置きを」


「あ、僕はジンと言います。好きに呼んでください」


「それではジン様とお呼び致します」


「様なんて…慣れないなぁ。というか僕は一応捕虜なんですよね?」


ジンは頬をかきながら前方を歩く2人を一瞥し再びフミに視線を戻した。


「それは…」


「そうだよ。君は僕達に囚われてる。本来であれば拷問して、知り得る情報は全て吐き出させ末に始末していただろうね」


イトはそう言い、両腕を頭の後ろで組み顔だけをこちらに向けにやりと不敵に笑った。


「あーあ、残念だ。こういう生意気なやつを拷問するときが一番面白いのにさぁ」


ははは…と口端を無理やり持ち上げイトに微笑み返したジンはふと自分の全身を確認した。

そういえば身体の傷がない。

服の袖をめくってみたり、小太刀を刺された左肩を見たりしたがそこには傷痕一つ無い。

その後、3人に連れられ街を抜けた先にある立派な御屋敷の一室に通されたジンは部屋の真ん中で1人正座をしながらしばらく目を閉じて考えていた。

僕は、確か…何かが自分たちに向かって飛んでくるのを感じて咄嗟にイトを突き放し庇った。

あの時は咄嗟のことでよく分からなかったけど衝撃の後にほんの一瞬煙の匂いがしたし、確かに肌が焼けるような痛みが身体中に走ったから今考えてみれば僕がこんなにピンピンして傷一つないなんて。

もしかしてこれも呼名の解放で治癒力が劇的に上がったからだろうか。

さり気なく心臓の辺りを手で摩る。

その手触りに違和感を感じた。

不思議に思ったジンは襟元を緩め自分の左胸あたりを見た。


「…消えてない」


左胸には夜雀に心臓を刺された後が痛々しく残っていた。

他の傷は跡形もなく綺麗に治っているのにどうしてこの傷だけは消えていないんだろう…

しかし今はそんなことよりも、


「…皆いったいどこへ行ってしまったのだろう」


そうポツリと呟いた。

少し前まであんなに騒がしかったのに。

この言葉も今となっては独り言だが、昔は必ず誰かが反応してくれた。

1人、また1人と離れていき最終的には僕が1人になるなんて。

せめて、他の皆さえ全員一緒にいてくれれば安心できるのに。

それを確認する術は、今の僕にはない。


「くそっ…」


目を閉じ、グッと傷痕に爪を立て揺らぐ思考を痛みで落ち着かせた。

…大丈夫だ。

ひとまず僕は生きてる。

僕なんかが生き伸びれているんだ。

強いあの2人ならこの程度の事で死ぬことは無い。

林之助はあの場から逃げたんだ、生きてはいるはず。

風優花は真白が必ず守っている。

僕が心配しすぎているだけだ。

強ばった表情が緩んでいくのが自分でもわかった。

そしていつものように口端を持ちあげ、ゆっくりと薄く目を開いた。


「ジン様、少しよろしいでしょうか??」


「え…フミさん…?」


目の前でジンと同じく正座をしていたフミは膝と膝が擦れそうなほどの近さで座っていた。

驚いた表情のまま固まったジンの顔を覗き込むように見つめた彼女はあどけない笑みを浮かべる。


「紬様が、少々お話ししたいとおっしゃっていまして…」


(この人、いつからここにいたんだ)


空気の揺らぎすら感じられないほど全く気配がしなかった。

まるでこの場所に瞬間的に移動してきたようだ。


「あ、ええ。わかりました…あっ…」


ジンは動揺を誤魔化すために咄嗟に作り笑いを浮かべるも、彼女の視線が自分の襟元辺りにあることに気がつき再び取り乱す。

はだけた胸元を急いで整え上目遣いでフミを見つめながら「あはは…」と苦笑いを浮かべた。

するとフミは視線を元に戻し、ジンの顔をまじまじを見つめる。


「す、すいません…これは…その…」


「ジン様、頬から耳にかけて赤く染まっておりますよ。意外と女性慣れしていないのですか?」


「ええ、まあ…」


その言葉通り、指先を頬から耳へとなぞらせたフミはジンの耳たぶを掴んだところでクスっと笑った。

ジンが頬を描きながら視線を逸らしそう答えたと同時に今度は別の足音が廊下から聞こえる。

かかとからつま先へ、丁寧に地を踏みしめるように歩み寄る音。

フミはまた音を立てずに襖の前へ移動し、人影が部屋の前で立ち止まったところで戸を開いた。


「失礼」


入ってきたムギはそういい、ジンの目の前に静かに座った。

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

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