第二十五話 想い人
「お前、残血か」
不意に、真白は目をギュッと閉じたまま夜雀に問いかけた。
都の一角にある長屋に逃げてきた風優花、真白、夜雀、そして謎の影赦。
夜雀は部屋の隅で腕を組みじっとこちらを観察するように見ていた。
「だったら何だ」
真白の問いに夜雀はそう素っ気なく答えた。
風優花は2人を交互に見て不思議そうに眉を動かす。
「俺から言わせれば、お前こそ何者なんだ」
「海道の体を返すと誓え。そうしたら話す。お前は、私の正体が知りたくてしょうがないんだろ」
「マシ…?」
風優花は説明を求めようと真白の手をギュッと強く握りじっと見つめたが、彼は依然として目を閉じたままだった。
その視線は届くことなく2人の話は続けられる。
しかし真白は目を閉じていても彼女の切な眼差しを感じとっていた。
小さな手が小刻みに震えているのが伝わる。
風優花は昔から、不穏な空気を察する力があるかのように何かを感じるとこうして手を握ってくる。
今も、この空間に流れる空気の乱れを察知しているのだろう。
きっといつものようにこちらをじっと見つめているのかもしれない。
(けど、今はその顔を見ることはできない)
夜雀は確信に迫った真白の発言にピクリと口端を動かした。
「返してやるよ、いつかな。どちみちこいつは死ぬ。俺に殺されるんだ」
「それは私が阻止する」
真白は夜雀の言葉に即座に反論した。
「で?てめぇは一体何もんだ。残血じゃねぇくせに混じったような変な匂いがする」
「もしかして…お前の妹の匂いか?」
真白の一言に夜雀は目を見開きゴクリと生唾を飲んだ。
「申し訳ないと思っている。でもこれは宿命だったんだ。私の…いや」
繋がれた手を握り返し、瞼を閉じたまま真っ直ぐ風優花と向き合った。
一向に目を開かない真白を不思議に思いながらも風優花はその端正な顔立ちをじっと見つめた。
「フウちゃん、僕はもう行かないといけない」
"僕"
そうサラリと言った真白を見つめる風優花の瞳に切なさが籠った。
「驚かないの?」
「驚かないよ。フウにとって、マシはマシでしかないから」
真白は唇を噛み、込み上げる衝動を抑えた。
そして悟られないよう小さく深呼吸する。
「僕は君達をずっと騙してきたんだ。もうここにはいられない。今からここを発つ。君ともさよならだ」
「…」
握りしめられた手に力が籠る。
その手をゆっくりと解き、繋がれた手を離した。
「僕らは敵だ」
そう強く言い放った真白の一言に風優花は無言のまま頭を左右に振る。
いつものように泣きそうな顔をしているのだろう。
風優花は泣き虫だから。
でももうきっと僕がいなくても大丈夫だ。
この子は成長した。
「君と再び会う日には、きっと僕らは殺し合う。世の中はずっと残酷で、死と隣り合わせで尊厳なんて言葉は存在しない」
風優花は終始無言で何も言い返さない。
(やはりこの子は賢い。そして、優しい子だ)
「夜雀、君はこの子に手を出すことはないと思うが念のため言っておく」
真白は視線を感じていた方へ振り返り、夜雀に向かってそう言い放つ。
「この子の命を脅かすようなことをしたら、僕がお前を必ず殺す。お前の望みを果たす前にね」
そう言い裾を捲り上げ、くるぶしに刻まれた紋章を夜雀に見せつけると夜雀はハッと息を飲み真白を物凄い剣幕で睨みつけた。
目を閉じていても感じるほどの殺気と視線。
それを無視して真白は再び風優花の方に向き直した。
「もうこれで…最後だから。今だけ聞いてくれないか」
目を閉じたまま手探りでその頬に触れようと手を伸ばす。
すると小さな両手が真白の手を包み込み、自らそっと自分の頬に移動させた。
いつも感じていた温もりに心が痛くなる。
(心を教えてくれたのはチズさんだ。でもこの感情を教えてくれたのは…)
「君に会えてよかった。僕はもうその名を呼べない。お願いだから…もう二度と僕の目の前に現れないでくれ」
唇が震えそうになった真白はゆっくりと額と額をくっつけてその視界を奪い誤魔化した。
その瞬間、風優花の頬に触れていた手に温かい何かを感じた。
いや、それの正体を本当はわかってる。
(今ままで一度も君を泣かせたことなんてなかったのにな)
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「いいなぁ!フウもあれほしいなぁ」
「どうした?」
いつものように庭先で駆け回るカイとハナを縁側で見ていたフウは突然そうむくれた声で呟いた。
「フウも…」
フウはそう言い自分の手首を見つめる。
「あぁ」
その様子を見て何を言おうとしていたのか察した。
カイとハナは天眼石でできた腕輪をしていた。
双子は不吉とされているために生まれた頃から肌身離さずつけていたそうだ。
天眼石には邪気を払う力がある。
(まだ8歳のこの子がその意味まで把握しているとは思えないけど…)
真白は徐に自分の紙紐を解いた。
長くて艶のある黒髪がはらりとおろされる。
そして隣に座るフウの手をそっと取り、解いた髪紐を手首に結んだ。
「…くれるの?」
フウはその様子を不思議そうに見つめた後、真白の意図を理解したのか途端にパッと明るい表情になった。
さっきまでのむくれた声が嘘だったかのように「ありがとう」とこちらを見つめて嬉しそうに言う。
「うん」
真白は僅かに微笑む。
「ねえ!これずっと気になってたんだけど、何色なの??」
そう聞かれて戸惑い視線を泳がすと不意に甘い香りが鼻をくすぐりその方向を見遣る。
そこには小さな花が庭の隅で控えめに咲いていた。
フウのようだとふっと笑い視線を戻す。
当の本人はなんのことかわからないと言いたげに首を傾げた。
「金木犀と同じ色ですね。甘い香りがするでしょ」
そう告げるとフウは子犬のように大袈裟に鼻をヒクヒクさせる。
「本当だぁ!フウ、このお花の花言葉知ってるよ!」
「なんなの?」
急に庭先に立ち、真白と向き合ったフウはしばらくニコニコしながらこちらを見つめた。
「…フウ?」
「っやぁ!!」
じろじろと見つめられて戸惑い、その名を呼ぶとフウは急に真白に飛びつきそのまま膝の上に座った。
「それはねぇ…」
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不意に鼻をくすぐった甘い香りにいつかの日を思い出した。
こんな場所に咲いているはずのない花の香。
まだ微かに濡れている指先をギュッと包み込み空を見上げる。
「嘘偽りのない…真実…」
振り返り、もう見えなくなった長屋の方を見遣った。
「さようなら、僕の想い人」
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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