第二十四話 狩人
【人物】
・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。
・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。
・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。
・藤堂弦皓 呼名は一音。
・藤堂紬 呼名は向葵。
・原田極之 呼名は遊幸。
・山犬使い シゲと呼ばれる。
「兄ちゃんわかりやすいな」
「なんだよ」
ブォンと風を切る音と共に繰り出したサクの槍を受け止めたユキは、口端を上げてそう告げた。
「ガキな男は女から好かれねぇぞ」
「ああ"!?」
怒りと溢れる力で心が暴れそうになったその瞬間、グッと全身に重力がかかったような感覚に陥り正気を取り戻した。
「はぁ…っ」
冷静になった頭で状況を整理する。
連環の衡…か。ジンらしいぴったりな術だ。
俺達の力が暴走しそうになるとそれを鎮め、心と体、呼名の解放による言霊の力との均衡を保つ。
その代わり、俺たちの有り余った力を吸収し自身の己気も強くする。
「俺はあんちゃんみたいなの好きだぜ?」
突如背後から声が聞こえサクの耳を苦無が掠めた。
(囲まれた)
前後に立ち尽くす原田の男たちを交互に睨んだ。
「えっと…サクだっけ?俺の名は原田勇臣。呼名は登る志とかいて登志。歴史に名を残す男だ!よく覚えておけ!!」
「いいぞトシ!狩りを始めようじゃないか!!」
その瞬間2人は中央に立つサクに向かって同時に槍を突き出した。
サクは別の屋根へと飛び移り、2つの刃はその場で交差する。
「そっちはどう?」
着地した瞬間、同じく別の場所から何者かが屋根に飛び移り、背中を合わせたサクに問いかける。
姿は見えなくとも、声とその纏う情緒でわかる。
「余裕だ。そっちは?」
「分析中」
やりとりをしている間に原田家の3人が集い、2人を取り囲む。
「あんたら、集団でやり合う派なんだな」
「そうだぜ。俺達の先祖は元々マタギの人間だ。こういうやり方が性に合ってる!」
山犬使いがまだ幼さが残る声でそう叫ぶ。
「私達はうさぎってことかな?」
「おいなに笑ってんだよチズ。俺はうさぎなんて嫌だぞ」
「やだ、私は好きだよ?うさぎ」
自分の背後でクスクスと笑いながら呟いたチズにそう反論すると、むくれたような声で言い返される。
「行け!クロコ!!」
「ユキ!」
「あいよ!」
山犬がシゲの言葉でこちらへ駆け出しチズに向かって大きな牙を剥き出す。
立て続けにユキ、トシも長い槍をものともせず片手で担ぎサクに向かって振り上げた。
サクは同じく槍を構えているがチズは刀のままだ。
「チズ、お前それでいいのか」
「もちろん。刀にしかできない戦い方がある」
「ならそっちは任せだぞ」
「ええ」
チズの返事と同時に2人は大きく踏み込み相手に向かって駆け出す。
長物は相手との間合いが取れる。
俺は長物も使えるが普段は刀での戦いが主だ。
故に長物を持っていてもすばしっこさは人一倍。
それに自惚れでも何でもなく、今の俺はこいつらの己気をゆうに超えてる。
サクは槍を構え相手の心臓目掛けて刃を振るい、ユキも槍でその切先を受け薙ぎ払う。
払った切先はそのまま流れるように足元に突き刺さった。
槍を地に突き刺した勢いで宙にまったサクは、その場所から苦無を3人に投げつけた。
「くっ…」
「なんだ!?」
「ってぇな…」
苦無は3人の肩を掠める。
痺れる程度の毒を塗ってあるから利き手はこれで使えないだろう。
山犬使いは保険だ。
あのガキは槍を持っていない。
それどころか刀すら持っていないように見える。
何か、裏があるかもしれない。
いまのチズが負ける可能性がほぼないとしてもほんの僅かな可能性でさえ消す。
俺はあいつを守る為ならなんだってする。
(そう、なんだってしてやる)
「お前…賢いな」
懐から包帯を取り出し慣れた手つきで血の滲む右腕に巻きつけたユキは、着地しゆっくりと辺りを見渡すサクに告げた。
「今更?俺、意外と頭脳派なんだけど」
「ふんっ。この程度の傷唾つけとけば治るぜ!」
背後でトシが大きな声で叫ぶ。
とはいつつも腕が痺れるのか、拳を開いたり握ったりしながらこちらをじっと睨みつけていた。
「暑苦しくたっていい。余計なお世話でもいい。俺は、あいつの為に存在しているんだから」
槍を再び構え直し、今一度心を落ち着ける為に大きく深呼吸した。
限界まで目を見開き眉間にグッと力を入れ同じくゆっくりと槍を構え直すユキとトシをしっかりと捉えた。
「さぁ…こいよッッ!!!!」
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「ねぇお前さ、平家の中で1番強いだろ?」
「…」
刀治の名の下に。
そう叫んだ自分の心が、今までにないくらい冷え切っている。
凍結した心が、自らの自制心や願望を打ち壊していくような…そんな感覚。
…わかっている。
始めから、わかっていたんだ。
目を逸らすな。
目を逸らすな。
目を…逸らすな。
「なんだよ、答えたかねぇってか?まあいいさ。影の一族よく聞け。原田家の山犬使い様が直々に全力で手合わせしてやるよ」
肩から大量に流れる血をなんとでもないというように少年は隣に大人しく座る山犬の頭を軽く撫でながらこちらを一瞥する。
「あなた、名前は?」
チズの一言でこちらにまっすぐ向き直した少年の昏い瞳をじっと見据える。
(この瞳…見覚えがある)
全てを悟ったような、そんな瞳。
「俺の名前は原田 茂之。呼名は恵。チズだったけ?よろしくな」
「…」
心が痛い。
きっとこの子は、あの子たちよりも幼いだろう。
「来なよ」
シゲがそう呟いたのを合図に2人の間に流れる空気が蜃気楼のように揺れて見えた。
相手に帯刀がないことを警戒しながらもひとまず山犬を仕留めようと刀を抜き払う。
足が羽のように軽い。
トントンと右足のつま先を地に打ち付ける。
(3、2…)
「1」
そう呟き、慎重に一歩を踏み出した。
シゲの隣で牙を剥く山犬に向かって切先を向けつつ全速力でかける。
「行くぞ!」
シゲの一言で山犬は高く飛び跳ねチズの頭上目掛けて爪を繰り出す。
「どいて」
爪をぎりぎりで躱したチズはそのまま山犬の胴体に刀身を滑らせた。
左半身に血飛沫を浴びながら血に染まる視界でシゲの驚いた顔と同時に苦痛に揺らいだ視線を確認し、背後に蹲る山犬を見遣る。
山犬は着地に失敗し屋根瓦に全身を打ち付け、すぐには立ち上がれないようだった。
まだこれだけじゃ確信は持てない。
しかし、しばらくの間山犬の動きを止めることができただろう。
「ちっ…」
「あなた、刀を持ってないの?」
切先をシゲに向けつつ、静かに歩み寄る。
シゲは拳を握りしめじっとチズの瞳を見据えた。
「はっ、影の一族如きが一丁前に!刀を持つことにそこまでこだわるのか?」
「聞いてるだけよ?」
チズは赤子をあやすように優しい声色でシゲに問い直すもその目には温もりの欠片もない。
鋭く相手を射抜くような眼差し。
そしてシゲも同様にその目を睨み返した。
「ふん。俺に刀は必要ない、俺には…」
シゲがそう言いかけた瞬間背後から殺気を感じ即座に刀を構え、隣の屋根に飛び移る。
- ドカーン
つい先程までチズが立っていた場所は大きな穴となり、そこから飛び出てきた山犬はグルルと喉を鳴らしながらこちらに狙いを定め体を震わせていた。
(思っていたより早い)
先程チズが斬りつけた横腹の傷はもうすでに塞がっており赤い血の跡が残っているだけだった。
濡羽色の毛を逆立て黄金色の瞳の間にある眉間に深い皺を寄せた山犬は、その口元から白い牙を覗かせている。
(すごい怒ってる。まあそれもそうか)
その様子を冷静に観察しながらシゲに視線を移す。
一瞬見えたその眼の光を見逃さなかったチズは一歩踏み込み目にも止まらぬ速さでその首を掴み押し倒した。
シゲは何が起こったのかわからないと言いたげに目を大きく見開き何度も瞬きをする。
チズがグッと喉仏を親指で押したことでやっと自分がいつのまにか押し倒されていたことに気付いたようだ。
「…っ…」
声を出せないように喉を締め付ける。
苦しそうにもがくシゲの様子をじっと観察した。
「違うのね」
気配を感じそうポツリと呟いた。
山犬は2人に向かって飛びかかり激しい音と共に突風が吹き荒れる。
山犬を躱し、既に少し離れた所からその様子を眺めていたチズは刀を掲げその場で大きく振り払った。
「けほっけほっ…」
その勢いで巻き起こった風で立ち込めていた靄が消し飛び、山犬とシゲの姿が露になる。
シゲは苦しそうに喉を抑えながら何度も咳をしていた。
「てんめぇ…」
「殺してはないじゃない」
「殺す気だっただろ」
呼吸を荒らげながらこちらを見据えるシゲに再び歩み寄り微笑む。
「まさか。私、嘘はつけないの」
「…そうみたいだな」
舌打ちしたシゲは切れた口元の血を袖で拭う。
まあでも、これで分かったことがいくつかある。
あの山犬は少年の言葉、命令で動くものかと思っていたけどそれは違うみたい。
山犬使いの能力…この短時間での分析は無理みたいね。
「お前は何を目指しているんだ」
山犬に跨ったシゲはこちらを見下ろしながら問いかけた。
「私の守りたいものを守れる世界」
守れるものには限りがあった。
全ては守れないと知った。
どんなに願っても。どんなに強くても。
私一人じゃ、全ては守れない。
それならせめて私が守りたいと思う人たちが
平和に過ごせる世界を…あの笑顔を…
走馬灯のように沢山の映像が頭をよぎる。
許さなくていい。
私を呪ってもいい。
私は許されなくていい。
ただ、いつか誰かに命を捧げるその日には私の望む世界であって欲しい。
いや、必ず、私の望む世界にする。
そのためには手段を選ばない。
「上っ面な綺麗事よりかは少しマシだな」
シゲがそう呟いた瞬間数町離れた場所から凄まじい速さの空気の揺れを感じた。
山犬も耳をピクリと動かす。
「なに!?」
チズと同じく危険を察知しこの場から離れようとした山犬の足を掴んだ。
シゲは驚いた様子で目を剥く。
自分でもどうして足を掴んだのか、一瞬理解できなかった。
きっと覚醒状態にある私は死にはしない。
深手を負うかもしれないけれど、移魂術法で刀に己気を移しておけばその傷もすぐ治るだろう。
幼い体を痛めつけて戦いの場に身を置くその心には深海のように深い闇が巣食っていた。
そう…あの子のように。
楽に…楽にして…
「何やってんだ!!!」
「サク」
いつの間にか山犬を掴んでいる方の手を掴んでいたサクは決死の表情で千鶴に叫んだ。
「ここは一旦引くぞ!」
「駄目!」
「はぁ!!??」
そう言い掴まれた手を振り払う。
「くそっ…ばかチズ!!」
- ドーーーーン!!!!!!
衝撃で屋根瓦は飛び散りその場は一気に火煙で覆われた。
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「砲丸を蹴り飛ばすなんてあなたらしいわね」
「すいません。多少荒っぽいやり方の方が性に合っているみたいで」
都の近くにある裏山に潜んでいた2つの影は爆風を受けても全く微動だにせず、その様子をただただじっと見つめていた。
突然の爆発に山に住む動物は騒ぎ出し、鳥達は不規則な動きで空を飛び回っている。
辺りの様子を見回した女はもう1人の女に一礼し告げる。
「翡翠、任務は完了しましたと、姉さんに報告してください」
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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【登場人物】
⚫原田家
・原田 極之 (はらだ みちゆき) 呼名 遊幸
・原田 勇臣呼名 登志
・原田 茂之 呼名 恵山犬使い。
・山犬 クロコ




