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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
闘人
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第二十三話 白金の剣士

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。

・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。


・藤堂弦皓 呼名は一音。

・藤堂紬  呼名は向葵。


・原田極之 呼名は遊幸。


・山犬使い シゲと呼ばれる。

小さく息を吐いた。

ムギは薄目でこちらを見据え、スッと片足を下げる。

白金の美しい刀を翻し、まっすぐこちらへ駆けてきた。

- キンッッ


「ん」


完璧な動きでジンの頭上に吸い寄せられるように振り下ろされたムギの刀を片手で握った刀で薙ぎ払う。

何か違和感を感じたのか、ムギはその整った顔を歪ませ、声を漏らした。

ジンは刀を払った勢いのままムギの肩目掛けて刀を振り下ろす。

すんでのところでジンの刀を受け止めたムギは何か言いたげにこちらをじっと見据えてきた。


「どうしました?」


ジンが顔を近づけ、2人は刀身越しに睨み合う。


「貴方の呼名はないのか?」


「…その質問にはお答えできないんです」


「それは残念です」


ひとまずこの人を倒そう。

ムギの背後で腕を組み余裕そうな笑みでこちらを見遣るイトの様子が気になってあまり集中できてない。

あの人は音を使う気術を使うみたいだから。

とはいえ、背後の人物に気を取られながらの戦いでも力の差は明白。

若干押されているムギは刀を両手で掴みその腕を微かに震わせ耐えているようだった。


(こちらはまだ片手だけど、両手で押さえようもんなら秒殺かな)


ただ、先ほどチズは言った。

"刀治の名の下に" と。

刀治道において無実の人間の殺生は大罪だ。

この人から発せられている殺気は凄まじい。

しかし、確固たる証拠がない限り僕の一存でこの人を殺める訳にはいかない。


「とりあえず一旦、僕に倒されてくれませんか?」


満面の笑みでそう告げる。

ムギは一切表情を動かさずこちらをじっと見据え、イトは「へぇ」と呟きこちらにゆっくり歩み寄る。


「僕が相手してあげる」


2歩、3歩ゆっくり踏みしめたかと思えば次の瞬間ムギと入れ違いにその顔が目の前にグッと迫る。

その足取りの速さはムギに劣るが、同時に繰り出された突き技の素早さと心臓に向かって真っ直ぐ繰り出された切先の正確さはイトが圧倒的だった。

突きを躱し、その動きを観察する。

イトの方が迷いがない。

本気で殺しにきている。

一切の躊躇もないなんて一体これまで何人殺してきたんだか。

イトの攻撃をしばらく観察していると不意にピタリと攻撃が止まる。

不思議に思い、刀の動きに集中していた意識を戻し急に間合いをとったイトを見遣る。


「どうされました?」


その表情は不服だと言わんばかりに曇っている。


「僕さ、君みたいなの嫌いなんだよね。本気でかかってきなよ。命の奪い合いにそんな半端な覚悟で挑まないでくれるかな?」


「僕は貴方を殺せない」


「殺さないと、君は僕に殺されるよ?」


「ご冗談を」


イトの口端がピクリと震える。

ジンも変わらずの笑みだが目は一切笑っていなかった。

一切の物音も許さない程の緊張感が2人を包んだ。

その間に(うごめ)くのは殺気と虚無。

対極的な感情で動く2人の瞳は、同じように真っ直ぐ相手の姿を映していた。


「やっぱり君嫌いだわ」


イトの刀を握る手に力が籠り、ミシミシと音を立てた。

隣に立ち、じっと様子を見守っていたムギが小さく息をのむ。


「イト」


ムギの呼び掛けを無視し、イトはジンに向かって刀を振るう。


「…っ?」


ジンはその刀を難なく受け止めるも、先程の何倍も重くなった一撃に驚く。

イトの攻撃は単純だがその一撃一撃の正確さ、素早さが尋常ではない。

それなのに、さっきとは比べ物にならない程その全てが急激に上がっている。


(反撃…すべきか)


相手の体力が落ちるのを見計らっていたジンは作戦を改め、自らも攻撃をすることにした。

イトの刀を受け止め片手で苦無を投げつける。

防御だけではなく、反撃しだしたジンの様子にイトは嬉しそうにニヤリと笑った。


「いいじゃん。その調子だよ!!」


イトが振り下ろした刀をジンが寸前で躱し、その勢いのまま屋根に叩きつけられた刀が足場を抉った。


「わぁ…。それを僕にくれようとしたんですか?末恐ろしいですね」


「僕はいつでも本気だから。初めから言ってるよね?」


イトは刀についた木屑を振り払い切先をジンに向けた。

その刀身がピクリと揺れた瞬間2人は動き出し刀をぶつけ合う。

何度も何度も相手の首筋や、心臓目掛けて刀を叩きつけるもその攻撃は全て防御される。

このままでは拉致があかない。

相手の刀を折ることを目標としていたが、今の僕では厳しいだろう。

チズとサクの力を抑制するため意識を絶えず送りつつこちらの攻撃も躱しながら動くのはどうも限界があるようだ。

さすが、呼名の解放に耐えた武士なだけのことはある。


「ちゃんと集中してる?」


「は…っ!?」


その言葉で再び戦闘に意識を戻すと、こちらの攻撃を防御するだろうと思っていた刀は下ろされ、無防備な状態でニヤつくイトの顔が目の前にあった。


「くっ…!!」


ジンは慌てて刀を持つ手を離す。

イトの首筋を掠めるように刀は宙へ舞い、同時に白装束の所々を朱殷で汚した。

刀はジンの背後にそびえ立つ大木に突き刺さる。

その隙を見逃すまいとイトはすかさずジンの眉間目掛けて突きを繰り出した。


「へぇ…君、しつこいよね。早く死んでよ」


「きっと…神様がまだ僕が死ぬことを許してくれなかったのかな…」


「そんなもの、まだ信じてるんだ」


イトは木に突き刺さった自分の刀をそのままにしてジンに顔をグッと近づける。

その首筋には、傷口から血が線のように伝っていた。

渾身の力を振り絞り、突きを躱していたジンだったが首を僅かに動かすので精一杯だった為に、そのまま大木まで追いやられ逃げ場の無い状態になっていた。


「いっ…!!」


背を木に打ち付けた衝撃ではだけた前襟から先程夜雀に刺された傷が見えたのかその痕にむかってイトは拳をふるった。


「痛い?」


「あぁ…!!!!」


殴ったあと、イトは楽しそうにその傷跡をグッと鷲掴みする。


「こんな深手を負っといて、僕に勝つつもりだったの?笑わせないでくれるかな」


息を荒らげ、痛みに耐えるジンの呼吸音が大きくなる。


「イト、もうやめにして。私達の目的はその者を甚振ることでは無い」


「関係ないよ。こいつは僕を怒らせた。それだけでこいつの始末をする理由には十分だよ」


2人に歩み寄ったムギの言葉にイトは「ふん」と息を吐きながら当たり前だと言わんばかりに返答する。

今回ばかりは本当に不注意だった。

やはり、僕も鎮める側とはいえ、若干の興奮状態になっていたのかもしれない。

さて…この状況を一転させる作戦を考えるだけの気力は僕に残されているのかな。

奥で交戦するチズとサクの剣戟が微かに聞こえる。

そんなに離れてないはずなのに、音の聞こえ方が悪い。

聴覚が弱まっているのか…


(いや、逆だ)


それ以外が研ぎ澄まされているんだ。

視力も、感覚も、味覚も全て。

風の揺らぎでさえ道着に守られた肌で敏感に感じることができる。

口の中が切れて滲む血の味がいつもより濃い。

だからこそ、イトに掴まれたこの傷が余計に痛く感じるんだ。

さっき夜雀に刀を貫通させられた時の痛みの方がよっぽどマシだったかな。

やはりあの2人の呼名の解放は凄まじいや。

目線はこちらに向けたまま、ムギと言い合うイトに睨みをきかす。

イトはその視線に気づき、何かを言い返えそうと していた口を閉じた。

そして再びゆっくりと開く。


「なに?」


ムギとの言い合いで余計に腹が立っているのか、先程よりも険しい表情のイトはその端正な口元を不機嫌そうに歪ませる。


「僕のこと本当に嫌いなんですか?」


「嫌いだよ」


「即答ですか」


ジンの質問に間髪入れずに返答したイトを面白く思い、思わず息を吐くように笑う。


「…僕は優しいから君からの遺言を待ってやっていたのになぁ。その必要は無いみたいだね」


イトはそういいながら木に刺さった自分の刀を引き抜き、ジンの頭上に振り上げた。


(今だ…転機は今しかない)


ジンは懐に手を伸ばし、振り下ろされる刀をじっと見据えた。


「イト!!」


振り下ろされた刀はジンの目と鼻の先でピタリと止まる。

白金に輝く刀身の持ち主は恨めしそうに視線を僅かに動かした。

固まった刀とイトの体は微動だにしないのか刀を振り上げた体制のまま制止していた。


「ムギ…いつからそんなに僕に反抗的になったの…」


「反抗ではない」


「ハっ…よく言うよね」


背後に立つムギは、イトの(うなじ)辺りに指先を添えている。

ムギが何かしらの術をかけたらしい。

まさかの助太刀だったけど、これはこれでどう動いたらいいものか…

…!!??


「危ない!!!!」


その瞬間、仁は数町先から凄まじい空気の揺れを感じ慌ててイトとムギをその場から突き飛ばした。

- ドーーーーン!!!!!!


「なに!?」


物凄い衝撃音にイトの叫びはかき消される。

大木は火煙を上げ燃え上がり、ジン達の姿を眩ませた。

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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