第二十一話 白夜
【人物】
・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。
・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。
・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。
・真白 無口な美少女。千鶴と風優花を常に気にかけている。
・林之助 呼名は凛。刀治道を一番心得ている真面目な次男。
・風優花 呼名は福。平家の末っ子。
・夜雀 闘人の最中現れた雀の面を被った男。姿形は海道。
・謎の影赦
(これは…どういう事なのだろう…)
目の前には倒れ込む影赦に顔を埋める風優花とその様子を呆然と見つめる千鶴の姿があった。
(この影赦は小豆じゃないのか?意志を持つ影赦が他にもいたとでも…?)
- 「おや、やっと全員集合したんじゃない?」
2つの点が結びつき、1つの謎が解けそうになった途端再び別の問題が襲いかかる。
突如聞こえたその声にその場にいた全員が視線を上に向けた。
皆驚いた様子でその声の主を見つめるも、唯一千鶴だけは元々勘づいていたかのように恨めしそうな目で彼らを見つめていた。
「誰だお前ら」
桜の低い声がその場の空気を更に重くする。
「うーわ怖いなぁ。別に何かしたってわけじゃないのにそんなに睨まなくても」
「イト、もう少し丁寧に喋って」
「ムギは変に律儀だよねぇ。僕は面倒くさいからそういうのは遠慮するよっ」
そう言った後、屋根の上から飛び降りてきた全身真っ白な装束を身にまとった2人は宙に舞った羽のように軽やかに着地する。
1人は以前仁と千鶴にいきなり斬りつけてきた男だ。
あの男はムギと呼ばれていたな。
もう1人の初見の男、イトは結い上げた長い黒髪に指を差し入れ靡かせた。
揃って白装束に、群青色の髪紐…同じ家系の者か。
涼しい顔をしているが、その気品の奥に垣間見える強さは凄まじいものだ。
やはりどう考えても二代武家のどちらかだろう。
「おや。白髪の青年なんていたっけ」
イトは仁の方を見るなりそう呟き、ムギも僅かに目を細めてこちらを見遣った。
「先日のご無礼をお許しください。私は藤堂紬と申します。向葵は私の呼名です」
背筋をスンと伸ばしたままそう名乗ったムギは会釈したまま視線を隣に移し、眉間に皺を寄せる。
「はぁ。あーはいはい。名乗ればいいんでしょ。僕は藤堂弦皓。一音でも弦皓でも好きに呼びなよ。どうせ君らすぐ死んじゃうんだし」
そうサラリと吐き捨てたイトの言葉にその場にいた平家の全員が凍りついた。
イトとムギの視線、姿勢、空気感その全てから微かに殺気が感じられる。
けれど夜雀の時とは違い、それをさも当たり前かのように纏っている。
一体これまで何人を手にかけたのだろうか。
これが、藤堂、二代武家の人間…。
彼らの異様ともいえる情調に、身体が芯から震えるような謎の興奮を覚えた。
「お前ら、呼名を自ら名乗るとはどういう了見だ!俺達を舐めているのか!」
しばらく藤堂家と平家で睨み合った後痺れを切らした桜が叫んだ。
桜の言葉にイトは気怠そうに髪を掻き乱すも、その手はすぐにムギによって止められる。
「あー…君達の中では呼名はまだ名乗ってはいけないものとなっているんだね。さすが紛い物。まあそんなこと今はどうでもいいじゃない?」
「ちっ…」
「え…?どういうこと、ですか…」
桜が口籠もり、林之助も動揺を隠せない様子でそう零す。
「てことでさ、そこに倒れてる夜雀って奴。僕達に引き渡してよ」
「…なぜだ」
イトは夜雀に切先を向けていた真白に告げた。
真白は視線を動かす事なく、短く問い返す。
「あれ?君、僕の言う事を聞かないの?下僕の癖に…殺すよ?」
そうポツリと吐いたイトの月のように色素の薄い瞳の奥に、一瞬にして深い闇が宿る。
「来いよ!」
真白の前に構えた桜がそう叫んだ途端、イトではなくムギが抜刀する。
僅かに届く陽光に当てられ、反射したその刀は月光のように美しく輝いた。
ムギは瞬きの間に桜の目の前に立ちはだかる。
(早い…!)
しかしまだ目で追える速さ。
ひとまず桜に任せても問題ないだろう。
「仁!」
名を呼ばれ振り返った先には千鶴、風優花、林之助、真白の4人で影赦と夜雀を守るように構えている姿があった。
「そこにいて!」
仁は掛け声に千鶴が頷いたのを確認して再びイトを見遣ると、彼は口元に葉を当てニヤリとこちらを見つめた。
(草笛…!!)
イトが奏で始めた音色は先程聴いた草笛の音と同じものだった。
その音色に何の意味があるのかは不明だが、吹かせ続けてはいけないと本能で感じる。
慌てて駆け出し刀を繰り出すと、その攻撃をふわりと躱したイトは屋根上に飛び移り一時吹くのをやめた。
仁も続けて屋根上に飛び移る。
「さぁて、夜がきたよ。奴らが動ける時間さ」
イトがそう呟いたと同時にハッと空を見上げる。
先程まで僅かに差していた陽光は消え去り、いつの間にか辺りは夜闇に包まれていた。
(どういうこと…)
「白髪、仁と呼ばれていたね。あんたのお手並み拝見させてよ」
そう言うと、イトは再び草笛を吹きだした。
その瞬間複数の殺気に囲まれている事に気がつき、仁はすかさず刀を鞘に収め槍に持ち変える。
その光景を見たイトは感心したように「へぇ」と目を丸くした。
仁は前後左右から現れた影赦達を槍で一気に薙ぎ払い怯んだ所で捕縛しようと刀身を掲げる。
「ほば ー!?」
仁が捕縛と叫びかけた瞬間、濡羽色の獣が薙ぎ払った影赦達を次々と食いちぎっていった。
影赦は黒い霧となって弾け散る。
「はえー。忽ち夜になるなんてこりゃすっげぇな」
突如聞こえた声の方に濡羽色の獣は駆け寄り靄の奥に消えていった。
(また誰か来る…藤堂家の人間か)
「山犬使いか…邪魔しないでほしかったなぁ」
イトがそう呟いた後ムギと桜が刀を交えながら屋根上に飛び乗り、それに続けて千鶴もこちらにやってきた。
夜雀と影赦、真白、風優花の姿はない。
「仁!大丈夫?」
「うん、僕は大丈夫。夜雀は?」
「真白達にお願いして離れた所に連れて行ってもらってる」
「わかった」
- キンッ!!!
硬質音が響いた後、桜とムギが弾けるように飛び退けお互いの仲間の元へ駆け寄った。
「イト、音の効力が消えてる」
「だって草なんだもん。あんまり力強く吹くと破けるし僕の唇も切れちゃう。やっぱり鳳笙持ってきた方がよかったんじゃん」
先程まで差していた月明かりは夜闇と共に消え陽光に戻っていた。
2人の会話を聞く限りどうやら藤堂家の者は音を使った能力を使うらしい。
- ワオーーーーーーーン
突如響いた遠吠えに全員同じ方角を見遣る。
先程獣が消えた方角から複数の足音が聞こえた。
「げっ、ユキ!俺達もしかして一足遅かったんじゃないか?」
靄の中から現れた髭面の強面な男は見た目によらずおちゃらけた反応で隣にいた男にそう話すと、ユキと呼ばれた男はスンスンと鼻を鳴らした。
「んや、残血の匂いはそこまで遠くに行ってないから大丈夫だと思うぜ。つか、シゲは一体どこ行っちまったんだ?」
「さあなぁ」
2人は高身長でガタイも良く体の至る所に包帯を巻きつけていて、先程の獣と同じ色をした装束を着ている。
ユキは無造作に伸びた赤茶色の長い髪の毛を茜色の髪紐で括っていて、髭面の男ははだけた襟元から逞しい胸板を覗かせていた。
そして2人共背丈と変わらないくらい長い、包帯に巻かれた何かを背負っている。
見るからに仁達や藤堂の少年達より年上だ。
藤堂家の白装束とは対照的なその姿に仁は確信する。
(これは、まずい状況だ…彼らは恐らく)
「千鶴!君だけでも真白の所へ行って!」
「えっ…」
「早く!!」
千鶴は桜からも視線で催促されて渋々頷き、来た道を戻ろうと踵を返す。
「あーーーーー!クロコーー!!!!」
「ちょっ!!??」
その瞬間屋根上に飛び乗ってきた少年と正面衝突しそうになった千鶴は咄嗟に得意の鳩尾突きを繰り出した。
見事ど真ん中に拳を食らい「グアッッ」と絞り出したような声をあげた少年は、頭で弧を描くように綺麗に仰向けに倒れ気絶する。
「あ、ごめん」
「…なんなんですかあいつ」
「しらん」
「装束の感じだと、あの人達のお仲間なんじゃないかな?」
千鶴が心の籠もってない声で謝った後、林之助と桜はそう続け様に呟き、仁の一言の後平家は一斉にくるりと視線を黒装束の男達に向けた。
男達はぶっ倒れた少年をポカンとした表情でしばらく見つめた後「ブッッ」と音を立てて吹き出す。
「ッハハハハ!!!無理!!腹痛てぇ!傷が疼く!」
「やっべぇ!!女の拳命中してぶっ倒れるとか!!今度呑みの場で小出しにして笑ってやんよ!」
そう叫びながらお腹を抱えて笑い続ける男達をその場にいた全員が冷えた視線で見つめていた。
(えっと…てことはやっぱりこのぶっ倒れた少年は…)
再び視線を戻すと、千鶴に駆けつけた桜がものすごい剣幕で言い寄っていた。
「早く行けって言ったじゃねぇか!」
「…だって皆を置いて行けないでしょ!」
「お前は当主なんだぞ!お前の考えなんてお見通しなんだ!あの技は今はまだここで使うべきではない!」
「でっ、でも!!この状況で桜達を置いて行くなんて無理に決まってるでしょうが!」
「うるっせえわ!俺らはそんなにか弱く見えてんのかよ!これ以上どんどん変な奴らが集まってくる場所にお前をいさせるわけにはいかないん…」
-「ダーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」
千鶴達が口論を続けていると倒れていた少年が雄叫びと共に跳ね起きた。
先程の2人とは打って変わって小柄で顔も幼い。
「ってぇなお前!!この俺に腹突きするとはいい度胸じゃねぇか!!?その面拝ませ、ろ…?」
眉をグイッと持ち上げ大袈裟に目を見開いた少年は、千鶴の存在によほど驚いたのかそのままピタリと動きを止めた。
「何よ」
千鶴は自分を庇うように構えていた桜を押しのけ、少年に眼を飛ばす。
「おっ、女ぁ!?どうしてこんな所に女がいるんだよ!」
「女じゃ悪い?なんなら勝負する?邪魔するなら容赦しないよ」
男が発した【女】という言葉に何かのスイッチが入ったのか、千鶴は気持ち悪いほどにニコニコとした笑みを浮かべ鯉口をきる。
(あ、すんごいキレてる)
「い、いやそうじゃなくて!!」
ニコニコしながら詰め寄ってくる千鶴に少年は圧倒され両手を掲げながら後退りする。
- ウォン!!!
その時、少年の背後から先程の獣が現れ2人に向かって一直線に駆けてきた。
「い、犬!?」
「クロコ!!」
千鶴は即座に刀を抜き払うも、獣は彼女に見向きもせずその手前に立つ少年に向かって飛びかかる。
「おいおいおい待て待て!!」
- ドーーーンッッッ
凄まじい音と共に、少年は獣の下敷きになった。
獣は嬉々として尻尾を振り舌を出し、少年はその腹の下で苦しそうにもがいていた。
さっき藤堂の人間が" 山犬使い " と口にしていたのはこの少年のことなのだろうか。
- 「うちのシゲが迷惑かけたな、お嬢ちゃん」
突然聞こえたその声にハッとして視線を動かす。
いつの間にか移動していたユキが千鶴の肩に手を置き、もう1人の男は埋もれていた少年を引っぱりだしていた。
(足音は感じられなかった…いつ移動したんだ)
肩を強ばらせた桜と仁とは対照的に、千鶴は対して驚きもせずユキをじっと睨みつけていた。
「あんたら、名前は?」
「人に名前を聞く時は自分から名乗るもんだろうが」
千鶴の肩に置かれた手を払い、男と向き合った桜はいつもの調子で吐き捨てる。
男は困ったように眉を下げた。
「嬢ちゃんが女って呼ばれるの嫌そうだったから聞いてたんだが、まぁそれは確かにそうだな。悪かった。
俺は原田極之。呼名は遊幸だが、あんましっくりきてねぇからできたらそっちでは呼ばねぇでくれよな。で、あんたらは?」
「平 千鶴」
「平 桜だ」
2人の名を聞いたユキは「ほう」と指先で顎を撫でた。
原田 極之…やはり原田家の人間。
「そんじゃあ藤堂以外の奴らは皆平家の人間ってわけか。で、千鶴。残血はあんたらがどっかに匿ったってことか?」
「残血?なんのことよ」
「お前達が匿ってんのはわかってんだよ。じゃなきゃ、藤堂家の奴らまで揃って集まるとは思えないからな」
原田家の者達は2人を取り囲むように立ち塞がる。
その様子を見ていたイトは眉根をピクリと動かし腕組みを解いてこちらに歩み寄った。
「ちょっと、その子達は僕らが先に見つけてたんだよ。横取りは良くないなぁ」
藤堂家の2人がユキともう1人の男の背後に立ち、睨みをきかせる。
「横取りもなにも、今政権はこっちが握ってるんだ。流浪影赦を放った元凶をうちの当主の元へ連れ戻さなくちゃならん」
「あんた、僕とやり合うつもり?殺されたいの?」
敵に取り囲まれた千鶴と桜。
(この状況…見覚えがあるな。忘れもしない。けど、あの時と違うのは…)
輪の中心で互いの背を合わせながら様子を伺う千鶴達に目配せし、合図を送る。
2人が同時に瞬いたのを確認し林之助に向かって叫んだ。
「林之助!何も言わずに黙ってここから離れろ!」
いつもの調子で言い返してくるかと思われた林之助は仁の叫びに素直に応じ、軽く頷いた後走り去る。
「あ、ちょ、あの餓鬼!ユキさん!あいつ追っかけなくていいのかよ!」
「いいんだよ。俺達が用があるのはここに残ってる3人だけなんだから」
「ムギ」
「うん、構わない」
林之助が立ち去ったことで各家々が視線を送り合うが、結局用があるのは僕達だけだという結論に落ち着いた様だ。
「さぁて。もういいだろ、千鶴。逃げなかったお前が悪いんだから、後で責任とれよな」
「どちみち避けられないことでしょ。…仁」
「うん」
桜は「はぁ」と深くため息を吐き、目を閉じる。
千鶴と仁も同じように静かに目を閉じた。
呼吸を整え意識を集中させる。
じわじわと湧き上がる、残酷な記憶。
あれは過去ではない。
記憶として、全身に刻まれた傷痕だ。
僕に心も涙もない。
だからこそ、感情に飲み込まれることなく
冷静に判断できる。
怒りは呑み込まれる物であってはならない。
そう、怒りは湧き上がらせるもの。
怒りは呑み込むもの。
そして怒りは…"己の力として利用するもの"
白夜を鎮めよう。
終わらない夜に、終止符を。
【登場人物】
⚫藤堂家
・藤堂 弦皓呼名 一音
・藤堂 紬 呼名 向葵
⚫原田家
・原田 極之 (はらだ みちゆき) 呼名 遊幸
【名称、登場人物その他】
・シゲ 山犬使い 名前は不明
・名前は不明のガタイのいい男
・残血




