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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
闘人
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第十八話 朱殷

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。

・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。

・真白 無口な美少女。千鶴と風優花を常に気にかけている。

・林之助 呼名は凛。刀治道を一番心得ている真面目な次男だが、二年前の事件で千鶴達に対して反抗的になっている。

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。おっとりしているが 周りをよく見ている気配り上手。


・夜雀 雀の面を被った謎の男。その素顔は成長した海道…?


・流浪影赦 通常の影赦と違い、何者かによって放たれた主人のない影赦たち。

「…!何するんだ…お前…返せ…よ…」


「救える命には限りがあるんだ。だから救えない命はここで俺が始末するから」


気がつくと、なにやら言い争いをしている2人の姿を側でぼうっと眺めていた。


(どちらも顔が見えないが、これは…僕の記憶ではない気がする。…一体誰なんだ)


「生きる物はいずれ死ぬ。それが早いか遅いかそれだけだ。この時代で武士として生まれたお前達が天命を全うして死ねるとでも思っていたのか。生きたくて生きられなかった命を踏み躙ってきたお前ら醜い武家の人間が。恨みは時を重ねれば重ねるほど深く刻み込まれる。神皇家を守護するお前達さえいなくなればこの復讐の連鎖も終わりを迎えるだろう」


「復讐なんて…意味はないぞ…。お前が晴らした恨みは俺達に引き継がれるだけだ。そいつに手を出してみろ。俺は死んで怨念になってでも絶対お前を呪い殺す」


「闇を据える覚悟があるというのか。輝かしい武家の一族ともあろう者が。世に反し、国中から罵られ、その首を仲間に狙われることを覚悟の上で」


「ああ…勿論だ…」


その言葉を最期に、目の前が赤黒く染まった。

左胸に再び鋭い痛みが走る。


「ハ…行か、ないで…触るな…」

____________________________________


「なんだよそれ。意味わかんねーの」


そう言いながら夜雀は仁を蹴飛ばす。

心のどこかで彼には何か策があって、だから敵対しているフリをしていて…なんてことを考えていた。

けど倒れ込んでいる仁の周りに広がる朱殷(しゅあん)がそんなものは幻想だと突きつけてくる。

また瞬いて、夢から覚めろと何度も唱える。

この数年であの子の身に一体何が起きたの。

小豆は無事に他の子達のところへ行けたかしら。

間に合った?

もし間に合ってなかったら…。

小豆やあの子達にまで何かあったら…。

真白が居るから、きっと大丈夫だと思うけども。

確証がない。

絶対大丈夫だと、信じてあげられない…。

不安で押しつぶされそう。

私はまだ弱い。

この数年で、私の強さは力だけなのだと思い知らされた。

やはり、当主になんてなれない。

逃げれるものなら逃げたい…この現実から。

どうすれば逃げれる?

どうすればあの日に戻れる?

どうすれば…


「おい…仁は…」


「はっ…」


桜が千鶴の肩に手を置き、その感覚で弾けたように現実に戻される。

耳元で苦しそうに息を荒らげる桜の呼吸音が聞こえる。

違う。逃げられない。

私は生きているから、逃げられない。

何からも逃げられない。

この現実と向き合わなければ、救いも生まれない。

大きく伸びをする夜雀の隣で依然として倒れたままピクリとも動かない仁の姿を改めて目の当たりにした。

左胸に残された刺痕から滲む朱殷。


(心臓を…突かれている… 仁…仁!!?)


「仁!!?」


そうだ。

私には力しかないんだ。

自分の大事な家族を信頼してあげられるだけの器量もない。

思い知らされた。

諦める訳では無いけども、私は完璧じゃない。

弱い。


(それなら、弱いなりに…)


「抗ってやる…!!!」


靄が濃くなり月は雲に隠され辺りは一気についたちように暗くなる。

気配だけで夜雀の姿を捉え、そこに向かって全速力で駆ける。

逆刃にした刀を思い切り振り上げ狙いを定めた所に振り下ろす。

風を切った刀は夜雀の裾を掠め、周囲の靄を吹き飛ばした。

吹き荒れる風の中すかさず前方へ飛び避けた夜雀の気配に狙いを定め、袈裟斬りにする。

またしてもすんでのところで躱された。


「どうして受けないの?」


動きを止めその場に立ち尽くし、姿を晦ました夜雀に問いかける。


「いやぁ、いくら逆刃っていってもチズ姉に本気でこられたら俺の刀折れちゃうかもしれないじゃん?」


その言葉の後すぐに頭上から気配がした。

振り下ろされたやいばを飛び避ける。

足元が衝撃で揺れるほどのその勢いに夜雀の本気度が伝わる。

刀から槍に持ち替えた夜雀はその柄を片手で握り軽々と振り回す。

間合いが広い槍だと、刀では不利。

こちらに向かって遠慮なく繰り出される刃をぎりぎりで避け続け、夜雀の隙を狙う。


「カイは、刀より槍の方が得意だったよね」


「そうだなー。そういや、昔サク兄から初めて1本とった時も槍だった」


「じゃあ私ももっと本気で相手してあげる」


そういい刀を地面に突き刺して小太刀を抜き払い、握る手に力を込める。


かい!!!」


そう唱えた瞬間心臓に強い衝撃が走った。

全身に力を込めなければ邪気に呑み込まれてしまいそうになる。


「っ…」


「おい千鶴!何やってんだよ!!」


掠れた声で叫ぶ桜の問いかけを無視しやっとの思いで再び夜雀を見遣ると、こちらの放つ気にあてられ苦しそうに顔を歪めていた。

一瞬惑ったが、こちらも余裕がない。

地面に突き刺した刀を抜き取り、湧き上がる邪力と己気との均衡を図る。


「本気で受けなよ!!」


踏み込んだ圧で地面が凹み、加減なく強く握りしめると刀の柄が折れてしまいそうになる。

振り上げた刀を夜雀目掛けて迷いなく振り下ろした。

- キンッッ

なんとか槍の柄で千鶴の刀を受け止めた夜雀は恨めしそうに刀身を睨みつけた。


「お前…影赦を生かしているのか…」


「どういうこと?」


「その刀身に影赦を捕縛しているのか。そして…その力を解放することで己の力の強化を図ったわけか…」


互いに力を緩めず、睨み合う。

夜雀の表情はどんどん険しくなり、歯軋りをならす。


いにしえよりそのやり方は邪道だと言われてきた…。まさか、武家の当主たる者がそれを自ら行うとは…ね」


「何を言ってるのっ…武家の者の刀となっている影赦を殺す?あなた…刀治道を忘れたの?!」


「刀治道…か。それは邪道の教えだ!!」


夜雀は千鶴の腹部に蹴りを入れ槍を薙ぎ払うがそれを瞬時に飛び避けた千鶴は、槍を振り切った体制のままこちらを睨みつける夜雀をじっと見据えつつ、後方に倒れている仁の元へ動いた。


「おい!」


駆けつけた桜は足を引きずり、肋を押さえながら苦しそうに呼吸を荒げていた。


「桜!!あんた動いて大丈夫なの!?」


「お前こそさっきのはなんだ!?あの術!」


「今はそんなこといいから!!仁の…」


そう言いかけた瞬間殺気を感じ、即座に刀を構える。


「くそっ…」           


現れた黒い影を見据え、繰り出される爪を躱した。

そうだ、もう完全に夜は更けている…流浪影赦がまた動き始める。


「千鶴!!」


桜が飛び出し、こちらに再び斬りかかろうとする影赦を袈裟斬りにした。


「捕ば…」


!!」


黒い霧となった影赦を捕縛しようと桜が叫ぶとそれに被せるように別の叫びが聞こえ、影赦は刀に取り込まれることなく弾け飛んだ。


「なっ…!!?」


弾け飛んだ黒い霧を掻き消し、驚きで構えきれていない桜に向かって夜雀は躊躇なく斬り込む。


「くっ」


咄嗟に桜の前に出た千鶴は勢いよく振り下ろされた槍を片手で受け止めた。

ミシミシと音を立てながら夜雀の刃を押し返す。

すかさず桜も応戦し、夜雀の背後から斬りかかる。


「おい海道!!お前の相手は1人じゃないぞ!」


桜がそう叫んだと同時に夜雀は槍を大きく薙ぎ払い、後方に飛び退けた千鶴と桜は即座に構え直した。

先程の夜雀が唱えた言葉で影赦は跡形も無く消えてしまった。


(刀に取り込んだ様子は見られなかったし、一体…)


「その刀が纏っている黒い靄の本当の悍ましさをお前はまだ知らないんだ」


自分の右手に構える桜には見向きもせず、千鶴をじっと見据える夜雀はそう諭すように告げる。

千鶴の対極に立つ桜は、夜雀の言葉に訝しげに眉を歪め刀に纏わり付く黒い靄を一瞥した。

この術は、小太刀に取り込んだ影赦の力を一時的に解放することで刀の強度や自身の身体能力を極限まで高めることのできるもの。

保有している影赦の数が多ければ多い程その威力は凄まじいものとなる。

ただ影赦の中には、自分の罪を悔いておらず未だ現世に未練を残している者も存在する為に、その者達の強い憎しみが主人の心までも飲み込んでしまう可能性がある。

この術は主人の己気の強さが、取り込んだ影赦の強さを上回らなければ成立しないものなのだ。

故に、千鶴以外にはまだ伝授されておらず桜でさえこの術は知らない。


「さっきの影赦に何をしたの…」


「何って、末梢したのさ」


夜雀の言葉に2人は大きく目を見開いた。


「これが本来の武家のやり方なんだ。救えない者は容赦なく…排除する!」


そういうと、夜雀は千鶴の背後に横たわる仁に向かって苦無を投げつける。

千鶴が瞬時に反応し向かってくる苦無を払うと、夜雀が目の前まで迫ってきていた。


「チズ姉は死を感じたことある?」


「…っく…」


後ろから片腕を回して首を絞められ、頸動脈に刀を押し付けられる。

耳元で囁かれた声は海道とはまるで別人だ。

手足が痺れて力が上手く入らなくなり刀が手から離れた。

術が解けて一気に疲労感が押し寄せ視界が揺れだす。

激しい目眩と息苦しさで意識が飛びそうになるのをなんとか堪えた。


「この…千鶴を離せ!!」


「勘違いしないでほしいなぁサク兄。俺はチズ姉を殺すなんて言ってないよ」


駆けつけた桜がこちらに向かって刀を振り上げた瞬間夜雀は千鶴を突き放した。

桜に抱きとめられた衝撃で失いかけていた意識を取り戻す。


「っ…」


「おい!千鶴!大丈夫か?!」


何度も咳を繰り返し、呼吸を整えようと肩で息をする。


「2人とも、同じことを何度も言わせないでほしいな?俺が言ったのは救えない命だよ?…こういうねっ」


そう言い、夜雀は倒れている仁の体を蹴り上げた。


「…!!? 仁に何するの!?」


蹴り飛ばされ木に叩きつけられた仁は微動だにせず、再び地面に叩きつけられた。


「何って。もう死んじゃってるか、虫の息のやつを生かしておく理由なんてないだろ?なんなら死のうに死ねず、苦しんでるかもしれないんだ。解放してあげたほうが仁ちゃんのためだよ?」


「何勝手なことを…あなたがやったんじゃない!」


「おい千鶴っ、今は無闇に動くな!」


仁を助けに行こうと立ち上がると再び目眩がし、その場に座り込む。

夜雀はこちらの様子を伺いながら蹴り飛ばした仁の元へゆっくり歩み寄り彼の体を持ち上げる。


「ねえ、2人とも。今どんな気持ち?大好きな仁ちゃんが目の前で殺されそうになってるってどんな気持ちなの?」


夜雀はケタケタと笑いながら仁の喉元に刃先を当てた。


「海道…!!」


「あなたの目的は何?一体…何がしたいの?」


千鶴の問いに夜雀は動きを止め、こちらをじっと見つめた。

今までにないその冷酷な表情に息を呑む。

修羅をくぐり抜けた鬼のような鋭い視線にたじろいだ。

夜雀はこちらを見つめたまま、刀を地面に落とし両手で仁の首を掴む。


「武家一族の滅亡だ」


そう言い、夜雀は両手に力を込めた。


「待って…!!」


「おい千鶴!待てって!」


辺りに再び靄が立ち込め、仁と夜雀は姿を晦ました。

急いで助けに行こうと駆け出すと桜に手を取られ引き止められる。


「桜!離して!」


桜の手を無理やり振り解き、苦無を靄の奥に向かって投げつける。

肺が痛い。

息が苦しい。

お願い、もう誰も失いたくない…!

その瞬間、頭上から影赦が現れ黒い爪で千鶴に斬りかかってくる。


「どいて!」


千鶴は影赦を渾身の力で蹴り飛ばし先を急いだ。


「お願い…」


(お願い…いかないで。私を置いていかないで)


漂う霞の奥に一瞬2人の姿が見えた。

依然として首を掴まれたままの仁は無抵抗に手をだらんと降ろしている。

涙で滲んだ視界の中ただがむしゃらに走った。


「仁…」


- ゴリッッ

耳が痛くなるほどの静寂の中、低く鈍い音が響き渡る。

まるで自分の耳元で鳴っていたかのように鮮明に。

全身の力が抜け、その場に崩れ落ちた。

目に見える物全てが闇に飲まれたかのように黒く染まる。


(どうして…)


息が上手くできず込み上げてくる物を堪えられなくなり、何度も頭の中で反響する鈍い音から逃れようと耳を塞いで叫んだ。

これが現実?なんて惨たらしいの。

どこから間違えていたのか教えて、全てやり直させて。

これ以上…私から皆を…大切な人を奪わないで。

お願い…お願い。


「…嫌だ。…っ……いやぁああああ!!!」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

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【武家が使用する気術】己気をつかい繰り出す術。


・解 平家に代々伝わる術を発動するときの呪文の言葉

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