表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
闘人
17/97

第十七話 混沌

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。

・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。

・真白 無口な美少女。千鶴と風優花を常に気にかけている。

・林之助 呼名は凛。刀治道を一番心得ている真面目な次男だが、二年前の事件で千鶴達に対して反抗的になっている。

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。おっとりしているが 周りをよく見ている気配り上手。


・夜雀 雀の面を被った謎の男。


・流浪影赦 通常の影赦と違い、何者かによって放たれた主人のない影赦たち。


勘違いをしていた。 

主人がいなくなった鞘は神皇家の蔵に納めるときいていたから、てっきり昔の平家の者の鞘をどこかしらか奪っていたのかと思っていたんだ。

鞘さえあれば、鍛錬の仕様によっては二刀流を使いこなせるかもしれないから。


「奪っただなんて心外だなー。小太刀は借りてるだけだし、鞘に至っては俺の物な?」


「は?何を言って…」


-ドーーンッッ

夜雀の返答に呆然としていた仁と千鶴の横を物凄い速さで人影が通り過ぎた。

それはそのまま夜雀に衝突し砂埃をあげる。


「次から次になんなのよ!!」


突風が吹き荒れ、視界が遮られた。

吹き飛んできた砂粒が肩の傷に当たらないように手で庇っていた仁は顔を守ることができず、僅かにも入り込まないように固く目を瞑る。

その隣で千鶴は両腕で目元を庇いながらもその人物の正体を確認すべく微かに目を開けていた。

そして突然「え!?」と声を上げる。


「桜!?」


突風も落ち着き仁も目を開けるとそこには夜雀に馬乗りになる桜の姿があった。


「ねぇ。なんで斬らない?馬鹿なの?あんたが持ってるその刀はおかざりなのかな?」


「……なにしてんだよ…お前…」


夜雀は依然として余裕な態度で桜を揶揄う。

桜はそんな夜雀の喉仏ぎりぎりに刃をあてながら震える声でそう呟いた。


「…え…」


2人の元へ駆けつけた千鶴がそうぽつりと零した。

仁はその光景を目の当たりにして言葉を失う。

それは桜の下敷きになっている夜雀の面が先程の衝撃で壊れ、その素顔が露わになっていたからだ。


「ちょっと重いよっ」


固まったまま動かない桜を夜雀は蹴り上げる。

仁に抱き止められた桜は困惑しているのか夜雀の目を凝視するばかりだ。


「…海道…なの?」


千鶴の言葉に夜雀…いや、海道はにぃっと口端をあげた。


「なんだよ。感動の再会に喜びなよなぁ。3人共つまんねえ反応」


夢なら覚めてくれと、何度も目を強く瞑るもこちらの様子を楽しげに伺う人物はやはり海道のようだった。

髪と背が伸びているからか、顔はそのままだが雰囲気が全く違って見える。

なぜだ…以前桜と林之助は夜雀から一方的に攻撃されたと聞いた。

それに名前も偽って僕らに近づいて。

海道がそんなことをする理由があるのか。

生きていたことを喜びたいのに、謎が多すぎて上手く思考が追いつかない。

この数年で、あの子に何があった。


(それに…)


「花心は?花心はどうしたの。一緒じゃないの?」


海道の態度に気を取られていて、あの時一緒にいたはずの花心が居ないことに気がつかなかった。

仁の問いに海道は右上に目線を逸らして「あー」と何かを思い出したかのような声を出す。


「俺は知らないよ?」


「そんな馬鹿な!お前はあの時花心と一緒に戦ったんじゃないのか!?」


やっと気を取り戻した桜の叫びに海道は首を傾げ「さぁ」と適当な返事をした。


「そんなことよりさ。兄さん達、俺が持ってるこの小太刀が誰の物なのか気にならないのか?」


突き出された鞘に刻まれた平家の家紋。

当主にしか渡されることのない小太刀。

今その小太刀を持っているのは千鶴だけだ。

歴代の当主の小太刀を探し当てたというのか。


「…待って…なんでそれを…」


海道の発言を不審に思い、先程抜き取った小太刀を凝視していた千鶴が小さく声を漏らした。

困惑と憤りが混ざったような目で海道を睨む彼女の姿に仁も再び小太刀を観察するがその理由が見つからない。

桜と目を合わせ、なんのことだと眉を顰め合う。


「その様子だとやっぱりチズ姉はこの小太刀を見たことあったんだね!」


千鶴は海道のその発言に言葉を失い唇を震わせる。


「話についてきてない兄さん達?この小太刀は俺達がよく知る人物の物だよ」


「は…?」


桜はそう息を吐くように呟く。

そうなるのも無理はない。

だって僕達が知っている当主というのは千鶴の他に、もう1人しかいないから。


「父様の物ってこと」


「どうしてあなたがそれを持っているの!?父さんは小太刀を常に持ち歩いていた。あの日だって、そのまま…」


「普通に考えてよ?真実はいたって単純だ。父様の持ってた小太刀を最後に奪えるってやつなんて極僅かしかいないよね?」


そう…海道の言う通り父様の持っていた物を最後に奪えるのは、思い出すだけで虫唾が走る黒い影。

海道は一呼吸置いた後口端を持ち上げて続けた。


「俺が下手人げしゅにんってこと。最初から全てこの俺の目論見通りなんだぜ」


信じられない。

全部海道の思惑通りというのなら、黒衣戮者に自分達を追わせたのもあの場で花心と残って戦ったのも全て、お芝居だったと言うのか。

下手人なんて、当時のあの子にできたのか。

技術はあったとしても、彼に実の父親を殺す心構えがあったようには思えない…いや、思いたくもない。

いつか、初めて人を殺めた時のあの生々しい感覚を思い出し嘔気がした。

仁は込み上げてきた物をその場で全て吐き出し、口元を袖で拭う。

あんな非情なことをあんなにも幼かった海道がしたなんて、思いたくない。

視界が滲み、目の前で1人意気揚々と鞘を担ぐ海道の姿が揺れる。

喉が焼けるように熱い。

ずっと何も食べてなかったから吐き出した胃酸が少し喉に残っているのだろう。


「仁!?大丈夫??」


仁の背をさする千鶴の手はぎこちなく、小刻みに震えていた。

こっちの心配させてる場合じゃないのに。


「自分の手で、その刀で…父様を殺めたのか」


1人立ち尽くす桜はそう海道に問いかける。


「そうだって言ってんじゃん。下手人の意味わかってる?サク兄ったらいつの間に言葉も通じなくなる程馬鹿になったの?」


「てめぇ…何のために…」


「武士は力の縦社会だ。俺より弱いサク兄にこっちの事情を話す義理なんて無いよね?」

 

依然として挑発したような態度を変えない海道はこちらに手を差し出し、小さく手招きする。

ギリっと桜が歯を食いしばる音が聞こえた。


「来いよ」


「待って!!」


海道がそう呟いた瞬間桜が駆け出し突風が巻き起こる。

千鶴の叫びは吹き荒れる風の音に遮られた。

- キンッ

激しい剣戟の音が辺りに響き渡る。

ただでさえ靄で視界が悪いのに砂埃で2人の姿を全く目視できない。

続けて駆け出そうとする千鶴の腕を取り、首を振った。


「今は行くべきじゃない!」


「でも…」


そう強く言い、千鶴の腕を掴む手に力を込める。

先程からずっと桜は余裕がないように見えた。

ここに現れた時も急に夜雀に斬りかかっていたし、それに…。

風で薄くなった靄の中からほんの一瞬陽光が差し、その光が茜色に染まっている事に気がついた。


(今ここに年長者が集まっているということは…)


最悪の事態が脳裏をよぎる。

ハッと息を呑み、仁の隣で不安げに音の響く方を見つめる千鶴の肩を掴む。


「千鶴!真白達が危ないかもしれない。小豆をあちらに行かせる事はできる??」


「…わかった!」


千鶴は近くの木の影に隠れている小豆の元へ走った。

仁はその背を見届け、痛む肩を抑えながら立ち上がる。

刺されたのは左だから、刀は振れる。

だけど、こんなにも不利な環境で怪我人の僕がどこまで役立てるだろうか…。

もうすぐで夜も更ける。

そうしたら、流浪影赦も動きだすだろう。

考えている暇はない。

ドンッ!!と激しく何かが打ち付けられたような音が聞こえた後刀が交わる音が消えた。


「桜!?」


焦りで今すぐにでも駆けつけたい気持ちをグッと押さえ渾身の力を込めて刀を抜き払う。

靄は消し飛び、目の前には海道に胸ぐらを掴まれ苦しそうにもがく桜の姿が映った。


「海道!!!!」


大きく踏み込んで2人に急接近し、桜を掴むその手に向かって逆刃にした刀を振り上げた。

海道はこちらを一瞥し、余裕の笑みを浮かべる。

仁は睨み合った後ぎりぎりのところで逆刃を戻し、その手に向かって迷わず振り下ろした。


「おっと」


瞬時に反応した海道は桜を突き放し、その反動で後方に飛び退いて仁の刀を避けた。


「千鶴!桜を頼む」


倒れ込む桜の身体を抱きとめ、ちょうどこちらに向かって来ていた千鶴に叫ぶ。


「仁!!あの子はたぶん ー。」


咳き込む桜を預け立ち上がった仁に千鶴は告げた。


「…根拠は?」


刀を構え、いつでも攻撃できる体制にしつつ問う。


「…」


眉尻を下げ、返事を渋る様子を視界の端で確認した仁は青眼の構えを崩し、霞の構えに変えた。


「わかった。君がそう言うなら信じるよ。それも踏まえて、ここは僕に任せて欲しい」


何がともあれ、この場を収めるにはひとまず相手に勝つしかない。

あの子には僕の剣術、戦い方を熟知されている。

それなら、父様に教わった刀の使い方だけでは確実にやられてしまう。

そっと目を閉じ記憶を遡る。

冷静になれ、仁。

冷血になれ、鎮。

僕にしかできない戦い方があるだろ。


「覚悟!!」


重たい瞼を無理やり見開き、視界に映るその姿に狙いを定める。

キンッと鋼がぶつかり合う音が響く。

海道目掛けて吸い込ませた刀はギリギリのところで受け止められた。


「っ…ジンちゃん、サク兄より剣術は劣ってるはずなのになぜか手強いし面倒くさいよね。俺ずっと疑問に思っていたんだよ。教えてくれない?そのしぶとさの秘訣を」


「僕に…勝ったら教えてあげる」


お互い刀を押し付け合い一歩も譲らず睨み合う。


「わかったわかった勝てばいいんでしょ?でもさ、片手で俺に立ち向かおうなんてちょっと思い上がりすぎじゃない?」


「頑張ってみせるよ」


そういい、空いた左手で隠し持っていたもう1本の刀を海道の胴目掛けて抜き払う。

その刀を避け、間合いをとった海道に続いて突きを繰り出した。

三段階で繰り出した突きは全て躱されたものの、海道の軸を崩すことはできた。

その僅かな隙を捉えて己気を刀に集中させ、まだ構えをとれていない海道にむかって迷わず刀を振り下ろす。

そしてその刀がすんでのところで海道の刀に受け止められた瞬間、痛む左腕を無理やり動かしがら空きの胴目掛けて突きを繰り出した。

海道も負けじと仁の足を蹴り、彼の軸を崩してから同じく突きを繰り出す。

仁は海道の上に重なるようにして倒れこんだ。


「…いったた…ジンちゃん…ちょっと勢いつけすぎなんじゃない?」


激しい攻防の決着がついたのか鋼鉄音が鳴り止み、海道が呟く。


「サク兄といい、ジンちゃんといい。俺の上に被さってさ…。そんな趣味ないんだけど…早くどいてくんない?」


仁の左胸に突き刺された刀を引き抜き返り血を浴びた海道は息を荒らげながらそう続ける。

海道の上に跨り左手に持った小刀を地に突き刺したまま肩で息をする仁の傷口からは大量に血が溢れ出し、下敷きになった海道の服を赤く染めた。


「さすがに…ちょっと痛いな…」


「ねぇそんなことはいいからさ、死ぬ前にさっきの質問に答えてよ」


(このままの体制だと出血多量で本当にまずいかもしれない)


両手で体を支えるのに限界を感じ、海道の隣に仰向けで寝転んだ仁は視界に映る木々が徐々にぼやけていくのを感じた。


「…僕は…もう…繰り返したくないから…」


もう繰り返したくない。

何故かそう強く思った。

薄れゆく意識の中、自分の呼吸音と心臓の音が耳元で鳴っているかのような感覚に陥る。


「仁!!?」


なるほど、人は死ぬ時こんな感じなのか。

目は微かに開いているはずなのに視界は真っ暗だった。

遥か遠くで千鶴の声が聞こえる。

何度も何度も繰り返し、山彦のように脳内に響き渡る。

体が全く動かない。

ただその声だけが暗闇の中で響き、孤独な空間でも優しく寄り添ってくれていた。

何百年も生きてきたのにこんな感覚は初めてだ。

いや、彼女らに出会ってからは初めてのことばかりだったじゃないか。

走馬灯というのだろうか。

沢山の記憶が、思い出が、暗闇の中を駆け回る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…!?何するんだ…お前…返せ…よ…」


「救える命には限りがあるんだ。だから救えない命はここで始末する」


「触るな…そいつにだけは指一本触れるんじゃねぇよ…」


「だったら止めてみなよ。武士のくせに甘ったるい根性してんな。一度戦が起これば屑のように人が死ぬぞ。たった1人の命に、固執するな」


「やめ…ろ」


これは、なに。

なんなんだ…。

これは…僕の記憶なのか…。

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

続きが気になると思った方は

ブックマーク、評価お願いします!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ