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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
闘人
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第十六話 過去

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。

・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。

・真白 無口な美少女。千鶴と風優花を常に気にかけている。

・林之助 呼名は凛。刀治道を一番心得ている真面目な次男だが、二年前の事件で千鶴達に対して反抗的になっている。

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。おっとりしているが 周りをよく見ている気配り上手。


・夜雀 雀の面を被った謎の男。凄まじい強さで桜達を圧倒した。

 

・流浪影赦 通常の影赦と違い、何者かによって放たれた主人のない影赦たち。


「ねえ!君が千鶴?」


庭先で木刀を振るう少女に駆け寄り問いかける。


「…誰あんた」


少女は手を止めこちらを一瞥した後、そう問い返す。

怪しんでいるのがよくわかる目つきだ。


「あれ?千鶴って君じゃないの?」


(この子俺と同い年って聞いてたんだけどこっわい顔してんなぁ。しかもよくあんな重い木刀振り回せるな)


うーん、と唸りながら考え込んでいると切先を顎に当てられグイッと顔を持ち上げられる。


「ん?なに?」


桜は抵抗することなくきょとんとした顔で問いかけ、少女はそんな桜の顔をじろじろ見ながら言う。


「あんたこそ何者だよ。てか誰だって」


「怖い顔しないでよー。仲良くしよ?」


顎を持ち上げられているため、上目遣いで睨みつける少女を見下げるしかない。

ヘラヘラと笑う桜に対して少女からは鋭い殺気が放たれていた。


「ねぇ!君はなんでそんな重い物振り回せるんだ?」


「先に何者か答えろよ」


「えーいいじゃん気になるんだし。俺にもできる?!」


切先を向けているにも関わらずいつまで経っても呑気な態度の桜に少女は更に疑心を抱く。

しばらく言い合った後、廊下の奥から複数の足音が聞こえた。


「母さん父さん!」


桜は音の聞こえた先に見慣れた姿を見つけ、パァッと眩しい笑顔を浮かべて駆け寄る。


「すまないね少年。うちの娘が無礼をしたようで」


「大丈夫!気にしてないよ!」


縁側に座り込む2人に桜が抱きつくと、一緒にいたもう1人の男は苦笑いしながらそう告げ少女の方へ歩み寄っていく。

桜は抱きついた女性に頭を撫でられ嬉しさで頬を赤く染めた。

甘く柔らかな香りが鼻をくすぐる。


「こちらのお嬢さんとは仲良くできそう?」


穏やかな口調で問われ、桜は埋めていた顔を上げた。


「うん!もちろんだよ母さん!」


その返答に母は目を細めながら微笑んだ。

桜は母の笑った時に浮かぶ目尻の皺が好きだった。

背中にはまだ小さな妹を背負っている。

隣に座る父は相変わらず静かにこちらを見つめるだけで一言も喋らない。


「それはよかったわ」


そう言うと、母は桜の小さな体を持ち上げて膝に乗せギュッと力強く抱きしめた。


「…母さん?」


抱きしめたままずっと何も言わない母の様子を不思議に思い顔を上げその名を呼んだ。


「桜の授名はね、実はずっと前から決まってたの」


「あれ?授名って10歳になるまでは無いんじゃなかったっけ?」


桜は抱きしめられた体制のまま問いかける。

少し前に近所の兄ちゃんから教えてもらっていた。

授名は10歳になって成人として認められた時につけられる名前のことだと。


「桜は偉いね。よくお勉強ができていること。でもね、母さんせっかちだから今のうちに伝えておこうと思ってね」


そう言いながら母は懐から小袋を取り出し桜に手渡した。


「…これは?」


「大事にとっておいて。これはあちらの平さんからの贈り物なのだれけど、この中に授名が記された紙も入れてあるから、あなたが十になった時に見て」


はじめての贈り物に胸が躍る。

小さな両手でその小袋を包み込んだ。


「ありがとう!母さん父さん!…あ、後おじさんも!」


桜が2人にそう告げ庭先に立つ(たいら)という男にも満面の笑みで叫ぶと、その人は嬉しそうに微笑み返してくれた。

隣に立つ少女にもついでに微笑むと凄く不思議そうな顔をされ、桜はムウッと頬を膨らます。

こうなったらくすぐりでもして無理やり笑わせてやろうと企み桜はにやりと笑った。

その瞬間廊下の奥から再び足音が響く。

先程と違うのは、音がやけに大きいというのと騒がしい声も一緒に聞こえきたところだ。


「ちょっと!!海ちゃん花ちゃん!走ったらだめじゃない!怒られちゃうって」

 

「だから!花は悪くないって言ってる!」

 

「悪い!花が冗談で海の大事なとこ蹴ったんだ!痛かったのにゲラゲラ笑っただろーーー!!」


先頭を走ってきた花心が桜目掛けて飛び込んできた。

追いついた海道も息をきらしながら花心に掴み掛かろうとする。

2人はしばらく父と母を間に挟んで走り回っていたが「こら!」と大きな声で制した林之助に海道が羽交い締めにされたことによってやっと静かになった。


「あらあら。3人とも何をやってるの?」


母が3人に声かけると途端に双子が泣き出し、林之助は「はぁ」と一息つく。


(蹴るって…。相変わらず花心は足癖が悪いな)


痛みを想像し背筋と股間がヒヤリとした。

泣きじゃくる双子を横目に先程の男となにやら話をしている様子の少女を見遣る。

桜は思いついた悪戯を実行しようとさすり足で少女に忍び寄った。


「おや、佐野さの家のご子息。どうされたのかな?」


(げ)


少女にもう少しで手が届くというところで隣に立っていた男に声をかけられる。

こちらへ振り向いた少女は即座に木刀を構えた。


「待って待って!そんな物騒なもん向けないでよ!」


慌ててそう言うと少女はハッとし素直に木刀をひいた。


「ごめん。わざとじゃない」


「…いや、大丈夫。わざとじゃないならいいんだ!」


やっと普通に喋ってくれたことを嬉しく思った桜はそう言い、少女に勢いよく抱きつく。

そして肩を掴み目をじっとみつめながら笑いかけ、再び質問した。


「ねえ、君の名前は?俺は桜!」


「……千鶴。千の鶴と書いて、千鶴。」


顔を強ばらせながらも少女は桜の目を見てはっきりと答えた。

桜はやっと彼女の口から直接名を聞けたことに喜び、再びぎゅっと抱きしめる。


「やっぱり君が千鶴だったんだね!素敵な名前!千鶴、これからよろしく!」


千鶴は桜の勢いに困惑し目を丸くして男に視線を送る。

男は静かに微笑み、桜と千鶴の頭を大きな手で撫でた。


「桜」


縁側の方から父の声がした。

父から名を呼ばれることなど滅多にない。


「はい!」


桜は2人に会釈し、急いで呼ばれた方へ駆ける。


「どうしたの?」


「私達そろそろ行くから、この子達をお願いね」


いつの間にか母に背負われてた風優花は林之助に抱き抱えられていた。

暴れ回っていた他の子達もいつのまにか静かになって両親を取り囲んでいる。


「もう行かれるのですか」


男も千鶴の手を取り、名残惜しそうな顔で母と父を見つめていた。

やけに神妙な面持ちの大人達を交互に眺め、桜は首を傾げる。


「ええ。この子達をお願いします。あ…、桜こっちへ」


呼ばれた通りにすぐ近くまで歩み寄ると、母は桜の背に合わせかがみ込んだ。

隣に立っていた父の手がそっと頭に置かれ大きな手でぎこちなく撫でられる。

初めての出来事に驚いて顔を上げるといつも無口で無表情な父がほんの少し口元を緩め、微笑んだ。


「頼んだぞ」


(父さんからの言葉なんていつぶりだったか…)


そう思い呆気に取られていると、母の瞳が涙で微かに揺れた。

桜は驚き慌て何か話すことはないか思考を巡らせる。


「俺!俺ね!母さんと同じちょっと茶色の髪が好きだよ!だから伸ばそうと思ってんだ!」


そういい「へへっ」と笑ってみせると母はきょとんとした顔で一瞬固まり、泣きそうな顔で笑い返す。

そして桜の頭を撫で、愛おしむように髪をといた。


「桜、あなたは変わらないでいて。いつまでも素直で、そのままでいて」


再びぎゅっと抱きしめられ、今度はあっさり離された。

母は桜の両肩を掴み、じっとその目を見つめる。


「皆と仲良くね」


そう言い桜の頬に軽く口付けた後末っ子達が愚図り始め、母は機嫌を取るために桜の元から離れる。

それからは母とまともに話すことができないまま別れの時間となった。

夕焼けに染まる空の下。

桜は2人の姿が、影が、見えなくなるまで大きく手を振り 「いってらっしゃい」 と叫んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いつまでも素直に…ね。なんで今になって思い出すかな」


いつかの出来事を思い出し雨上がりのじめついた空の下、桜はそう1人で呟いた。


_______________________________________



「小豆。君は捕縛の術を解かれたんじゃなかったっけ?」


返事は返ってこないとわかっていながらも、仁はその人影に向かって問いかけた。


「とっくに解かれてる。けど…」


「なんだかの理由で転生を拒否してるってこと?」


仁は地にあぐらをかき頬杖をつきながら、木々で影になっている場所に佇む小豆と目の前で膝を抱き俯く千鶴を交互に見つめる。

幼児のように体を縮める千鶴の姿に思わず笑った。


「…なによ」


「いや、千鶴がこんなに大人しいなんてこの後虹が3本くらい出てくるんじゃないかと思って」


仁のいつも通りのからかった笑い方に千鶴もわざとらしく頬を膨らませた。


「君が転生拒否していることはほぼ間違いないんだろうけど、理由が気になるな。そしてその小豆を千鶴が匿っていた訳もね」


「…もうなんだか、仁には全て見破られてそうだね」


「そんなことないよ」と仁が微笑むと千鶴は苦笑いし、姿勢を正す。


「小豆の名は私がつけたあだ名なんかじゃない。本当の名前よ。…生前の姿を私は知っていた。だから影赦となり私の元へ来た時すぐわかったの。そして、この子の罪は冤罪だということも」


仁の目をしっかりと見て話す千鶴からは先程とは打って変わり、強い意志が感じられた。

仁は小豆を一瞥して千鶴と同じように座り直し、話の続きを促すように小さく頷く。

それはもう15年以上前の話。

小豆は千鶴が暮らす山の麓の町娘で、幼かった千鶴の唯一の友達だった。

稽古で忙しくなり町へ降りることが少なくなった千鶴の元へ、小豆が時折1人で山を登って遊びに来ていたほど2人の中は親密だったとのこと。

だが、ある日を境に小豆は千鶴の前から姿を消した。

心配した千鶴が町へ下りたときも小豆の行方を知る者は誰1人存在しなかった。

そして成長するにつれて千鶴もあの日々は幻だったのではないかと思い始めていた時。

- 小豆が影赦として千鶴の元に現れた。

神使は影赦を送る際、その者が犯した罪も文に記載し一緒に武家の元へ届けることになっている。

その内容を読んだ千鶴は小豆が冤罪だと確信したらしい。

その内容とやらが気になるが影赦を取り込む際の様々な規則の1つに【保有する影赦の罪を露見させてはならない】という項目がある為、教えてもらうことはまず不可能だ。

まあ聞く限り、所々疑問な点もあるが話してることが全て本当なのは間違いないだろう。

この子は嘘どころか隠し事をできるような器用な人間じゃないみたいだし。


「話はなんとなく理解できたけど、結局千鶴はどうしたい?小豆の冤罪を公にしたいの?」


「神皇家と二代武家の闇を暴く。そして、父さんの罪や海道と花心の行方も有耶無耶になっていること全て、この闘人中にはっきりさせる。でもこれは…」


「じゃあ、僕はそのお手伝いをさせてもらうよ」


やっと彼女の意志を聞き出せた事に嬉しく思いフッと笑うと、千鶴は目を丸くした。

思考回路が追いついてないのか、千鶴はしばらく固まった後「えっ」と声をあげ大きく首を振った。


「いやいや、だからこれは、海道達のことも小豆を庇った私の責任だし父さんのことだって、私が、当主として…」


しどろもどろになりながらも身振り手振りで説明する千鶴の口元に指を当て、言葉を制す。


「僕達は家族だ。他人じゃないから遠慮は無用だよ。いつか、君が僕に言ってくれた事じゃない」


仁は口元に当てた手でそのまま千鶴の頬を軽く摘む。


「ひひゃいひょ」


眉尻を下げ頬を摘まれたまま喋る千鶴を見つめ小さく笑った。


「さ、話はこれで終わり。そうとなったら…」


そう言いながらゆっくりと立ち上がり、仁は左手に隠し持っていた物を素早く構える。

ビュンと、風を切る音を立て仁の手から投げられた苦無は反対側から飛んできた苦無によって弾かれた。


「盗み聞きは趣味が悪いんじゃない?」


「いやぁ、感動の一場面を邪魔しちゃ悪いと思ってさ」


仁は揶揄うような歪んだ笑みを浮かべ木の陰から出てきた男を警戒しじっと見据える。


「そんな怖い言い方しないでよ。俺らの仲じゃん?ねぇ…ジンちゃん?」


「どうして…その呼び方…」


ゆっくりと歩み寄るその男から発せられた言葉に仁は今までにないほど激しく動揺し、何度も瞬く。

男は仁が驚きで思考が停止したその瞬間を狙っていたかのように、素早い動きで懐に仕舞っていた小太刀を投げつけた。


「うっ…」


小太刀は仁の左肩に命中し、突き刺さった箇所から溢れ出した血がじわじわと肩を赤く染める。

衝撃に耐えふらつきながら仁は男をキッと睨みつけた。


「…どういうことなんだ…」


「仁!大丈夫??!」


千鶴は自分の身に纏う衣類の裾を引き裂き、仁の傷口を強く縛って止血する。


「…ごめん、私が庇えていたら…」


「これくらい大丈夫。気にしないで。それより…君の名前、聞いてもいいかな?」


仁はドクドクと痛みが走る肩を押さえながら目の前で楽しげに飛び跳ねる男に問う。


「えージンちゃんに、チズ姉。リンやサク兄から聞いてないの?俺の名前」


「…君から直接お聞きしたいと思ってね」


さらりと吐き捨てた男の言葉に隣で仁の体を支える千鶴がハッと息を呑んだのが分かった。


「照れるなぁ俺の口から直接聞きたいなんてさぁ。あれ、ジンちゃんってもしかして男色だったの?」


1人で喋り続ける男に無言で微笑み返すとつまらなさそうに大きくため息をつかれる。


(慎重に…慎重にいこう。落ち着いて…僕は冷徹に動ける人間だ…)


そう自分に言い聞かせ、今までに数回しか感じたことの無いほどの激しい心臓の鼓動と肩の痛みが合わさって錯乱しそうになる精神をなんとか抑えた。


「無反応だとつまんないんだよなー。もういいよ。教えてあげる」


先程仁の肩に刺された小太刀は千鶴が抜き取り持っていた。

それを見つめながら千鶴は目を大きく見開いている。


「…ねえ、これって…」


千鶴は小太刀を持つ手を震わせ、消え入りそうな声で呟く。

刺された肩を見た時既に仁は気づいていた。


(この小太刀に刻まれた家紋は、鞘と同じく…)


「夜雀だよ。もう言わないからこれっきりで覚えてよねー。面だって雀なんだからさ」


夜雀は自分の面を指でコンコンと突いてふんぞり返る。


「それは(あざな)なのかな?それにしては変わってると思ったんだけど」


呼吸が上がり、息をするのが苦しくなる。

思っていたより出血量が多いみたいだ。

自分の生暖かい血で服が肌に張り付いて気持ち悪い。

雨でずぶ濡れになった時のようだと考えられるだけ、まだ気持ちに余裕があるから大丈夫だ。

仁は心中でそう言い聞かせながら心を落ち着けた。


「そんなのどうだっていいじゃん。それより君達の隣にいる影赦はなに?こんな所に影赦を野放しにしてるなんてさぁ。どうゆうことなの?」


「あんたに答える必要ないでしょ。というかそっちこそ何者なの。平家の人間にえらく執着しているように見えるけど?」


小豆の前に立ち塞がった千鶴は夜雀にそう問い返す。

夜雀が仁に投げつけた小太刀は当主だけが所持できる、平家の家紋が刀身に記されたものだ。

鞘といい小太刀といい、平家の人間から奪い取った物ということには間違いない。

そして、夜雀あの喋り方は…


「お前、鞘と小太刀を誰から奪ったんだ…」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

続きが気になると思った方は

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【人物】

・小豆 元々は千鶴が捕縛していた影赦。

    生前は幼い千鶴の知己だった。

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