第十三話 暗躍者
【人物】
・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。
・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。
・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。
・真白 無口な美少女。千鶴と風優花を常に気にかけている。
・林之助 呼名は凛。刀治道を一番心得ている真面目な次男だが、二年前の事件で千鶴達に対して反抗的になっている。
・風優花 呼名は福。平家の末っ子。おっとりしているが 周りをよく見ている気配り上手。
・原田家 現在の原田家当主は、神皇家の関白として政治に関与している。
・藤堂家 原田家同様、代々神皇家を守護してきた武家の名家
・流浪影赦 通常の影赦と違い、何者かによって放たれた主人のない影赦たち。
「あーこれかぁ!」
そう言いながら夜雀が掲げた鞘にははっきりと平家の家紋が記されていた。
仁は顎先に手を添え家紋を凝視し呟く。
「あれは確かに平家の…」
「というか、あいつはなに」
眉間の皺を更に深ませ、その姿を凝視する千鶴の瞳が訝しげに揺れた。
「夜雀と名乗った」
「…変ね。聞いたことない名だわ」
そう呟く千鶴を一瞥した桜は「あぁ」と思わず声を漏らす。
以前仁が千鶴は動揺している時極端に瞳が揺れると言っていたが、今のは俺でも良くわかる程の揺れようだ。
「ねえ奥の子達?ひそひそ話は趣味が悪いなぁ」
大きな声でそう叫ぶ夜雀を横目に、白装束の男は中間に立ち尽くし、それぞれの様子を伺っているようだった。
(なんなんだあいつは。夜雀だけでも厄介なのにどうして急にここに現れた)
「そもそもなんで仁達はあの男を追ってたんだ?」
白装束の男をじっと見据える仁の横顔に問いかける。
「あの人は僕らにいきなり斬りかかってきたんだ」
仁は男から視線をそらすことなく、落ち着いた声でそう答えた。
「恐らく命令されてるんでしょうね。武家の汚点の排除に来たと、ご丁寧に説明して下さったから」
仁の言葉の後、皮肉も込めたような口調で千鶴が吐き捨てた。
「命令された!?誰に!」
林之助は刀を構えたまま取り乱して千鶴にそう問いただすも、ふと我にかえりいつものごとくフンっと不貞腐れて前を向き直した。
隣に立っていた桜は幼子のようにむくれた林之助の頭を即座に殴る。
「いっで!」と林之助が小さく呻き声を上げたのと同時に「ふっ」と仁が吹き出す声が聞こえた。
(こんな状況でも仁は相変わらず呑気なもんだ。あいつの精神は本当にどうなってやがる)
頭を押さえジロリと睨みつける林之助の視線を察知した桜は、再び深く溜息を吐いた。
(本当、空気が読めないというかなんというか…)
いやそれは俺も人のこと言える立場じゃないが。
思考を止め顔を上げると、背筋を伸ばし行儀良く立ち尽くす白装束の男とバチっと目が合う。
「まあ…伝統あるお家柄の奴らからしたら影で動いていた平家は突然現れた紛い物にしか思えないだろうな」
「え?あのふやけた奴も武家の者ってことなの?」
その眼光の鋭さに桜が思わず苦笑いしながら呟くと、千鶴は夜雀を睨みつけたまま不機嫌そうに吐き捨てた。
3組の間で睨み合いが続き、少しの音ですらはばかられるような緊張感が走る。
「あなた達は、いっ…」
千鶴がそう切り出した瞬間目の前が白い光で埋め尽くされ、その眩しさに桜は瞼をギュッと閉じた。
「おっと…、もうそろそろ世が明けるな。じゃあ!平家の皆さんと美しい貴公子!また俺と遊んでくれよな」
朝日が登りだした地平線を見つめながら夜雀は懐から取り出した何かを地面に叩きつけ、その場に煙を焚かせた。
濃煙に溶け込む夜雀を斬りつけようと、白装束の男はすぐさま動いたが刀は煙を掠めるだけだった。
「皆!」
千鶴のその一言で全員が背を守り合う体制に動く。
朝日が登るにつれ霧が徐々に薄まり、視界が晴れていった。
煙の中から出てきた白装束の男は空気を裂いた刀を見つめながらゆっくりと立ち上がる。
続け様にこちらにも斬りかかってくると思ったが、その考えは外れたようだ。
朝日がお互いの刃に反射して銀色の光を放った。
男は顔だけこちらを振り向き、刀を鞘にしまう。
振り向き様に揺れる長い髪の毛が漆黒に輝いた。
「また後日」
軽く会釈をした男につられて桜は同じく頭を下げる。
顔を上げた時にはもうその姿は消えていた。
男がいた場所に落ちていた木葉が風に舞い、ゆらゆらと揺れ落ちる。
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「まぁひとまず、初日が終わったんだ。しっかり心身を休めようよ」
仁は大きなあくびをしながら、窓の隙間から覗く陽光を掲げた指の隙間から覗き見る。
千鶴の隣に座っていた桜は、目の下にクマを作りげんなりとした表情で仁に言う。
「お前はなんでそんなに呑気なんだよ」
桜に溜息をつかれるのも慣れたものだ。
(僕からすれば、桜はもう少し気を休めた方がいいと思うけど)
彼は賢くて頭の回転が早いからこそ、今後の課題が沢山見つかってそれどころじゃ無くなっているのだろう。
千鶴も桜も気負いすぎだ。
僕がそれに気づいているということをもう少し理解して欲しいけれど、そのために同じく頭を抱えたフリをするのはあまり得意ではない。
それにこの場で年長者の3人が揃って考え込むと下の子達が不安になってしまう。
そう考えると、僕の役目は空気の読めない呑気なやつを演じながらこの場の重々しい雰囲気を和ませることだ。
床に寝転がりゴロゴロと体を揺すると、自分の膝を枕代わりにして風優花を寝かせ、彼女の髪を撫でる真白と目が合う。
仁がにやりと笑うと眉間に皺を寄せそっぽを向かれた。
(本当にわかりやすいんだよなぁ)
仁がしばらくその横顔を見つめ続けると、真白は視線をそらすのを諦めたのか、正面に向き直し目を閉じた。
一向に目を開けようとしない真白を見つめ続けることを諦めた仁は、嫉妬の籠った眼差しでその2人を瞥見する林之助に視線を移し替える。
しかし彼は2人が気になってしょうがないのか、仁の視線に全く気づかない様子だった。
(つまんないなぁ)
「夜雀は何者だと思う?」
仁が体を起こすと同時に千鶴が全員に問いかける。
「原田と藤堂の者では無いと思う」
「まあ僕らは名家の方々からしたら汚点のようだからね。そんな家の家紋が入った鞘を自ら持ち歩くなんてことしなさそうだ」
「僕もそう思います」
桜の一言に賛同した仁がそう続けると、全員同意見のようで林之助の言葉の後各々深く頷いた。
「だからこそ謎なのよ。なぜ武家じゃない人間がこんな危険な地に自ら足を踏み込んできたのかがわからない」
「…もしかしたら僕達の様に、暗躍していた武家が他にも存在するんじゃ…」
林之助の一言に千鶴は目を瞬かせる。
真白は以前として目を堅く瞑ったまま眉をピクリと動かした。
「それは…一体どうゆうこと?」
「あいつは『それでこそ俺と同じ武士の男だ』と言ったんだ。いきなり殴りかかってきておいてそんなことを言うなんざ、腸が煮えくり返るかと思ったけどな」
千鶴の問いに桜は目を血走らせながら答えた。
確かにずっとヘラヘラしていて締まりのない印象だったが、立ち去る時の隙のなさといい目敏さといい、凡人とは何か違うものを感じた。
夜雀が自らそう言っていたのなら、その信憑性は高いと思う。
それとなんだかどこかで会ったことがあるような気もしている。
(気のせいかもしれないけど、あの雰囲気どこかで…)
「武士の男…ねえ。確かにそう名乗ったのならその可能性も無くはないけど、夜雀の服は濃紺の道着だった。あれは都衛士の服装よ?あの麓の町にいた都衛士達も刀を持つ許可を得ているだけのお粗末な剣術だっていうのに、俺たちは侍だ!って偉そうに名乗ってたじゃない」
千鶴の反論に林之助はむすっと顔を歪めた。
不思議そうに首を傾げる千鶴に桜が申し訳なさそうな視線を送る。
その姿はまるで怒られてシュンとした子犬のようだ。
桜の癖毛が犬の垂れた耳に見えた仁は、震える口元を手で隠して彼から視線を逸らした。
「強かった、あいつ。林之助が手も足も出なかったんだ。本気でやり合ってなかったとはいえ、俺と2人がかりで戦っても力の差は五分五分だった。ただの都衛士ではないと思う」
「そんな、ことある?」
ボソッと呟かれた千鶴の一言は、信じられないと言いたげな不明瞭な響きだった。
仁は大きく目を見開き、心の中で感心の声を漏らす。
確かに林之助が負けるならまだしも、あの桜と2人でかかって五分五分というのはなかなかの力の持ち主ということだろう。
それはぜひ手合わせしてみたいものだな。
林之助のむくれ具合からして見ても、この子はある程度本気で挑んだのだろう。
それでいて手も足も出ず打ちのめされた、まあそんなところかな。
「まあ次のこのこと現れたら、俺が必ず奴の気色悪い雀の面を奪ってその顔拝んでやるぜ」
「神皇家非公認の影の存在なら顔を知られる訳にはいかないから、それも踏まえると暗躍していた別の武家が存在するという考えはあながち否定できなくなるね」
その一言に林之助はジロリと仁を睨みつけた。
仁は突如向けられた鋭い視線に思わず彼を見つめ返す。
「僕はあんな非道な奴を武士とは認めないし、奴が刀治道を心得ているとは思えないです!」
その場の空気がピタリと止まり、全員が呆けた顔で顰めっ面の林之助を見つめる。
「元々お前がそう言い出したんだろ…」
わざとらしくあんぐりと口を開けた桜がそう呟くと、林之助は顰めた顔を途端に緩め、耳を真っ赤に染めた。
そして口をもごもごと動かした後身振り手振りで叫ぶ。
「っで!だ、だから…まともな武家じゃないって!…話ですよ」
「…っふ…ははははっ!!」
仁は即座に俯き、口元に手を当て必死に堪えようと試みたものの、そのあまりにもしどろもどろな物言いに思わず吹き出してしまう。
桜もやれやれとわざとらしく額に手を当て項垂れる。
千鶴は我が子を窘めるような眼で林之助を見つめ、真白は目を閉じたまま溜息をついた。
居た堪れなくなった林之助は肩にかけていた羽織を頭に被り、真っ赤に染まった顔を隠した。
仁はひとしきり笑った後欠伸をし、皆に声かける。
「まぁでもとりあえずさ、もう一旦寝ない?今ある情報だけじゃあこれ以上頭ひねったって何も生まれないよ。白服と雀のお兄さんはどうせまた僕らの前に現れる。その時の為に体力は温存しとかないと」
そう言いながら真白の横に寝転ぶと、やっと目を開けた真白は仁を見下げながら小さく頷いた。
「ね?」と仁が皆の顔を順々に見つめると、千鶴が伸びをしたのをきっかけに、各々体勢を崩し始めた。
桜は立ち上がり、仁の隣に座り直す。
「そうだな。とりあえず今日は変に頭を使いすぎた。俺は本当ーに疲れた!身体中痛てぇし。おい仁、膝枕してくれー」
「嫌だよ。桜寝相悪いじゃない」
仁が慌てて体を起こし桜を突き飛ばすと、彼は涙目になりながら再び仁に飛びついた。
先程から桜が犬に見える幻覚に苦しんでいた仁は、表情を引き攣らせながら笑うのを堪える。
「いってぇ!!ちょい!俺怪我人な!?言ってなかったか!?左肩外れてんの!」
「え。桜ったらまたやったの?それなら早く言ってくれないと」
引っ付いてくる桜を引き剥がしそう促すと、途端に顔を青くした彼は即座に仁と距離を置いた。
(さっきまで引っ付いてきていたのに治療すると言ったらすぐこうなるなんて。怪我をする時の方がよっぽど痛いだろうに)
桜が関節を外したと言って騒ぐのはよくあることだ。
その度に仁に押さえつけられ、絶叫しながら治療されるという流れも。
面倒くさそうに目を細める真白の背後に隠れ、泣きそうな顔で駄々をこねる桜を捕まえるため仁は手を伸ばす。
しかし桜は真白を盾にしてそれを上手く躱し続けるため、仁は幼子に言い聞かせるように告げた。
「桜ー。もう君は子供じゃないんだからね。林之助、出番だよー」
「なに!?」
ビクリと体を震わせ恐る恐る振り向く桜の背後には、にやりと不敵に微笑む林之助が立ち尽くしていた。
そのまま再び逃げようとする桜の足を真白が引っ掛け、蹌踉けたところで林之助が羽交い締めにする。
「ちょ!おま!?兄ちゃんにこんなことしていいと思ってんのか!?つうか肩痛いっつってんだろ馬鹿!」
「いやぁ…僕も兄にこんなことをするなんて心苦しいですが、僕を庇って怪我を負わせてしまったんです。ちゃんと仁兄さんに診て頂かないと…ですもんね?」
白々しく心配したような態度をとりながらもその口元は微かに笑っていた。
「はーいもう観念して。じゃあ診させてもらうね?」
「千鶴?!」
仁が怯える桜の体を掴みそう諭すと、今度は千鶴に助けを求め叫んだ。
毎度いつもの数倍の声量で叫ぶものだから、真白は両手で風優花の耳を塞ぎ他は皆耳栓で対策済みだ。
「ちょ!千鶴!?千鶴がどこかに消えたぞ?!」
「千鶴ならここにいるよ」
慌てふためく桜に、仁が部屋の隅で寝息を立てている千鶴を指差して見せると彼は絶望み満ちた表情を浮かべ、子供のようにべそをかきだした。
「この…薄情者ーーー!!!!」
この後、長閑な秋の朝に似合わない絶叫が都中に響き渡ったのは言うまでもない。
【新たな登場人物】
・白装束の男
突如現れた他の武家の者と思われる美少年。
恐らく15歳前後。
最後までお読み頂きありがとうございます!
作者の紬向葵です。
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