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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
闘人
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第十二話 夜雀

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。現在は平家の長男。

・千鶴 呼名は千寿。平家の現当主。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。

・真白 無口な美少女。千鶴と風優花を常に気にかけている。

・林之助 呼名は凛。刀治道を一番心得ている真面目な次男だが、二年前の事件で千鶴達に対して反抗的になっている。

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。おっとりしているが 周りをよく見ている気配り上手。


・夜雀 突如現れた雀の面の男。

・白装束の男 美形の少年。


・原田家 現在の原田家当主は、神皇家の関白として政治に関与している。

・藤堂家 原田家同様、代々神皇家を守護してきた武家の名家


・流浪影赦 通常の影赦と違い、何者かによって放たれた主人のない影赦たち。


・都衛士 唯一武家以外で刀を持つことを許された門番

「へぇ…俺の兄ちゃん達がここに集まるんだね」


ニヤリと口元を歪ませた少年は雀の面を被り、屋根を飛びつたい去っていく。


___________________________________


「おい林之助!お前右足腫れてんぞ!止まれよ!」


追いかけていた影赦はとっくの前に見失ったというのに、叫ぶ桜を無視して林之助は走り続け、一向に止まる気配がみられない。

しかし裾から覗く林之助の足首の腫れ具合は徐々に悪化しており、走る速さは段々と遅くなっていた。


「ったく。あいつ、なに熱くなってるんだよ」


桜は痛む肩を押さえながら、走る速さを上げた。


「ちょっと待てって!」


そして林之助を追い越したところで行く道を塞ぐように仁王立ちする。

しかし彼はがむしゃらに走っていたため前方をよく見ておらず、桜に追い越された事に気づいていなかった。


「ちょいちょいちょい!!林之助!!!??」


「え」


林之助は桜の叫びにやっと顔を上げその存在を確認するも、急に止まることができず立ち塞がる桜と正面衝突した。

- ドンッッ

激しい音と共に2人揃って屋根から転がり落ちる。


「っ…兄さん!!何するんですか!」


「てんめぇ!俺今肩外れてるんだぞ!殺す気か!」


桜が下敷きになって自分を庇った事に気づいた林之助は、息をのみ涙目になりながら桜を睨みつける。


「なんで…」


桜の肩の上に置かれた小さな手がギュッと強く握られた。

涙で揺れる瞳にじっと見つめられ、桜は自分の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。


「あぁ…一旦落ち着けよ。今回の影赦はいつも稽古している者達とは違う。少しばかり知能がある気がする。逃げた奴を闇雲に追いかけてたってしょうがないだろ」


「分かってます!!」


覆い被さったままの林之助の手を取り、その目をじっと見つめて窘めるも、桜の手は振り払われてしまう。

そのまま立ち上がり屋根上に飛び乗った林之助を桜は再び追いかけた。


「ちょっと!待てって!!」


(反抗期というかなんというか恋人の喧嘩じゃあるまいし。いちいち逃げるなよ…お前は俺の女かよ)


屋根に飛び乗ると、(むね)の端に立ちこちらをじっと見据える林之助の姿が霧の中で朧気に映った。


「…兄さんはいつまで経っても僕を子供だと思ってるんだ。この街の影赦がただの影赦でないことくらい僕だってわかってますよ!罠だったとしても片付けてみせます。僕だって、皆の力になれる!力になりたいんだ!」


「だから…」


"力になりたいのなら、輪を乱すな"

そう言い返してやりたい気持ちは山々だったが、

"力になりたい" という彼の切な叫びは、いつかの自分が嘆いた想いだった。

言い返す言葉が浮かばずまた髪をわしゃわしゃと掻く。


「まぁ、とりあえず…」


-「兄さん!」


適当に思いついた慰めの言葉をかけようとしたその時、林之助から叫びが上がる。

すぐさま顔を上げると飛んできた苦無が横髪を掠めた。

背後から影赦とは違う気配を感じ、振り返る。


「おにーさん達。ちょっと俺とお話しない?」


霧の奥を凝視するもその姿は一向に確認できない。


「誰だ」


低声で問いかけ片手で刀を抜くと、駆けつけた林之助も同じく刀を構える。


「やだなぁ。刀なんて構えないでよーおっかないんだから。今のはただのご挨拶なのに」


現れた男は両腕を後頭で組み、目元を面で隠していた。

その口元を不敵に歪ませふらふらとこちらに歩み寄る。


「雀…の面?」


「お!これに目がいくとは。君見る目あるねー。俺結構気に入ってるんだぁ。どうかな?似合ってる?」


林之助がそう呟くと、濃紺の道着を身にまとった男は面を指さし嬉々として語り出した。


「…あいつ、なんなんです」


隣で面倒くさそうに林之助が呟く。


(濃紺の道着?ただの都衛士(とえいし)か?)


俺達のように正体を隠すために濃紺の道着を着ている可能性もあるが、その割にはさっきの苦無の勢いはお粗末だ。

ただの都の門番をしているだけの都衛士が、どうして今ここにいる?

-ドーーーーンッッ!!

思考を巡らせていると、突然大きな音と共に屋根瓦が崩れ落ちる音が響く。

状況が掴めず目を瞬かせると、髪や裾が突風で揺れ何かが隣で勢いよく通り過ぎたのがわかった。


「林之助!!!?」


ハッとして振り向いた先にその姿はなく、2軒先の屋根に空いた大きな穴だけを確認する。


(今のはなんだ。油断していたとはいえ、全く目視できなかった)


急いでそちらに走り屋根にできた穴を覗き込むと、面の男が林之助に跨りその首を締め付けているのが見えた。


「くっ…どけ、よ」


「ねぇ…俺はこの面が似合ってるかどうかしか聞いてないんだけど」


楽しげな男の声色があまりにも厭わしく、背筋が凍りつくのを感じる。

そして男が首を絞める手に力を加え林之助の苦しむ声が聞こえた瞬間、桜の中で何かがプツリと音を立て切れた。


「てんめぇ!!」


男の頭目掛けて飛び蹴りをいれようとするも、瞬時に反応した男は林之助を踏みつけながら桜の攻撃を避けた。


「林之助!大丈夫か?!」


隣に(ひざまず)き林之助を支える。

首を絞められ鳩尾を踏みつけられた林之助は激しく咳き込み、上手く呼吸ができないようだった。

声を絞り出しながら、桜の手を取り立ち上がる。


「…これくらい、大丈夫です」


「はは!いい心構えだ!それでこそ、俺と同じ武士の男だな」


依然としてヘラヘラと笑い続ける男は、腰に手を当てそう高らかに叫んだ。

その様子に虫酸が走る。

なんなんだこいつは。

それに…先程の速さは尋常じゃなかった。

ただの都衛士じゃなかったということか。

それならこいつは一体何者なんだ。


(というか…こいつ、今武士の男と言ったな)


「罪のない人間をいきなり甚振るような不逞な輩に、その名を語る義理はない!」


桜は充血した目で男をじっと見据え、怒りに震える手で刀を握りしめる。

呼吸が落ち着いたのか、林之助も同じく刀を握る手に力を込め青眼に構えた。


「あーはいはい暑苦しいなぁもう。これだからその名を誇りに思う一族は…」


そう言いながら男は刀を抜き払う。

その勢いで、辺りに広がる霧が風にかき消された。


「…虐め甲斐がある」


桜は暴風が吹き荒れる中薄目で前方を確認し、飛びかかってくる男の刃を受け止めた。


「おい、お前。俺は暑苦しい武家の男だ。刀を交える相手にはまず自分から名乗るってのが筋なんじゃないのか?」


「はは。それは失礼つかまったな。俺の名前は夜雀(よすずめ)だ。お兄さんの名は?」


そう言いつつ、夜雀は背後から斬りつけようとした林之助の刃を掴む。


「なっ!?」


夜雀は掴んだ刀ごと林之助を振り回し、そのまま地面に向かって彼を叩きつけた。

そして屋根上から振り落とした林之助を見下す。


「ちょっと君、駄目じゃないかー邪魔をしちゃ。それに逆刃で俺を倒そうとするなんて気合いが足りないなぁ。本気出していこうよ」


上手く受身を取った林之助は既に立ち上がり、逆刃にした刀を元に戻して構えていた。


「そうそう。そうでなくっちゃ。まあ君が本気で斬りかかってきたとしても、よちよち歩き始めたばかりの赤子が、俺に勝てるとは到底思えないけどね」


「赤子…だと?それは一体……誰のことだ!!??」


林之助は鬼の形相で再び夜雀に斬りかかる。


(くそっ…林之助のやつ頭に血が上ってんな)


桜は林之助に気を取られている夜雀の足元を狙い刀を振るった。


「おっと」


そして瞬時に飛び上がり桜の攻撃を躱した夜雀の頭上から、今度は林之助が斬りかかる。

続け様に桜も刀を繰り出し、挟み撃ちで夜雀の逃げ場を塞いだ。


「もらった!」


林之助がそう叫んだ瞬間夜雀は不敵に微笑み、刀を鞘にしまい構え直した。


(もしや…)


「林之助!下がれ!」


桜の声に反応し林之助が後方に退いたのと同時に、ブォンと風を切り裂く音が鳴り響いた。


「ちょっとーちょっとー、髪紐気に入ってたのに切っちゃうなんて酷いじゃないか」


霧が晴れ、槍を持った夜雀の姿が(あらわ)になる。

鎖骨下まで伸びた焦茶色の髪の毛がハラハラと風に靡いていた。


「槍…?!」


(あれは…)


桜の訝しげな眼差しに気づいたのか、夜雀は再びケタケタと笑い槍を弄ぶ。


「おー?少しは俺と話す気になってくれた?さ、く、ら」


突如呼ばれた名に心臓を掴まれたような衝撃が走る。


(なぜ、俺の名を知っている。林之助は俺のことを名で呼んでいなかったはず)


その林之助も隣で言葉を失っていた。

とはいえ、桜はあざなだ。

どこかで聞いていたとしても不思議ではない。

そんなことより…もっと大事なことを確かめなくては。


「…ああ、聞きたいことがある」


依然として笑い続ける夜雀に歩み寄る。


(ひとまずその変な面を奪い取って、どんな眼で俺達を甚振ってんのか確認してやる)


そう思い刀を握る指先に力を込めた瞬間、遠くから複数の足音が聞こえた。


- 「っ?!2人共!」


声のした方向に目線をやると、こちらへ走ってくる千鶴、仁、そしてまたもや知らない奴の姿があった。


「その人から逃げて!」


「仁!?」


仁の切羽詰まった声に驚き、顔を上げると夜雀と桜目掛けて刃を振り上げる影が映る。


「ちっ」


瞬発的に引き下がり、斬りかかってきた姿を目で追いかけた。

その影は砂埃が晴れると共に鮮明に映る。

艶やかな黒髪を靡かせながら男はゆっくりと立ち上がった。

真っ白な装束がひらりと舞い、月明かりを反射する。

切れ長な瞳は澄んだ褐色。

"美しい" という言葉がこんなにも似合う奴を見たのは、あの太々しい真白以来だ。


「平家の皆さん、もしや仲間割れ…ですか?」


現れた男はそう言いながら、服についた木屑をはらい切先をこちらに向ける。

じっとこちらを見据えるその姿でさえ妖艶に感じた。

桜も青眼に構え攻撃体制をとる。


「桜!林之助!何でそんなにボロボロなの?!」

 

千鶴と仁が集まり、平家の4人が揃った。

駆け寄って来た千鶴が慌てた様子で桜達を交互に見つめる。


「あー、もうさっきからなんなんだよ。あいつは何もんだ」


桜は鈍痛が響く肩を押さえ、視線の先に立ち尽くす夜雀と謎の男を睨みつける。

白装束の男の方は15そこらに見えるが、気品のある雰囲気とさっきの一撃から感じる途方もない力。

ただのものではないだろう。


(おそらくあいつは…)


「綺麗なおにーさん!なんで俺が平家の人間だと思ったの?」


相変わらずの癪に触る話し方で夜雀が男に問いかけた後、隣で千鶴と仁が息を呑む音が聞こえた。


(そりゃあ驚くだろう)


「なっ…」


林之助も仁達の視線の先をじっと睨みつけた後、驚きで目を瞬かせ後ずさる。

それは、夜雀が手にしている武家の鞘だった。

その鞘は神皇家が武家の人間達一人一人のために特別に作らせてあるもの。

そして、その鞘に収められる刀は主の己気こきを刃の形として具現化したものだ。

己気は鍛錬を積むことにより蓄積される人間の奥底に潜む力の根源のとこ。

刀の強度はその持ち主の己気の強さと比例する。

折れてしまえば、その刀の主は己気を失うことになる。

一生取り戻すことは不可能だ。

己気を成熟させることは、鍛錬を重ねる上での大きな目標の1つである。 

そして、俺達平家が持つ鞘は先代が鞘の中で己気の形を2つに分裂させることに成功したものだ。

そのため俺達は、1つの鞘に刀だけではなく薙刀や槍などの長物を収め、取り出すことができる。


(そしてあの夜雀というやつが手にしている鞘には…)


「鞘に印された家紋です」


男がそう答えた時、夜雀の口元がにいっと不気味につり上がった。


【解説】

己気(こき)

鍛錬を積むことにより蓄積される人間の奥底に潜む力の根源のとこ。


・武家の鞘

神皇家が武家の人間一人一人のために特別に作らせてあり、それぞれの武家の家紋が施されている。鞘に収められる刀は主の己気こきを刃の形として具現化したもので多種多様。


・平家の鞘

先代が鞘の中で己気の形を2つに分裂させることに成功したもの。そのため1つの鞘に刀だけではなく薙刀や槍などの長物を収め、取り出すことができる。




最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

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