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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
闘人
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第十一話 廃都

【登場人物】

・仁 元の名はまもる。白髪の少年。現在は平家の長男。

・千鶴 呼名は千寿チズ。平家の現当主。

・桜 呼名はサク。仁と同じく平家の長男。

・真白 無口な美少女。千鶴と風優花を常に気にかけている。

・林之助 呼名はリン。真面目な次男だが、

二年前の事件で千鶴達に対し反抗的になっている。

・風優花 呼名は福。末っ子。おっとりしているが 

周りをよく見ている気配り上手。


挟野尊きょうのみこと 現神皇。


・原田家 現在の原田家当主は神皇家の関白として政治に関与している。

・藤堂家 原田家同様、代々神皇家を守護してきた武家の名家。


・流浪影赦 通常の影赦と違い、何者かによって放たれた主人のない影赦たち。

「ここが、都なの?」


「そうみたいだね」


千鶴と仁は廃墟となった家屋の屋根の(むね)に立ち辺りを見渡す。

向かいの家の屋根から飛び移ってきた桜は刀で風を斬りながら呟いた。


(もや)というより、こりゃもはや(きり)だな」


「兄さん違うよ。こんな乾いた空気中で霧の発生は不可能です」


桜に着いてきた林之助がそう答え、続いて風優花と真白も皆と同じ屋根に飛び移った。


「ねえなんだか変な匂いしない?」


「風優花、無闇に深呼吸するのはよしな」


全員が都の北門周辺にある家屋の屋根に集まる。

気が落ち着かないのか、皆小言をいったり屋根の上を動き回ったりしていた。

灰白色かいはくしょくの霧のようなものが立ち込め視界が悪く、2軒先の家屋の様子は全く目視できない。


「皆、今日は初日だからひとまずはぐれないように。様子見としましょう」


千鶴が大きな声で皆に声かける。

各々が神妙な面持ちでお互いの表情を伺う中、真白は気もそぞろな様子で周囲を見渡していた。


「他の武家の者たちはどこにいるのでしょうか」


真白の問いの後、千鶴は自分たちが来た道とは反対の方角を見遣り答える。


「恐らく、西門か東門にいるでしょうね。それぞれの場所から攻めるよう言われてるから」


都は東西南北それぞれに門があり、南門は唯一神皇家の領域へと繋がる通路である。

今現在即位している挟野尊きょうのみことの側近として仕える原田家の者たちの行き来、都の民が貢物などを献上する際にはこの南門を通過しなければならない。

ただその道が妨げられている今、他の地域への治安維持も厳しくなってきている。

今回の綸旨はその都に集中する流浪影赦の捕縛という内容であった。

何年か前に父様に一度連れてきてもらった時の様子はかけらもなく、国一番の華やかさを誇っていた街は完全に廃れきっていた。

乾いた秋風が肌を撫で、草木の揺れる音と虫の声が心地よく響く。

灰白でぼやけてはいるが、雲ひとつない夜空から微かに届く月明かりだけが辺りを照らす灯りとなっていた。


(本来ならば、朗らかな気分でのんびり月見でもしたかったのに。残念だこと)


そんなことを考えながら空を見上げると林之助が大きく咳き払いし全員の視線を集める。


「姉さん、そろそろ」


「皆、今回の命は期間に余裕がある。焦らず、何かあったら人命優先。すぐ逃げること。これを必ず守って」


輪をなすように集っていた仁たちは千鶴の一言を皮切りに全員外側を向く。

互いの背を守る体制を作った。


「いやぁ、さっきからずっと熱ーい視線感じて、やっと俺のモテ期が来たのかと思ったのになぁ」


鋭く神経を張り巡らせると、桜の呑気な言葉とは裏腹に至る所から殺気を感じる。


「確かに、都の綺麗なお嬢さん達だったら良かったね。残念だなぁ」


「くだらない」


「つまんな」


仁がニヤリと笑い桜の言葉に便乗すると、真白、林之助が呆れた口調で吐き捨てる。


「行くよ!」


掛け声と同時に一斉に刀を抜き、先陣を切った千鶴に続く。


- 「基本的に私が先陣をきる」


- 「あーあ、こりゃ俺たちは暇を持て余すことになりそうだ」


- 「私が殿になります」


- 「じゃあ、私はマシの補助する!」


- 「殿しんがりの補佐なんて風優花には荷が重いですよ」


- 「林之助、真白がそばにいるなら大丈夫。あなたも2人を助けてあげて」


- 「それなら僕は先陣で千鶴を手助けをするよ」


- 「残りの桜は中央で陣の連携を担って。あんたの頭の回転の速さが必要だから。退屈しない、いい守備位置でしょ」


- 「ふん。任せとけって」


「千鶴、仁、前に3体!林之助もいけ!」


霞の中から飛び出して来た影赦たちを3人で向かい受け、素早く斬りつけた。

袈裟斬りにされた3体は弾け、黒い霧となり空気中に漂う。


「捕縛!」


瞬時に懐から別の刀を取り出した千鶴はそれを突き出し、弾けた黒い霧を取り込ませた。


「ねえ、千鶴、本当にそのやり方で大丈夫なの?」


そう千鶴に問いかけると振り向くことなく「大丈夫」と返される。

この期間、影赦捕縛に用いるのは千鶴が持つ小太刀だけ。

それぞれが持つ刀に捕縛したってなんら違いはないというのに、今回の命令が記された綸旨が届いたあの時に千鶴がそう切り出してきた。

皆が何を言っても、そうするといって聞かない。

なにか隠していることがあるのは確かだろう。

またすぐに駆け出した千鶴をじっと見据え仁も後を追った。


「風優花!こっちにも来たぞ!」


真白が声を上げた瞬間、2人の背後から飛びかかってくる二体の影赦が現れる。


「ハァッッ!」


影赦の拳と風優花の刀が交わり、互いに一歩も譲らない状況となる。

他の者たちは続けて別の影赦が現れないか周囲を警戒しつつ助太刀に入る瞬間を見定めていた。


「風優花!」


一番近くにいた林之助がそう叫び、2人に駆け寄る。


「兄さん!来ないでください!1人でやってみせます」


「なっ…」


風優花の一言に驚いてその場に立ち尽くす林之助とその様子をじっと見守る仁、千鶴、桜。


「ハッッ!!」


その横では真白が交戦していた一体を霧に変えた。


「風優花のやつ、何してるんでしょうか」


彼女の大きな瞳がびっくりしたように見開かれる。

近距離で自分に詰め寄る影赦の拳をただ受け止めるだけで、続けて攻撃をしようとする様子は見受けられなかった。


「何が起きてるの」


捕縛を済ませた千鶴がソワソワしながら駆け寄る。

実践慣れしてないから何か予期せぬ事態に戸惑っているのだろうか。

どちらにせよ、あの影赦もなかなか次の攻撃を繰り出さないのはどういう事なんだ。

出鼻を挫かれ皆の戸惑う声が届く。


「この辺りにはまだ無数に影赦がいる。他のやつが襲ってきたら俺たちで片付けよう」


真白は少し離れたところで風優花を見守っていたがその瞳は不安げに揺らいでいた。

特殊な攻撃をできるタイプではなさそうだからそこまで強い影赦ではだろう。

今の風優花であれば、あんな拳なんて簡単に斬ってしまえていたはずだ。


(…なぜ斬れない。いや、斬らないのか?)


全員が息を飲みながら様子を見守る中、背後の空気が微かに動くのを感じる。

仁は即座に振り返り、叫んだ。


「桜!」


仁よりも少し後ろで様子を見ていた桜の背後から、別の影赦が拳を振るいながらこちらを目掛けてやってくる。


「ちっ」


ミシミシと刀と拳が混じり合う音がなる。

交戦する桜と風優花を間で見ながら仁は千鶴と合図を送り合った。

風優花の助太刀にまわるよう合図を送るため、真白に目線をやるといつの間にか別の影赦と刀を交えていた。


「千鶴!林之助!そっちは任せた!」


叫んだと同時に駆け出した仁が風優花と格闘している影赦の背後から刀を振るうもなんなく避けられる。


(意外と素早い…そして勘がいいのか)


影赦との僅かな距離が生まれた瞬間風優花の体を抱き抱え、間合いを取らせた。


「大丈夫?」


そんなに体力を使っていたように見えなかったが風優花は息を上げながら何度も頷いた。


「…兄さん、あの影赦」


何か伝えようと言葉を絞り出す風優花に、再び影赦が殴りかかってくる。

仁は咄嗟に彼女の背を庇い刀で影赦の拳を受け止めるも、すかさずガラ空きの横腹を狙われ蹴り飛ばされた。

ドン!!という激しい音と共に、外壁を突き破り壁の残骸に埋もれた仁は、痛む体を無理やり起きあがらせる。

そして刀を地に突き刺しそれを支えに立ち上がろうとしたその時、屋根の上から飛び降りた何者かに体を支えられた。


「お兄、ごめんなさい私のせいで」


「風優花!?怪我は?影赦はどうなったの?」


仁が肩を勢いよく掴むとその力強さに風優花は顔を歪めた。


「あ…ごめん思わず」


仁はひとまず目視で怪我をしている箇所がないか確認し、大きな外傷がないことが分かると安堵の息を吐いた。


「ううん。心配かけてごめんなさい」


「…風優花…?」


下を向いてそう呟いた風優花の表情は強張り、目線は定まっていない。

仁は彼女を引き寄せ、宥める様に優しく背を撫でた。


「2人とも!大丈夫?!」


「だからやめとけって言ったじゃないですか」


上で他の影赦を片付けていた千鶴達が駆けつける。

林之助はそう吐き捨てた後、フンと鼻を鳴らした。

すかさず桜は林之助の頭を小突き「こら」と睨みをきかせる。

隅の方で林之助たちがジリジリと睨み合うのを横目に、真白は大きくため息を吐き仁達の元へ歩み寄った。

そして無言でじっと仁を見つめる。

その意図を察した仁が微笑みながら小さく頷くと、真白の強ばった表情が少し緩んだ。


(無言で安否確認の視線を送るなんて真白らしい)


そのまま真白は仁の隣に視線を移し、今度は優しく問いかけた。


「風優花、大丈夫?」


風優花は顔を上げ泣き出しそうな顔をした後、その場に崩れ落ち仁に抱き止められる。


「風優花!?」


どんどん風優花の力が抜けていくのが伝わった。

青ざめる彼女の表情を見つめ、仁は千鶴の方を振り返る。

千鶴が軽く頷いたのを確認し、風優花の脈を測りながら告げた。


「風優花、体調と刀の強度は比例するんだからひとまずどこかで休んでいたら?怪我をしてしまったら心配性の林之助がもっとプンプン怒り出すかもしれないし」


奥の方で林之助の否定の声上がったが無視して続ける。


「真白、一緒に長屋に戻っていてくれる?」


真白は声をかけられると思っていなかったのか、心配そうに風優花を横目で見ていたのを慌てて誤魔化し、いつものすまし顔で仁に視線を向ける。


「私が?」


「うん、いいかな?」


仁がそう告げると真白は後ろめたそうな顔で千鶴に視線を送る。

真白の視線の先にはにっこりと微笑みながらこちらを見つめる千鶴の姿があった。


「…わかった」


仁が少しニヤつきも含めた笑みで真白をじっと見つめると、ムスッとした顔で睨みつけられる。


「じゃあ残りの皆で長屋周辺の影赦を先に片付けよう。行くよ」


千鶴の提案にそれぞれ頷きその後に続いた。

立ち去りながら真白達の方に目をやると未だ動けずその場に蹲る風優花に寄り添う姿が見える。


(素直じゃない子だな、ほんと)


先を急いでいた千鶴が急に足を止め他の者たちも同様に立ち止まり、瞬時に互いで背中を守るように陣を組む。


「何体だと思う?」


「4」


桜の問いに林之助がすぐさま答える。

その瞬間霧の中から4体の影赦が現れた。


「一度に仕留めるよ」


千鶴の低声で皆腰を落とし一斉につき技を決める。


「上だ!」


塵になったのと同時に4人の頭上からもう1体の影赦が現れる。

それは迷うことなく1人に狙いを定めていた。


(一番力がない者を狙っている)


「林之助!構えて!」


仁が叫ぶも、一足気づくのが遅かった林之助は刀を構えきれずにいた。

- ドンッ

もう間に合わないと誰もが思ったその瞬間、桜が林之助を守るように覆いかぶさり、飛んできた一撃を代わりに受ける。

肩にねじ込まれた拳はゴリッという鈍い音を立てた。

林之助は反射的に閉じた瞼を開き、自分に覆いかぶさる桜の姿を見てハッと息を呑んだ。


「ってぇ…」


「兄さん…!!?」


駆けつけた仁と千鶴に囲まれた影赦は黒い煙幕を放ち、逃亡を図った。


(濃い煙…影赦が姿をくらますにはもってこいだね)


仁は煙の中で刀を振るうも、煙は依然として2人を飲み込んだままだった。

闇の中では桜と林之助の状況もわからない。

息苦しさで頭が上手く回らずひとまず千鶴を探そうと刀を納めると、煙の外から林之助の叫び声が聞こえた。


「…っ…くそ!待てよ!!!」


林之助は走り去る影赦の後ろ姿を睨みつけ、桜を押し退けると急いでその後を追いかけた。


「あっ…こら、林之助!!」


林之助の叫びの後、桜が駆け出す音も聞こえる。


「ちょっと、桜?!」


「仁!伏せて!」


仁が叫んだ直後、煙幕の中で千鶴の鋭い声が響いた。

動きを止めその場に伏せると、物凄い突風が吹き荒れ煙幕を一気にかき消す。

仁は屋根に苦無を突き刺し、吹き飛ばされないよう必死にしがみついた。

風が止んだところで微かに目を開くと、薙刀を構え息を荒らげる千鶴の姿が映る。

仁が駆け寄ると、彼女は「はぁ」と項垂れながらため息を吐いた。


「6人からあっという間に2人になっちゃうなんて。これだから団体行動できないやつは駄目なのよ」


その言い方は不満げであったが、どこか悔しさも感じるものだった。

集団で行動すると言ったのも、捕縛は自分の小太刀だけにすると言ったのも、当主として家族を守りたかったからだろう。

あの日以来、千鶴は以前にも増して家族に気を配るようになった。


(そりゃ、そうか)


今回の命令には確かに不審な点があった。

有能な武家を一度に集めての任務にしては期間がひと月もある。

普段から影赦と稽古で戦っている武家の人間からすれば余裕がありすぎる期間設定だ。

もしかしたら、本当の目的は別にあって僕ら平家以外にはその命令が下されているかもしれない。

その事を皆勘づいている。

だからこそ、皆と離れて動くことが不安で仕方ないのだろう。

もう二度と、あんな悲劇を繰り返さない為にも。

猫背になった千鶴の肩に手を置いて慰める。


「まあ練習していた連携技もできたんだ。林之助のことは桜に任せて大丈夫なんじゃないかな?」


(元々単独行動ばかりしていた千鶴からそんな言葉が出る日が来るなんて)


そう考えると思わず笑ってしまった。

ひとまず、今日は初日。

他の武家の者達はここから20里以上も離れている西門や東門に集っていると綸旨には記されていた。

仮に僕らを狙っていたとしても今日の今日に攻撃してくるなんて移動距離を考えれば不可能な事だろう。


(まあ…それは綸旨に記された内容が虚偽でなければの話だけどね)


顎先に手を添え思考を巡らせていると、千鶴の鋭い視線を感じ、仁は視線を合わせた瞬間に吹き出してしまう。

千鶴は眉間に寄せた皺を更に深くして呟いた。


「笑うな」


「ごめんごめん。ひとまず僕らも長屋付近の影赦をもう少し片付けようか」


「…そうね」


千鶴が軽く息を吐き姿勢を整え薙刀をしまった瞬間、仁は濃霧の奥に気配を感じ振り返る。

揺らめく5つの影を見つけた仁は不敵な笑みを零し、幼子のようにはしゃいだ声で叫んだ。


「あー!あそこに5体みーっけた」


「ちょ、仁!?」


駆け出す仁の背中を掴もうと伸ばした千鶴の手は、ぎりぎり間に合わず彼の襟首を掠める。

力なくだらりと下された手や口元はわなわなと震えていた。


「だから…」


俯く千鶴がそう小さく呟いた瞬間背後から影赦が現れるも、彼女はそれを目視することなく振り返り様に一刀両断にする。


「だから…!皆で動こうって言ってるじゃないのー!!」

最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

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