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比翼の詩と、(旧:薄桜)  作者: 紬向葵
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第十話 無常と無情

【人物】

・仁 元の名は鎮。白髪の少年。平家の長男として迎えられる。

・千鶴 呼名は千寿。平家の長女。男勝りで強気な性格。

・桜 呼名は咲。仁と同じく平家の長男。人懐っこい。

・真白 無口な美少女。

・林之助 呼名は凛。面倒見のいい真面目な次男 。

・風優花 呼名は福。平家の末っ子。人見知り。


「起きたのか」


「はい」


空き家に戻りしばらくすると真白が目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。


「マシ、体調大丈夫?」


真白は問いかける風優花に視線を向け静かにうなずく。

顔色もだいぶ良くなり、髪を結う気力もあるようだった。


「よかったぁ」


風優花は涙目でヘナヘナと崩れるように真白の懐に顔を埋める。


「うん」


真白は声を押し殺し泣く小さな背に手を回し、トントンと優しく叩きながら宥める。

これだけ色んな事が立て続けに起こったんだ。

ひとまず真白の安否が確認できて緊張が解れたんだろう。

隣に座る林之助もほっと胸を撫で下ろしたようだった。


「う"っ…」


真白の隣で眠る千鶴が魘され、苦しそうに悶える。


「千鶴!?」


「千鶴?どうしたのかな…」


桜と仁はすぐさま駆けつけ千鶴の横に座り込む。

仁が手拭いで彼女の額の汗を拭き、脈を測ろうと首元に手を当てると突然その瞳が見開かれた。

そのままフリーズしたように見つめ合い「えっと…」と小さく仁が漏らす。

すると何を思ったのか、急に千鶴は勢いよく起き上がり、その額が仁の頭に手加減なく打ち付けられる。


「…ったぁ」


頭を押え悶える仁を横目に千鶴は立ち上がり、部屋にいる全員を見渡した。


「留守を頼む」


そういい足早に部屋を立ち去る姿を全員で呆けながら見送った。

戸が閉まる音が静まり返った部屋に響く。

しばらくの静寂の後、桜は「はぁ!?」と大声をあげ、急いで彼女の後を追った。

その声量の大きさに我に帰った林之助と風優花は額を押さえ静かに悶えていた仁に声をかける。


「お、お兄…血出てるよ…」


「兄さん、骨…大丈夫ですか?」


「う、うん。ちょっ…ごめん、待ってて」


軽い脳震盪を起こしていた仁はそれが治まると、まだ痛みの残る額を押さえながらなんとか立ち上がり2人を追いかけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


川の水に月明かりが反射しきらきらと輝く。

辺りは静まり返り、水の流れる音と木々が風に揺れる音だけが響いていた。

心地よい風が髪を靡かせ、いつかの穏やかな夜を思い起こさせる。


「なにをしてるの?」


川岸に佇む千鶴を遠目から見守るその背に問いかけた。


幻者げんしゃだ」


桜は振り返る事なく答える。

海道が言っていた台詞を思い出した。

千鶴が幻者を使いこなすことができれば、それは父様の死を決定づけることとなる。

いや、あれだけの凄惨な場を目の前にしたんだ。

死者として父様を呼び起こし事情を探ろうとしているのかもしれない。

千鶴は少し川の中へと足を踏み込むと小太刀を取り出し、その刃先を手で握りしめた。


-「幻魂よ、その目を覚ませ」


その手を宙に掲げ、呪文を唱えると同時に開かれた手を力強く握った。

握られた手のひらから流れた血液は少しずつ溢れ落ち、赤い雫となる。

雫は地に着くことなく、月明かりに照らされ(きり)となった。

それは川の上で(かすみ)と交わり、幻想的な景色を作り出す。

夜風も急に強くなり、その流れは操られているかのように不規則的な動きで空気を乱した。


「…綺麗」


思わず零れたその一言に不躾だったと口を噤むと、桜はこちらを振り向くことなく言う。


「俺も初めて目にしたが…確かに、綺麗だな」


最後のその一言が涙声になっているのに気づいた。

その横顔。

やつれた桜の頬に一筋の跡ができていた。


(…そうだ。幻者は成功した)


幻者は森と川、月光そして当主の鮮血がないと成り立たない。

当主が自身を斬りつけその血と神が生み出した自然の条件が揃うことでその効果を発揮できる。

彼の涙が幻想的な景色に感動したものなのか、それとも現実を目の当たりにしてのものなのか。

力強く握られた拳が全てを物語っている。

桜の胸の内は明白だった。


(やはり不躾だったようだ。桜を強がらせてしまった)


この幻想的な景色が見せる美しさが、現実の惨たらしさを激しく痛感させる。

初めて感じる苦しさに動揺した。

頭が砕けそうなほど痛む。


(あの笑顔を見ることは…もう叶わないんだ)


「えっ」


突然肩を触られた感覚が走り、即座に振り返る。

だがそこには闇が広がるだけで仁が探した姿はなかった。

深いため息をつく。


(本当に都合のいい思考回路をしている)


大きくて無骨な手の感覚が、肩に残っているような気がして確かめるようにそっと触れた。


「仁っ!?」


桜に名を呼ばれ、慌てて顔を上げた。

なにやら焦った様子の桜の表情に戸惑う。


「なんか、千鶴の様子おかしくないか?」


そう言われ視線を移す。

表情はよく見えないが、その肩が上下し呼吸が浅くなっていることはわかった。

徐々に霧が消え術が解けつつある。

何かあったのかもしれない。

じっとその様子を観察していると、千鶴が再び小太刀を取り出し鞘から抜いたところで耐えきれなくなった桜が駆け出した。

仁も同じく後を追う。


「千鶴!!」


「ちょっ、何してるのあんた達?!」


桜が千鶴から小太刀を奪い仁が血の滲む手を掴む。

その瞬間術が完全に解け、辺りは元の景色に戻った。


「どうして邪魔をするの!?」


千鶴は仁に掴まれた手を振り払い、鋭い目つきでこちらを睨む。

興奮状態にある相手にどう伝えようか言葉を選んでいると、桜が千鶴に詰め寄った。


「お前、さっきまで寝込んでただろうが!ろくに食事も取ってないのにそれ以上血を使ったら死ぬぞ!?」


「そんなもの今はどうでもいいじゃない!私なんか!父さんの変わりに死んだら…」


ーパシンッ

乾いた音が辺りに響き、時が止まったかのように千鶴の叫びが制される。


「あ…ごめん、千鶴」


ゆっくりと頬を押さえ、こちらを睨む千鶴は今にも泣き出しそうだった。

叩いた手に鈍痛が残る。

桜も固まったままこちらを見つめていた。


「死ぬなんて…お願いだから、言わないでくれ」


そう仁が零した瞬間、千鶴はその場に崩れ落ちる。

桜がすかさず千鶴を受け止めゆっくりとその場に座らせた。


「…私は、神皇家なんてどうでもよかった…ただ家族を守るために強くなれれば。でも、父さんは違った。この国の平和を願い神皇家のことを心から敬っていた。なぜ?何が間違ってたの?何がいけなかったの。あんな…晒し首なんて。こんなこと、おかしいよ」


幼い子供のように涙を堪え、肩を震わせながらしゃくり上げる。

桜が背中を撫でながら宥めるも、千鶴は呼吸が徐々に浅くなり苦しそうに胸を押さえ始めた。

仁も座り込み、千鶴を抱きしめ背中を摩った。

そして耳元で囁く。


千寿チズ


千鶴は目を見開き、ゆっくりと顔をこちらに向けた。


「泣くことは弱いことじゃない。もう…我慢しなくていいんだ」


仁のその一言にひっかかりが無くなったのか、千鶴は押し殺していた物を全て吐き出すかのように声を上げ、泣き叫んだ。

痛みを共有するように3人で肩を寄せ合う。

父親がもうこの世に居ない現実を突きつけられた上に、民を優先した結果幼い弟たちを犠牲にしてしまった。

そして代々続く平家の時期当主としての責任も一気に押し寄せ、いつものように平常心を保つことができず、必死になっていたのだろう。

当主が乱れるという事はその一族に影響をもたらす。

千鶴は心が壊れそうになるまで全てを自分1人で受け止めようとしていたのだ。


「俺たちは1人じゃない…必ず全ての謎を解いてやる」


そう呟いた桜の瞳には昏い影が宿っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


空き家に戻り、疲れ果てた皆が寝静まる中ゴソゴソと誰かが起き上がる音がし閉じていただけの目を薄く開く。


(眠れない人が他にもいたのか)


その人物がそっと家を抜け出したのを確認すると、仁は周りを起こさないようにゆっくり起き上がり後を追った。


「眠れないの?」


川辺に座り込む人影に声をかける。


「…眠くないんだよ」


その人物はハッと振り返り素早く刀に手をかけるも、声をかけた者が仁だとわかると、再び座り込みそう答えた。


「こんなところにいたんだね」


そっと歩み寄り、膝を抱え隣に座り込んだ。


「どうしたんだよ?」


「やだなぁ、大した用はないよ」


そっけない問いかけに仁はすかさず返答する。

にやりと笑いそのむくれ顔をじっと見つめると、その人はこちらを一瞥し、何か含みのある仁の笑顔の意図に気づいた様子だった。


「その喋り方は俺の真似のつもりか?」


「よくわかったね、桜」


仁の返事に桜はふっと笑いその場に寝転がる。


「初めて家に来たとき、やけに熱心に月を眺めてたよな」


桜はぼんやりとした眼差しで空を見上げる。

仁は桜の言葉を聞いた後おなじく視線を空に移す。

夜空に浮かぶ満月が優しい光を放ち、心を落ち着かせてくれているような気がした。


「そうだったね。特別綺麗に見えたからかも」


あの日の夜は今でも忘れられない。

どこの馬の骨かもわからないまもるという存在をあっさり受け入れてくれた。

僕を見つめるあの眼差しが瞼の裏に焼きついている。

そっと瞳を閉じれば何事もなかったかの様にいつもの笑顔でひょっこり現れてくれる。

そんな気がしてならないんだ。


「…その気持ち、今はよく分かるよ」


そう力なく呟く桜の声色には切なさが溢れていた。


「諸行無常。世は無情。ずっと…わかっていたことなんだ」


相槌の変わりに桜の方を振り向く。


「俺はあの日々が永遠に続くと信じてやまなかった。もう変わることはないと思い込んでいた。いつだって、目が覚めれば皆がいて、ご飯を食べて、稽古をして、ちび達と馬鹿やって千鶴と喧嘩して、仁が止めに来て、父様に…」


桜の瞳に映る月が揺れる。


「何度、繰り返すんだろう。悔いのないように生きようと足掻いても足掻いても、いつも空回りするんだ」


諸行無常、世は無常。

変わらない幸せを求めるというのは世の中で一番難しく、一番尊い思いなのだろう。

でも、世の中に不変なんてものはきっと存在してはいけないんだ。

不変を求めるときっと何か代償が起こる。

だからこそ、誰もが不変を成し得ることはできない。

そして…


「悔いのない生き方ができる人間なんて、きっと存在しないよ」


強ばらせていた表情を緩めた桜に手を差し伸べ、その体を立ち上がらせる。


「おい、俺に似たいい男が釣れねえ顔してんぞ」


起き上がるや否や桜は仁の頬をグッと摘み、目尻に涙を浮かべたままにやりと笑う。


すかさず仁も桜の頬を摘み、片手でその涙を拭う。


「僕の目の前にも子供みたいな泣きっ面の奴がいるね」


お互いの顔を両手で引っ張り額を合わせ、負けじと見つめ合う。

僕らは対照的だ。

桜は僕にないものを沢山持っている。

だからこそ、悔しさも悲しさも愛おしさも深く深く感じているのだろう。


(でも僕は揺らがない。不変とは、僕のための言葉だ)


世は無常でも、仁の心はいつだって変わらない。


「あ、というか僕さっき、誰かさんのせいで肩を痛めたんだっけなー」


「あーーー!根に持ってんなおまえ!だからあれはすまんって謝ったじゃないかよ!」


2人の声が静かな月夜に響いた。

春とは別れの季節だと、仁の心に深く刻まれた。

第一章最後までお読み頂きありがとうございます!

作者の紬向葵です。

このお話が面白いと思った方、

続きが気になると思った方は

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【第二章 闘人(とうじん) あらすじ】


記憶を遡り、2年前の春を思い返した平家はいつかの屈辱と、課せられた任務を果たすべく「闘人」に参加することを決意。


都に集められた武士三家、藤堂家・原田家・平家。


戦地に繰り出した平家を向かい受けるのは放たれた無数の流浪影赦たちと、



「へぇ、俺の兄ちゃん達がここに集まるんだね」



ニヤリと口元を歪ませたのは雀の面を被った謎の少年で…





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