第十七癒:ステルンベルギア侯爵領
「ようこそおいでくださいました。聖女様、私はイーライとレオンの叔父セオドアとします。」
金髪を後ろで束ねた男性が、丁寧に挨拶をして出迎えてくれた。
ステルンベルギア侯爵領は、王国の東部に位置していて、東側の他国と唯一隣接している交易の中心地でもあり、守りの要でもある。
その土地の領主が、レオン様達の叔父様だ。
侯爵領は特に被害が大きいと聞いていただけあり、出迎えに領主様が直々にくるとは…
屋敷までの道も、家臣や騎士達がずらりと並んで出迎えてくれている。
やっぱり…私あんまりこういうの得意じゃないな…
自分の歩いている姿を大勢が見ているのは、緊張してあんまり好きじゃない…
「実はここ数日、魔獣被害の報告対応に追われておりまして…」
屋敷に着くなり、セオドアさんはほっとした様子で話し出す。
「聖女様をお連れいただけたという事は、例の場所をお願いできる、と思っていいんだよね?」
「そのつもりだ。」
「イーライ、本当に助かる。でめ、あの場所は…もしかしたら想像以上の場所かもしれないよ。聖女様でも手に負えるかどうか…」
「話に入ってしまって申し訳ありません…あの場所とは…⁇」
「ああ、申し訳ない。あの場所というのは、サルビアという交易都市の一つでね。数ヶ月前に突然、魔獣達が押し寄せてきて…今は人が住めない都市になってしまっているんだ。」
「!!」
魔獣被害が、大きいと聞いていたけれど、都市一つ滅ぼすほどとは…
思っていたより深刻な状況みたいだ。
前に聞いた、魔獣被害に遭った都市は、サルビアの事だったのかな。
「叔父上、それで想像以上というのは…」
「ああ、この数ヶ月の間、奴らの数は増えるばかり…今はあの都市に確認しただけでも100の大型魔獣と500を超える中、小魔獣がいる。」
「そんなに…ですか。」
レオン様は顔を曇らせた。
「ああ、だがこのままでは、主要な交易都市を失う事になってしまう。無理は承知だが、ぜひ一度行ってみて欲しい…」
「サルビアの人々は今どこに?」
イーライ様が、いつもよりさらに眉間に皺を寄せて尋ねる。
「サルビア近郊に、仮設都市をつくって今はそこに。だが、長く住むにはまた一から都市構造を練り直さねばならん。」
「都市建造は、現実的ではありませんね。兄さん、リナやはり予定通り一度行ってみよう。」
「ああ。」
「わかりました、頑張ります。」
現地には明日出発する事になり、ステラと私は客間に案内された。
「ステラはサルビアには行かないよね?」
「む?なぜだ?」
「え?だって瘴気にあたったら、また変身しちゃうんじゃないの?」
「我は早々影響は受けん。それに、主様に浄化された身ゆえ、瘴気如きの影響は問題ない。」
「そうなの?」
「間違いない。安心されよ。」
「ならいいけど…またアンタボコボコにするとか、嫌だからね。」
「うむ。任された。むしろ我は強者故どんどん頼るが良い。」
うーん。
あんま説得力ないけど…
いいか。
いざとなったらまたボコろう。
おっといけない、また聖女らしからぬ思考回路になっている。
部屋は豪華貴族仕様だ。
シンプルな部屋をお願いしようかと思っていたら、レオン様に注意されていた。
「僕はリナの華美を好まない嗜好を、とてもいいと思っているし、そんな君が好きだよ。でもね、普通の貴族に通された部屋以外を希望すると、満足できないって意味にとられて、失礼になる事もあるから、そのままの部屋を使って貰えるかな?もちろん、僕から事前に好みは伝えておくからさ。」
この部屋でもシンプルとか、やっぱり生粋の人々は違うな。
ふかふかのソファに座り、明日からの遠征のため、都市の地図を頭に入れておこうと思った。
地図で見ただけでも、かなり広い都市だ。
魔獣は人がいると、そこに集まってくるらしいけど…
集団の戦いは初めてだ。
まだ瘴気を払うスキルが無いので、ステラやレオン様達は止めをささないように援護に回ってくれる。
今できるのは攻撃と回復なので、なんとか今回で浄化スキルを身につけたい。
私に浄化スキルがあれば、他の人達も汚染を気にせず戦える。
「よし!目標はスキルゲット!!頑張るぞ。」
ぜひ一緒に、と言われたので夕食用のドレスに着替えて、セオドアさん達と夕食をとる。
セオドアさん、奥さんのエルサさんと2人の息子さんと娘さんも一緒だ。
2人の男の子のポールとマイクは、小さくなったイーライ様とレオン様のようで微笑ましい。
ステルンベルギア家の夕食は、ピカピカの銀食器が印象的だ。
私の前に、銀でできたウサギの置物が二羽置いてある。
「じゃあ始めようか。」
セオドアさんの言葉で、ウサギが一斉に動き出す。
一羽は私にスープの鍋からニンジンスープをすくっていれ、白いクリームと緑のクリームでボタニカルな模様を描いてくれる。
もう一羽はドリンクを注ぎ、そのあと、前菜のサラダの野菜をぱっこんぱっこんとウサギ型に抜いている。
完成したのは温野菜のサラダ。
コーンは花形になっていて、ウサギが草原で遊んでいるみたいだ。
「わぁ!!かわいい…」
「うむ、美味い。」
「ステラ、ちょっとくらい鑑賞したりしないの?」
こんなにウサギさん頑張ってるのに…
「うむ…」
難しい顔をしている。
わからないならいいや。
「ごめんごめん、味わうのも大事だよね。美味しいのが一番。」
途端にパァと顔が明るくなり、またモリモリ食べだした。
「はあ…ウサギさんすっごくかわいい…」
小さな手でせっせと給仕している姿は、かわいいの一言だ。
ドリンクを注ぎたし、メインをサーブし、デザートのミニタルトに彩り良く果物をのせてくれる。
仕上げに、ツヤツヤのナパージュをぬりぬりして、持ってきてくれる。
もう1人はなんと、泡がウサギの型に盛り上がっている3Dのラテアートをつくっている。
紅茶のティーラテのようだ。
超力作だ。
並べると…
「可愛すぎる…写真撮りたい。」
興奮する私にセオドアさんも嬉しそうだ。
「聖女様に気に入っていただけて、光栄ですよ。して、写真とは?」
「絵ではなくて、現実の物を紙に写して残しておく技術ですね。」
「なるほど…記録魔法や記録の魔石はありますが、それを芸術のように、楽しむ文化までは無いですな。」
そのあとはセオドアさんと文化について話したり、明日から行く都市の話を聞いたりして過ごした。
そして私は明日からの遠征を思い、少し緊張しながら眠りについたのだった。