無能のクズと呼ばれS級パーティを追放された少年、無能のクズぶりを遺憾なく発揮して社会で大暴れ
「追放だ」
長い銀髪に、これでもかというほど整った顔立ちをした男は、そう告げた。
彼の名はトリニティタス=イレブン。齢五百歳を超えるエルフ族の男であり、このクロール王国の都で唯一のS級パーティの長でもある。ありとあらゆる魔法に精通し、ついた異名は大賢者。常に冷静沈着、ファンクラブが分散して各所に二百はあるような好人物だが、今日このときばかりは、顔に青筋を立ててブチギレまくっていた。
「ええっっっっ!?」
その言葉を受けたのは、薄ピンク色の髪の、これもまた顔立ちの整った少年。
彼の名はニパ。齢十五歳だったか十四歳だったか自分ではよく覚えていない人族の少年であり、このクロール王国の都で唯一のS級パーティに所属する武闘家でもある。普段はふぬけた顔をして空ばかり見ているようなとぼけた人物だが、今日このときばかりは、顔を真っ青にして驚きまくっていた。
「な、なんでですかっ!?」
「自分の胸に訊いてみろ」
トリニティタスが言うので、ニパは顎を引いて自分の胸に呼び掛けてみた。おーい。
「……返事が返ってきません!」
「俺はお前とコントをしにきたわけじゃないんだ」
「奇遇ですね。僕もです」
てっきりお菓子か何かをもらえると思っていたのだ。
トリニティタスの部屋に、後でこっそり一人で来い、いいか、絶対にこっそりだぞ、誰にもバレるなよ、と言われたときには、てっきり他のメンバーに内緒で高いお菓子をくれるのだと思ったのだ。そう思っても無理はないはずだ、とニパは思う。人の欲望は留まるところを知らないのだから。
「ひ、酷いじゃないですかっ!」
そう、とりあえずニパは叫んでみた。
「僕、頑張ってるのに! どうしていきなり追放だなんて言うんですかっ!」
「昨日のダンジョンアタック、お前は集合時間に何時間遅れてきた」
「たったの六時間です!!」
「殺すぞ」
一度踏み込んだら最期あらゆる生物が死に絶えるえげつない谷のように深い皺を眉間に作りながら、トリニティタスは頭を抱えた。もうどうすりゃいいんだよ、という悲痛な嘆きが口から洩れ出す。
「お前を道端で拾ってから、もう三年が経つ」
「早いものですねえ」
「正直最近は拾わなきゃよかったと思うことばかりだ」
「なんてことを言うんですかっ!!」
グレますよ、とニパが言えば、俺だってグレてえよ、とトリニティタスも返す。
「ダンジョンアタックに遅刻するなんてザラの話。時間通りに来ても回復薬を全部忘れてきてるし、他のメンバーに平気でたかるし。お前この間、丸々日程忘れて家でくつろいでたことがあったろ?」
「どの日のことですか?」
「次にそのテンションで同じ質問をしてみろ。八つ裂きにしてやる。……俺がキレてお前の部屋に乗り込んだとき、お前自分でなんて言ったか覚えてるか?」
「『あら~? 寂しかったですかっ?☆彡』」
「一言一句違わず正解だよ」
はぁあ、と吸い込んだら最期あらゆる生物の内臓が腐り果てる地獄の瘴気のような深い溜息を吐きながら、トリニティタスは机に突っ伏した。そしてぼそっ、とこんなことを言う。
「俺はあのとき、人族を皆殺しにする決意をしかけた」
「な、なんて危険なエルフだ……」
「お前のせいだよ!!」
「うわあっ!!」
びゅん、と魔法の矢が飛んできた。超高速。そのへんにいる魔物くらいだったら一撃で刺殺焼殺できる不意打ちのそれを、ひょい、とニパは首だけで避ける。
「何をするんですか! 落ち着いてください!」
「三年は様子を見よう、三年は研修期間だ、と自分に言い聞かせてきたが、もう我慢の限界だ! 出ていけ! 無能のクズ!」
「ひ、ひどい! 僕だって頑張ってるのに!!」
「具体的には!?」
「週一で腹筋三十回してます!!」
「そんなもんは誰でもやってんだよォおおおおおおお!!!」
びゅんびゅんびゅん、と飛び交う矢の嵐を、ひょいひょいっ、とニパは避け続ける。もはやA級冒険者ですら足の一歩も踏み込めない領域である。
「でもほら、結構、それなりに、役に立つじゃないですか! ねっ、ねっ?」
「役に立とうが立たなかろうが必要なときに必要な場所にいなかったら同じなんだよ! だいたいお前は腕っぷしだけ強くてもチームを組ませたら崩壊させるし、ソロで運用してもどこかしらで大惨事を引き起こすし……なんなんだ! 何度考えてもわからん! どこが悪いんだ!」
「育て方が悪かったんじゃないですか?」
「塵になって死ねェええええええ!!!!」
ぼかん。
昨年攻略した古代ダンジョンに隠された失われた大秘儀を怒りのあまり無詠唱でトリニティタスが解き放つ。当然の成り行きとして部屋は爆発し、ニパは爆風に乗って吹っ飛び、大体建物から五百メートル程度離れた地点に「とうっ!」と無傷で着地した。
そして、涙を流した。
「う、うう……。追放されてしまったあ……」
どんなアホでも、まあその程度のことはわかった。このままパーティに帰ったとしても、トリニティタスは自分を許さないだろう。よしんばなあなあで許してもらったとしても、全体的に気まずい空気の中で日々を過ごす羽目になる。
三年の日々は、これでおしまい。
トリニティタスと過ごした、楽しい日々も。
なんか適当に怒られてるだけで、高い給料もらってぐーたらできた日々も……。
グッド・バイなのである。
「なんてこった……」
「元気を出して、ニパ」
がらり、と隣の瓦礫の下から、全身甲冑が現れた。
ニパは、それが誰だかを知っている。
「レヴィ?」
彼女の名はレヴィ。全身に着込んだ甲冑をいつも脱がないでいるから年齢がさっぱりわからないが、まあ何となく若いんじゃないかと皆が思っている少女であり、このクロール王国の都で唯一のS級パーティに所属する剣士でもある。普段は鏡かよというくらいにピカピカに磨きこまれた甲冑を着込んでいる人物だが、今日このときばかりは、瓦礫にまみれてその甲冑を汚しまくっていた。
「も、もしかして……。僕の追放に付き合ってくれるんですか?」
「それは嫌」
「そ、そっか……。じゃあもしかして、見送りにきてくれたんですか?」
「いいえ。ただ部屋で寝ていたらリーダーの魔法の巻き添えを食らって吹き飛ばされただけ」
「休日で部屋の中にいるときも甲冑着てるんだ……」
レヴィはニパに歩み寄る。そして、カシャン、とその肩に手を置いた。
「大方、とうとうリーダーが堪忍袋の緒を切らしてあなたを追放したとか、そんなところだと思うけれど、元気を出して。確かにあなたは無能のクズだけれど、傍から見ている分には面白い」
「無能のクズってところは共通見解なんですね?」
「自分の気持ちに嘘は吐けない」
吐いてほしかった、とニパが思っていると、レヴィは甲冑の隙間から、小さな袋を取り出して、彼に手渡した。
「これは?」
「パーティメンバーたちからの餞別。これが、あなたが他のメンバーたちからちゃんと想われていた証」
「そんな……。いきなり寝てるところをぶっ飛ばされてきたレヴィがこれを持ってるってことは、みんな『あいつそのうち追放されんだろうな(笑)』って思ってて、こっそりいつでもいけるように餞別を用意してたってことですか?」
「それはそう」
「なんて歪んだ職場なんだ……」
恐ろしい恐ろしい、とニパは自分の身体を抱え込んで震えだした。ふん、とレヴィはその小芝居を鼻で笑った。
「確かにあなたは無能のクズだし、できれば同じパーティとかに居てほしくないし、何ならこいつと関わったことで人生が負の方向に傾いたかも、とみんな思っていたけれど……」
「ひどすぎない?」
「それでも、いつもは完全無欠なあのリーダーが、あなたが暴れ散らかしているときだけは青筋ぶっ立てて発狂しているのは非常に面白かった。これは、みんなのそういう気持ち」
トリニティタスも可哀想な人だな、と思いながら、ニパはその袋を開けた。すると、こんなものが入っている。
【喫茶『パフューム』 パフェ1割引き券】
もしかしてなんだけど、僕って本当に嫌われてたのかな、とニパは思った。
「ニパ、忘れないで。私たちは、あなたがどこにいても『あいつどっかでまたなんかやらかしてんだろうな(笑)』といつもあなたのことを考えている」
「最悪」
「あなたの伝説はこの程度で終わるものではない。この追放に懲りずに、これからも前向きに頑張って」
僕はなんてとんでもないところに籍を置いていたんだろう、とこれまでの三年間を後悔しながら、けれどニパは、レヴィのある一言を、特別心に留めた。
「前向きに、か……。うん、これも何かの機会だよね! ありがとう、レヴィ! これから僕も、頑張ってみます!」
「うん。あなたの名前が新聞に載る日を楽しみにしてる」
「事件加害者として?」
「被害者でもウケる」
「潰れちまえ、こんなパーティ!!」
そうして、二度と振り返らずに、ニパは走り出した。
新しい冒険のはじまりである!!
☆
と言っても、人間そう簡単には変わらないものである。
十分後には「お腹減ったな」と呟いて、ニパは喫茶『パフューム』に訪れていた。席に通されて、メニューを渡されて「どれにしようかな~!」とウキウキである。
「パフェはとりあえず食べるとして、あとはハンバーグと、カレーと、これだけじゃ足りないかなあ……」
ニパはめちゃくちゃな量を食べる。それこそ同じ体格の人間と比べたら十倍は食べる。けれどそうして摂取したエネルギーによって日中活発に動いているのかと言えば、そうでもない。ただ全身全霊毎時毎秒人生をエンジョイしているから基礎代謝が異常に高いのだ。生きてるだけで地球温暖化に十人分貢献している。そのうえ好きな食べ物の一番はステーキである。南極のペンギンたちには彼を殺害する権利がある。
「……あれ? そういえば、財布……」
そこで、ふとニパは気が付いた。
自分はさっき、トリニティタスにぶっ飛ばされてきた。当然、財布など持っているはずもない。トリニティタスと一緒にいるときに財布を持つ必要は一切ないのだ。どうせなんだかんだ言っても一時間ぐらい土下座しながら足に縋りついていれば何でも奢ってくれるから。
つまり、今、自分は無一文だ。
そういうことに、ニパは気が付いた。
「しまったなあ~……。うーん……。あ、すみませーん、注文」
「はい、伺います」
「パフェと、ステーキと、あとランチセットってこれスープお替りききます?」
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあそれのAセットと、あとハンバーグとカレーと……。まあとりあえず、これで」
「かしこまりました」
ふう、と溜息を吐いてから、ニパは考えた。どうしたものか。今、自分は無一文で、かつ大量に注文までしてしまった。大ピンチである。
頭の中に天使と悪魔が現れた。
悪魔は言う。
「ケケケ。金を払うことなんざねえさ。食い終わったらダッシュで逃げな! 足の速い奴が正しい。チーターもそう言ってる」
天使は言う。
「何を馬鹿なことを! 食べた後に走ったりなんかしたら脇腹が痛くなってしまうでしょう! ここはこの星が終わるまで注文を続けましょう。店が潰れる頃になれば、清々しく歩いてここを出られます」
うーん、とニパは唸った。どちらも魅力的な提案だ。
うーん、と唸りながら考えた。あと、運ばれてきた料理をものすごい勢いで平らげた。食後のコーヒーを三十杯お替りした。天使と悪魔は彼の脳内で凄惨な争いを繰り広げ、ニューロン細胞を焦土に変えている。すると、荒廃した世界観とカフェインの匂いに誘われて、今にも死にそうな顔をした過重労働者が現れて天使と悪魔の間に割って入った。そして言う。
「労働だ」
その手があったか、とニパは思った。
そして何食わぬ顔でトイレに立ち、シフトの入れ替えが発生したタイミングで戻り、店員に声をかけた。
「あの、バイトの求人を見て来たんですけど」
「え、ええっ?」
店員は慌てた。そんな話あったかな、と言う。そんな話がありましたよ!と馬鹿みたいにでかい声でニパは言う。するとでかい声というのはそれだけで説得力があるから、店員もなんだか納得し始めた。
「採用ってことでいいですか!」
「え、ええと、店長が来ないと、何とも」
「じゃあ、今日は無給で働かせてもらいますね! らっしゃーせー! 安いよ安いよー!」
「う、うちは八百屋じゃありませ~ん!」
店員は混乱している。しめしめ、とニパは思った、このまま有耶無耶にしてやる!
するとちょうどよく、からんからーん、とドアベルが鳴った。「任せてください!」と店員に爽やかな笑顔を向けてニパは接客に出る。あまりの爽やかさに、店員も「じゃ、じゃあ任せます……」というスタンスになってしまった。やって来たのが筋骨隆々の騎士然とした男だったから、それで気後れしたのもあるのかもしれない。
「いらっしゃいませー」
ニパは笑顔で、男に話しかける。
「五百名様ですか?」
「お前の目はどうなってんだ!?」
しまった、とニパは思った。なにせニパは数を数えるのが苦手である。トリニティタスの下にいたときも索敵に出て「五億体いました」と報告して王都を恐怖のズンドコに叩き落としたことがあり、今でも笑えない笑い話として語り伝えられている。
騎士は苛立ったようにして言った。
「一名だよ、一名。見りゃわかんだろ!」
「それはお客様の傲慢ですね」
「いや当然の要求だろ! どこの世界に二桁単位で人数を見間違えるやつがいるんだよ!」
なんなんだお前は、と騎士はニパを厳しい目で見たが、なにせこの少年、怒られ慣れている。ついさっきのやり取りなどまるで夢幻だったかのような笑顔で、ごく普通に佇んでいた。
「チッ……。大体、こんな小汚い店でゆっくり飯なんか食うわけがねえだろ!」
「お前もたいがい小汚いのにですか?」
「なっ……オイ! ここの店はどういう教育をしてんだ!!」
騎士が叫べば、店員が飛んできた。すみませんすみません、と頭を下げるのを、ニパは手で押しとどめる。
「謝ることなんかありませんよ」
「んだとォ……?」
「僕が暴言を吐いた証拠なんてどこにもありませんからね。強気にいきましょう。クソ野郎! 営業妨害だ! 出るとこ出んぞオラァ!」
「こすっかれえな対応が!」
チッ、ともう一度騎士は舌打ちをして、
「まあいい。こっちは急いでんだ!」
「はい、はい。申し訳ありません……」
「なんだ。こっちの姉ちゃんはまともそうだな」
騎士は目線を、ニパから店員へと変えて、
「外の看板にアイスクリームのテイクアウトができるって書いてあったろ。あれ一つくれ」
「あ、お客様、申し訳ありません。あれは午前中だけのサービスでして……」
「ああ!?」
ひっ、と店員は怯む。
「客がやれっつったらやるのが商売じゃねーのかよ! なあ!」
「違います」
凄む騎士と震える店員の間に、ニパが割り込む。
「僕がやれと言ったらやるのが商売です」
「神様気取りかてめェ!?」
懐かしいな、とニパは思い出した。トリニティタスについて教会の重鎮との会談に向かったときに、聖像に向かって「なんかこれ僕に似てますね」とか言ったらマジの戦争が起こりかけたっけ、と。トリニティタスが「本当に悪気はないんです、聖なる馬鹿っていうか……」と無茶苦茶な論法で押し通そうとしていたのを、昨日のことのように鮮明に思い出せる。大切な思い出だ。
騎士はいきり立っている。どうもこちらの言い分で引く気はなさそうだ。だからニパは、店員にこっそり耳打ちをする。
「この人筋肉のでかさの割に心が小さくないですか?」
「え、や……」
「てめェ陰口ならもっと奥の方でやれやァ!」
ニパの声は基本的にでかい。トリニティタスの「ここからはドラゴンを起こさないように慎重に進むぞ」との指示に「オッス!!!!!!!!!!!!!!!!」と答えてダンジョン中のモンスターすべてをトレインしたことすらある。
間違えた間違えた(∀`*ゞ)テヘッと彼は舌を出して、改めて言う。
「ここはなんとかアイスクリームを出して穏便に帰ってもらいましょう」
「で、でも……」
店員は、ちゃんとした小声でニパに言う。
「私、この時間のシフトばかりなので、アイスクリームの作り方がわからないんです。魔法具を使うんですけど……」
「任せてください! 僕は魔法具のプロですよ!」
「クソが、最悪だな……」
騎士はすでに不安そうな顔をしている。
「では、少々お待ちください」
そう言って、ニパは店員と一緒にレジの奥にあるアイスクリーム魔法具の前に立った。
「まず、魔法具を起動する必要があるんですけど……」
「任せてください!」
そして、ぼこん、と殴りつけた。
「え、ええっ!?」
「ほら、点きました!」
「え、えぇ……?」
確かに、ウィーン、と音を立ててアイスクリーム魔法具は起動した。だから言ったじゃないですか、とニパは胸を張る。魔法具を殴って起動した回数にかけては右に出る者がいない、と自負している。特に得意なのはダンジョンの自爆スイッチを起動することだ。最も早い記録ではダンジョン一階突入三秒後に壁を掘り進んで起動したことがある。毎回トリニティタスが叫びながら停止させる。
ふむふむ、と言いながらボタンをいくつか押した。白いの、茶色いの、それから赤いの、三種類が出てくる。まずはどれがいいか、注文を取らなくてはならないわけだ。
騎士のところに戻って、ニパは訊いた。
「おい、客」
「せめてお客様ぐらい言えねえのか!」
「アイスクリームには種類がございまして」
「あ、あぁ。そうなのか?」
「全体的に人間の体内から排出されるものに色がよく似ているんですが、お前はどういう排出物が好きですか?」
「保健所に通報すんぞこの店ェ!!」
すみませんすみません、と店員が出てくる。バニラとチョコとストロベリーのどれがよろしいでしょうか、とぺこぺこ頭を下げながら訊ねる。「バニラでいいよ、バニラで!」と騎士が答えたから、そそくさと二人揃って退散する。
「バニラってこのボタンでしたよね」
「あの、それはストロベリーです」
「あ、こっちか」
「そっちはチョコです」
「今、僕のこと頭悪いなと思いませんでした?」
「ちょっとだけ……」
「やれやれ、とんでもない誤解ですよ」
肩を竦めてふっ、と笑って、ニパは正解のボタンに指をかける。「あの、だからそれはチョコです」
肩を竦めてふっ、と笑って、ニパは正解のボタンに指をかける。「ストロベリー……」
肩を竦めてふっ、と笑って、ニパは正解のボタンに指をかける。「あ、それですそれです」「今僕のこと馬鹿だと思いませんでした?」「ちょっとだけ……」
もう迷いはない。ボタンを押した。そしてびーっ、と出てくるバニラアイスを、ニパはもう片方の手で受け止めた。そして騎士のところにトコトコ歩いていって、満面の営業スマイルで、こう言う。
「お待たせしました。バニラアイスです」
「保健所に通報すんぞこの店ェ!!」
「すみませんすみません!!」
「そっちの女も見てねえで止めろやァ! つーかクビにしろこんな異常人間!」
「すみませんすみませんすみません!!」
「正常とか異常とか、そんなジャッジに意味があるのかな?」
「黙ってろ!!」
騎士は目を三角にして、
「なんか受け皿みてえなものがあんだろ! どうやって食えってんだそんなの渡されて!」
「あ、それじゃあ」
ニパは履いていた靴を片手で片方脱いで、
「この中に……」
「殺すぞ!!!!!」
いよいよ騎士の脳の中にある常識を司る部分が腐り落ちて、抜剣しながら店内を暴れ回るまさにその一瞬前、からんからん、とドアベルが鳴った。
「遅いぞ、何をしている!」
「わ、若様!」
金髪の、美麗な顔立ちの男だった。とてつもなく高そうな服を着ている。高位貴族であることは明らかだった。
「お前は雑用の一つも満足にできんのか! それでも僕の騎士か!」
「も、申し訳ございません! わけのわからん店員がいて……」
「わけのわからん店員だと……?」
じっ、と貴族は店員を見つめた。
ぶんぶんぶん、と店員は首を横に振る。
だから次は、貴族はニパをじっ、と見つめた。
何か後ろにあるのかな?と思ってニパは手の中にあるバニラアイスをじゅるじゅる吸いながら後ろを振り向いた。
「いやお前だお前!!」
「おい平民! さっさとアイスクリームを用意せんか!」
やれやれ、とニパは肩を竦めた。そして仕方がないので、店員に相談をした。
「容器って、何かあるんですか?」
「そ、それがわからないんです。たぶん、紙のカップがあると思うんですけど……場所を知らなくて……」
「わかりました! ここは僕の機転をお見せしましょう!」
「えぇ……」
すでに引き気味の店員を無視して、ニパは貴族の横にとっとこと向かう。そして揉み手をしながらこう言った。
「ここだけの話なんですがね、旦那!!!!!!!!!!」
「全然ここだけの話になってないぞ!!!」
耳をつんざく大音量に、思わず貴族は耳を押さえてうずくまった。なんて軟弱な、とニパはそれを見ている。トリニティタスだったらそれを超える音量で「黙れ!!!!!!!!!!!!」と叫んでガラスを破壊する場面だ。果たしてこんなに弱々しい人間が為政者で、この国の未来は大丈夫なのか?
「高貴な方向けのサービスがあるんでごぜえやすよ、へへへ……」
「何、高貴向けだと?」
そのフレーズに感じ入るものがあったのか、すっくと貴族は立ち上がった。
「やれやれ、平民の服を着てお忍びで来たつもりだったのだがな。品性というものはどうしても滲み出てしまうか」
「そうでゲスね」
そんなキンキラリンの衣装を着ておいてお忍びも何もあるか、と常人だったら突っ込むところだが、実を言うとニパは服の区別があまり得意ではないので、その程度のことでは平民と貴族の区別がつけられない。では何で判別しているのかと言えば、勘である。なんか変なことしたらトリニティタスが怒りそうな相手だな、という直感だ。そして大抵その直感は無視される。どうせ後でトリニティタスが謝ってくれるだろうから。
「それがなんと、乳搾り直飲み体験ってやつでごぜえやす」
「なに、乳……」
貴族の耳は都合のいいところだけを聞き取った。
「いいだろう。精々その乳なんちゃらというのをこの俺にサービスしてみるがいい!」
「ではどうぞ、こちらへ……」
そう言って、ニパは貴族をアイスクリーム魔法具の前に通した。
「それじゃあ、魔法具に背を向けてもらっていいですか?」
「こうか?」
「はい、それで大丈夫です。それじゃあ足を持ち上げますね」
「足を?」
「大丈夫です、楽にしてください」
ほっ、と言って、ニパは貴族の両足を掬い取った。それを脇で挟み込むと、片足を伸ばして肩甲骨のあたりを支える。つまり、仰向けに寝転がっている貴族を、ニパが身体で浮かしている形になる。
「ほう……。なかなかの曲芸ではないか。ここからどうなる?」
「そのままアイスクリーム魔法具の受け口に挿入させていただきます」
「なに、挿入!」
「はい。挿入です」
「なかなかのサービス精神ではないか。よきにはからえ」
「それでは遠慮なく」
ぐいぃ、とニパは片足で器用に動いて、貴族の顔を魔法具の中に突っ込んだ。
そして、店員に高らかにこう言うのだった。
「乳搾り直飲み体験、一名様ご案内でぇす!」
「え、ええっ!?」
「バニラのボタンを押してください!」
「馬鹿、やめろ!!」
ようやく騎士は叫んだが、時すでに遅し。
めくるめく急展開にすでに思考能力を根こそぎ奪われていた店員は、ニパに言われるまま、ボタンを押してしまった!
「え、えいっ!!」
「ぐぁああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
「若様ァーーーーーーッ!!」
ひどいものである。
貴族の顔面にとめどなくバニラアイスが降り注ぐ。貴族は驚いて顔を左右に動かすが、ニパの強固なバランス感覚は彼を逃がさない。そしてもはや店員は自分が何をしているかわからないからずっとボタンを押したまま「あぁあああああああ」と言葉にならない声を発している。
「やめろてめェ!!」
騎士がニパの後頭部をぶん殴った。
ガキン、と金属を相手にしたような音がして、びくともしなかった。ニパは石頭である。トリニティタスもニパをぶん殴りたくなったときは、拳で殴ると開放骨折することがわかっているので、地面を見て尖った石を探し始める。ちなみに並大抵の石では石の方が砕け散る。これまでにニパに明確なダメージを与えたことがある石はオリハルコンのみであり、そのときの反応は「なんですか、もう! ひどいなあ」だった。血の一滴も流れなかった。
貴族が叫ぶ。
「おい! 本当に、ゴポ、これは、ガエッ、乳なのか!!? 白い、ぼへっ、べたべたした液が、ゴァアッ! 垂れてきているゲヘッ! だけではッ!」
「乳です!! 液状化しつつあります!」
「そうか! よし! ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾォーーーーッ!!!!」
「若様ァーーーーーーッ!!!」
このようにして貴族は店に残っていたバニラアイスを全て、一滴残らず啜り切った。
そしてニパは通報されて投獄された。
☆
「おい、聞いたか?」
「何が」
「あの新しく入ってきたピンク髪のやつだよ」
「げっ! お前、そんなやつの話すんなよ、縁起悪ィ!」
「ああ、あいつ、あの無意味に回す苦役用の棒で竜巻起こしたんだろ?」
「しかもあいつ、拷問しようとしても刃物を全部肌で弾いちまうらしいぜ!」
「おいおい、そいつはいくらなんでも嘘だろ……」
「マジだって!」
「しかも王族への反逆罪だってのに、尋問で言った言葉が『またなんかやっちゃったか……』だったとか!」
「『反逆も何も……お前らに従ったことなど一度もないが?』とかも言ったらしいぜ!」
「んで、そいつがどうしたんだよ?」
「ああ。あいつ、懲罰用の独房に閉じ込められたらしいぜ」
「あー……」
「それなら安心だな」
「ああ。なんせあそこは看守すらほとんど近寄らない、地下二十階だからな。ダンジョンを攻略するより、あそこから警備を潜り抜けてくる方が千倍難しいぜ」
「食料の供給すらされない……」
「実質、処刑だな」
わっはっは、と看守たちは笑った。
☆
「うぅ……なんでこんな目にぃ~!」
ニパは暗闇の中でしくしく泣いていた。地下二十階。日の光すら遠い独房。その中で、我が身に起こった思わぬ不幸を嘆いていた。
「財布を忘れただけなのに……。うぅっ! なんて不憫なんだ、僕!」
ひとしきり自分を哀れんだあたりで、さーてそろそろ外に出るか、とニパは自分を縛る手枷足枷をバキバキに破壊して立ち上がった。この程度の金属がなんするものぞ。トリニティタスなんて、最高難易度ダンジョンの最深部に伝説の封印魔法をかけて沈めるくらいのお仕置きは普通にしてくる。こんなのは赤子用の罰である。
「だ、誰か……いるのか……?」
そのとき、声が響いた。
当然暗闇の中だから、その姿はわからない。けれど、だいぶ老いた声ではあった。
なんとなくこのへんだろ、と思いつつ自分の独房の扉を破壊しながら、ニパは訊ね返す。
「いますけど……どなたですか?」
「儂は……この国の王じゃ……」
「王様?」
首を傾げた。
「それって、食べ物か何かですか?」
「ふふ……儂のいない間に、この国にも民主主義が浸透し、王を知らぬ若者が生まれたか……」
「民主主義? それって食べ物か何かですか?」
「ふふ……ただの馬鹿か……」
失礼な。ニパは憤慨する。こっちは大賢者トリニティタスに「お前は本当は賢い子なんだ。賢いはずなんだよ……」なんて泣きながら言われたことだってあるんだ。ベロベロに酔っぱらっていたから、たぶん本音のはずだ。「そうじゃなくちゃマズいんだ……」とも言っていた。
とりあえず、適当に破壊の限りを尽くして周囲を更地に変えた。そして声のしたあたりに立って、訊いた。
「王様がどうしてこんなところにいるんですか?」
「ふふ……なぜじゃと思う?」
「うーん……。パーティを追放されて財布を持ってくるのを忘れたまま喫茶店で大量に食事を頼んでしまって、それを誤魔化すために店員ごっこをしていたらなんか貴族っぽい人が来て、その人の顔にバニラアイスクリームを二十リットルくらいぶっかけちゃったからですか?」
「ふふ……そんな狂人と会話が成り立つわけがなかろう……」
やれやれ。この人ふふふふ笑っているばかりで全然質問に答えてくれないぞ。これじゃ埒が明かないや。
そう思ったニパは、灯りがないかな、と考えた。目を見れば言葉がなくとも伝わることもあるのだ、とトリニティタスも言っていた。おかげさまでニパはその助言に従って出されてもいない指示を汲み取りまくり、各地で様々な地獄を生み出してきた。
手探ってみたけれど、やはり壁と床くらいしか見当たらない。しょうがない、とニパは思った。壁と床で火を熾そう。指で石壁を掴む、みりみり、と指に力を込めて、それを引っこ抜く。そしてその石を床に打ちつけた。バチーン! ものすごい威力で石は砕け散り、閃光のような火花が舞った。
「ふふ……お主は、鬼か何かか?」
「純粋な人間です!」
「ふふ……騙されておるぞ、たぶん」
うーむ。ニパは唸った。一瞬だけ火花のおかげで明るくなったけれど、持続しない。王は、実際ニパが想像していた通りの白髪白髭の痩せた男で、ボロ切れみたいな服を着ていたけれど、これだけではわからない。
いや、そうか!
賢いニパの頭の中に、名案が浮かんだ。火花を何か、燃えるものに移せばいいのだ。たとえば、布とか。燃えやすいボロ布だともっといいな。
「よーし、いくぞぉ! よいしょっ!」
「あっチャァあああああああああああ!!!!!!!」
「しまった!」
「ほわっちゃぁあああああああ!!!! 儂が燃えとるぅうううううう!!!!」
王から服を剥ぎ取るのを忘れていた! 燃え盛る火の中であかあかと老人の苦悶の表情が映し出されている!
ニパは、トリニティタスの言葉を思い出していた。子どもや老人には、親切にするんだぞ。出会って三日くらいのことである。あのころは彼も、よく笑って頭を撫でてくれたりした。
「すみません。老いた人に粗相をしてしまって……」
「いいからこの火を消しとくれェえええええええ!!!!!」
「ど、どうやって……、いや、そうか!」
さらにニパは思い出した。トリニティタスが渡してくれたケーキのこと。誕生日なんだろう、と言って笑っていたこと。蝋燭を、息で吹き消したこと。
「ふーーーーーーっ!!!!! ふーーーーーーーーっ!!!!」
「ぐぁああああああああ!!!! 巻き上がる突風のような呼気によって酸素が十分に供給された結果炎の温度が上昇しもはや蒼い炎に包まれとるぅうううううう!!!!!!」
「あ、なんかカッコイイ」
「いいから消しとくれェえええええええ!!」
他に、他にどんな手段があっただろう。パーティメンバーが火だるまになったときはどうしたっけ。ああ、そうだ。確か囲んで布で叩いたんだ。自分の服が燃えると嫌だから、とりあえず叩くのだけをやってみよう!
「えいっ! えいっ!」
「ぐぁああああああああああ!!!! 若者に両足を持たれてビッタンビッタン床に叩きつけられておるぅううううう!!!!」
「どうですか! 消えそうですか!!」
「儂の命の灯火が消えそうじゃぁああああああ!!!!!!」
しかしこのとき、奇跡が起こった!
詳細な原理は医学書に譲るが、ビッタンビッタン床に叩きつけられたことで王の骨盤が矯正され、摂氏一万度の炎にも耐えうる身体に変わったのである!
「こ、これが儂か……?」
信じられない、というように、王は自らの燃える手を見た。
「これではまるで……ブルー・フレイム・ジジイじゃ……」
「ぶ、ブルー・フレイム・ジジイ!?」
「ああ、そうじゃ、伝説の……。まさか儂がな……」
何はともあれ結果オーライらしい。ほっ、とニパは胸を撫で下ろした。
「力が漲ってきておる……そのへんに生えていたキノコを食って生き延びてきた甲斐があったわい!」
「えっキノコ!? どこどこどこどこ!?」
「さっき儂のブルー・フレイムで燃え散ったわい」
「なぁんだ」
ふ、と王は不敵に笑う。そして、ニパに言った。
「礼を言おう、鬼の少年よ」
「いや、純粋な人族ですって」
「種族ではなく人格の話じゃ」
「なーんだ!」
ぐ、と王は拳を握った。
「これなら、儂を独房に押し込めた王子を叩きのめすことができそうじゃ……!」
「何か、あったんですか?」
自分にとって都合のいいことが起こる匂いを嗅ぎつけて、ニパは訊いた。自分をこの牢に叩きこんだのが王子だということはちゃんとわかっている。だから、王子に何かあればなんか有耶無耶で自分も許されるだろうと思ったのだ。
「話せば長い話になるんじゃがな……」
「短くお願いします!」
「そうじゃのう。お主、頭が悪そうじゃしな……。よし!
①王子は権力を欲しがった。
②ゆえに悪魔と手を結び、儂を独房に押し込めた。
③いずれ悪魔は対価としてこの国の民の命を刈り取る。
④その前に、儂が王子を倒さねばならない。
これでどうじゃ!?」
「王子……権力……」
「まだ難しかったか! すまんの! 王子がムカつくからギッタンバッタンにしてやろうって話じゃ!」
「なるほどお!!」
ぽん、とニパは平手に拳を打った。そういうことなら、と。
「僕も手伝いますよ! 僕もあの王子には顔面にバニラアイスクリームを二十リットルぶっかけたくらいで投獄された恨みがありますからね!」
「前衛革命家?」
しかし仲間が増えたことは心強い、と王は言った。血も涙もない人間ならなおさらじゃ!とも。失礼な、とニパは思った。
「よし、それじゃあ作戦じゃがな。おそらく、奴は近日中にこの独房に来る」
「どうしてですか?」
「儂の死体を使うつもりじゃよ。今は悪魔を影武者に使っておるが、指紋までは真似できん。王位継承の書類のために、儂の死体から指紋を取りに、絶対にやってくる」
「地元の仲間とバーベキュー?」
「うむ。奴をジュージューに焼いてやるんじゃ!」
さすが一国を治めてきた人物だけあって、人の扱いもお手の物である。
「つまり、待ち伏せ作戦じゃな」
しかしそのとき、ニパの頭に過った言葉があった。
もう遠い昔のようにも思える。追放されていく自分に、レヴィがくれた言葉。
前向きに頑張って。
果たして、待ち伏せなんて消極的な発想は、前向きなのか?
「いや、攻めましょう!」
「なんじゃと?」
「理屈とかは特に何もないんですが、攻めた方がいいと思います!」
「何!? 理屈とかは特に何もないが、攻めた方がいいと思うのか!?」
ううむ、と王は考え込んだ。
しかし、それは長い間ではない。
「確かに……お主はツイている男なのかもしれんの。絶体絶命の儂の前に舞い降りたところなんか、ほとんど天使と言っても過言ではないわい」
「えへへ(n*´ω`*n)」
「よし! お主の言うことを信じてみよう! ここは攻めじゃ!」
「はい! 破壊の限りを尽くしましょう! そういうの得意です!」
「うむ! 破壊の限りを……えっ?」
このあたりで王はようやく自分の間違いに気付いたが、時は戻せないのである。
☆
「ヴぉおおおおおおおおおお!!!!!」
「ひぃっ!!! なんだあいつは!!」
「四階まで全部破壊されたぞ! 更地になってる!!」
「矢も槍も効かないぞ! どうすりゃいいんだ!!」
「魔法隊だ!! 魔法隊を呼べ!!」
「僕は大賢者トリニティタス=イレブンの一番弟子、『破壊童子』のニパだぁあああああ!!!!」
「な……何ィ!?」
「大賢者トリニティタス=イレブンの一番弟子!?」
「魔法隊を引っ込めろ! 反射されかねんぞ!!」
「トリニティタス=イレブンがクーデターを起こしたってことか!?」
「クソッ! トリニティタス=イレブン……絶対に許さねェ!!!」
嵐の化身と言ってもいい暴れぶりだった。ダンジョンではいつもこんな感じである。トリニティタスが神経を削り、他のメンバーが爆笑していた。そんな感じの美しい思い出が、まあ、あることにはあった。
壁は壊すわ床は貫くわ。
人と見ればぶん殴りまくって、築いた人山は兵士数百人分。「洗脳されておる者もおるかもしれん」なんて王が口を滑らせたのが最後だった。その真偽が定かではないまま、とにかく暴力が吹き荒れている。もはやちまちま遠距離から矢を射るくらいしか攻撃の手立てはないが、それだって外皮に阻まれて一つも傷を作らない。ちなみに王はと言えば、そのニパの後ろについて回る、無意味に蒼く燃え盛るファイアージジイと化している。もうどうにでもな~れ、と言いながらくるくる踊っていた。
「い、一体、何が目的なんだ!!」
「王子の首です!!」
「ヒェエエエエエエ、マジのクーデターだぁあああ!!」
「大賢者はまだか!?」
「あれは大賢者の弟子なんだろ!? ならあいつがクーデターの首謀者なんだ!!」
「そんなわけがない! 王国の発展を支えてきた人格者だぞ!?」
「トリニティタスは数日前に卒倒して入院したって聞いたぞ!!」
「なんで!?」
「心労とかいう噂だ!!」
「トリニティタスのパーティの奴らはまだなのかよォ!」
「あいつら全員入院したって聞いたぞ!!」
「なんで!?」
「ワライダケ食って中毒起こしたって噂だ!!」
普通こんな阿鼻叫喚を前にすると、善性の少しでも宿っている人間なら躊躇いとかそういうのが生まれるものなのだが、残念ながらニパの中にそういうものは生まれない。善性が欠片もないとかそういう理由ではない。本気の集中状態に入った彼には、外部の情報などもはやほとんど意味を持たないのだ。そういう理由なのだ。たぶん。おそらく。そうであってくれればいいな、とトリニティタスはいつも思っていた。
「この騒ぎはなんだァ!!」
銅鑼声が響き渡った。一斉に兵士たちの視線がそちらへ向く。
そして、歓喜に湧いた。
「き、来たァっ!」
「護衛騎士だ! 王族付きの護衛騎士が来たぞォ!!」
そして騎士は、騒ぎの元であるニパを見て、「何ィ!?」と叫んだ。
「てめぇ……あのときのイカレ人間! 独房からどうやって抜け出しやがった!?」
「ふん! そんなのちょっと力を込めて階層ごと破壊してやっただけです!」
「人間にできるかそんなこと!!」
「できるんだから仕方ないでしょう! 人間の可能性を認めろ!!」
騎士には通報された恨みがある。
ここはボコボコにして灰にしてやろう。そう思ってニパが拳を握った瞬間、「待てい!!」と王がとうとう言葉を発した。
「なんですか?」
「こやつは護衛騎士の中でも古株じゃ。ひょっとすると、儂のことを覚えているかもしれん」
そして、王は騎士に呼び掛ける。
「おい、お主!」
「なんだァ? しなびたジジイが!! 俺様に話しかけるなんざ、百年早えぜ!!」
「Goじゃ!!」
「オッス!!!!!!!!!!!!!!!!」
超高速弾丸ドロップキック。
うごあ、と悲鳴を上げるだけの時間もなく、ものすごい勢いで騎士は城の外まで吹っ飛んでいった。それと、その際にニパが発した気合の声によって周囲の兵士たちは全員気絶した。王はギリギリ気絶しなかった。何せブルー・フレイム・ジジイなので。
「よし!! 破壊活動に戻りましょう!」
「待てい!」
「何ぃ!?」
「もう儂らを阻む者はおらん。このまま王子のところまで一直線じゃ!」
というわけで、彼らは階段を上っていった。途中腰をいわした王が「儂のことは置いて……先に行くんじゃ!!」と叫び、ニパが「道がわかりません!!!」とそれに応える壮大な感動ストーリーなどを交えつつ、最終的には辿り着いた。
王の間。
「おらァ!!」
バーン!とその扉をドロップキックで開く。
そこには、威厳ある王の姿をした悪魔と王子が、不敵な笑みで立っていた。
「驚きましたよ、父上。まさかあの独房から逃げ……なんで燃えてんだお前!?」
「ふん、星の巡りあわせじゃ!」
驚愕する王子の横で、悪魔は「ふん……」と笑った。
「悪魔を滅ぼす蒼き炎……。ブルー・フレイム・ジジイか」
「そのとおり。ブルー・フレイム・ジジイじゃ」
「お前らは何を言っているんだ?」
ふふ……と王は笑い、悪魔はふん……と笑う。困惑するのは王子ばかりで、それを見たニパは、こう思った。
「お前は……王の器ではない!」
「ふん……お前に王の器がなんたるかわかるというのか、蛮人!!」
「知ってるさ! たぶん丼みたいなやつだろう!」
「王のことを食い物か何かだと思ってるのか?」
少年、と王がニパに語り掛ける。
「お主は強い。が、悪魔を滅するには特別な力が必要じゃ」
「粘り強さとかですか!?」
「お主、意外といい教育を受けてきておるのう……」
「実践は全然できてません!」
「お主の教師は可哀想じゃのう……」
いいか、と王が言う。
「儂のブルー・フレイムならば奴を滅することができる。つまりお主は、」
「オッス!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うん。まあ、それでいいんじゃけどね」
陽動作戦だった。
ニパが飛び込む。そしてそれに王子と悪魔が対応しているのを、王が不意打ちをするという作戦だった。
しかし。
「ふん……所詮は人間か」
「何ィ!?」
ニパのドロップキックを、悪魔は片手で受け止めた。
「悪魔の力には敵わないようだな……。ふん、どうした。さっきまでの威勢は」
「そんな……、殺さないように手加減してやったとはいえ、僕の蹴りを受け止めるなんて!」
「ふふ……えっ?」
「一撃で相手を倒せないなんて、武闘家の恥だ! こうなったらこの場にいた全員を抹殺してなかったことにするしかない!!」
「え、儂も?」
食らえ!と叫んでニパは掴まれていない方の足で蹴りを放った。「グエェええッ!」と悪魔は呻く。たとえ死なないにしたって、痛みくらいはあるのだ。そう、あなたたちが日々の生活の中で少しずつ、死ぬほどではない心の痛みを抱えているのと同じように……。
ボコボコに悪魔を殴り倒しながら、ニパは言う。
「王様! 今です!」
「うむ! ブルー・フレイム!!」
「おおっと、させませんよ! マジック・キャンセル!!」
燃え盛るジジイであるところの王から放たれた炎が、王子の目の前で急に萎んで消えた。まるでいずれ急速になくなっていく若さのように……。
「悪魔と契約して手に入れた力ですよ!」
王子が高らかに叫ぶ。
「魔法をキャンセルする力ァ! これならあの大賢者トリニティタス=イレブンすらも封殺できる。そして僕は酒池肉林の楽園を築き上げるんだ!!」
「馬鹿者! 悪魔と契約すれば、お主が死んだ後この国はどうなる!?」
「知ったこっちゃあないねェ! 僕が死んだ後のことなんてさァ!!」
「貴様……!」
熱い親子の会話が繰り広げられている横で、ニパはムッとしていた。
「トリニティタスがそのくらいで負けるわけないだろ……。いざとなったらトリニティタスは本当の姿に変身して身長九億メートルの身体で星ごと叩き潰すんだい! 無敵なんだから!」
「いやエルフにそんな力は……ぐぁああああああ!!! やめろォおおおお!!!!!!」
悪魔の手足を容赦なく断裂しながら。
「じゃが甘いの……若造!!」
「何ィ!?」
「悪魔に借り受けた力も無限ではあるまい! 対して、燃え盛る儂の力は無限にほぼ等しい! なにせ燃えておるからな!」
「どういう理屈だ!」
「ゆえに、儂はただお主がパワー切れになるまで炎を放ち続けるだけじゃ! ジジイの粘り腰を見せてやる! 食らえ、ブルー・フレイム!」
「何の!」
「ブルー・ファイアー!」
「まだまだ!」
「ブルー・ファイヤー!」
「いちいち表記揺れさせるな! イライラする!!」
一方その頃、相変わらずニパは悪魔をボコボコにしていた。
「ぐぁあああああああっ!!!!」
「あ、なるほどー。だからトリニティタスはこれダメって言ってたのか。あはは、普通にやってたら死んじゃいますもんね、これ。人」
「おぎゃぁあああああああっ!!!!!」
「この関節って悪魔にしかないやつですか? 面白いな、これ。激痛ですか?」
「お、鬼ぃ! 悪魔ぁ! 人殺しぃ!!」
「何言ってるんですか、悪魔の癖に。僕は普通の善良な人間です」
「トホホ~! もう人間になんて絶対に近寄らないよ~!」
一方その頃、王と王子は。
「ブルー・インフェルノ!」
「マジック・キャンセル!」
「ブルー・フレア!」
「マジック・キャンセル!」
「ブルー・バーニング!」
「ええい、最適な技名を模索するな!! 鬱陶しい!! 全部同じ技だろ!!」
均衡状態を崩したのは、悪魔だった。
「ナメられたまま終わってたまるか……! 変身解除!!」
ずぉお、と音を立てて、悪魔の人型の口から黒い闇が出てくる。
そして、それは竜の形を取った。
「人間ごときに真の姿を見せるのは耐えがたい恥だが……致し方あるまい!」
ばさっ、と大きく羽ばたくと、悪魔は城の壁を突き破って、外に出た。
そして口の前に黒い炎をコォオオオオと灯すと、それを一気に解き放つ。
城ごと丸焼きにする気だ!
「あ、悪魔! 話が違うぞ!! このままでは僕まで死んでしまう!!」
「契約は解除だ! こんなつまらないところで、俺は死ぬわけにはいかん!」
「ふ、ふざけるなァ!!」
黒い炎は、ブルー・フレイム・ジジイの肌すら焦がし始める。このままでは誰も耐えきれない。城内に残っている、ニパの手によってぶっ倒された大量の兵士たちまでこんがり焼き上がってしまう。
だから、王は叫んだ。
「マジック・キャンセルを使うんじゃ!」
「なんだって!?」
「悪魔は契約を成就させぬ限り、貸し与えた力を奪うことはできん! いまなら、お主のマジック・キャンセルによってあの炎を無効化できる!」
「……嫌だね!」
「何ィ!?」
「この場で悪魔を倒してしまったら、そのあとの僕は負けるだけだ! それならこの場で、どうにかお前たちを倒す方法を探す方が……!」
「バカヤロー!!」
「ぶぺっ!!」
ニパが、容赦なく王子の顔面を殴りつけた。
「もっと冷静に状況を見てください! あなたに残されている選択肢は、悪魔を倒して僕らに倒されるか、それともこの場で悪魔の力を利用して僕らを倒すか、その二つだけなんですよ!!」
言われたことを、少しだけ王子は考えて、
「えっ、それ、僕が今言った……」
「黙れ!!」
「ぼぱっ!」
「口答えをするんじゃなーい!!」
顔面を凹まされながら、王子は叫んだ。
「父上、なんなんですか! この男は!!」
「儂もわからん……。怖い……」
「そんなん連れてこんな重要な場所まで出てくるな!! ……ぐっ、頭が……!」
そう言うと、ばたり、と王子は倒れ込んだ。
おい、と王はその肩を揺さぶった。
起きなかった。
「…………終わったんじゃが……」
「何を諦めてるんですか!」
「お主が終わらせたんじゃが……」
「…………?」
本当にわかっていない顔で、ニパは首を傾げた。
マジかこいつ、と王は思っている。悪魔よりヤバいやつの力を借りてしまった、とすら思っている。
「ど、どうするんじゃ! マジック・キャンセルがなければあの黒い炎は破れんぞ!?」
「ブルー・フレイムじゃダメなんですか?」
「力負けするわい!」
「いやでもほら、よく見てください」
ニパが悪魔を指差す。
「あれ、口の中じゃなくて、口の前から出てるじゃないですか」
「じゃから?」
「あの間合いより近くまで入り込めれば、ブルー・フレイムを直当てできますよ」
「じゃから、どうやってそこまで行くつもりなんじゃ!!」
「どうやって、って」
しまった、と王は思った。
訊かなければよかった。
「ただ、真正面から僕が王様を抱えて突っ込んでいくだけですけど。
速度が十分なら、焼け死ぬ前に越えられるでしょう」
じり、と王は一歩下がった。
「待て、考え直そう」
「え、完璧な作戦じゃないですか?」
「いや、その、ほら……もっと安全な方法を考えるんじゃ! こっそり城から出て、後ろから不意打ちというのはどうじゃ? うん、それがいい! 悪くない作戦じゃろう!」
「僕、パーティの仲間からこう言われて、旅に出ることになったんです」
がっし、とその王を、ニパが捕まえた。
「前向きに頑張って、って。前向きで行きましょう」
「前向きって言うのは、そういう意味じゃなぁあああああああい!!!!」
ニパが王を抱えて、ものすごい勢いで王の間を駆け抜ける。
黒い炎が、飛来物に反応してさらに温度を上げる。星すら溶かすほどの高温。
けれど、その温度に達するときにはすでに、二人は黒い炎を背後に置き去りにしている。
「――――馬鹿な」
悪魔が、言った。
「馬鹿な、人間ごときにィいいいいいいい!!!!」
「――――今です、王様!!」
「ブルー・フレイム、じゃぁああああああい!!!!」
蒼い炎が、黒い竜を包んで、灼き尽くす。
このようにして、王国は再び、平和になった。
☆
その後。
「……あの、それで、一体何の御用でしょうか」
「そんなにかしこまらんでくれ、大賢者殿」
王の間に、二人はいた。
もちろん、王座に腰かけている方が王で、その前に立っている方が、トリニティタス=イレブン。つい最近退院したばかりの大賢者。
「お主も知ってのことじゃろう。悪魔がこの国に入り込んでおった」
「……は。こちらとしても、悪魔の存在に気付くのが遅れ、申し訳ございません」
「よいよい。あの悪魔は相当の大悪魔だったようじゃし、エルフは基本的には人族の国には干渉せんものじゃろう。それを昔のよしみでいつまでも面倒を見てくれておるのじゃから、こちらは文句など言えんよ。むしろ、こちらが日頃の礼を言わねばならん」
ありがとう、と王が頭を下げれば、頭を上げてください、とトリニティタスも言う。
ゆっくりと身体を起こして、それからようやく、本題に入った。
「ところで、悪魔退治の功労者についてのことなんじゃが」
「帰らせていただきます!」
ジャッ、と槍が鳴る。
踵を返そうとしたトリニティタスを、護衛たちが阻んだ音だ。
「まあ、彼もこの国を救った英雄と言ってもいいほどの少年じゃ。ゆえに、『職が欲しい』という要望をこちらでも叶えてやろうと思ったんじゃが……」
「…………」
「まあ、どこに行ってもトラブル続きでな。どこに置いても『悪魔より酷い』と陳情が上がってくる有様。儂の目から見ても確かにそうじゃから、手に負えん」
「……私のせいだとでも?」
「いや、そうは言っとらんよ。それで『金をたんまりやるから田舎に引っ込んでおったらどうじゃ?』と勧めたんじゃが、それでもどういうわけか、地方の領主たちと揉め事三昧でのう……どこに行っても三日と持たんのよ」
「海の真ん中にでも領地を与えたらいいと思います。あいつならそこで楽しく暮らすでしょう」
「それじゃ島流しじゃよ。英雄にそんな扱いはできん。……が、どうもこの少年、トラブル続きの人生ながら、三年ものあいだ、奇跡的に所属できたコミュニティがあるそうではないか」
「嫌です」
「しかも訊けば、そこには少年が『尊敬している人物』がおり、言われれば比較的『話を聞いてもいい相手』とも思っており、かつ『何があっても最後には敵わないすごい人』だとも言うではないか。あの、どこに行ってもめちゃくちゃやらかす爆弾のような少年が、じゃ」
「王の直属の護衛騎士というのはどうでしょう?」
「ほほう。やはりお主は勇気があるの。世界大戦が巻き起こる可能性を考えて、儂が決して取れなかった選択の一つじゃ」
「……嫌です」
「儂もさすがに、これだけ頼り切っている相手にこんなことまで頼むのは気が引けたんじゃが、ついさっきそのパーティのメンバーが全員揃ってやってきての」
ほれ、と言って、王は一枚紙を取り出す。
「リーダー以外のメンバー全員による、『追放取り消し嘆願書』だそうじゃ。理由は『面白いから』とか、まあそんなのばっかりじゃが……。S級パーティの面々が出してきたものと考えると、そう邪険にもできん」
「…………い、嫌です!!」
「すまぬの」
王は本当に、心の底からの同情を示して、こう言う。
「お願いというより、決定事項じゃ」
ガシャーン、と王の間のガラス戸が割れた。
護衛たちは驚いたが、王は動かない。そしてトリニティタスも、魂の抜けたような顔で、諦めきっている。
もちろん、飛び込んできたのは。
「トリニティタス! 久しぶりですね!!」
あらゆる場所で問題を起こす、クズで無能なこの少年。
すとととっ、と早足でトリニティタスの前まで近寄って、ポーズを取って言う。
「旅に出した可愛い子が成長して戻ってきましたよ! 人が悪いなあ、レヴィから聞きました! この追放が悪魔を倒すためのトリニティタスの策略だったなんて! いやあ、流石です! 僕をエージェントに選んだのも慧眼です! どうですか、完璧にやり遂げてみせましたよ!」
ねっ!と言って。
にんまり、と満面の笑みを浮かべて。
ニパは、こう言う。
「寂しかったですかっ?☆彡」
「なんでこうなるんだぁああああああああ!!!!!!!!!」
ぼかん。
完。