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『久しぶりね、斎川さん』
「お久しぶりです、シエンタ様」
そう、連絡を取っていたのはこの人。魔女シエンタ様だ。
慌ててつけたからか、マスクが微妙に曲がっているのが気になる。
この人は現ダンジョンマスターの頂点に立つとも言われている権威、しかもオレと同じような異世界出身らしい。
『こうやって連絡を取り合うのは初めてね。シャインの催促かしら?』
「あ、そういえばまだ交換してませんでしたね」
魔物の交換の約束をしていたんだった。
『違うようね』
「すいません、ちょっと相談したい事が御座いまして」
『相談? DPなら貸さないわよ』
「そういう相談ではないです」
借金はしたくありません。
『そう』
「えーっと。人間の街に降りたいんですが、魔物とバレてしまうのが怖くてですね」
『へえ。わざわざ人間の街に降りるなんて変な事考えるわね』
「はい、お祭りがありまして」
『お祭り、お祭りねぇ。そういえばしばらくそういった事に顔出してないわ』
ちょっと身を乗り出してきた。
「ですが勘の鋭い人間は、魔物の存在に気づく可能性があるらしく……」
『そうね、ちょっと警戒心のある人間はすぐ分かるみたいね』
そんな人間、知り合いにはいないなぁ。
『野生の勘みたいなものよ。野生動物が天敵から身を隠す習性があるのと同じようなものね』
「そうなんですか」
『街でただ暮らしている人間はそういった気配は分からないらしいけど、いわゆる冒険者や兵士っていうタイプの人種なら程度の低い人間でも気づくものよ』
「やっぱお忍びじゃ厳しいですよねぇ」
『そうね。あなたやあなたの部下の、おむつの子レベルなら気づかれちゃうわ』
全裸ジョージの事だよね?
『存在自体を曖昧にするタイプの魔道具を使い、更に別の生き物の気配を偽装出来るタイプの薬を使えば何とかなるんじゃないかしら』
「薬っ! そういえばポーション的な不思議薬があるんですものね」
変身出来る薬や巨大化出来る薬の1つや2つありそうなものだ!
『そこらの雑魚モンスターが偽装するなら問題ないけど、名付けされているような上位の魔物が人間の気配を偽装するなら普通の薬じゃ無理ね。もちろん、ダンジョンマスターであるあなたも含めてね』
「むむむ。ダンジョンショップで検索しても、弱い魔物の気配を抑えるような物しか売ってませんでしたね」
強い魔物は気配も強いんだな、きっと。
『まあどっちもあるけど』
「ほしいっす!」
「歩様、はしたないですよ」
フィルに注意されてしまった。
『駄目よ、マスター同士の会話は駆け引きが重要なんだから』
「シエンタ様がオレと同格のマスターなら多少考えますけど?」
シエンタ様はオレよりも圧倒的に上の立場だ。オレを騙しても何かを得られるようなメリットはない。取引予定の相手だし。
『ふ、ふふふ。それもそうね、いいわ。気配を曖昧にさせる魔道具は別に大したものではないからいいんだけど、流石に薬は対価が欲しいわ。貴重な素材をふんだんに使った上で、品質が落ちないようにピーチ味にするの大変だったもの』
「あー、やっぱ元々の薬は不味いんですね」
『魔法薬なんて大体そうよ。そもそも本来であれば口に入れる事が想定されていないような物を使ったり、それこそ毒だったりを使う事もあるもの』
いったい何が混入されているんだろうか。
『保管庫に入ってるから持ってこさせるわ。何本あるかしら』
脇に控えていた、やはり魔女か魔女見習だろうか。見覚えのない女性の従者が頭を下げて保管庫とやらに確認しにいく。




