191
もう少し第三者視点が続きます。
「ふむ、ここからここを兵舎にし…… こっちは騎士団からの訓練所拡張の要請、商業ギルドの連中は外門付近の開発と土地購入の要望。購入は却下だな」
机の上に束になって重なる書類と睨めっこするこの男はレイブン=サイドヴォード。
この塔のある街とその周辺の土地を統治する、いわゆる領主だ。
そんな彼は、執務室で机に向かい半日以上の時間が経っている。執事の淹れてくれた紅茶もすでに冷めてしまって久しい。
「商業ギルドからの要望書が多いな、あの守銭奴共を抑えねばならん……か。まあ手は無いことも無いが」
ここ2週間ほど外の仕事で忙しかった為、溜まっていた書類をため息交じりで読み込んでいく。
「旦那様、追加で御座います」
同じ部屋で書類を整理していた老執事の男が領主の確認が必要になりそうな書類を更に追加させる。
「またか、いったいどれだけ溜まっておるんだ」
「旦那様がお外で遊ばれていた分だけ、で御座います」
「必要だったのだ……」
「『必要だったかも』の間違いですよね? そして必要はなかったと判断したから戻られたのでしょう? ダンジョンの調査など冒険者に任せればよいのですよ」
「何事も自分の目で確かめねば」
「ならばこの書類の山もご自身の目で確かめて下さいな」
「ぐぬぬ……」
ポンポン、と書類を叩く。
「塔の主から渡された金貨の配布もようやく完了したところだぞ? 街の拡張に伴う開発に新しいダンジョン、王都から来るとかいう中央騎士団の連中の相手もせねばならんのに……」
その金貨もほとんどの者が両替を希望し、銀貨が枯渇気味になる事件まで発展していた。
領主館に保管されている銀貨では当然足りず、商人ギルドの協力でも銀貨は足りなかった。
文官と兵士と騎士団でキャラバンを組んで王都まで足を運んで、両替をしなければならない事態に陥ったのだ。
「その金貨が問題で御座いますね。勝手に家を建て始める者もそのうち出ますよ?」
家族の多いものなどは、全員でお金を持ち寄れば家が建てられるほどのお金を持っている計算になる。
「それを許していては街の統治が揺らぐ」
「では頑張って下さい。幸いにも街に人が戻っていますし、新規の商人の参入も増えてきておりますから」
「人が増えればごたごたも増えるぞ」
「そのための領主様です」
「はあ、面倒だ」
先日、魔物の襲来の際に塔の主と名乗るものが作った街を囲う外壁。
今まで街で使用していた囲いの更に外に作られている。その距離にして大体500m前後。
外壁から街の間に、それだけの広さの空間が生まれたわけだ。
外壁は魔物の襲来後もそのまま残っている。十分な時間をかけて調査を行い、罠や魔物の隠れているスペースが無い事も確認できた。
その強度は恐ろしい程の物だ。兵士長やギルドマスターを含めて、街の腕利きの誰もがその外壁を破壊出来なかった。
外壁は、少なくとも外からの敵を迎え撃つには最適な物であると認識できたのだ。
壁の安全が確認されると、今度はその開いたスペースが問題となる。
各外壁の出入り口の近くには兵士達の駐屯地がまず作られる。
そして、それ以外の土地は……現在奪い合いだ。
兵士達と騎士団の巡回のおかげで、勝手に建物を建てようとする者は減ったが扉の近くの土地を狙い、テントなどで土地を確保している人間が少数いる。
このまま放っておくと、いずれスラム街が生まれかねない。
「鍛冶師ギルドは鍛冶場をゼロから作りたがってるしな。確かにこれは広い土地が必要だ」
「鉄の産出も始まりましたし、真っ先に対応すべき案件であると考えます」
「お前もそう思うか……だが、鍛冶師ギルドだけを優遇は出来んぞ」
「そこは文官達の腕の見せ所かと」
交渉窓口は彼らだ。
「一度ミーティングが必要だな」
そう呟き席を立とうとする領主。
「文官達への根回しは私がやりますので、旦那様は書類をお願いいたします」
「ぐぬぬ」
「扉の前に見張りを立てて置きますから、逃げられませんよ?」
「俺、頑張ってるよな?」
「足りませんよ。それとこちらの書類にもサインを」
「ぬ? この状況下で祭りだと?」
「民も不安でございます。冒険者や大手の商人と違い、他所の土地で一から生活を始められる人間なんて数えるほどしかいません」
「だからといってもなぁ」
「全員に配ってもなお金貨余らせてるんでしょう? あぶく銭は吐き出しませんと」
「あぶく銭などないぞ」
「では民達の為にも、ここで領主主導のもとこの街は自分の物であると主張して下さい」
「ぬう」
「森の消失の問題も暫定的ではありますが、例のダンジョンのおかげで回復傾向にあります。食糧事情も。遠く、危険もある北のダンジョンに向かわずに魔物や動物の肉が手に入ります。山菜や薬草、小麦も」
「わかっておる! だが気にくわんのだ!」
「……確かに、ここまで周到に用意されると施しを受けている気になりますね」
「連中は施しているつもりだぞ? 正直な話、助かるが」
「どっちなんですか……」
ため息をつきながらも、サインをもらう執事。
「挨拶はするが、正直手は回らんからな。文官達主導で例年通りやらせろ」
「畏まりました」
笑顔で書類を受け取ると、執事は扉の外へと消えていく。
「はあ、減らねえな」
去り際に執事の増やした書類を睨みつけると、再び羽ペンにインクを付ける領主であった。




